その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の子育て編

新米ママの奮闘

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 予想以上に大切にされ、娘の世話も手伝ってもらえる。
 何度感謝してもし足りない恵まれた環境の中、それはいきなり葉月を襲ってきた。

 深夜に響く波乱の合図。
 慌てて飛び起きた葉月は、原因であるベビーベッドへ飛びつく様に移動する。

「あ、あれっ、あれあれあれ」

 予期せぬ事態に、目の前がぐるぐる回る。
 同じ部屋で眠っていた和也も目を覚まし、すぐに傍に来る。

「どうしたんだ?」

「わ、わかんないっ」

 それ以外に答えようがなかった。

「お乳はさっきあげたし、オムツは大丈夫だし、穂月ちゃん、どうしたの?」

 問いかけても、赤ん坊の穂月はただ泣くばかり。
 めそめそと可愛いものではなく、いわゆるギャン泣きである。

「うわ、うわわっ」

「お、落ち着け、葉月! こういう時は……そうだ、110番だ!」

「そっか! 
  ……ってちょっと待って! お巡りさん呼んでも迷惑なだけだよ!」

「す、すまん! 救急車だ! こ、こっちです!」

「和也君こそ落ち着いて! ああっ、何で泣いてるのっ」

 経験の足りない葉月と和也は、いくらあやしても泣き止んでくれない愛娘に混乱するばかり。あーだこーだと喚き合った結果、一階に頼りになる女性がいる事実にようやく気付く。

「ママあ! 110番で救急車は来てくれないんだよっ!」

「……え?」

   *

 ようやく愛娘が落ち着いた時、葉月は性も根も尽き果てたように両親の寝室に座り込んでいた。

「とんでもない嵐に見舞われた気分だよ……」

「まあ、そうでしょうね」

 穂月の様子を細かく見ていた和葉が、優しく疲労困憊な娘の頭を撫でる。

「熱もないし、異変も特にないから、単純な夜泣きだと思うわ」

「あれが……噂の夜泣きだったんだね……」

 呟く葉月の隣では、グッタリというより安堵中の和也が立っている。

「夜泣きの原因は何だったんですかね?」

「特にないと思うわよ」

 和葉の答えに、和也のみならず葉月も目が点になる。
 似たような夫婦の反応に和葉はクスリとし、

「原因不明の場合も多いし、理由がわからないから対処のしようもないのよね。とにかく満足するまで泣いてもらうしかないわ」

「……うそお」

 葉月の頬が引き攣る。
 あたふたしている間も穂月は泣き続けていて、結局一時間以上もそのままだったのだ。

「病院で診てもらわなくてもいいんだよね?」

 なんとか気を取り直し、部屋に戻る前に葉月はそれだけ聞いておく。

「様子を見ていて、いつもと変わりがないなら大丈夫だと思うわ。逆にぐったりしてるとか、普段にはない異変を感じたら病院に電話して受診が必要か聞いてみなさい。最近だと夜は共通ダイヤルというのもあるそうだから、そっちを頼ってもいいでしょう」

 部屋に戻って穂月をベビーベッドに寝かせる間、和也がノートPCで和葉が教えてくれた共通ダイヤルを調べてくれた。

「各都道府県で時間を区切って、専門家のアドバイスを受けられるらしい。こども医療電話相談といって、短縮ダイヤルの#8000で繋がるそうだ。携帯からでも大丈夫らしい」

 国が運営しているホームページには実施時間帯も記載されており、大抵の都道府県では夜から朝にかけてになっていた。

「便利だね……でも、ママが知ってたのに、私は知らなかったよ……」

「仕方ないさ。葉月は毎日、穂月のお世話で忙しいんだ」

 慰めてまでもらって、いつまでも落ち込んでいたら罰が当たりそうなので、少しでも前向きになろうと葉月は顔を上げた。

   *

 夜泣きは一夜だけで終わらず、翌日以降も継続された。

 下手すると何時間も泣き続けるので、仕事のことを考慮して、半ば強引に和也には夫婦の寝室で眠るようにしてもらった。それでも時折子供部屋を訪れては、自分が見てるから葉月にも寝ろと言ってくれる。

「なっちーから貰った育児書には生後半年くらいからって書いてたんだけど、穂月はまだなんだよね」

 生後三ヵ月はとっくに過ぎているけどと加え、電話向こうの実希子についついため息まで届けてしまう。
 向こうから電話が来たとはいえ、新米ママなのは同じでお互い大変なのにだ。

「ウチのはまだ夜泣きはないな」

「羨ましいかも……せめて原因がわかればいいんだけどね」

 きょとんとするような電話越しの気配に、葉月も首を傾げる。
 すると、実希子が当たり前のように聞いてきた。

「どうして理由がわからないんだ?」

「一応、毎回調べてはみるんだけど……」

「じゃなくて、赤ちゃんの要求なんて泣き声でわかるだろ」

「え? そうなの!? なんかコツがあるの!?」

 子供部屋で前のめりになってしまった葉月は、ついうっかり大きな声を出したことに気付き、慌てて口を押さえて愛娘の様子を確認する。
 必死な母親に興味を示さず、すやすやと眠り続ける愛娘の姿に、内心でセーフと叫んで肩から力を抜く。

