その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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愛すべき子供たち編

正月と雪遊び

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 陽光が煌めく一面の銀世界は、見慣れた風景をまるで御伽の国みたいに変える。

「わー」
「わー」

 気が付けば三歳児とまったく同じポーズ、同じ歓声を上げて、葉月は立ち尽くしていた。

「おいおい、もういい大人なんだから、雪で大はしゃぎとかするんじゃないぞ」

 父親の呆れたような声が家の中から聞こえる。自室の窓から顔だけを覗かせて、苦笑いを浮かべていた。

「それは無理だよ。雪でウキウキするのは万国共通だよ!」

「もっと雪深い国では生死に関わってくるから、はづ姉みたいにはならないと思うわよ」

 結局、中学時代からあまり身長も伸びなかった妹が、どてら姿でひょっこり顔を出した。

 寒い日は一日中氷点下の真冬日も存在する北国の冬では、こうした防寒具は必要不可欠で、菜月が着ているのもフリース素材でもこもこと温かい。

 葉月や穂月、それに両親も柄こそ違うが、同様のどてらを愛用している。

「そんなおばさんみたいなこと言ってないで、なっちーも一緒に雪と戯れようよ」

「丁重にお断りするわ。何が悲しくてお正月に雪遊びしなければならないのよ」

「正月だからこそだよ! 見て、この穂月のウズウズした姿を!」

 全身で描く大の字。そして見事な前のめり。
 誰が制止しようとも、今すぐにでも降り積もった新雪にダイブしそうだった。

「子供に感化されてどうするの。一緒に遊ぶのは親として大切かもしれないけれど、雪だ雪だと狂ったように大はしゃぎなんかしたら、ご近所さんに――」

「――雪だ雪だあああ、ひゃっほおおお」

 全力ダッシュからの全力ダイブに、高台から飛び込んだプールが水飛沫を上げるように雪が四方八方へ舞い上がる。

 ただでさえ瞳をキラキラさせていた三歳児が影響されないはずもなく、

「ゆきだー、だーっ」

 元気な掛け声とともに、ごろごろと真っ新な雪の上を転がり始めた。
 無言で顔を合わせて数秒後、愛する妹は抱えた頭を力なく左右に振った。

「しかめっ面してないで、なっちーもこっちに来いよ」

 実にいい笑顔で手招きするのは、正月からというより、いつでも元気な葉月の親友だった。

 正月は葉月の家に集まるのが恒例になっているが、毎回誰よりも早くやってくるのがこの実希子である。

「穂月を見習って、希も元気に――って、いねえし!」

 声を張り上げて焦る実希子と一緒に、葉月も視線を周囲に飛ばす。
 目的の人物は暖かなジャンパーをシャリシャリと擦れさせる音をさせながら、いつの間にやら菜月の傍にまでとことこと歩いていた。

