その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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菜月の中学・高校編

ある冬の日曜日~ムーンリーフにて~

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 しんしんと降る雪が冬の到来を告げる。
 白く染まり出した歩道を歩く菜月は、吹き寄せる冷たい風に対抗しようと自らの身体を掻き抱いた。

「こんにちわ」

 カランカランと鳴るドアを開けて顔を覗かせた店内には、カウンターで接客を終えたばかりの好美が制服姿で立っていた。

「菜月ちゃん、いらっしゃい」

「なっちーだって?」

 奥からやはり制服姿の実希子が顔を出した。日本人離れしたプロポーションの彼女だけに、色々な部分がパツパツで、可愛いというより妙にエロい。

「日曜日にわざわざ手伝いに来たのか。感心感心」

「お昼ご飯を買いに来ただけよ。売上には貢献するから、手伝いといえば手伝いだけれど」

「あン? 和葉ママはいないのか?」

「パパと一緒にデート中よ。娘二人も手がかからなくなってきたし、過去最大の勢いでラブラブ中ね。毎晩見せつけられているせいで、はづ姉も最近では――」

「――ちょっと、なっちー!?
 今、とんでもないこと言おうとしてなかった!?」

 大慌てで葉月まで店内にやってきた。調理を担当する彼女だけは白を基調としたコックコートだ。

「大丈夫だと思うけど、パンを焦がしたりしないでね?」

「もちろん! もうすぐ焼き上がるよ」

 好美にサムズアップして見せてから、葉月は「それより!」とまた菜月に視線を向けた。

「お姉ちゃんの秘密を暴露しようとするのは感心しないな!」

「暴露も何も、うちの両親に負けず劣らず、はづ姉が和也さんとラブラブなのは周知の事実でしょうに。まだ結婚しないの?」

「うーん……どうなんだろ? お店もオープンしたばかりだし、もうちょっとはこっちに全力投球かなー」

「逃げられても知らないわよ」

「残念でしたー。和也君は真君と同じで一途なのです」

 菜月のこめかみが、自動的にピクピクと反応する。

「どうしてそこで真の名前が出てくるのかしら」

「どうしてだろうねー?」

 半眼の姉と、くっつきそうなくらい額を近づけ合う。
 引き離したのは呆れ顔の好美だった。

「姉妹喧嘩はお家に帰ってからにしてね」

 揃って謝ってから、菜月は実希子に声をかける。

「そういえばとうとう正社員になったのよね」

「おい、何で絶望したような顔をする」

「はづ姉のお店が凋落を辿る第一歩だからよ」

「毒舌というより、失礼すぎだろ! アタシは立派な戦力だからな!」

 疑いの眼差しを向ける菜月に、本当よと好美がフォローをする。

「地元では抜群の知名度に加えて、この通りの性格だからね。特に配達先のおじさま方には大人気なのよ」

「はっはっは。そう褒めてくれるな」

 調子に乗りまくる実希子に鼻ピンをかましたあと、菜月は小さくため息をついた。

「確かに有名ではあるものね。私は後で知ったけれど、結構な数の企業からお誘いがあったらしいじゃない」

 鼻を押さえて何事か喚いている実希子に代わり、好美が頷く。

「どこも結構な好条件だったけど、全部断っちゃったのよね。自分に小難しいことはできないっすって」

「まさしくゴリラね」

「いえ、ゴリラは知能が高い生物よ。一緒にしては彼らに怒られるわ」

「がーん」

 好美にまで呆れられ、わざとらしく頭を押さえてショックを露わにする実希子。

「仕方ねえだろ。企業の部活じゃ、もう力になれないし。かといってアタシに普通のOLなんて務まるわけないしな。このまま引っ越し屋か長距離ドライバーしかないなと考えてたから、葉月が店をやってくれたのは、正直ありがたかったぜ」

「私も大助かりだよ。朝も早くからパンを焼くのを手伝ってくれるし。おかげでママに頼りきりにならずに済んでるもん」

 最近の和葉は、葉月に頼まれる繁盛期にだけ手伝いに入っていた。それ以外は店長の葉月と、正社員の好美と実希子の三人でなんとか回している。

「まさか二人も正社員を雇えるほど、売り上げが順調に伸びていくとは思わなかったわ。経営戦略を立てた好美ちゃんのおかげね」

 好美が謙遜する前に、左右から葉月と実希子が挟み込んで、自慢げに彼女の肩を叩いた。

「本当に好美ちゃんさまさまだよ。得意先をガンガン開拓してくれるし」

「これから配送に行く地元スーパーにも、好美の交渉でパンを置かせてもらえることになったんだからな」

 近くのスーパーは葉月が修行させてもらったのもあり回避したが、少し離れた別系統のスーパーに手作りパンコーナーを設置できることになった。
 さすがに店とは違って包装して置いているが、買物客には好評で売上は堅調に伸びているらしい。

