その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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春也の高校編

夏の予選が始まる前に監督が意気消沈中!? 理由はもちろん野球のことではありません!?

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 夏の甲子園予選も間近に迫り、いよいよ気合も高まってくる。

 だというのに真っ盛りの梅雨のごとく、春也の視線の先、専用グラウンドにあるベンチで監督が肩を落としていた。それはもうガックリという形容詞が似合うほどに。

「どうしたんだ、あれ」

 普段から元気一杯に部員を引っ張る性格だけに、春也だけでなく他の部員もいまいち調子が出ていないみたいだった。

「わからないけど……声をかけ辛い雰囲気だよね」

 放課後の練習前のランニングを終え、投球練習のためにキャッチボールを始めようとしていたが、どうにも気になって仕方ない春也は、絶妙なタイミングで会話に応じた晋悟に白羽の矢を立てる。

「とりあえず代表して聞いてきてくれ」

「どうして僕なのかな!?」

「他に適任者がいないから」

 春也が口にした理由に、他の部員が揃って同意する。

「この間、晋悟の助言で真菜の問題を解決できたからな。その実績を見込んで頼んでるんだ」

「う……真面目なトーンでこられると断り切れない……」

「貴様はとことんお人好しだな」

「それなら智希君が代わりに聞いてくれないかな」

「よかろう」

 躊躇なく頷き、智希が監督の前に立つ。

「女に振られたくらいで、大の男がうじうじするな、鬱陶しい」

 ゆっくり顔を上げた監督が、その言葉で凍り付いた。

「うわあああ! やっぱり僕が聞くよ!」

「もう手遅れだと思うぞ。それに監督の反応見てると図星っぽいし」

 部員に心配をかけてると理解して監督は立ち上がるが、やはり足取りに元気がない。溜め込んだストレスを吐くように肩を落とし、晴れ渡る空を見上げる。

「理解してもらえないのって……辛いよな……」

「これ、あれだ。また美由紀先生にモーションかけたけど、誤解されて駄目だったやつだ」

「だろうな、それ以外でこのような有様になるとは想像できん。しかし春也の言う通り、いつものことではないか。何故に今日に限ってショックを受けているのだ」

 無言は申し訳ないと思ったのか、それとも誰かに聞いてほしかったのか。心配をかけるだけかけていた監督が、思い切ったように口を開く。

「俺もな、なかなか伝わらないから直接言ったんだよ、結婚を前提に付き合ってほしいって」

「おお、やるじゃないスか。部員には強気でも、女には弱気の監督とは思えないっス」

 普段なら軽口には軽口が返ってくるのだが、そんな余裕はないらしく、監督の沈痛な面持ちは変わらない。

「要するに激振られ監督になったんスね?」

「それならまだマシだよ」

 監督は春也の肩を掴むと、半泣きで身を乗り出してきた。

「からかって遊んで楽しいかって怒られたんだよ! つーかビンタまでされたんだよ! 本気だって言えば言うほど怒られるって何だよ!」

「唾を飛ばさないでくださいよ! つーか監督、メンタルは俺らと同じ高校生レベルっすね」

「そうだよ! 俺も青春を感じる恋愛がしたいんだよおおお!」

「うおお、四十過ぎてるおっさんがガチ泣き始めやがった! 智希、なんとかしてくれ!」

 ここまで感情が暴走してると、晋悟あたりでは宥めるのに苦労すると判断し、春也は最初から最終兵器の投入を決めた。

「貴様は阿呆か」

 期待通りに恐れを知らない男は、腕を組みつつ監督の前でフンと鼻を鳴らした。

「伝わらぬなら伝わるまで繰り返せばいいだろう。その程度で諦めるなら、貴様の愛情も所詮は高が知れていたということだ。だが俺は違う! どこまでも姉さんだけを想い、姉さんだけに尽くし、姉さんのために生きる! そのためならどんな犠牲も許容し、どのような苦労も厭わん!」

「……そうだな、小山田の言う通りだ」

「おいおい、ぶっ壊れたストーカー気質にツッコミを入れる前に、なんだか監督が末恐ろしい反応を示したぞ」

 さすがにマズいのではと冷や汗をかく春也を後目に、何かに目覚めた監督は勢いよくグラウンドを走り去った。恐らくまた報われぬ告白をするつもりなのだろう。

「ところで智希。お前、ウチの姉ちゃんのことは……」

「もちろん愛情は抱いてるぞ? 姉さんがあれだけ懐いている相手だ。人間的に素晴らしいのも間違いないしな」

「まあ、姉ちゃんも別に嫌がってねえし、それでよしとしとくか」

   *

 想いの強さと正しさを証明するために甲子園へ出場すると、監督が意味不明な決意をぶつけては想い人にアホかと一刀両断された以外にとりたてて問題もなく、南高校野球部は夏の県予選を迎えた。

