その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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孫たちの学生時代編

北海道への3泊4日の修学旅行で知ったのは、友人の有難さと酔い止めの大切さでした

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「おー。ママから聞いてた通りだー」

 座席に膝立ちした穂月は、窓から流れる景色に目を細める。

「ほっちゃんは新幹線は初めてですか?」

 ボストンバッグを置いた沙耶が、斜め向かいに腰を下ろしながら聞いてきた。

「ううんー、何度も乗ったことあるよー。でも学校の皆っていうか、子供だけでっていうのは初めてだから新鮮なんだ」

「ゆーちゃん、楽しみ過ぎて昨日はあんまり眠れなかったの!」

 沙耶の隣、穂月の正面に座っている悠里がグッと顔を突き出してきた。瞳がキラキラしており、小動物みたいでとても可愛らしい。

「じゃあ、新幹線の中で寝てる?」

「そんな勿体ないことできないのっ」

 ブンブンと腕を振る悠里の頭を撫でていると、何かが肩にぶつかった。

「のぞちゃんはもうおねむみたいだねー」

「私たちの座席を回転させるところまでは起きていたはずなのですが」

「寝る子は育つって言うから、前にちょっとだけゆーちゃんものぞちゃんを真似てみたけど、横に成長しただけだったの……」

 希の顔を覗き込んだ沙耶の隣で、悠里が露骨にしょんぼりする。彼女も成長してはいるのだが、その速度は非常に緩やかだからだ。

「もっと大きくなって、のぞちゃんみたいなモデル体型になりたかったの!」

「でも穂月は今のゆーちゃん、可愛くて好きだよ?」

「……このままでいいような気がしてきたの」

「ゆーちゃんは現金ですね」

 そう言いながらも沙耶は微笑ましそうだ。小学校からの付き合いなので、恒例のやりとりになりつつあるからかもしれない。

「せっかくの修学旅行だから嫌なことは考えずに楽しむの! 4人で素敵な思い出を作りまくるの!」

「……本気で泣きますわよ」

 ジャンケンで負け、1人だけ別席になってしまった凛が悠里の背後からヌッと顔を出した。

「ひいい、背後霊なの! 誰か除霊をしてほしいの!」

「ゆーちゃんさんはいつもわたくしにだけあんまりですわあああ」

 これも日常的なやりとりなので、クラスメートも悪意なく笑って終わる。それだけ穂月たちの仲の良さが有名な証拠でもあった。

 仲間外れみたいになった凛だが班自体は5人1組なので同じである。新幹線の座席だけが2人1組になるのであぶれてしまったのだった。

 もっともペアになったのはソフトボール部だった子なので、会話が成立しないなんてことはない。

「そうですよ、ゆーちゃん。それに霊なんていないんですよ? すべて科学で証明できることばかりなのですから」

 真剣な顔つきで沙耶が人差し指を立てる。

「さっちゃんさん、膝が震えていますわね」

「おばけとか苦手だから仕方ないの」

「そ、そんなことはないです! 非科学的な現象が許せないだけです!」

「じゃあ今度一緒にお化け屋敷に行ってみる?」

「ほっちゃん……」

「おー?」

 気を遣ったつもりが涙目で見られ、困惑する穂月だった。

   *

 新幹線の移動は快適だが時間もかかる。普段なら退屈を持て余すかもしれないが、修学旅行となれば周りは生徒ばかりなのではしゃぐ者が続出する。

「こら、他の車両には一般のお客さんも乗ってるんだから騒がないで。言うこと聞いてくれないと生活指導の先生を呼んでくるわよ」

 生活指導は野球部の監督でもある体育教師だ。非常に怖く、体格もガッシリしているため生徒――とりわけ男子からは恐れられている。

 なんとか自分の席に戻った教え子を見て、芽衣はふーっと安堵の息を吐いた。

「穂月ちゃんたちは大人しく過ごしてくれているみたいね、助かるわ」

「アハハ、芽衣先生、お疲れ様」

「私にも経験はあるから、騒ぎたい気持ちはわかるんだけどね」

 芽衣は教師陣の中では若く、綺麗でもあるため生徒からの人気は高い。思春期の男子は特に憧れを抱いていたみたいだが、彼氏がいると以前に公言したことで数多くの者を落胆させた。

