その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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葉月の子育て編

愛娘たちの日々

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 秋と言われれば色々と言われるが、その中でも多いのが運動、読書、そして食欲である。

 本番を過ぎて大いに深まった秋のさなか、焼き立ての美味しいパンを売りにするムーンリーフは今日も朝から大繁盛だった。

 朝早くから開店しているのもあり、散歩途中に朝食を求めて立ち寄ってくれるおじいちゃん。通学途中にここのパンを食べないとやる気が出ないと笑ってくれる学生さん。昼も学校で買ってくれているらしいので、もう上得意様である。

 パンだけでなく葉月の趣味でケーキ類も置いているため、朝の時間帯を過ぎればお茶請け用やお出掛け用に求めてくるお客様が増える。趣向を凝らした価格の高いのもあれば、シンプルで手頃な価格に抑えたのもある。

 何より気候や客足を計算して、どのパンやケーキが売れそうか、前日から進言してくれる好美や和葉の力がすごく大きい。

 県内各地のスーパーや、市内の高校での訪問販売、さらには商工会議所や市役所などからのまとまった注文。
 いわば大口取引を抱えているのも、業績が好調の要因だった。

 パンを作ることしか頭になかった葉月にとって、そうした道筋を切り開いてくれた好美は頭の上がらない親友でもある。

 けれど人気があるということは、取りも直さず忙しいということである。
 そうなると短い時間であっても、好美の部屋兼ムーンリーフの事務所には極端に人が少なくなるケースが発生する。

 平日の午前十時。
 記念日のケーキ注文などが入っており、普段なら子供たちと遊ぶ時間も仕事に費やした葉月はややぐったり気味だった。

「産休の間に仕事体力が落ちちゃったなあ。パパとママみたいにジョギングでもした方がいいのかな」

 気を抜けば犬みたいに舌を垂らしそうになる中、コックコート姿の葉月は両腕を前に下ろしたまま、ひいこらと好美の部屋まで戻ってきた。
 妊娠時のために好美が用意してくれた二人掛けのソファがそのままなので、軽く休ませてもらうためだった。

「産休に入ったのも明けたのもほぼ同じなのに、どうして実希子ちゃんは平気なんだろ……ん?」

 部屋にお邪魔させてもらった葉月が見たのは、ちょこんと座る一歳児二人に、身振り手振りで何かを話している三歳児の姿だった。

   *

「これはね、こうやってあそぶんだよ」

 来年には四歳になる朱華は、もうだいぶ喋れるようになっていた。
 女の子は話すのが早いとよく言われているが、周囲で話し声が飛び交う環境というのも大きいのかもしれない。
 その割には愛娘の穂月は「ぶんぶん」だけを連発する傾向があるが。

 どうやら先日も遊んでいた子供用の積み木ブロックの使い方を教えているみたいだった。

 朱華の力作を容赦なく破壊した穂月はわりと熱心に聞いているみたいだが、一歳児が三歳児の言葉を理解できるのかということよりも、葉月は愛娘の隣で珍しく起きている希に驚く。

 積み木ブロックに目覚めたのか、それとも一歳児ながら三歳児に友情を感じたのか。様々な憶測を並べる葉月だったが、単なる気の迷いに過ぎなかったのか、やはり当人は興味なさげにいそいそと、こちらも部屋に設置されたままの簡易ベビーベッドという名の本拠地に帰還しようとする。

 その瞬間だった。
 眼が光ったわけではないが、穂月が顔を移動を試みる希に合わせて動かしたのである。

 ちらりと穂月の動向を窺う希。

 いつもと変わらない満面の笑みを見せる穂月。

 積み木説明に余念がない朱華。

 三者三様の立ち位置から、真っ先に脱しようとしたのは予想通りの希だった。
 寝るのが好きなのか、単に何もしたくないだけなのか。
 いまだに葉月たちの間でも意見が分かれるところだが、とにもかくにもこの場における寝床を愛してやまない一歳児は脇目も振らずに突き進む。

 だがスックと立ち上がった穂月が、そうはさせじと立ち塞がる。
 途端にビクッと動きを止める希。

 無事に簡易ベッドに潜り込めたとしても、ひっくり返されてしまえば意味はない。大人の手を借りて安住の地へ向かえればいいが、葉月が助けようにも実希子が来ればたちまち孤立無援になる。

 実希子は例え追い立てられた結果であろうとも、希が自発的に動くのを歓迎している節がある。

 さすがにそこまで一歳児に読み取るのは不可能でも、なんとなく助けてもらえないのは理解している気がする。葉月の推測通りだとすれば、希という少女の本質はこの上なく優秀なのかもしれない。

