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第9話 美人な依頼人
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「……まさかとは思うが、迷い猫探しじゃねえよな」
「さあ? なんか品の良さそうな女の人だったよ。三十代くらいかな。すっごく綺麗だった。金払いは良さそうだから、迷い猫探しでも断ったら駄目だからね!」
「何でお前に言われなきゃいけねえんだよ。俺の探偵事務所なんだから、依頼を選り好みしたっていいだろうが」
美人だという客に興味をそそられてはいるが、それだけで依頼を受けていては大変な目にあう。
収入はいずれ妖魔退治の要請がくればなんとかなるので、話も聞かずに追い返したりはしないが、気が乗らないといった理由で断るのは十分に有り得る。
「そういう言葉は、ツケを払ってから言うべきだと思うけどぉ」
「それならそこに座ってる自称助手をこき使ってやってくれ」
よほど喉が渇いていたのか、話の矛先を向けられた祐希子はあっという間にオレンジジュースを飲み干していた。
「里穂ちん。未成年者を強制的に働かせる犯罪者がいるって、警察に通報しておいて」
「おっけー」
「やめとけ。どうせ姉貴が来る」
飲み終えたコーヒーのカップをそのままに、新は席を立つ。
「悪いな、マスター。次に収入があった時に、ツケはまとめて払うから」
「かしこまりましたと言っておきますが、いつでも構いませんよ。また来てください」
準備中に押し掛けたのに最後まで嫌がりもせず、マスターは店を出る新を見送ってくれた。
※
ガーディアンから錦鯉探偵事務所まではさほど離れていない。全力で走れば数分もしないうちに着く。
中に入ると、接客用のソファに品の良さそうな女性が座っていた。テーブルには客用の湯飲みに入ったお茶も置かれている。
千尋が近くに立っているので、祐希子に新を探させている間、相手をしてくれていたのだろう。
「どうやら所長が戻ったようです。あとはお二人で話してください。私はこれで失礼します」
事務的に依頼者と思われる女性へそう言うと、千尋は靴音を鳴らして新の方へやってくる。
通り過ぎ際に、新は千尋へ「悪いな」と言った。
「そう思うなら、携帯電話の電源くらい入れておけ。もしくは祐希子を正式に助手としたらどうだ。休学期間中だからといって働けないことはない。労働法に気を遣うことにはなるだろうが、人手不足は解消されるぞ」
「考えとくよ。まずは依頼者の相手をしないとな」
「そうだな。私は署に戻る。公園の損害賠償の請求書は私が預かっておくぞ」
どうやら忘れていなかったらしい。勘弁してくれと言う暇もなく、千尋の姿が事務所から消えた。
どこもかしこもツケばかりだなと苦笑しつつ、新は一声かけてから依頼者の正面に座る。
「お待たせしたようで申し訳ありません。私が錦鯉探偵事務所の所長、錦鯉新です」
無法者ではないので、依頼者へ対する礼儀や言葉遣いもきちんとできる。
新は余所行き用の愛想笑いを浮かべ、まずは警戒心を解いてもらうべく尽力しながら、太腿の上に両手を置いて座っている依頼者をじっくり観察する。
年齢は推定で三十代前半。ウェーブのかかったロングヘアーで色は茶。目元にホクロがあり、微笑むと目尻が下がるのがなんとも色っぽい。
正面にフリルとデザインボタンのついたホワイトのトップスに、薄い紫でなおかつシースルー要素を含んだロングスカートを着用している。足元も淡い紫のパンプスで、全体的に初夏らしい爽やかなコーディネイトになっていた。
服装だけ見ると清楚な女性なのだが、隠そうとして隠しきれない色気が全身から滲み出ている。顕著なのは、上衣をこれでもかと押し上げている二つのふくらみである。
なだらかなカーブを描く様は日本三景の一つに数えられてもおかしくない。誰もが踏破したがるであろう並び立つ山は、今朝から出会ってきた女性陣とは別格。
