その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

捨て台詞が原因で殴り込みをされました、泣きを入れてもお姉ちゃんたちは容赦ありませんでした

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 ランニングが終わった直後に、春也は大分見慣れたグラウンドをおもいきり踏みしめた。恨みなどがあったわけではなく、ひとえに悔しさからだ。

「くそっ、せっかくまーねえちゃんにいいとこ見せるチャンスだったのに!」

 歯軋りしかねない勢いに、上級生も下級生も苦笑する。こっぴどく監督に叱られたのもあり、部員全員が昨日の出来事を知っていた。

「内緒にしてくれって頼んだのに、姉ちゃんは秒で暴露するし。おかげで昨日の晩飯はあまり味を感じなかったんだぜ」

「笑い者になるくらいならまだいいよ。僕なんてお姉さんに変質者扱いされたからね。真顔で寄らないでと言われるのがあんなに辛いなんて知らなかったよ」

 後で冗談だと知らされても、その時は生きた心地がしなかったと晋悟は盛大にため息をつく。

「で、元凶のお前はどうだったんだよ」

 朝からテンションの低かった春也や晋悟と違って、執念を実らせて姉のグラウンドへ押し寄せた智希はいつもと変わらなかった。

「母ちゃんが何やら言ってたが、隣で眠る姉さんを見守るのに忙しくて覚えてない」

「そういう奴だったな、お前は。けど面倒を起こしすぎて、のぞねーちゃんへの接近禁止令みたいなのを出されたらどうすんだ?」

「俺が守るわけないだろう。姉さんへの想いは誰にも止められんのだ」

「俺、何でこいつと友達なんだろうな」

「1人で放っておくと何をしでかすかわからないからね」

 本気で首を傾げた春也の肩に、俯き加減で笑う晋悟が手を置いた。

「やれやれ……にしてもやっぱり悔しいよな。試合なら絶対、負けなかったぜ」

「春也君も負けず嫌いだよね。同意してあげたいところだけど、僕たちはソフトボールに慣れてないから、そうそう上手くはいかないと思うよ」

「相変わらず慎重っていうか弱気な奴だな。そんなに心配しなくても、いざ試合になったら俺がガツンと――」

「――殴り込みだ!」

 得意げに拳で掌を叩いていると、そんな声がグラウンドに木霊した。

 一気にザワつく野球部員の視線を浴びながら、砂煙でも上げるようにザッザッと歩いてきたのはユニフォーム姿の女子の集団だった。

「姉ちゃん!?」

 春也が目を剥いていると、横からドンと押し退けられた。慕ってやまない姉の登場に、智希が猛ダッシュしたせいだ。

「愚者の檻に閉じ込められた俺を姉さん自らが救い出しに来てくれるとは……今こそ決断の時! さあ2人で永遠へ繋がる都を目指しましょう!」

「はいはい、智希はちょっと大人しくしててね」

「お姉さん!?」

 綺麗に地面へ転がされた友人への心配もそこそこに、晋悟が先頭に躍り出た女子の姿に双眸を見開いた。

 1人だけ違うユニフォームに身を包んでいる朱華は、今年の春から市内の南高校に進学している。どうしてここにいるのかと晋悟が驚くのも当然だった。

「練習が休みだったからほっちゃんのとこに遊びに行ったら、試合なら勝てると捨て台詞を吐いて逃げた愚物どもがいるって言うじゃない。愚弟はそんな話してなかったから、驚いちゃったわ。そこで私が芽衣先生や実希子コーチを説得して殴り込みに来てあげたのよ!」

 腰に手を当て、さらにはビシッと人差し指を突き出す朱華。容姿端麗なおかげか実に絵になっている。

「来てあげたって、それはさすがにマズいよ。穂月お姉さんの学校に迷惑をかけてるし、うちの学校だってそんな――」

「――ああ、それなら俺が許可した」

 背後からのっそり現れながら、当たり前のように頷く監督に晋悟が絶望する。

 だが春也は智希ほどではないが目を輝かせていた。昨日の汚名を返上する絶好の機会だ。

「つまり姉ちゃんたちと試合していいってことか。ふふん、これはあれだな。飛んで火に入る夏の虫ってやつだな」

 指を差し返し、春也は不敵に嗤う。寝付けなかったわけではないが、無様に負けたせいで昨日の夜も大分悶々としてしまったのだ。雪辱できるなら、是非ともしてやりたかった。

「私とほっちゃんたちの連合チームと野球部の試合よ。準備ができたら始めましょう」

   *

 コーチの実希子が事前に監督に連絡を入れて許可を取っていたらしいので、殴り込みというより変則的な練習試合みたいなものだった。

 子供の頃と体育の授業でソフトボールは経験しているが、姉みたいに本格的に学んでいるわけではない。それでも野球部員の自分が負けるとは、春也は砂粒ほども思ってなかった。

「先輩、きっちり頼んますよ」

 ショートのポジションからマウンドの6年生に声をかける。最初は戸惑っていたみたいだが、普通に練習するよりは楽しそうだと感じたからか、今では他の部員も含めてかなり積極的になってくれている。