「ぶんぶんー?」

「――っ!」

 にっこりといつものフレーズを聞かされた希が硬直する。
 万事休すかと思いきや、誰も説明を聞いていないことにようやく気付いた朱華がここで乱入を果たした。

「めっ、なの。おはなし、きかなきゃ、めっ、なの」

 たどたどしくも可愛らしい口調に、隠れて様子を窺っている葉月はついほっこりしてしまう。

 朱華に積み木前まで連れ戻された穂月は、構ってもらえるからか嬉しそうだ。
 一方の希は無念と顔に滲み出ているようだった。

   *

 ムーンリーフのお昼休憩は早い。
 正午過ぎに各高校へ出立して、パンやケーキの訪問販売を行うためである。

 葉月たちのパンが予想以上に人気のため、当初はパンを売っていた業者はその数を減らし、逆にご飯類で勝負に出たのもあって、現在では上手く住み分けができている。

 もちろん葉月たちも男子学生に人気のホットドッグやハンバーガーなども用意するが、男子はやはりコンビニよりもお値打ち価格で買えるボリュームのあるお弁当に流れてしまう。

 その代わりというわけではないが、多めに用意するケーキや菓子パン類で女子の胃袋はガッチリ掴めている。ここで留意すべきはケーキでありながら、なるべくカロリーを抑えるということだ。

 年頃の女子高生は誰に何を言われようと体型を気にする。
 もちろんガッツリと甘いショートケーキを好む生徒もいるが、人気の大半はレモンケーキなどの健康やカロリーにも一定の配慮をした商品だ。

 その為、早朝の仕込みが終わればすぐに昼用としてケーキ作りに取り掛かる必要が出てくる。昼から午後にかけてのメニューの調理が終われば、ひとまず休息の時間を取れる。

 そして、そのまま昼休憩に雪崩込むのがいつもの流れでもあった。
 子供と遊びたい時などは、大体この時間を活用する。

 どうしても葉月でなければならないメニューはほぼなくなっているし、何より現在もパート社員として支えてくれている和葉の力が大きい。
 おかげで茉優も合わせれば複数同時に並行して調理ができるのだから。

 今日も実希子が配送から戻るなり、一足先に葉月だけ休憩させてもらえた。
 だからこそ目にした光景を、昼食中に皆に教えることもできる。

   *

「はー……そんなことがあったのか。希はすっかり穂月に敵わなくなってるな」

 言いながらも実希子に深刻そうな様子は微塵もない。
 むしろ面白がってさえいるようだ。

「笑いごとじゃないんじゃない? あまり苦手意識を持ちすぎると、将来的に仲が悪くなるかもしれないし」

「大丈夫だろ」

 好美の忠告に、実希子が返したのは満面の笑みだった。

「理由は?」

「アタシと葉月の娘が仲悪いわけねえよ」

 そう言ってくれるのは葉月としても嬉しいのだが、現実としては好美の意見の方が正しいように思える。

 もっとも根気強く言い聞かせたところで、一歳児が内容を理解できるとは思えず、逆に怒られたという怖いイメージばかりが脳内に刻まれそうで、葉月としても厳しめの注意は躊躇してしまうところだ。

「それに……ほら、あれを見ろよ」

 親指で指示した実希子に釣られて顔を動かすと、子供用のスプーンの持ち方を二人の一歳児に一生懸命に教えている朱華がいた。

「面倒見の良いお姉ちゃんがいるから、仲違いをしたら間に入ってくれるさ」

 大人の視線が自分を向いていることに気付いたのか、こちらを見てきょとんとしたあと、朱華は不意に破顔した。

「アハハ、注目されたのが嬉しいのかな」

「ふわぁ、朱華ちゃんは目立ちたがり屋さんなんだねぇ」

 一緒に昼食中の茉優が葉月に続いて微笑む。

「ハッハッハ! そういうところは母親似だな。高校辺りで似たような男捕まえて、盛大なバカップルぶりをクラスで披露するんじゃねえか?」

「誰の目も気にせずに愛せる人ができたのなら、それは幸せなことじゃない」

「……悪い、からかう相手を間違えた」

「そうよ。それに朱華に彼氏ができれば、晋ちゃんもまた私だけに愛情を注いでくれるようになるわ」

「おい! ここに不味いことを呟いてる女がいるぞ!」

「冗談よ」

「お前が言うと冗談に聞こえねえんだよ!」

 ギャンギャンと大人たちが吠え合っている間も、臨時の朱華のマナー教室は継続中だ。

 逆手に子供用のスプーンを持って、きゃっきゃっとはしゃぐ穂月に「めっ」を繰り返しながら正しい使い方を指導する。

 とはいっても子供同士のやり取りなので非常に微笑ましい。

「しかし、まだまだ小さいと思ってたけど、もうそれぞれの性格の違いが出てくるもんなんだな」

 しみじみと言う実希子に、葉月もすぐに同意する。

「朱華ちゃんはリーダータイプで、穂月は……あんまり……周りを気にしなさそうな子に育ちそう……うう、ママはちょっと心配になってきたよ」

「周りを気にしないのはウチの子もだよ。
 見ろよ、今もスプーンの使い方を覚えるどころか、隙あらば寝ようとしてやがる……アタシの心配はちょっとどころじゃねえよ」

 そんな母親たちの嘆きなど知る由もなく、三人の子供はきっとそれぞれに成長していくのだろう。

 願わくば幸多い人生をと、今から葉月は祈らずにいられなかった。
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