「芽衣先生もこの学校出身なんだよねー?」

「そうよ。だから修学旅行の行き先も皆と同じだったわ。仲の良い男子が2人いたんだけど、そのうちの1人がはしゃぎまくるタイプでね……」

 皆でポッキーを食べつつ、女担任の昔話に耳を傾ける。

「もう1人の男の子とやきもきしながら過ごしてたわ。でもその子も大人になって落ち着いて、今じゃ小学校時代の恩師と結婚して1児のパパよ」

「そうなんだー」

 どこかで聞いたことのあるような話だなと思っていると、芽衣は意味ありげに微笑んでいた。

「でも今になれば良い思い出ね。皆もそういうのをこの旅行で1つでも多く作ってね」

「うんっ、芽衣先生も一緒」

「ふふ、ありがとう。穂月ちゃんたちとは3年間、クラスも部活も一緒だったから感慨深いわ」

「でも珍しいですよね」

 沙耶が首を傾げると、内緒よと女担任は自分の唇に人差し指を当てた。

「1年の時だけは偶然だったけど、柚先生から皆をよろしくって頼まれてたから頑張ったの。ある意味で穂月ちゃんたちは有名だったから、それならって感じで任せてもらえたのは幸運だったわ」

「……何やら問題児軍団扱いですわね」

「それもこれもりんりんが無駄にお貴族様ぶるからなの」

 背後から顔だけを出している凛が溜息をつくと、すかさず悠里が横目で睨んだ。仲が悪いわけではなく、この2人は部活などでも一緒に行動することが多かったりする。

 以前に穂月の母親は2人を見て「実希子ちゃんと好美ちゃんみたい」と笑っていた。

 ちなみに普段からのやりとりのせいか、演劇で確執のある役どころだったりすると、とても生き生きと演技してくれる。

   *

「ふうふう。どうして学校というのは生徒に山登りさせたがるのか、ゆーちゃんにはてんで理解できないの」

 途中で拾った木の棒を杖代わりに歩く悠里は、とても恨みがましそうだった。隣には凛がいて、時折背中を軽く押してフォローしてあげている。

「ソフトボール部を引退してまだ2ヵ月と少しですわよ? いかに体力不足気味だったとはいえ、弱り過ぎでですわ」

「うう……何も言い返せないの……」

 ちなみに穂月は順調に登山中で、小学生の頃は運動不足を嘆いていた沙耶も軽く息を弾ませている程度だ。悠里も毎日練習している時はそれなりに動けていたのだが、すっかり体が鈍ってしまったみたいである。

「でもほっちゃんと夜景を見たいから頑張るの」

「その意気ですわ! いざとなればわたくしが背負って――」

「……よろしく」

「のぞちゃんさんはご自分で歩いてくださいませ! その気になればわたくしより体力があるのはわかっておりますわ!」

 それでも根が優しい凛は希を振り払えず、仕方なしに引き摺るようにして足を前に進めていた。

   *

「うわあ、綺麗だねー」

 穂月が歓声を上げると、周りにいる仲間たちも揃って頷いた。瞳に映る星空はまるで宝石箱のようで、バックに演じられたらどんなに素敵だろうと思わずにはいられない。

 そんな穂月の様子がわかったのか、希が肩に顎を乗せてきた。

「……夜で視界が悪いから踊ったりしたら駄目。落ちたら危険」

「アハハ……のぞちゃんには穂月の行動がお見通しだね」

「のぞちゃんだけでなく、全員がお見通しです」

 楽しそうに沙耶が笑い、悠里と凛もそれに続く。

「時折グラウンドでも何やら演技してたの」

「お題目はグラウンドの淑女というところだったのかもしれませんわね」

「うわあ、バレバレだったんだね」

 こっそり練習していたつもりだったので、見られていたことよりも隠せていると思っていた自信の方が恥ずかしくなる。

「ほっちゃんは昔から何かを演じるのが大好きでしたものね」

「うんっ、だから皆と一緒に劇をやれてすっごく楽しかった!」

「文化祭では大勢の人に喜んでもらえて私も嬉しかったです。コンクールの方は残念でしたけど」

 若干悔しそうにする沙耶の肩に、背後から悠里が腕を回す。

「でも一緒の舞台に立てたのはかけがえのない思い出なの!」

「……ほっちゃんに影響された子たちも順調に増えてる」

「おー」

 希が言った通り、演劇部は穂月が抜けても存続できるだけ部員が集まっていた。来年からは単独で活動するらしい。

「むしろ芽衣先生も最後は演劇部の方にノリノリでしたものね。来年からは他の先生がソフトボール部の顧問になるみたいですわ。もっとも始まりが始まりなので、ソフトボール部員も希望すれば演劇部と掛け持ちできるみたいですわね」