見るからに巨乳と判断できたガーディアンの看板娘の里穂よりも、さらにワンサイズ上回っている。乳フェチなら衣服越しの絶景だけで、感涙してもおかしくないほどでだった。
腰回りのバランスも素晴らしく、綺麗なくびれを残しつつも的確に美肉を纏わせている。これこそまさに黄金比率と記録したくなるぐらい、新の前に座る依頼人女性のスタイルは完璧だった。
さらにはおっとりとしていそうでいながらも、妖艶さも隠し持つかのような美貌もたまらない。
「あの……私の顔に何かついてますでしょうか。こちらをじっと見ていらっしゃるので、不安になってしまいました」
新の遠慮のない視線に気づいても、女性は大人の対応を見せた。とてもじゃないが、自らも辺鄙と言いたくなるような寂れた探偵事務所に用があるとは思えない。
一目惚れをしたので今晩だけでも付き合ってほしいといったお誘いなら大歓迎だが、そうした雰囲気はなく、純粋に依頼をしに来たとなると、さすがに怪しさ大爆発である。
この町では探偵事務所は珍しいかもしれないが、車で一時間程度かけて規模の大きい県庁所在地へ行けば、さほど珍しくもないはずだ。
面倒臭い話ではないのを祈りつつ、新は早速本題に入る。
「それで、どのような依頼でしょうか」
自己紹介時に新が探偵事務所の所長だと言っても、一切動じなかった。ここがどこなのかを知っている証拠だ。ならば単刀直入に目的を聞くに限る。
ソファから軽く上半身を乗り出すようにして、新は相手の言葉を待つ。どのような異変も見逃さないという意気込みで会話に臨むつもりだった。
「私は玖珠貫玲子と申しまして、郊外に住んでおりますわ。結婚はしておりましたが、少し前に主人とは死別致しました」
「それは……ご愁傷さまです」
「お気になさらないでください。気持ちの整理はできておりますわ」
そう言いながらも、玖珠貫玲子と名乗った女性の表情はとても悲しげだった。
大切な人間を失った時の辛さは、新もよく知っている。走り回る際に狭いと感じていたはずの家が、ひとりぼっちになった途端、とてつもなく広くそして寂しく思えた。
家政婦だった栗原京香が千尋と一緒に側にいてくれなければ、発狂していたかもしれない。
「さあ? なんか品の良さそうな女の人だったよ。三十代くらいかな。すっごく綺麗だった。金払いは良さそうだから、迷い猫探しでも断ったら駄目だからね!」
「何でお前に言われなきゃいけねえんだよ。俺の探偵事務所なんだから、依頼を選り好みしたっていいだろうが」
美人だという客に興味をそそられてはいるが、それだけで依頼を受けていては大変な目にあう。
収入はいずれ妖魔退治の要請がくればなんとかなるので、話も聞かずに追い返したりはしないが、気が乗らないといった理由で断るのは十分に有り得る。
「そういう言葉は、ツケを払ってから言うべきだと思うけどぉ」
「それならそこに座ってる自称助手をこき使ってやってくれ」
よほど喉が渇いていたのか、話の矛先を向けられた祐希子はあっという間にオレンジジュースを飲み干していた。
「里穂ちん。未成年者を強制的に働かせる犯罪者がいるって、警察に通報しておいて」
「おっけー」
「やめとけ。どうせ姉貴が来る」
飲み終えたコーヒーのカップをそのままに、新は席を立つ。
「悪いな、マスター。次に収入があった時に、ツケはまとめて払うから」
「かしこまりましたと言っておきますが、いつでも構いませんよ。また来てください」
準備中に押し掛けたのに最後まで嫌がりもせず、マスターは店を出る新を見送ってくれた。
※
ガーディアンから錦鯉探偵事務所まではさほど離れていない。全力で走れば数分もしないうちに着く。
中に入ると、接客用のソファに品の良さそうな女性が座っていた。テーブルには客用の湯飲みに入ったお茶も置かれている。
千尋が近くに立っているので、祐希子に新を探させている間、相手をしてくれていたのだろう。
「どうやら所長が戻ったようです。あとはお二人で話してください。私はこれで失礼します」
事務的に依頼者と思われる女性へそう言うと、千尋は靴音を鳴らして新の方へやってくる。