「褒めてくれるのは嬉しいけど、私だけの力じゃないわ。かねてからの葉月ちゃんの希望だったケーキやプリンもお店の主力になってるし」

「要するに3人の力ってわけね」

「まあ、もうすぐ4人になるけどな」

   *

 意味深な実希子の物言いに首を傾げていると、小さめのトラックが店の前に止まった。
 お届け物かと思いきや、店に入ってきたのは配達業者ではなく和也だった。

「菜月ちゃんもいたのか、こんにちは」

「こんにちは。はづ姉に用ですか?」

「用といえば用かな。俺の雇用主になるんだし」

「雇用――え?」

 驚いて葉月を見ると、にひひとちょっとだけ照れ臭そうに笑っていた。

「スーパーに置かせてもらっているパンが好評だって言ったでしょ? それでそこのオーナーさんが、隣県にあるスーパーにも置けないかって」

「けどアタシは県内の配達だけじゃなく、店の手伝いもあるだろ? どうしようって葉月がうんうん唸ってて、事情を聞いた仲町がそれならって元の会社を辞めちまったんだよ」

「うわあ」

 葉月の言葉を引き取った実希子の説明に、菜月はあんぐりとするしかなかった。

「何でドン引きしてんだよ。ここは愛の力だって感動するとこだろ」

「夫婦で同じ店をするのは理想だけれど、傾いたら地獄一直線だなと思って」

「なっちー、不吉な予言はやめてあげろ。現実になったら、アタシや好美も路頭に迷うはめになるしな」

 実希子だけでなく、菜月以外の全員が苦笑を顔に張りつけていた。

「何にせよ。経営が順調みたいで喜ばしいことだわ」

 菜月が頷いている間にもお客さんがやってきて、実希子と和也が外に出る。裏口からスーパー用のパンをトラックに運び込むらしい。

 葉月は調理場に戻り、好美一人で接客に精を出すも、すぐに限界が訪れる。物言いたげな目でチラリと見られれば、店の隅でメロンパンを頬張ることもできない。

「……私もお手伝いします」

 予想はしていたが、結局こうなるのかと一人諦観の涙を零しながら、菜月は好美の部屋を借りてムーンリーフの制服に着替えるのだった。

   *

「いらっしゃ――あら、デート?」

 夕方近くになって、店を訪れたのは愛花と宏和の二人だった。

「そんないいもんじゃねえよ。野球部の練習終わりに腹が減ったから寄ったんだ。そのうち他の部員もぞろぞろやってくるぜ」

「南高校の生徒がすっかりお得意様になっているわね」

「それはそうです」

 何故か愛花が得意げに胸を張る。

「高校の昼休みでも、ムーンリーフのパンが一番人気なのは菜月もわかってるはずです。ママのお弁当を二日に一回にして、その分、お姉さんのパンを買ってるのですから」

「ちょっと、愛花!」

 聞かれてないだろうなとこっそり厨房を覗くと、パンを焼きながらも葉月がニヤニヤしているのが見えた。

「本当のことだからいいじゃねえか。実際に葉月姉さんのパンは美味いしな」

「わたしは特にプリンが好きです」

 ニコニコ顔の愛花に、代金を貰ってプリンを手渡す。

「涼子もだったわよね。明美はチーズケーキばかり食べているけれど」

「この近くに本格的なケーキ屋さんはあまりありませんからね。女子にとっては貴重なお店です」

「男にもそうだよ。
 ここのカレードーナツは絶品だしな。ついでにホッドドッグも」

 ハンバーガーやパン生地を使ったピザなども、男子に人気のメニューの一つだ。
 とはいえ午前中の店にはあまりなく、中学生や高校生の帰宅時間に合わせて並べられる。それだけ買い食いする生徒が多かった。