 葉月の動揺を知らない実希子はこれまでと変わらぬ口調で、

「コツっていうか、聞けばわかるだろ。短く泣くとおっぱいで、長く泣くとオムツだ。それ以外は寝てるし、簡単だろ」

「……え?」

「え?
 もしかして……葉月のとこは違うのか?」

「そんな器用な泣き方はしてくれないよ!
 っていうか、それが当たり前になってるんだとしたら、実希子ちゃんの娘さんが凄すぎるんだよ!」

 乳児が泣き方で正しく要望を伝えるなど聞いたことがなければ、菜月が推薦してくれた育児書にも載ってない。

「ウチの母さんが異常に手のかからない赤ちゃんだって驚いてたんだが、あれは演技じゃなかったのか……」

 あまり泣かず、泣いたら強弱をつけて母親に異常を知らせる。

「……その子、本当に赤ん坊?」

「見た目は……」

「……なんか別の魂が入ってたりとか……」

「怖いこと言うなよっ! そうだ! 好美に電話してみる!」

 泣きそうな声で実希子が電話を切ると、脅かしてしまったかと申し訳なく思うより先に、葉月も出産経験のある友人に連絡してみようと考えた。

   *

「私も苦労したから、葉月ちゃんの気持ちがよくわかるわ……」

 久しぶりに聞いた尚の声が、深い同情の色に染まっていく。

「何やっても駄目なのよね。ようやく終わったと思ったら、短いインターバルを経てまた始まるし……晋ちゃんのおかげで主婦に専念させてもらえたから良かったけど、あれを一人で抱えながら仕事しているお母さんがいたら心の底から尊敬するわ」

「だよね……私もそう思う……」

 その尚もやはり効果的な解決策は知らないらしく、申し訳なさそうにする。

「助けになってあげたいんだけど……」

「ママも祐子先生も、泣かせるしかないって結論みたいで……」

 結局のところ頑張るしかないという話になり、電話を切ると、狙っていたわけではないだろうが、今度は菜月からの着信が入った。

「はづ姉、さっき実希子ちゃんが、アタシの娘は選ばれた超人類とかトチ狂った妄言を電話で吐いていたのだけれど、何があったの?」

「あー……多分、好美ちゃんが相手するのを面倒臭がって、実希子ちゃんの話を適当に流したんだと思う」

 ついでに夜泣きの件も含めて説明すると、菜月も得ていた知識より早いと軽く驚いていた。

「実希子ちゃんの娘さんの尋常ならざる反応にも興味はあるけれど、私としては身内の心配が先だわ」

「ごめんね、心配かけて」

「大変なのははづ姉の方でしょ。赤ちゃんの夜泣きは睡眠リズムの変化にも原因があるかもしれないらしいけど……」

 素っ気なくとも、相変わらず家族思いで心配性な妹と少しだけ話をする。
 穂月が起きたところで通話を切り、授乳しながら今夜はどうなるのだろうかと、満足そうにんぐんぐとしている娘の顔を眺めた。

   *

 秋の深まりが強くなってきても、愛娘の夜泣きは絶賛継続中だった。
 まともに夜眠れないのは辛く、日中でもウトウトする機会が増えたが、赤ん坊には母親の体調を気にする余裕などない。

 授乳にオムツと忙しさは変わらず、どんどん思考が鈍っていくのがわかる。

「葉月っ!」

 肩を揺さぶられ、薄目を開けると、目の前に母親の顔があった。

「ママ……?」

「穂月は私が見ておくから、部屋で少し休んできなさい」

「でも、ママ……仕事は……?」

「仕込みは終わっているから、午後の機器の清掃などには春道さんがヘルプに入ってくれてるわ」

「そっか……パパにまで迷惑かけちゃった……」

 落ち込んでいると、額をコツンと叩かれる。

「よく聞きなさい。葉月はもっと力を抜くこと」

「で、でも……」

「赤ん坊に大人の常識なんて通じないんだから、一人でまともに向き合いすぎたら倒れるだけよ。
 気を張りつめすぎないで、赤ちゃんが眠ったら一緒に寝るとかしなさい」

「う、うん……」

「そもそも赤ちゃんは泣くものよ。日中でも夜でも関係なくね。そしていつかは収まるものなの。だから自分の頑張りや工夫が足りないから、なんて考えは傲慢よ。前にも言ったけど、もっと周りを頼りなさい」

「ごめんなさい……」

「謝るより寝なさい。そうすれば少しは頭がスッキリして、ネガティブな感情も和らいでくれるから」

 最後に優しい笑顔で見送られ、実際に限界が近かった葉月は、偉大な母親に甘えて自室で泥のように眠った。

   *

「パパにもご心配をおかけしました……」

 夕食の席で頭を下げ、これからは無理をしすぎないことを家族に約束する。
 休みの前日には和也が集中的に穂月の夜泣きを見ると言ってくれ、自宅作業の春道も手伝うと申し出てくれた。

 初産なのもあって、赤ちゃんの些細な変化も見逃すまいと頑張り続けていた葉月だったが、一人では限界があるのを痛感し、この日を境に少しずつ周りを頼る回数を増やしていった。
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