 県中央にあるプロ野球もたまに行われる球場のスタンドには、南校生だけでなく両親も応援に来ていた。

「本店は好美さんが店長代理で、祖父ちゃんと祖母ちゃんが老骨に鞭打って手伝ってるらしい」

「2号店は涼子さんと明美さんがフル稼働中らしいな。あとは菜月さんの旦那さんもか」

「アハハ、僕のお母さんも全試合応援するつもりらしいから、何とも言えないな……」

 春也の言葉に智希が嘆息し、晋悟が苦笑した。それだけ家族も息子たちが主力となる今回の大会を楽しみにしていたのだろう。

「姉ちゃんたちのソフトボールにも応援に行くっつってたな」

「ウチの母ちゃんもだ。アレの場合は応援よりも騒ぎたいだけだと思うがな」

「この球場での試合は地元局で放映されるから、真菜ちゃんもお友達とテレビの前で応援してくれるんだよね?」

 晋悟の問いかけに、春也は知っている情報をそのまま伝える。

「ムーンリーフにテレビを設置して、祖父ちゃん祖母ちゃんと一緒に観戦するらしいな」

「フン、ますます無様な試合は見せられんというわけか」

「のぞねーちゃんも来てるだけあってやる気だな」

 春也の試合には大体駆け付けてくれる陽向が真っ先に提案し、穂月がそれなら自分もと続けば、当たり前のように他の面々も釣れる。そうして気がつけば県大学ソフトボール部の大半が応援に駆けつけてくれていた。おかげで他の部員もやる気全開である。

「皆、張り切ってるし、俺も全力で……わかってるよ、そんな目で見るなよ、平常心を心掛けるって」

 智希と晋悟にジト目で見られ、春也はポリポリと帽子の上から後頭部を掻いた。

   *

 エースである春也の活躍はもちろん、下心があれど普段以上の実力を発揮した高梨ら上級生の頑張りで、南高校は2年連続で夏の甲子園出場を決めた。

「見てくれましたか、高山先生!」

「そりゃ全校応援だから見ましたけど……頑張ったのは生徒たちですよね? それがどうして先生の気持ちを証明することになるんですか?」

「えっ……あ……それは……」

 ふうと苛立たしげにため息をつくと、さっさと監督の前から立ち上がる美由紀。そのまま昔から恒例の、焼き肉屋を借り切っての祝勝会に参加中の穂月たちと久しぶりの会話を楽しみ始める。

 伸ばしかけた手をそのまま畳に落とした監督は、この世の絶望を一心に集めたような顔をするが、やり取りを友人らと見ていた春也の感想は違った。

「美由紀先生、正直かなり監督を意識してるよな」

「穂月さんたちから得た情報も鑑みれば、これまでがこれまでだけに好意の確信が持てるまで追いかけてほしいのだろうな」

 智希だけでなく、晋悟も同じ結論に達していたみたいで、反論は一切なかった。

「それもあと少しのところまで来てるみたいだから、結果的に予選前の智希君の助言は正しかったことになるね」

「智希のことだから、別にここまで先を見越してたわけでもないと思うけどな」

「当たり前だろうが。どうして俺があのウジウジ中年の行く末を、そこまで真摯に考えねばならんのだ」

「ぐうの音も出ねえ正論だな」

「だからって、監督を玩具にするのだけはやめてあげようね」

 晋悟の注意を了承していると、今日の決勝戦も応援に来てくれた陽向が烏龍茶の入ったグラスを持ってきてくれた。

「野菜もちゃんと食ってるか」

「当たり前だろ、野球選手は体が資本だからな。というより、まーねえちゃんがさっき大量に置いてったじゃねえか」

「ハハッ、そうだったな」

「フッ、すっかり尻に敷かれているみたいだな。どれ、俺は姉さんと会話してくるか。晋悟も来い」

「そうだね、ごゆっくり」

 2人が妙な気を遣ったせいで、春也と陽向の周りだけぽっかりと人のいない空間が出来上がる。だからといって2人きりみたいな甘い雰囲気にはならないが、それでも大仕事を終えた後だけに何やら変な空気が流れる。

「今年も甲子園に行くんだな」

「ああ、去年と違って勝ち進んでやるぜ」

「その意気だ。俺も出来る限り応援に行くからよ」

「いや、毎試合だろ?」

「ハッ、何を調子に乗って……」

「姉ちゃんから聞いてるぞ。だいぶ前から甲子園に出るのを信じて、近くの旅館を決勝までの日程で予約してるって。キャンセル料を払わずに済んで良かったな」

 春也からすれば「そうだな、助かったぜ」的な反応が来ると思っていたのだが、当の恋人は耳まで真っ赤にして全身をプルプルし始めた。

「まーねえちゃん?」

「お前は……そういう時は知ってても知らないふりするもんだろうが! ああ、クソ! もう応援なんかしてやんねー」

「ちょっと待て! 俺が悪かったのかもしれないけど、それはあまりにも大人げなくないか!?」

「大学生はまだ子供だからいいんだよ!」

「もう成人してんじゃねえか!」

 スマホを取り出し、本気で予約をキャンセルしようとする陽向の足に、春也は全力で縋りつく。

「謝るから! まーねえちゃんが応援に来てくれないと、やる気なくして1回戦で負けちまうぞ! な! な!?」

 春也は必死だったが、傍目からにはイチャついているようにしか見えないため、家族を含めて同情する人間は誰もいなかった。
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