夢で死んでしまう君が、現実で死んでしまわぬように

桐条京介

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第7話 怒気

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 通い慣れた大型スーパーを前方に眺めながら、活発そうな少女が友人と思わしき女性に手を振る。衣替え間近なのもあり、どちらも着用している同じ制服のジャケットのボタンを開け、袖は中のブラウスと一緒に腕まくりしている。

 快活な笑顔が特徴的な少女は愛美だ。わりと仲良くしているクラスメートと偶然に会ったらしく、にこにこ顔で僅かな時間の会話に応じる。

「ねえ、愛美。これからカラオケいかない?」

「ごめん。私、お祖母ちゃんの家に行く途中なんだ」

 両手を合わせ、申し訳なさそうに謝る。そんな少女のやりとりを、大樹はどこかぼんやりと眺めていた。何の目的があるかはわからない。ただそこに立っているだけだ。

 やがて愛美は友人と別れ、大型スーパーを背中にして学校側とは逆の橋がある方へと歩を進める。豊かに恵まれた川を一望でき、夏でもひんやりと涼やかだ。

 公式の全長は覚えていないが、結構な上り下りがあるので自転車で通るのも骨が折れる。徒歩ともなれば尚更だった。

 そこを抜けると総合病院があり、食品売り場だけの小型スーパーが何店舗かある。さらに北へ道を求めれば山の方へ続く。

 山の方へ行かずに途中で左折して道なりに進めば海に出る。定番というべきか、古びた温泉などもある。中学時代に清春らと自転車で浜へと出かけ、帰りにそこの温泉に寄ってはしゃいだのを今も覚えている。