「そんなに簡単にいくかしらね」

 先攻の女子チームで真っ先にバッターボックスに入ったのは朱華だった。わざわざ中学校から持ってきた金属バットを借り、豪快なスイングを繰り返す。

「調子に乗ってる愚弟どもに吠え面かかせてあげるわ」

「昨日かかされたばかりだし、僕は調子に乗ってないんだけど……」

 大きな声だったのでセンターにいる晋悟まで聞こえたみたいだが、小さく漏らした呟きに反応する部員は誰もいなかった。

 ぐるぐる腕を回すのではなく、どこかサイドスローに近い感じで6年生が初球を放る。

 春也は朱華の空振りを想像してニヤリとする。ソフトボール勝負だからといって、簡単に負けてもいいと6年生が思ってないのはボールの勢いを見れば明らかだった。

「今日こそ恰好いいとこを見せまくって、まーねえちゃんに褒めてもらうんだ!」

 守備のためにグッと腰を下ろした直後だった。実に甲高い音が響き、あっという間に打球が深々と外野の間を破ったのである。

 朱華は快足を飛ばして3塁にまで達し、僅か1球で窮地に陥ってしまった。

「おいおい……」

 朱華のスイングの鋭さに、春也の頬に冷や汗が流れる。他の部員は「手加減のしすぎっすよ」などと笑っているが、そんな話でないのは一目瞭然だ。

「そういや……姉ちゃんたちの本気のバッティングを間近で見るのは久しぶりかもしれないな……」

 春也は陽向を、智希は希をメインに応援するため、時間が合えば姉たちの試合を観に行っていたが本気で対戦するのは初めてだった。

 観客席と同じグラウンドに立つのでは迫力も受ける印象もまるで違う。続く2番の穂月にクリーンヒットを打たれ、あっさり先制点を奪われる光景を目にしてはさすがにこれまでの楽天的な思考を続けるわけにはいかなかった。

「中学生と小学生の違いはあっても、俺たちだって野球部で毎日頑張ってるんだ! そう簡単にやられてたまるかよ!」

 先輩に檄を飛ばす春也だったが、3番の希にはタイムリーツーベースを打たれ、4番の凛にはフェンスのないグラウンドの奥深くまで飛ばされ、悠々とランニングホームランを献上。さらには5番の陽向にまで同様の本塁打をお見舞いされ、1回表の攻撃が終わった時点で早くも5-0になっていた。

   *

「……嘘……だろ……」

 昨日の勝負でわかりきってはいたが、姉のボールは簡単に打てる代物ではなかった。そもそも当たり前のように何年も連続で全国大会で結果を残しているのだ。穂月自体が同年代では超級の投手なのである。

 野球部で活躍するようになって、メキメキと成長していた鼻っ柱を完膚なきまでに叩き折られてようやく痛感した。

 スコアは13-0。4回が終わった時点で監督と向こうのコーチの申し合わせでコールドゲームが決定した。しかもパーフェクトのおまけつきである。

「去年、全国大会に出て調子に乗ったみたいだが、野球で強いからといってどの種目でもそうとは限らない。ソフトボール部の皆さんだって厳しい練習を経て今の実力を身に着けているんだ。わかったらアホな行動ばかりして先方を困らせるな。あと失礼な態度を取ったのをしっかりと謝るんだぞ」

 監督の言葉は正論そのものだが、だからといって納得できるかは別の話だ。部員の大半が悔しそうにしているのがその証拠である。

「ふふん、今ならムーンリーフのチョココロネで許してあげるわよ」

「ぐ……! 確かにあーねえちゃんたちは強い。それは認める。でもソフトボールじゃなく、野球なら負けてない!」

「おいおい、春也はまだ懲りてねえのかよ」

 陽向に呆れられて胸が痛んだが、やられっぱなしでは終われない。春也にだって意地がある。

「なら野球でもうひと勝負といこうぜ。向こうの監督さんも電話した時に言ってたけど、たまに別の球技をするのはいい刺激になるからな」

 智希の母親が認めたことで、急遽種目を野球に変えての再戦が決定した。

「野球ならこっちもんだ! 目にもの見せてやる!」

   *

「……で結局負けたと」

 日課の素振りを庭で行いながら、春也は強く唇を噛んだ。傍で見守っている父親に苦笑されても、事実なのだから文句などとても言えない。

 志願して春也がマウンドに立ったのでガンガン点を取られたりしなかったが、朱華と穂月は夏の大会を控えているのでと、代わりに投手を務めた希がとんでもなかった。

 春也と変わらないくらいの球速が出てるのではとチームメイドが驚く中、切れ味鋭いカーブまで駆使してきて見事に翻弄された。

 動揺と焦りが投球に出てしまったのか、中盤で朱華、穂月、希、凛、陽向という強力なメンバーに上手く攻略され、終わってみれば3-1の敗戦となった。

「それで自信でも失くしたのか?」

「全然っ!」

 バットを握る指に力を入れ、闇夜を切り裂くように振るう。汗が飛び散り、息が弾んだ。

「次は絶対勝ってやるんだ。そのためには練習あるのみだぜ!」

「その意気だ! にしても穂月たちの世代は小学校で全国制覇しただけあって逸材揃いだな」

「なのに自分たちの代では優勝できなかったって、あーねえちゃんは悔しがってたけどな」

「朱華ちゃんが主力の時は、穂月たちはまだ2年下だからな。いくら実力があるとはいっても、その時の相手チームのレギュラーとはそんなに実力差がないんだろう」

「姉ちゃんたちも頑張ってるんだよな……よし、俺もやってやるぞ!」

 月に向かって吠えながら、春也は今日から素振りの回数を増やすことに決めた。
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