その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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穂月の小学校編

夏の大会で明かされる衝撃の事実、お嬢様そんなにはしゃいだら……活躍しちゃうんですね!?

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 6月に入って春よりも夏の色が徐々に濃くなり、湿度がグンと上がる東北地方の遅い梅雨も下旬にはやってくる。

 その前に日差しを注いであげようと考えたわけではないだろうが、普段よりも照り付けているような太陽の下、穂月はユニフォーム姿で球場のベンチにいた。

「はわわ、入部したばかりなのに試合なんて大変なのっ」

 やはりユニフォーム姿の悠里が、あわあわと手を振る。隣には沙耶もいた。

「1ヵ月足らずですしね。その状況でもレギュラーの座を掴んだほっちゃんとのぞちゃんは凄いです」

「おー」

 まるで他人事みたいな反応だと沙耶だけでなく悠里も苦笑する。

 両親にもレギュラーなのを報告した際、もっと喜べばと言われたが、穂月からすれば遊びの延長線上でソフトボールをしていて、気が付いたらショートのポジションを任せられていたのである。

 付き合いの長い穂月と朱華が共にいるからか、授業よりは真面目に部活動に励んでくれた希も、監督の柚に捕手の1番手に指名された。

「おーっほっほ、誰かを忘れてるのではなくて?」

 希に迫るだけの身長を誇るお嬢様口調の少女が、口元に手を当てた実にそれっぽい笑い方で横から登場した。

 穂月がお嬢様っぽい態度や言動に憧れを示したため、余計に酷くなったと陽向は嘆いていたが、とてもよく似合っていると穂月は思う。

「はわわ、守備が壊滅的なりんりんなの」

「……何気にゆーちゃんさんは毒を吐きますわよね」

 ロールヘアにしようとして失敗したようなウェーブが毛先にかかっている長い黒髪を手で払いながら、凛が端正な顔立ちを顰めた。将来は金髪にするのが夢だそうだが、さすがに今は怒られるので染められないそうである。

「ゆーちゃんは間違ってないです。お母さんからずっと教えてもらっていたわりに、ファーストでも私より下手ですし」

「い、意外と1塁は難しいんですわ。それに細々とした作業は苦手なんですの」

「おー、なんかお嬢様っぽい」

「そうでしょう、そうでしょう。さすがほっちゃんさんはよくわかってますわ。ほーっほっほ」

「ほーっほ――」

 穂月が途中まで真似したところで、後ろから慌てたように止められる。振り向いた先にいたのは中堅手の陽向だった。部内の誰より足が速く、動物的勘とでもいえばいいのか打球反応もピカイチ。さらには肩も強いので、朱華がセンターとしてなら全国レベルかもしれないと褒めていた。

 それなのにエースの朱華に続く2番手投手は穂月であり、彼女は3番手だ。理由はセンターからの送球はまともなのに、マウンドに立つとどうにも感覚が掴めないらしく、制球が崩壊するからだ。

「1人でも厄介なんだから、増えるんじゃねえっての」

 その陽向の打順は春までの3番から1番に変わっている。2番が希で3番が穂月、4番が朱華で5番は凛。ここまでの上位打線で可能な限り点を取るというのが監督である柚の立てた作戦だった。

「りんりんは打撃を期待されてのDPなんだから、今大会に限っては守備を考える必要はないわ」

 続いて朱華と監督の柚もやってくる。

 DPは指名されて打撃を行う選手であり、FPは守備を行う選手を差す。DPも守備についたり、FPも打撃をしたりできるなど、野球でいうところの指名打者制とは違い、慣れるまではなかなかややこしかったりする。

 朱華はそこが野球とはまた一味違って面白いところじゃないと、ルールを覚えるのに必死な穂月に優しく教えてくれながら笑っていたが。

「本当なら朱華ちゃんをFPにして投手に専念させたいんだけど、打撃力も部内でトップクラスだし、打線にいないとどうしても迫力に欠けるのよ」

「そこでこのわたくしですわ! 華麗な活躍で勝利をご覧にいれてみせますわ! 目指す憧れのあの人に近づくためにも!」

 当初はりんりんと呼ばれるのに難色を示したが、事前に陽向から忠告されていたのもあり、現在ではすっかり受け入れて――諦めて――いる。相手の愛称にさん付けをするのは独特だが、言っても直らないので穂月でさえも彼女の味の一つだと認識している。