「何せ私たちの母校ではいまだにソフトボール部員は、文化祭での演劇発表をしているみたいですからね」

 凛と沙耶の情報に、穂月はまたしても「おー」と感嘆の声を漏らす。

「部活みたいに全力でなくてもいいから、少しでも演劇に興味を持ってくれて、一緒にお芝居してくれる子が増えるといいな」

 もし流れ星を見つけたら、そんなお願いをしてみようと思った。

   *

「なんか都会だよ! 凄いね、札幌!」

 聳え立つ時計台を前に、穂月は両手を広げて感動を露わにする。

「おーほっほ、これこそ貴族たるわたくしに相応しい……なんて台詞を用意していたのですけれど、それほど豪華絢爛というわけではありませんのね」

「りんりんは時計台を何だと思ってるんですか。派手さはなくても、歴史と趣を感じさせてくれる良い建造物ではないですか」

 腕組みをして首を捻っていた凛が、沙耶に注意されるなり気まずそうに苦笑した。

「有名だから他にも時計台を見に来た子たちがいるの。でもなんだか目が死んでるの」

「あれはりんりんと同じ感想を抱いたというより、昨夜に騒ぎ過ぎた影響ですね」

 悠里が見つめる先には揃ってゾンビみたいに動く同じ制服姿があり、すかさず事情を知るらしい沙耶が説明した。

「そういえば騒ぎすぎて、廊下で正座させられた生徒もいたらしいですわね」

「ゆーちゃんは徹夜でお喋りしてたってクラスメートから聞いたの」

 どうやら思い思いに修学旅行の夜を楽しんでいたみたいだが、穂月たちの場合はお喋りこそしたものの、消灯時間から少ししてきちんと眠った。

「私たちは普段からほっちゃんの部屋でお泊りしてるので、他の人たちほどハイテンションにはなりませんでしたからね」

 沙耶の言う通り旅行先での高揚感こそあったものの、皆での宿泊は慣れているので普段通りに無理なく過ごせたのである。

「夜更かしも修学旅行の楽しみかもしれませんけれど、寝不足がたたって自由行動に影響をきたすようでは本末転倒ですわね」

「夜更かししなくても、のぞちゃんは眠そうだけどね」

 寝ぼけ眼の友人は相変わらず穂月の背中にもたれかかっていた。もっとも凛の時と違ってそれほど体重がかかってないのは秘密だ。

「それでも自分で着替えてくれるようになってくれただけ進歩です」

「小学校の時は大の字になったまま動こうとしませんでしたものね……」

「様子を見に来た柚先生が最終的には半泣きになってたのを思い出したの」

 沙耶、凛、悠里にため息をつかれても、希は反応を示さずに穂月の背中で気持ち良さそうにしていた。

   *

 乗り込んだ船で波の揺らめきを感じていると、正面で女の子座りをしている凛が寂しそうに呟いた。

「とうとう修学旅行も終わりですわね」

 たっぷり皆と遊べると思っていた3泊4日は一瞬で、港に着くとあとは学校までバスに乗って解散となる。

「ゆーちゃん、まだ帰りたくなかったの。いっそ、ほっちゃんと駆け落ちしたかったの!」

「おー?」

「ほっちゃんなら流れで頷いてくれそうですけど、その場合はほぼ確実にのぞちゃんもついてきそうです」

「うう……最強のライバルが常にほっちゃんの背中にひっついてるの」

「……ぴーす」

 半目でそんなことを言ったあと、希はごろりと転がって穂月の膝に頭を乗せた。

「はわわ、のぞちゃん、ずるいの! ゆーちゃんもお邪魔するの! せめて半分は分けて欲しいの!」

「おー」

 穂月はママになった気分で2人の頭を撫でるが、沙耶は完全に呆れていた。

 それを見た凛が実に微妙な勘違いをする。

「ええと……寂しいのでしたら、わたくしが膝枕されてあげますわよ?」

「遠慮させてほしいです」

「でしたらよろしいのですが……話は変わりますけれど、酔い止めはお飲みになられましたか?」

「私は飲んでないです。船は酔いやすいと言いますが、これまでドライブとかでも具合が悪くなったことはないので大丈夫です」

「……なんだかフラグが立ったような気がしますけれど、さっちゃんさんがそう言うのなら問題ありませんわね」

   *

 30分後。

「うう……気持ち悪いです……どうしてのぞちゃんはこの揺れの中でも、平気で酔わずに眠っていられるのですか……」

 穂月は青い顔で弱音を吐く沙耶の背中をずっと摩ってあげていた。

 ちなみに穂月はもちろん悠里や凛も割と平気で、クラスメートは沙耶が唯一の真人間である証拠だと思ったとか思わなかったとか。
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