 宏和と愛花が連れ立って帰宅すると、今度は茉優と恭介がやってきた。こちらは正真正銘のデートをしていたみたいだった。

「仲が良くて羨ましいわね」

「なっちーとまっきーだって仲が良いよぉ。ね? 恭ちゃん」

「そうだね。俺たちの理想は真君と菜月ちゃんだよ」

 恥ずかしい台詞をさらりと言ってのけるあたり、恭介には春道と同じ種類の血が流れているのかもしれない。

「なっちーはお店のお手伝いをしてたんだねぇ。まっきーが連絡取れないって悲しそうにしてたよぉ」

「今日は真が学校で課題を仕上げると言っていたから、会う約束はしていなかったのだけれど……一応、連絡はしてみるわ。教えてくれてありがとう」

   *

 レジ業務の合間に真に連絡を取ったことから、午後八時に営業を終了したムーンリーフには大勢の人間が集まっていた。
 配送から戻った実希子の発案で、新しく職場の仲間になった和也の歓迎会兼夕食会が行われることになったのである。

 春道や和葉の姿もあるので、真や茉優の親も参加していた。LINEで事情を知った愛花らも自転車でやってきて、店内はかなり賑やかだった。

「ピザが焼き上がったよー」

 作業着姿の葉月が、店内に設置した長テーブルにピザの入った大皿を乗せる。

「私たちまでご馳走になって悪いわね」

「とんでもないです。好美ちゃんのママもパパも家族みたいなものですから!」

 葉月が元気に言うと、好美の両親は嬉しそうに頷いた。

「しかし昔からの仲間が、4人も同じ店で働くとはな……」

 春道が感慨深そうに呟いた。

「こんなの小説の世界でもそうはないぞ。都合が良すぎるしな」

「それだけアタシらの絆が強かったってことっすよ」

 体育会系の実希子が自慢げに語り、好美も満更でもなさそうな表情でお茶を飲んでいる。

「そもそも葉月がパン屋をやりたいって時点で、好美は協力する気満々だったろ?」

「自宅の美容院を、物件として仲介することまでは予想外だったけどね」

 好美が茶目っ気たっぷりに笑った。

「私もできれば参加したかったかな」

「柚ちゃんも仲間だよ。よく先生たちの間食用に注文してくれるし」

「毎度ありがとうございます」

 葉月と好美が息ピッタリに頭を下げるのを見て、たまらず柚が吹き出した。

「ウフフ、ありがとう。クラスの子たちも、美味しいってよく噂してるわよ」

「最近じゃ、アタシも早朝に手伝ってるからな! その成果だな!」

 葉月と好美と実希子の3人は、菜月の目から見ても良い仲間関係に見えた。

「純真無垢な子供たちに、あまり実希子菌をばら撒いては駄目よ」

「待て、なっちー! 実希子菌って何だ、実希子菌って!」

 ギャイギャイ騒ぎながらも、皆で食べる晩御飯はとても美味しい。
 余り物のパンも食べ放題なので、愛花などは幸せそうに「太ってしまいます」などと愚痴ったりしている。

「売上も評判も上々で、順風満帆ね、はづ姉」

 食事会も佳境に差し掛かった頃、隣に座っていた姉に菜月はそう話しかけた。
 笑顔で肯定するかと思いきや、予想外にも葉月は真剣な表情になる。

「これからが本番だよ。ここまではお店の新しさと物珍しさで売れてるだけだもん。店長の私がもっと頑張らな――ふえ?」

 必要以上に気合を漲らせた姉の頬を、菜月は左右に引っ張った。

「そういうのは好美ちゃんが考えてくれるわ。今までもはづ姉は皆に助けてもらってきたでしょう。一人で頑張ろうとしたら、空回りしてしまうわよ」

「おいおい、菜月。俺の言いたい台詞を取らないでくれ。せっかく父親の威厳を保つ絶好の機会だったって言うのに」

「春道さんらしいけど……なんだか色々と台無しよ」

 高木家の面々だけでなく、実希子も好美も、さらにはこの場にいる全員が葉月を見つめ、力強く頷いてくれる。

「わかった? はづ姉はいつもと同じように元気に楽しんでいればいいの。そうすればきっと上手くいくわ」

 解放された頬を撫で摩りながらも、葉月は輝く花のような笑顔を咲かせた。

「ありがとう、なっちー。でも、これじゃ、どっちがお姉ちゃんかわかんないね」

「……私が姉でしょ?」

「なっちー……本気で言ってるよね?」

 今度は葉月が菜月の頬を引っ張った。
 皆の笑い声に包まれながら、冬の日曜日が幸せなままに終わろうとしていた。
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