   *

「はわわ、もうすぐ試合が始まるのっ」

「観客席にも結構人がいますね」

「おー、パパとママがいる」

 穂月の家族だけではなく、ベンチ入りメンバーの悠里や沙耶の両親もいる。

 娘の晴れ舞台を楽しみにしつつも、保護者たちでお祭り騒ぎをするのが目的のような気もするが、いつものことなので穂月は気にしない。混ざりたくはあるが。

「わたくしの初陣に相応しいですわ! 観衆の期待に応え、見事に全国大会への切符を掴み取ってさしあげますわ!」

「おー?」

「……その反応、まさか大会というものをよくわかってないわけではありませんわよね」

「あいだほっ」

 元気に返事をしてみたが、余計に相手の不安を煽ってしまったらしく、がっしりと凛に肩を掴まれた。

「この大会は夏の全国大会の予選なのですわ。5チームでトーナメント戦をして、優勝チームがその全国大会へ進めますの」

「たくさん点を取れば勝てるんだよね」

「それはそうですが、1回戦から準決勝までは7イニング制であっても90分を過ぎたら新しいイニングには入らないんですの」

「同点だったらどうするのー?」

「タイブレーカーといって、前のイニングの最後の打者を2塁に置いて、無死2塁から行うんですの。2イニングで勝敗がつかなければ、抽選になりますわ」

「おー」

 物知りな凛に拍手をすると、何故か複雑そうな顔をされる。

「わたくしとしては自分が出場する試合について何も知らない方がどうかと思いますわよ」

「そこはほっちゃんだからね。他にリエントリーとかあるけど、基本的には柚先生の指示に従って動けばいいわけだし」

 トレードマークの赤いリボンを揺らしてからから笑う主将の朱華に、凛も愛想笑いを浮かべようとしたがその頬は引き攣っていた。

   *

 大会は2日に渡って行われる。穂月たちの小学校は初戦に11-0の4回コールドで勝利し、次戦は朱華の疲労を考慮して、3イニング目から穂月が登板。希とのバッテリーに互いの母親が観客席でキャアキャアはしゃぐ中、見事に役目を果たして9-2の5回コールドでシード校相手に堂々の勝利を収めた。