「正月からなっちーに愛する娘を寝取られた!」

「大声で変なことを言わないでくれるかしら!」

 相変わらず誰より菜月に懐いている希は、しっかりとどてらの裾を握り、何かを期待するように菜月を見上げる。

「実希子ちゃんの相手ははづ姉に任せて、私たちはお雑煮でも食べてましょう」

 大人の言葉をしっかり理解できるまで成長している希はすぐに頷き、二人で家の中に消えてしまう。

「待て、アタシもお雑煮食べる! 朝飯食ってないんだよ!」

 手を伸ばして叫ぶ実希子。
 そのすぐ傍では彼女の夫が、いつも通りに「すみません……」と葉月に小さく頭を下げた。

   *

「で、旦那は一緒じゃないのか」

 お雑煮を食べ、新生児の春也たちを春道たちに預けて大勢で初詣をしたあと、今度はお昼のお餅をもふもふ食べながら、実希子は同じテーブルについている菜月に視線を向けた。

「まだ旦那じゃないわよ」

「似たようなもんだろ。春から一緒に暮らしてんだし」

「もともと隣同士の部屋で生活していたし、これまでと大きな違いはないわ」

「そう照れんなって、アタシは応援するぞ、デキ婚でも」

「自分がそうだったからといって、仲間を増やそうとしないでもらえるかしら」

 菜月に薄目で睨まれ、たははと実希子が後頭部を掻く。

 隣では朝からの雪遊びですっかり実希子に懐いた穂月が、彼女の真似をして楽しそうに笑う。

 頼まれた葉月が初詣前に、実希子とお揃いにしてあげたポニーテールも嬉しそうに弾む。

 一方で実希子の実の娘は、常に菜月にべったりだった。

 嫌そうにしていた初詣も、菜月が腰を上げるなり同行を決めたほどだ。
 今もきちんと水分を与えてから、小さく切ったお餅に砂糖醤油をつけて食べさせている。

「良く噛んで食べるのよ」

 コクリと小さな顔を縦に動かした希が、しっかりと言いつけを守る。

「希ちゃんは本当に素直ないい子ね」

「何故だろうな、アタシには自分の娘の評価には聞こえないんだが」

「何度も言っているけれど、実希子ちゃんが強引に希ちゃんを運動させようとするからでしょう。優しくしてあげると、変な態度を取ったりしないわよ」

 丁寧に諭す菜月に、涙目になりそうな勢いで実希子が反論する。

「変な態度も何も、家じゃまったく動こうとしないんだよ! 新生児より微動だにしない三歳児なんて普通いるか!?」

「希ちゃんの個性ってことなのでしょうね」

「わかってても、母親なら心配するっての!
 このままじゃ引き籠り一直線じゃねえか!」

「インドア派なだけでしょう?」

「アハハ。
 希ちゃんが菜月ちゃんに懐くのは、こうした違いにもあるんじゃない?」

 様子を見守っていた尚が世話をしていた晋悟を、すっかりお姉さんぶりが板についている長女の朱華に預ける。

 もちろん万が一の事故が起こらないように、子供たちから目を離さないようにしているが。

 尚の指摘に実希子が唇を尖らせるのを、ダイニングでお酒を嗜んでいる男連中が笑いながら眺めている。

「佐々木は相変わらずだな。あ、いや、今は小山田か」

「どちらでもいいですよ。実希子さんなら気にしないと思いますし」

「気を遣いすぎて、面倒だから下の名前で呼べとか言いだしそうだけどな」

 呼び間違いを訂正する和也に智之が答えると、さもありそうな反応を晋太が言って三人で爆笑する。

 葉月たちがママ友グループを結成しているのと同じく、男親たちも独自のコネクションを形成しているみたいだった。

 今年はそこに新しいメンバーが加わる。
 どこか所在なさげにしている沢恭介だった。

 菜月が帰省中に加え、ムーンリーフもお正月休みの真っ最中なので、そうなると妹の親友の茉優が訪問しないはずもなく、婚約者の恭介はそれに付き合っているのだ。

 茉優はどうしているかといえば、菜月と一緒になって希の世話をしている真っ最中だった。

   *

 午後になってからは、真とその両親が訪ねて来た。

 真の目当ては東京で同棲中の菜月で、両親は子供が小学生時代から親交を続けている春道と和葉に挨拶に来たみたいだった。

 実希子や好美の両親もそうだが、真や茉優の親ともいまだに付き合いがある。

 和葉がムーンリーフでパートするようになって頻度は少なくなっているが、だからこそこうしたイベント時にはよく顔を出してくれるようになった。

 親の交友関係を横目で嬉しく観察しつつ、葉月は彼氏の登場に照れを隠せない妹の傍に座る。

 だが何かを言うより先に、新年だけはお酒を呑むと決めている実希子が、ほろ酔い気分全開で絡みだす。

「うっひっひ、ようやく旦那が来てくれましたなあ、奥さん」

 菜月の傍に来るなり、実希子ともそれなりに付き合いの長い真はすぐに状況を察したみたいだった。

 見るからに申し訳なさそうにする彼氏に気にするなと声をかけ、菜月は希を膝に乗せて、空いた隣に真を座らせた。

「実希子ちゃんじゃないけど、なんだかそうしてると仲の良い家族みたいね」

 今年も実家からの結婚はまだか攻撃から逃れてきた柚が目を細めた。

 密かに葉月も似た印象を抱いていたが、言葉にはしない。すぐに待ったがかかるのが分かっているからだ。

「希はアタシの娘だ! な? な?」

 全力で媚びる母親。

 じっと見つめる娘。

 母と娘の意思がここに通じ合った。

 と思いきや、最愛の娘はプイと顔を逸らした。

「希いいい」

 膝から崩れ落ちた実希子が頭を抱えて号泣する。
 さすがに見ていられなくなった好美が慰めに入ったのを見て、葉月は希に声をかける。

「希ちゃんは本当になっちーが好きなんだね」

 小さくコクリと頷く希。

 実希子に若干の罪悪感を覚えてはいるみたいだが、菜月自身も満更ではないみたいだった。

「おい、真!」

「は、はい?」

「さっさとなっちーと子供作れ! そしてアタシに希を返してくれ!」

 すっかり半泣きの実希子は、半分以上本気に見える。
 ええっと狼狽する真に対し、彼の両親――特に母親が手を叩いて賛成の意を示す。

「そうなったらなったで、菜月ちゃんの子供を世話したがって、今より余計に懐いたりしてね」

「うわあああ、好美が虐めるううう」

   *

 来客が全員帰った夜のリビングは、いつも以上にシンと感じられる。
 そこに風呂上りの菜月が、吐息と一緒に言葉を立ち昇らせる。

「今年も騒がしいお正月だったわね」

「せっかくの帰省中なのに、ゆっくりできないのは嫌かな?」

 葉月が確認すると、小さく笑って妹は首を左右に振った。

 東京の大手銀行で働いている菜月は、三日にはもう戻ることになっている。
 途中からのんびりとソファで希と一緒に本を読んだりしていたとはいえ、喧騒が妹の負担になっているのではと葉月は不安になったのだ。

 そうした心情を鋭く見抜いた菜月は、すぐに表情を柔らかくする。

「強行軍の帰省になっているけれど、東京にいるよりは落ち着くのよ。それに道中の運転は真に丸投げしているしね」

 小さく舌先を出した妹に、葉月も頬を緩める。

「メガバンクで働いてるのは凄いけど、大切なのはなっちーの体だからね。無理だけはしちゃだめだよ」

「パン屋で朝から晩まで働いている人の言葉とは思えないわね」

「あ、あはは……確かに……」

「でもはづ姉の言いたいことはわかるわ。本当に辛くなったら逃げてくるから心配しないで。お節介な姉が、故郷に私の居場所を残しておいてくれているしね」

「うん……いつでも好きに帰ってきてね」

 姉妹だけで過ごす夜。

 いつもと違う雰囲気。

 冬の夜は暖房があっても肌寒く感じるのに、なんだか葉月の心はポカポカと温かかった。
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