その後の愛すべき不思議な家族

桐条京介

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春也の高校編

注目度と狂騒ぶりは比例する!? 色々と窮地を救ったのは恋人の存在でした!?

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 夏が近づくにつれて……というより春が終わってから、春也の取り巻く環境はさらに大きく変化した。どこを歩いても話題となり、学校や監督がかなり制限してくれているが、取材に応じる機会も増えた。

 同時に高校生なのに調子に乗っているといった非難も増え、さすがの春也も若干うんざりとしてくる。救いなのは親友2人の態度が、まったく変わっていないことだった。

 それ以外の部員も大抵は子供の頃から面識があるので、高校から一緒になって変なライバル心を燃やしている奴以外は、春也はやっぱり凄かったんだな程度の反応に留まっている。小学校時代から何かと指導して面倒を見ていた後輩は、余計に懐くようになったが。

 今日も今日で朝練を終えると、練習以外の疲労で机に突っ伏した。

「こうなってくると、さっさと夏が終わらねえかと思えるよな」

 昨秋に地元テレビのインタビューの際に彼女がいると公言したのだが、忘れたと言わんばかりの熱狂ぶりが女子を中心に繰り広げられていた。

「おかげでまーねえちゃんの機嫌が悪いんだよ。
 ……ったく、誰が逐一チクッてやがんだよ」

「あ、ごめん。それ私」

「まさかの裏切り者がいたぞ、おい!」

 3年になってまた同じクラスになったマネージャーが右手を上げつつ、苦笑しながら事情を教えてくれる。

「実は陽向先輩から頼まれてて……断ると彼氏の安全が保障されないらしくて」

「どんな脅しだよ! つーか弱すぎんだろ! 逆恨みからへなちょこ先輩に格下げだよ、こんちくしょう!」

 思わず呪詛を並べた春也の前で、智希は真顔で首を傾げ、

「それだと格上げになるんじゃないのか?」

「マジでか」

「へなちょこって逆恨みの格上なの……?」

 純粋に春也は驚き、マネージャーは笑みの苦み成分を濃くしていた。

   *

「テレビを見ても、雑誌を見ても優勝候補扱いだよな」

 放課後になって、春也は部室を目指しながら隣の智希に声をかけた。もう片方の隣には晋悟もいる。3人並んで歩くだけで他の生徒が道を開け、とりわけ女子がキャーッと声を上げる。

「去年の夏に続き、今年の春も制したんだ。祭り上げられて当然だろう。まさか重圧になってるわけではあるまいな」

「どうだろうな。ウンザリしてるのをプレッシャーって言うなら、そうなんだろうな」

「重荷にならないように、監督も気遣ってくれてるんだけどね」

 晋悟の言う通り、練習は相変わらず一般生徒には非公開で、最近ではたまにOBやプロのスカウトの訪問も断る日を作った。それでも中にはこっそりグラウンドへ侵入しようとする生徒もいて、軽い騒ぎに発展することもある。

「今度はもっとラブラブな映像を流してもらえば……」

「駄目だからね!? 実行しちゃうと、不祥事で予選にも出場できなくなるからね!?」

「まーねえちゃんの機嫌も良くなるだろうし、名案だと思ったけどな」

 春也が本気で残念がると、晋悟は冗談だと思って流さなくて良かったと胸に手を当てて息を吐いた。

「けど、最近じゃ店だけじゃなく、家にまで押し掛けてくる奴がいるからな。祖母ちゃんが睨んで追い払ってるけど、うちにはまだ小さい真菜もいるし、心配なんだよな」

「ならばうちの母ちゃんを玄関前に立たせておくといい。魔除けにはピッタリだ」

「そうなのか? 来るもの拒まずの雰囲気があるけどな」

「だからこそ誰彼構わず酒席に誘って、結果的に侵入者を捕まえることになる」

「お前、天才だな!」

「捕まえたところで、宴会やってたら逆に騒がしくなると思うよ!?」

   *

 練習試合ともなれば、ますますギャラリーは増える。春也がボールを投げるたびに歓声が上がるものだから、さぞかし対戦相手はやりにくいだろう。同じ3年で何度も試合した顔見知りにこっそり謝ったら、甲子園の大歓声でプレイする良い練習になると不敵に笑っていた。

 ちなみに1年の頃以外はその人物に打たれておらず、練習試合はおろか予選でも一度も負けていなかった。

 今日も序盤3回を春也が投げ、4回からは2番手投手も務める晋悟がマウンドへ上がった。代わりに春也はショートへ入り、ショートが中堅に移る。その選手は春也の後輩であり、小学校時代からの付き合いだ。当時は下手だったものの、今では3番手投手もこなし、恐らく新チームではエースになる。

