その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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穂月の小学校編

朱華の卒業式で珍事件発生。卒業生より保護者より号泣した在校生はその後のパーティーでも暴走しました

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「そっち行ったよー!」

 春も間近な小学校のグラウンドに、女児の元気な声が木霊した。

 雪解けも進み、春の匂いと一緒に顔を出した土は少し柔らかい。久しぶりに踏んだ感触に思わずにんまりとしながらも、穂月は飛んできた白球を華麗にグラブへ収める。

「ほっちゃん、ナイスキャッチです!」

 右翼の守備に就いていた沙耶が、中堅手として見事な守備を披露した穂月に賛辞を贈る。

「内野だけじゃなくて外野も上手いなんて凄いです」

「えへへ。藍子先生には部活だけじゃなくて、勉強も頑張りなさいと言われちゃうけどねー」

「でも、ほっちゃんの成績は上がってるの。ゆーちゃんが保証するの!」

 左翼にいた悠里も、話をしていた穂月と沙耶の元にやってきた。けれど雑談は始まらない。キャッチしたばかりのボールを内野に戻さないといけないからだ。

「ハッ! 引退した6年に、俺の球が打てるかよ」

「相変わらずまーたんは威勢が良いわね。私がその鼻っ柱をへし折ってあげるわ」

 新たに打席に入り、マウンドに立つ陽向と対峙したのは今春で小学校を卒業する朱華だった。

 短い3学期の終わりには卒業式が控えている。その前に所属していた6年生のお別れ会をやろうと、放課後にソフトボール部員で集まったのだ。ベンチでは顧問の柚も6年生対下級生の対決を見守っている。