 そんな懐かしの光景が眠る場所の途中。舗装のされていない左右を畑に挟まれた砂利道を、晩春の風と戯れるようにスカートを翻す少女が歩く。

 艶やかな漆黒の光を纏わる短く揃えた髪の毛を揺らす姿は、鼻歌を歌いだしそうなほどだ。空も青く、照り付ける日差しも徐々に弱まりつつある。

 時間間隔もほとんどないが、大樹は黙々と少女を追いかけるように歩いていた。確固たる目的はなく、ただそうしなければいけないような気がして逆らえない。

 比較的近くを歩いているはずなのに、愛美はこちらに気付かない。細めた目で太陽と緑を交互に眺める。

 ただの微笑ましい光景のはずなのに、大樹の中で嫌な予感が膨れ上がる。

 お腹の奥がまるで不吉な毒虫にでも食べられているみたいにもぞもぞして、衝動的に胸を掻き毟ろうとした瞬間、大樹は目撃する。

 こちらへ――愛美へ向かう一台の運送トラックを。

 やめろ。

 来るな。

 来ないでくれ。

 頭の中を飛び交う台詞が大樹を感情的にさせ、号泣する直前みたいな顔になるが、楽し気な少女は気づかない。気にも留めていない。

 そして、始めから予定されていたかのごとく、号砲にも似た音が田舎道に響き渡る。

 破裂するタイヤ。

 傾く車体。

 暴走するハンドルに悪戦苦闘する運転手。

 甲高く叫ぶブレーキ音。

 スローモーションのように少女の双眸が大きくなる。

 吹き抜ける風が髪の毛を舞わせ、言葉を忘れて開かれたままの唇が戦慄いた。

 立ちすくむ、愛美とトラックの距離は瞬き毎に詰まっていき、そして、大樹が手を伸ばそうとした矢先にゼロになった。

 道路脇の太い木が揺れ、緑の葉が泣き喚くように揺れる。

 ようやく止まったトラックはバンパーが大きく破損し、挟まれた少女の腕は力を失ってだらりと下がった。

 白いブラウスや、投げ出された足に履くソックスが赤く染まっていく。

 漂うのは死の香り。大木に背中を預けるように尻餅をついている彼女はピクリとも動かない。動けない。

「ああ……うああ……」

     ※

「あああぁぁぁぁあああ!」

 弾かれたように飛び起きた大樹の全身から汗が飛び散る。数瞬遅れて、部屋に木霊する声を自分が上げたのだと悟る。

 内に籠る熱気が吐息となって白く煙り、震える手足には力が入らない。数度の瞬きを繰り返し、ようやく先ほどまでの光景は夢だったのだと認識できた。

「どうしたの?」

 ドアが叩かれる。家中に響いただろう大樹の声を聞き、心配した母親がわざわざ様子を見に来たのだ。

 うなされただけだと返し、乱暴にパジャマの上を剥ぎ取る。汗をたっぷり吸収していて、絞れば床が大変なことになるだろう。

「くそっ。頭がおかしくなりそうだ」

 母親の気配がドアの前から遠ざかったのを確認して、溜まった鬱憤ごと吐き捨てる。生々しい夢と現実の境界線が曖昧になってしまったかのようだった。

 昨日、偶然会った愛美に帰宅路を帰るよう告げて受け入れられた。それで悪夢は終わるはずだった。

 しかし、彼女はまたしても夢の中で無残に命を散らした。しかも昨日見た夢とは違う場所でだ。

「変更させた帰り道で今度は事故るってのか? 一体、どうなってんだよ……!」

 太腿を叩く。痛みに脳がジンと痺れた。おかげで少しは冷静になるも、吐き出す息の荒さはいまだ変わらない。

 ただの夢だと気にしないようにするのも可能だが、万が一にでも現実になってしまったら後味が悪すぎる。そうなったとしても大樹のせいだと責める人間はいないだろうが、自分で自分を許せなくなるに決まっていた。

「どうすりゃいいんだ。俺にどうしろって言うんだよ」

 怒りに任せて乱暴にパジャマを投げつける。勉強机の上に乗った袖にぶつかり、隅に飾られていた着物姿の小さな男児の人形がポトリと床に落ちた。

     ※

 人もまばらなな朝の教室に、ヒステリックな怒鳴り声が轟く。

 安堵から一転して、変わらぬ悪夢に絶望を覚えた日から三日後。愛美へ延々と帰宅路の変更を懇願した大樹の頬に、季節外れの紅葉が浮かび上がった。

「さては、あたしをからかって遊んでるんでしょ!」

 大樹の頬を叩いた右手を水平に伸ばす愛美が肩を震わせる。女性にしてはわりと力が強いらしく、横を向いた大樹の顔全体がジンジンとした痛みを持っていた。

 ザワつく教室で、多数の生徒の目が二人に注がれる。愛美は羞恥と屈辱で真っ赤な顔を歪め、ギリッと奥歯を一噛みして、大樹を突き飛ばすように教室から出て行った。

 出入口付近に取り残されて、大樹は熱を帯び始めた左頬を片手で摩りながらため息をつく。胸の中には、やっぱりこうなったかという諦観にも似た感情が去来していた。

「朝からイベントのフラグ」

 クラスメートの好奇の視線を振り切るように席へ着くと、清春がいつもの調子で声をかけてくる。特別に気遣うのではなく、普段通りに振舞ってくれる優しさに感謝しつつ、大樹は修羅場になった原因を説明する。

「これがゲームだったら、わかりやすくて簡単なんだけどな」

 鬱陶しい予言じみた悪夢は終わっておらず、愛美は大樹の夢の世界で相変わらず死に続けている。

 無論、大樹とて何の対策も講じなかったわけではない。逐一、登校するなり愛美に交通事故への警戒や、再度の帰宅路変更を促した。

 良かれと思っての行動だったが、事情を知らない相手からすれば怪しいことこの上ない。しかも、身の回りにはとりたてて異変も起きていないのだ。不審がるなという方が無理な話だった。

 それでもめげずに頑張ってきたが、とうとう今朝、これまで訝りながらも忠告に従っていた愛美を激怒させてしまった。

「そこまで続くと、本気で心配」

 無口な友人の顔も真剣味を帯びる。初めて相談された日から適当に相手をしていたわけではないだろうが、普通の人間にとって予知夢じみた現象は非日常的で簡単に信じるのは難しい。

 けれど、衰弱してやつれ気味な大樹の顔と聞かされる夢の内容を合わせれば、単なる偶然と片付けるのが気持ち悪くなる。
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