 そして2日目の今日、午後1時に穂月たちの出場する決勝戦が始まる。

「またコールドをすればいいのー?」

 相手の守備練習を眺めながらベンチで沙耶に問うと、凛に負けず劣らず物知りな彼女が教えてくれる。

「準決勝までは3回で15点差、4回10点、5回以降は7点の差でコールドゲームになりましたが、決勝戦には時間制限も含めてないんです」

「おー」

「……ですから、少しはご自身で覚えてくださいませ」

 注意しながらも諦めきっているような凛の肩を、陽向がどんまいと叩く。

 直後に朱華から「まーたんも同類でしょ」と脳天に弱めのチョップを食らっていたが。

「それに決勝の相手はコールドなんて考える余裕はないわよ。全国大会の常連校でうちもいっつも優勝を阻まれてきたんだから」

 悔しそうに歯噛みする朱華の隣で、目を細めた陽向も真剣に頷く。

「途中まではいい勝負になるんだが、相手のピッチャーからなかなか点が取れなくて、去年の春、夏、秋、おまけに今年の春と全部あと少しのところで負けちまうんだよ」

「でも今年は違うわ。ほっちゃんとのぞちゃん、それに火力だけなら最強クラスのりんりんだっているもの」

「火力だけという表現に思うところがないわけではありませんが、是非ともお任せいただきたいですわ。憧れの菜月様みたいにわたくしが勝利に導くのです!」

「菜月ちゃん?」

「ええ、お母様の先輩で緻密かつ大胆な采配で高校生の時に全国大会でベスト8にもなったのですわ」

「……どこかで聞いたことのある話ね」

 決勝戦の前に部員の気を引き締めようとしていた柚まで、興味を惹かれたように会話に加わる。

「お母様はバッテリーを組んでいた愛花様派なのですが、わたくしは断然菜月様派なのです。いつかお会いしてみたいですわ……って、どうしたのですか、のぞちゃんさん」

 普段はあまり接点のない希にいきなり肩に手を置かれ、サムズアップまでされた凛は驚きを通り越して恐怖すら覚えたみたいだった。

「のぞちゃんも菜月ちゃん好きで、いつも穂月の家で遊んでもらうから仲間だと思ったんだねー」

「なるほど、そういうことでしたのね。
 いつも遊んでもらっているのであれば――え?」

 面白いくらいに凛の動きがピタリと止まった。

「ど、ど、どういうことでございやがりますか!?」

「はわわ、りんりんが壊れちゃったの」

 穂月に掴みかからんばかりの勢いだったので、悠里と沙耶が一緒になって凛を食い止める。

 それでも前のめりな少女に、穂月はごくごく普通に母親の妹だと告げた。

「お家に部屋もあるから、お正月とかには帰って――」

「――ほっちゃんさん!」

 台詞の途中で両手を両手で包まれ、目をパチクリさせる穂月にキスでもしようかという勢いで凛が顔をグッと近づける。

「わたくしたち、友達ですわよね!? ね!? いいえ、もう決定ですわ! 決して逃れられない運命の鎖で繋がれているんですわっ」

「……おい、なんだかストーカーみたいなことを言い出したぞ」

 呆れて凛を指差す陽向に、止めるべきキャプテンは「面白そうだから少し見てましょう」と半笑いで判断を下す。

「お友達であれば! お家に招待していただけますわよね!? ね!? ね!?」

「あいだほっ!」

 友人を家に招くのはいつものことだし、演劇仲間が増えるかもしれないと考えれば凛の申し出は穂月にとって歓迎すべきものだった。

 予想外なのは空まで飛んでいきそうな凛の喜び具合だけである。

「ええ、もう、最高にあいだほですわあああ」

   *

 憧れの菜月と会えるかもしれないと興奮しまくりの凛は、穂月たちの前で決勝戦にも関わらず2本目のホームランをたった今、打席で放った。

「おーっほっほ! ほーっほっほ!」

「はわわ、相手チームがドン引きしてるの。りんりん、凄いの」

「凄い……んですかね?」

 悠里の隣でベンチメンバーの沙耶が呆れる。高笑いを大空高く響かせながらダイヤモンドを一周した少女の顔は誰より輝いていた。

「どうやらりんりんはテンションで実力が左右するタイプみたいね。これもお嬢様っぽいと言えばいいのかしら」

「要するにムラッ気があるってこったろ? 悪い方向に出てんならともかく、ほっちゃんのおかげで絶好調になってんだ。お嬢様もどきの作った流れに、俺たちも乗ってやろうぜ」

「お待ちください、いかにまーたん先輩といえど、わたくしをもどき呼ばわりは許せませんわ!」

「だってりんりんの家、普通だったじゃねえか」

「うぐっ」

 心臓に矢でも刺さったかのようなポーズで硬直するお嬢様もどき。

 あまりにも態度がお嬢様過ぎるので、もしや本物ではと半ば強引にとある日の部活後に穂月たちは彼女の家を見に行ったのである。

 一軒家ではあったが、穂月の家よりも規模は小さく、希の家と同じくらい――つまりは普通の家庭だった。

 その時はたまたま凛の母親が外出中で、お邪魔せずに帰ったのもあって今日まで菜月の後輩だったという事実はわからなかった。

「おかげでさらに謎が深まったのよね。
 どうしてりんりんはそんなにお嬢様してるの?」

「前にも説明したと思いますが、お母様の教えですわ」

 ふふんと背中を反らす凛。身長は希の次くらいに大きく、同学年の生徒に比べて成長が早いので、そうするとふくらみの存在がわかる。

 朱華が少しだけ悔しそうに目を逸らす中、沙耶が疑問をそのまま吐き出す。

「そのお母さんもお嬢様ではないんですよね? どうして娘のりんりんをお嬢様らしくしたかったんですか」

「それなら簡単ですわ」

 理由を知っているらしく、凛がピッと人差し指を立てた。

「先ほども話しました愛花様にお母様は憧れていたんですが、外見は完璧なお嬢様なのに幾らお願いしても言葉遣いを直してくださらなかったのが心残りだったらしいんですの」

 穂月以外先が読めているみたいで、何人かがまさかと口元をヒクつかせる。

「お母様があまりにも寂しそうでしたので、園児だった当時、それならばわたくしが完璧なお嬢様になってさしあげますと宣言したのですわ! そこからわたくしとお母様の辛くも美しいお嬢様道が始まったのです!」

「いや、お嬢様がソフトボールなんてやらねえだろ」

「フッ、甘々ですわよ、まーたん先輩。古今東西お嬢様といえばスポーツ。テニスが筆頭とはいえ、ソフトボールや野球に登場する確率もそれなりに高いのですわ!」

「おい、漫画とかアニメの話が混ざりだしたぞ」

「はわわ、ゆーちゃん、そろそろ試合を見るのに戻るの」

「そこのお二人っ! わたくしを痛い子扱いするのはおやめくださいませ!」


   *

 ベンチでわけのわからない大騒ぎをする穂月たちも、試合には真面目かつ真剣に臨む。そうしなければ相手に失礼だし、何より油断したままでは足元を掬われかねない。

 柚や朱華が部員たちに檄を飛ばし、リードを保ったまま、グラウンドで穂月はゲームセットのコールを聞く。

 スコアは9-3。

 凛の大活躍もあって、葉月や菜月の母校と統合して今の小学校になって以来、初めてソフトボール部が全国大会への出場を決めた瞬間だった。

   *

 8月の全国大会の舞台は北海道。

 エースの朱華が奮闘し、3勝もして、ベスト8の好成績で全国大会を終えた。
 それでも朱華は菜月たちが高校で得た記録を超えられなかったと悔しそうに涙し、自分が引退後の主将に陽向を指名した。

 全国大会出場のご褒美に、帰る前に少しだけ観光を楽しんだ。

 その頃には朱華も笑顔を取り戻していて、一緒に観て回った穂月に中学校でもソフトボールをやるんだと楽しそうに教えてくれた。

 もっと小さいころからずっと見てきた背中はなんだか大きくて、試合中の時からショートのポジションで感じていたが、改めて穂月は幼馴染の女性を恰好いいと思った。
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