 飛んできた打球をダイブして好捕し、素早く1塁に送球。アウトを取って声を張り上げれば、チームメイトが応じる前に観客から「素敵!」なんて声が上がる。

「やれやれ今日の試合を知ったら、またまーねえちゃんが……ってあれ?」

 大勢のギャラリーを確認する途中で、春也は顔を止めた。最前列に薄手のパーカーとジーンズ姿で仁王立ちする女性を見つけたせいだ。

「試合中に鼻の下を伸ばしてんじゃねえよ、引っこ抜くぞ、コラァ!」

 応援というにはあまりにも物騒な言動に、周囲がドン引きする。熱狂中だった面々まで、だるまさんが転んだをしたみたいに硬直していた。

「つーか、何でいるんだよ。まーねえちゃんだってインカレあるだろうに」

 しかも学生として最後の大会になる。集大成にすべく練習に励まなければいけないはずなのだ。

「俺がいたら悪いのか!? ファンを引っ掛けて遊びたいからか!」

「うおお、怖え! 今日はいつにも増して殺気立ってやがる……!」

 マウンドに集中していた晋悟でさえ、強烈な怒声にビクッとなったほどだ。もっとも基本的には他人事だからか、それが原因で打ち込まれたりはしなかったが。

   *

 陽向の乱入で途中からギスギスした雰囲気になったものの、練習試合自体は南高校の勝利で終わった。もうすぐ始まる夏の予選に向けて、選手たちの準備は万端だ。残るは今日の原因究明だが、実行しようした時にはもう恋人の姿は見えなくなっていた。

 そこで春也は夜になって自室へ入ると、早速電話をかけてみた。無視されることはなく、相手も予想していたのか、すぐに練習試合の話題になる。

「いきなり鬼のごとく怒り狂ってるから、周りの女子がビビリまくってたぞ」

「ああいうのはあんま柄じゃねえけど、あそこまでやっとけば騒ぎが少しは収まるかと思ってよ。上手くいけば、今回ばかりは不良じみた外見に感謝しねえとな」

 不可思議な行動がすべて自分のためだったとわかり、春也は迂闊にも泣きそうになってしまった。

「そっか……まーねえちゃん、ありがと。そっちも大会あんのに」

「気にすんなって。たまにはお姉さんも頼りになんだろ?」

「試合中の野次はおっさんみたいだったけどな」

「ハハッ、途中で俺もそう思ってた」

 ひとしきり笑い合えば、日々の鬱陶しい喧騒もこの時ばかりは忘れられる。恋人の有難みをますます強く感じながら、春也は今日もよく眠れそうだと思った。

   *

 翌日になって、朝練へ行く途中で晋悟に不吉な予言をされる。

「何で俺が監督に怒られるかもしれないんだ?」

「まだ高校生だからね。大っぴらに彼女の存在とかがわかると、周りから非難の声が入る可能性だってある。そこへ昨日の騒ぎだからね、学校へ苦情が入ったらさすがに無視はできないと思うんだ」

「それで形式だけだったとしても、俺が注意されるかもって話か」

 頷く晋悟は申し訳なさそうだが、友人に責任は一切ない。むしろ事前に予想を話してもらえて、覚悟ができてありがたいくらいだった。

「くだらんな。恋愛事など個人の勝手だ。いかに親や学校の庇護下にあるとはいえ、問題も起こしてないのに自由を制限される謂れはなかろう」

 励ましか慰めかわかり辛いが、智希の発言は決して間違っていない。

「俺もそう思う。だから監督や校長に何言われても智希方針でいくぜ」

「ほう、貴様もついに俺の偉大さが理解できたか」

「真似するのは図太さの方だけどな」

「はあ……きっとまた僕がフォローすることになるんだろうね。でも、そうでないと春也君らしくないかな」

「ハハッ、借りは後でまとめて返すから、晋悟も一つ頼むぜ」

   *

 などと言い合っていたのだが、

「真摯な交際は心身に良い影響をもたらしてくれる! 若者たちよ、臆することなく恋するがいい!」

「……おい。監督、人が変わったみたいになってんぞ」

 茫然としているのは春也だけではなかった。朝練に励もうと、専用グラウンドに部員がやってくるたび、その数は着実に増えていく。

「何か悪いものでも食ったのか」

「阿呆か、貴様は。
 と言いたいところだが、例えとしては当たっているかもしれん」

 智希が指差した先、ベンチの片隅に座って練習を見守る女性がいた。

「美由紀先生……ってことはまさか……」

「悪い者を食ったんだろうな」

「智希君、言い方考えてくれないかな!? 聞かれたら怒られるのは間違いなく僕なんだから!」

「大丈夫だろ」

 後頭部を抱くように両手を組み、春也はケタケタと笑う。

「2人揃ってあれだけ幸せオーラ全開なら、何を言ったって許してくれるさ」

 大きく息を吸い込み、春也は熱血ノック中の監督に尋ねる。

「昨日の練習試合の件で、俺に苦情とか来たんスか?」

「相手は選べみたいな声はあったが、大きなお世話ですと切ってやったぞ! いいかお前ら、人の恋路を素直に祝福できない大人になるんじゃないぞ!」

 爽やかな笑顔とキラリと光る白い歯。滑らかに作られたサムズアップに、他人の恋愛事情を呪いまくっていた女教師が「もう……」と頬を赤らめる。

「よっしゃ、これで懸念は解消されたな!」

 同じように親指を立てた春也に、晋悟はしかし複雑極まりない表情で天を仰ぐ。

「逆に新たな懸念が増えたように感じるのは僕の気のせいなのかな……」

 何人かの部員が、同情するように主将の肩を叩く。そしてグラウンドでは念願の恋人にいいところを見せようと、監督が誰よりも張り切っていた。
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