 お互いに9人もいないので変則的な試合形式にはなっているが。

「うりゃあああ!」

「ちょっと! 危ないでしょ!」

 体のスレスレを通ったボールを目で追いながら、朱華が抗議する。

「悪い、手が滑った」

「わざと当てるコントロールなんてないくせによく言うわ」

 陽向が極度のノーコンなのは周知の事実だが、ゆるゆるのボールを投げればそこまで酷くない。

 送別会を兼ねたこの試合は接待みたいなものなのだから、6年生には楽しく遊んでもらおうと事前に決めていたのだが、どうやら元主将の朱華にだけは事情が違うみたいだった。

「どうしても私を抑えたいなら、ほっちゃんに代わってもらいなさい」

「それは無理だな」

 朱華が理由を尋ねると、照れ臭そうに頬を掻きながら陽向が答えた。

「あーちゃんに見せたいんだよ、俺の成長した姿を。世話になったしな……ソフトボール部も楽しいし」

「そういうことなら、デッドボールにだけは気を付けてよね」

 直後の投球で奇跡的にストライクコースに投げられた陽向だが、全力でもど真ん中の直球は朱華に通じず、グラウンドの奥深くまで打球を飛ばされた。

   *

 穂月の通う小学校では4年生から卒業式に在校生として出席する。

 去年まではあまり関係のない行事だったが、今年は何かと振り回されもしたが、よく面倒を見てくれた朱華が卒業するので、参加できるのはありがたかった。

 各クラス出席番号順に座って卒業生の入場を見守る。その際は立ち上がって拍手をする。

 赤と白の幕で彩られた体育館の後方には卒業生の保護者も大勢いた。その中には朱華の母親の姿もある。

「あーちゃん、きたよ」

 考え事でボーっとしていた穂月に、前の席の悠里が振り返って教えてくれた。

 中学校の制服を着こなして颯爽と歩く朱華は本当に年上のお姉さんっぽくて、なんだか身近な存在ではなくなってしまったような気がした。

 ほんの少しだけ寂しくなったが、穂月たちの前を通り過ぎる際、こっそりと微笑んでくれた姿に胸が熱くなる。

「あーちゃん、綺麗だね」

「うんっ、綺麗なお姉さんになってる」

 厳かな雰囲気をぶち壊さないよう小声で会話をする。

 卒業生の入場と着席が終わり、卒業証書の授与が行われる。独特の湿っぽい雰囲気に感化されたのか、あちこちで鼻を啜るような音が聞こえる。

 流れに逆らえずに感動に包まれそうになった穂月だが、突如として場に響いた嗚咽に目をパチクリさせる。

「なんだか、すごく泣いてる人がいるのっ」

 悠里にも聞こえていたらしく、こっそりとまた穂月に話しかける。

「感動してるんだね、誰かのパパかママかな」

「でも保護者席からじゃないような気もするの」

 そう言ってきょろきょろした友人が、とある一点を見つめて硬直した。

「……まーたんだったの。とんでもない号泣ぶりなの」

「おー……」

   *

 卒業式後、中庭で朱華を待つ穂月たち一同の話題の中心は、もちろんシンとした空間で大号泣をしでかした陽向である。

 散々、朱華の卒業なんてどうとも思わないと前日まで言いまくっていながらの惨事だったため、多少なりともからかわれるのは仕方がない。

「だからっ! 目にゴミが入っただけだって言ってんだろ!」

「そのわりにはとんでもない泣きっぷりでしたわよ」

「……りんりんだけ次の部活で練習倍な」

「横暴ですわ!」

 騒いで誤魔化してみても、すぐに寂しさが舞い降りる。

 なんやかんやで朱華は穂月たちのリーダーだった。その彼女がいなくなるという事実に、まだ現実感がついてこない。

「おいおい、お前らがしんみりしてどうすんだ。せっかくの晴れ舞台なんだから、笑顔で見送ってやろうぜ」

「尋常じゃない号泣ぶりで、保護者ですらドン引きさせた人間の台詞とは思えないです」

「……沙耶は練習3倍な」

「本当にやったらストライキの決行確定です」

「あっ、あーちゃんが出てきたよ」

 友人たちと一緒だったが、穂月が手を振ると、朱華は笑顔で駆け寄ってくる。

「あーちゃん、卒業おめでとー」

「ありがとう、ほっちゃん。うわあ、綺麗ね」

 受け取ったばかりの花束に、本当に嬉しそうに軽く頬ずりをする。

 他の卒業生が目を赤くしているのを見て、穂月も勝手に朱華がしんみりしていると思っていたが、

「ところで見て、これ! ママに買ってもらったのよ、スマホ!」

 卒業祝いに買ってもらったというスマホを自慢しまくる姿は、寂しさを微塵も感じさせないほど楽しそうだった。

「あーちゃん、もう小学校に通えないのに寂しくないの?」

「全然」

 穂月の問いかけに、朱華は満面の笑みを見せた。

「だって住んでるお家は変わらないし、大好きな皆にはいつでも会えるもの」

「そっか……そうだねっ」

   *

 卒業式後に友人らと遊びに行った朱華の帰宅を待ってから、柳井家では彼女の卒業記念パーティーが開催された。

 穂月の母親の代からこうした催しものは幾度もされきたので、誰もが慣れっこな感じで楽しむ。

 かくいう穂月も卒園した時に祝ってもらった。ちなみに入学式の際にも軽く食事会が開かれる。

 元々は家族内だけで祝っていたらしいが、年月が経過するにつれて仲の良い友人も呼ぶようになり、現在の形に落ち着いたのだという。

「あーちゃん、おめでとー」

 卒業式の直後に学校で花束は渡したが、それ以外にも穂月たちはお金を出し合ってプレゼントを購入した。ブックカバーと栞だ。

「皆、ありがとう」

 嬉しそうな朱華がすかさずスマホを持つ。

「皆で撮影しましょう」

 何度も写真を撮り、気に入った一枚を朱華が待ち受け画面にする。ダサイだの言いつつも、一番嬉しそうなのが陽向だった。

 皆で食べて飲んで遊んでとしているうちに、大人たちと子供たちで明確に分かれ始める。

「そう言えば、ほっちゃんはソフトボール部はどうするの?」

「うーん……どうしようかな」

 現在のキャプテンである陽向同様に、半ば強引に勧誘されたようなものだった。取引こそしたが、とりあえず一年だけと入部してみた。それなりに楽しかったが、やはり穂月にとってもっとも楽しいのはお芝居だ。

「部活をしなければ、放課後にもっと皆で劇ができるかも」

 その一言に愕然としたのが陽向だった。

「ま、待ってくれ! ほっちゃんに抜けられたら、のぞちゃんやさっちゃんまで抜けちまうじゃねえか!」

「……ゆーちゃんの名前がなかったのがとても悲しいの」

「大丈夫ですわ! わたくしがいる限り、ソフトボール部は永遠に不滅ですわ。おーっほっほ!」

「だああ、余計な口を挟むな! ゆーちゃんにはごめん。俺が悪かった」

 ツッコミと謝罪を器用に織り交ぜつつ、陽向が穂月に縋り付く。

 秋の大会では穂月と希、DPの凛だけでなく沙耶もレギュラーの座を掴んだ。

 主戦力は現在の4年生であり、凛以外は穂月が入部するならと一緒にソフトボールに励みだしたメンバーだった。

「うう、ゆーちゃんは上手くならないから、ほっちゃんがいないなら残っても仕方がないと思うの」

「ソフトボール以外の運動でも、体をほぐせるはずです」

 無言の希は言わずもがな、悠里と沙耶も穂月と行動を共にするだろう雰囲気に、ますます陽向が頭を抱える。

 それでも悩む穂月の顔を、両肩をガシっと掴んだ陽向が正面から覗き込む。

「残ってくれないなら……」

「くれないなら?」

「泣くぞ」

「おー?」

「号泣だ。ほっちゃんの教室で今日の卒業式以上に号泣してやるからなあああ!」

「……それって脅しになるんですの?」

「自滅するだけだと思うの」

「ほっちゃんが辞めるかもしれないのが恐怖過ぎて、混乱しているみたいです」

「おー」

 腰を抱きかかえるようにして哀願する陽向をどうしようか悩んでいると、苦笑を顔に張り付けた朱華が、

「私としては続けて欲しいかな。きっと他の部員も、まだほっちゃんと一緒にソフトボールをしたいと思ってるだろうし」

「んー……」

「んー、じゃないだろ! いつもはもっと元気にすぐあいだほって言うじゃねえか! あーちゃんの代で全国大会まで行ったのに、俺の代で地区最下位になったら惨めすぎるだろおおお」

 陽向の涙と鼻水を溢れさせながらの説得は、パーティーの間中続けられた。
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