その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の子育て編

菜月の成人式

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 二十歳になって迎えた正月を実家で過ごした菜月は、同じ月にまた帰省を果たしていた。

 理由は一つ。
 地元の成人式に出るためだ。

 原則は現在住民票のある東京の成人式に出なければならないのだが、姉の葉月から聞いて、地元が高校卒業まで過ごしているのであれば出席を認めてくれると知り、およそ三ヵ月ほど前に市役所に確認して許可を貰った。

 おかげで実家にはきちんと案内書も届いており、晴れて今日の日を迎えられたのである。

 県大学に進学中の愛花らも同様にしており、葉月たち同様全員で地元の成人式に出席する。地域によっては他地域に出た元地元民の出席を頑なに認めないところもあるらしいので、菜月たちの地元の柔軟さに感謝したい今日この頃である。

 もっとも市民数自体がさして多くない地元は、成人式に参加する若者の数も減少の一途だ。市内よりも市外、県内よりも県外と就職事情が良くなっていくので、常に転出が多いという悪循環に陥っている。

 そうした理由もあって、地元に愛着を示す若者はウエルカムなのではないかと菜月は勝手に思っている。

 市も少しでも町に活気を取り戻そうと、葉月みたいに地元に出店しようとする若者には可能な限りの支援もしてくれる。
 とはいえ出店できた数店舗の中で順調に業績を伸ばし、現在も営業中なのはムーンリーフだけになってしまっているが。

「できたわよ」

 思考の海に沈んでいる間に、リビングで着付けをしてくれていた母は出来栄えに満足そうだ。生まれが名家なのもあるだろうが、何でもできる母は菜月の密かな憧れでもある。

 お礼を言ってから姿鏡で確認すると、色鮮やかな梅柄が白地に映える着物が小柄な菜月の体躯を艶やかに演出してくれていた。

「うちにこんな着物があったのね」

 ほうっと頬を上気させて呟くと、和葉はいつもより優しい顔になる。

「その着物はね、お義母様が亡くなった時に、お義父様から形見分けとして頂いたものなの。生地も柄も素晴らしかったから、菜月が成人したらあげようと思っていたのよ」

「私にもあったんだ……」

 姉の葉月が成人式で着たのは桜柄の着物だった。
 藍色の海に浮かぶような薄桃色の桜の花びらは、可憐さと清楚さの象徴みたいで、当日の式後に見せてもらった菜月は一瞬で目を奪われたほどだ。

 正直、姉が羨ましくて仕方なかったが、そんな気持ちも今日限りで綺麗に消し飛んだ。
 白という色のない世界で一際赤く輝く大輪の梅の花は何物にも染められず、何物にも流されないと主張しているみたいでさえあった。

 とても菜月らしい……とは言えないかもしれないが、そうなりたいと思わせるほど強烈な印象を与えてくれた。

「気に入ってくれたみたいでよかったわ」

「うん……大切にする……」

「ならまずはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに見せてきなさい」

 頷いた菜月は、着崩れしないよう慎重に歩き、ダイニングの一角で足を止める。
 仏間を作ろうかという話も出たが、葉月がお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと一緒にご飯が食べたいと言い、春道が賛成したことからダイニングの一角に置かれることになったのだ。

 仏壇の横には小さな箪笥があり、そこに祖父母由来のものなどが大切に保管されている。その箪笥の上に写真立てが乗っていて、いつでも二人の笑顔を見ることができた。

「お祖父ちゃん……私、成人したよ」

 近い将来に成人年齢は十八に引き下げられるみたいだが、菜月の年代はまだ二十歳が成人の証になる。

 仏壇に手を合わせてから、写真立ての前に立って丁寧にお辞儀をする。
 静かに、けれど優雅に見えるようにその場でくるりと回る。

 ソフトボールの試合を観戦してくれた時の祖父の笑顔が蘇り、似合ってるよと言ってもらえたような気がした。

   *

 肌寒い空気を払うように降り注ぐ穏やかな陽光に頬が緩む。
 好天の冬道をしずしずと歩く菜月は指を伸ばす。
 呼び鈴が鳴ると同時に、いつになくしっかりスーツを着こなしている真が家から出てきた。

「いきなり固まってどうしたのよ」

「ご、ごめん。あんまり綺麗だから……その……見惚れてしまって……」

「着物に?」

「ち、違うよ、菜月ちゃんにだよ!」

 慌てて首をぶんぶん振る真にクスリとしていると、彼の両親も揃って顔を出した。

「真はすっかり尻に敷かれてるな」

「でも本当に綺麗だわ。真には勿体ないくらい」

 息子の成人を祝うために、わざわざ父親は休みを取ったのだという。
 親ばかだと単純に笑うことはできない。

 菜月もだが、真も東京の大学で頑張っているので、帰省頻度はさほど高くなかった。もっとも新居完成やら姉の出産やらで、菜月は一人でも帰省する機会が多かったりしたが。

 真の父親も単身赴任していることもあり、意外と東京では会っている。
 不公平だと爆発したのが母親だ。

 一人で家にいるのは退屈らしく、また茶飲み友達の和葉も最近はムーンリーフにかかりきりなので、寂しい日々を過ごしていたようだ。
 そこで成人式の日は皆で過ごすと、真曰く、鬼の形相で宣言されたらしい。