通り過ぎ際に、新は千尋へ「悪いな」と言った。
「そう思うなら、携帯電話の電源くらい入れておけ。もしくは祐希子を正式に助手としたらどうだ。休学期間中だからといって働けないことはない。労働法に気を遣うことにはなるだろうが、人手不足は解消されるぞ」
「考えとくよ。まずは依頼者の相手をしないとな」
「そうだな。私は署に戻る。公園の損害賠償の請求書は私が預かっておくぞ」
どうやら忘れていなかったらしい。勘弁してくれと言う暇もなく、千尋の姿が事務所から消えた。
どこもかしこもツケばかりだなと苦笑しつつ、新は一声かけてから依頼者の正面に座る。
「お待たせしたようで申し訳ありません。私が錦鯉探偵事務所の所長、錦鯉新です」
無法者ではないので、依頼者へ対する礼儀や言葉遣いもきちんとできる。
新は余所行き用の愛想笑いを浮かべ、まずは警戒心を解いてもらうべく尽力しながら、太腿の上に両手を置いて座っている依頼者をじっくり観察する。
年齢は推定で三十代前半。ウェーブのかかったロングヘアーで色は茶。目元にホクロがあり、微笑むと目尻が下がるのがなんとも色っぽい。
正面にフリルとデザインボタンのついたホワイトのトップスに、薄い紫でなおかつシースルー要素を含んだロングスカートを着用している。足元も淡い紫のパンプスで、全体的に初夏らしい爽やかなコーディネイトになっていた。
服装だけ見ると清楚な女性なのだが、隠そうとして隠しきれない色気が全身から滲み出ている。顕著なのは、上衣をこれでもかと押し上げている二つのふくらみである。
なだらかなカーブを描く様は日本三景の一つに数えられてもおかしくない。誰もが踏破したがるであろう並び立つ山は、今朝から出会ってきた女性陣とは別格。
見るからに巨乳と判断できたガーディアンの看板娘の里穂よりも、さらにワンサイズ上回っている。乳フェチなら衣服越しの絶景だけで、感涙してもおかしくないほどでだった。
腰回りのバランスも素晴らしく、綺麗なくびれを残しつつも的確に美肉を纏わせている。これこそまさに黄金比率と記録したくなるぐらい、新の前に座る依頼人女性のスタイルは完璧だった。
さらにはおっとりとしていそうでいながらも、妖艶さも隠し持つかのような美貌もたまらない。
「あの……私の顔に何かついてますでしょうか。こちらをじっと見ていらっしゃるので、不安になってしまいました」
新の遠慮のない視線に気づいても、女性は大人の対応を見せた。とてもじゃないが、自らも辺鄙と言いたくなるような寂れた探偵事務所に用があるとは思えない。
一目惚れをしたので今晩だけでも付き合ってほしいといったお誘いなら大歓迎だが、そうした雰囲気はなく、純粋に依頼をしに来たとなると、さすがに怪しさ大爆発である。
この町では探偵事務所は珍しいかもしれないが、車で一時間程度かけて規模の大きい県庁所在地へ行けば、さほど珍しくもないはずだ。
面倒臭い話ではないのを祈りつつ、新は早速本題に入る。
「それで、どのような依頼でしょうか」
自己紹介時に新が探偵事務所の所長だと言っても、一切動じなかった。ここがどこなのかを知っている証拠だ。ならば単刀直入に目的を聞くに限る。
ソファから軽く上半身を乗り出すようにして、新は相手の言葉を待つ。どのような異変も見逃さないという意気込みで会話に臨むつもりだった。
「私は玖珠貫玲子と申しまして、郊外に住んでおりますわ。結婚はしておりましたが、少し前に主人とは死別致しました」
「それは……ご愁傷さまです」
「お気になさらないでください。気持ちの整理はできておりますわ」
そう言いながらも、玖珠貫玲子と名乗った女性の表情はとても悲しげだった。
大切な人間を失った時の辛さは、新もよく知っている。走り回る際に狭いと感じていたはずの家が、ひとりぼっちになった途端、とてつもなく広くそして寂しく思えた。
家政婦だった栗原京香が千尋と一緒に側にいてくれなければ、発狂していたかもしれない。
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