 両親にも最有力の嫁候補と見られている菜月も誘われたが、悩んだ末にお断りした。菜月もまた成人するまで育ててくれた家族と一緒に喜びを分かち合いたかった。

 以前の葉月みたいに。

「は、早く行こうよ。遅刻したらいけないしね」

「ええ」

 ふわりと菜月は微笑む。

「こうしていると、本当に小学生の頃に戻ったみたいね」

「ハハ……最初は菜月ちゃんが迎えに来てくれてたもんね」

「途中から茉優が加わったのよね。待ち合わせ場所に急ぎましょう」

   *

 成人式と聞いて急激に昔が懐かしくなった菜月の発案で、小学校時代に通った方法で成人式会場に向かうことにしていた。

 葉月の時は高木家に集結していたが、菜月にはこの方がしっくりきた。

「えへへ、なんかすっごい久しぶりだねぇ」

 菜月同様に着物姿の茉優が艶やかに笑う。

 過去に美容院を営んでいた好美の母親のツテを頼り、レンタルした着物だという。父親が奮発して買おうと意気込んでいたみたいだが、当の茉優がこの日しか着ないからと断ったらしい。

 何でも菜月の真似をしたがった昔とは大違いだ。

「なっちー、似合ってるよぉ」

「茉優も綺麗よ。それなら沢君も一撃ね」

「えへへ」

 三人で連れ立って歩いていると、本当に過去に戻ったみたいだった。
 あまり過去を振り返りすぎると後ろ向きと言われてしまうかもしれないが、せっかくの成人を祝う日なのだから、今日くらいはいいだろうと菜月は存分に思い出に浸った。

   *

 小さな丘を登った先、母校の小学校が統合された二つの学校のうちの一つが近くにあり、昔から様々なイベントも行われている会場。
 そこが毎年の成人式を開催している場所でもあった。

 会場に着けばすぐさま愛花らと合流し、お互いの着物を褒め合う。
 ソフトボールで鍛えたため、全員がか弱いとは縁遠い筋肉を得ていたりするが、着物はそれを隠してくれるのでありがたい。

「着物というのもいいものですね」

 愛花の感想に、真っ先に同意したのは菜月だ。
 親友の茉優も頷きこそしたが、その表情は少しばかり微妙だったりする。

「どうしたの?」

「うーん、胸が窮屈だねぇ」

「あたしも……少し苦しいかも」

「ボ――」

 茉優、明美に続いて開かれそうになった涼子の口を、左右から抜群のコンビネーションで愛花と菜月が塞いだ。

「涼子ったら、見栄を張らなくていいんですよ」

「そうよ。涼子ちゃんは私たちの側でしょう」

「だああ、離せえ」

   *

 仕方ないとはいえ、どこか浮ついた気分で成人式を終え、その足でムーンリーフに行くと、店のスタッフよりも数多くの常連客に似合っていると褒められた。

 葉月と実希子が本格復帰できていない中、茉優までもが休みを取っているので、店はおおわらわだった。

 早朝から出勤し、菜月の着付けのために一時帰宅していた和葉も厨房に――しかも春道を引き連れて――戻っているらしい。

 成人式のあと、会場で学生時代のクラスメートと話したりしていたので、とっくにお昼を過ぎてしまっていたのもあり、和也も店に戻っていた。

 早朝からの手伝いに、小型トラックを運転しての配送。戻ってきたら機器の点検などの作業をして、帰宅後は愛娘の世話。
 いかに野球部で鍛えたとはいえ、いつ体力が尽きてもおかしくないと菜月は思っていたが、和也はこの上なく壮健そうだ。

 その代わり、さすがに好美は疲れが溜まっているらしく、見かけるたびに違う栄養ドリンクを持っていた。

「愛花ちゃん、明美ちゃん、涼子ちゃん。就職先に困ったら、いつでも来てね。葉月ちゃんには私から話を通すから」

 一人一人の肩に両手を置いて、スカウトする好美の目は本気だった。

   *

 夕食後に両親に誘われた菜月は、部屋着でリビングのソファに座っていた。
 風呂上りの菜月の前に置かれたのはいつものホットミルクではなく、冬でもキンキンに冷やされたビールだった。

「春道さんの恒例行事なのよ。成人した娘とお酒を呑みたいというのは」

 きょとんとしていた菜月に、お酒を用意した和葉が説明する。

「葉月の時もやったのよ」

「まあ、俺というより、俺の親父……つまり菜月のお祖父ちゃんがやりたがったことの一つでな。恒例行事にしてしまったわけだ」

 笑いながら、春道が自分の分のビールを口に運ぶ。
 せっかくなので菜月も呑んでみることにしたが、両親がアルコールに強くないので、慎重にちびちびと消化する。

 甘いのを選んだと言っていたが、菜月の感想は独特の苦みがある美味しくない炭酸だった。

「うーん……私はあまりお酒を好きにならないかもしれないわね。
 今のところだけれど」

「それならそれでいいさ。これは単に菜月が大人になったのを祝う儀式みたいなものなんだから」

「それなら遠慮なく受け取るわ。ママ、パパ……ありがとう」

 面と向かって告げたお礼がなんだか気恥ずかしくて、もう一口ビールを呑んでみるが、やっぱり菜月の喉には苦いだけだった。
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