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そんなわけでお見合いしました
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父としては、さっさとどこかに収めてしまいたいんだろう。
とにかく私のすることなすこと、気に入らない人だから。
父親の不機嫌な顔が脳裏に浮かび、それを消し去ろうと無意識に頭を振る。代わりに思い出したのは、婚約者の顔だった。
名は高輪征一郎という。年は私の四歳上の二十九歳。有名大卒、その後誰もが知る大企業の社長を務めている。創業者一族の御曹司として育ったという彼は、立ち居振る舞いも上品だった。背が高く、顔はギリシャの彫刻のように彫りが深く、整っている。
どうしてそんな人と至って平凡な私の縁が組まれたかというと、それは『香月家』というネームバリューのおかげだろう。
香月家は特別裕福というわけではないが、とにかく古い家で京都での人脈は多く持っている。高輪家が関西で新事業を展開するのに、香月の人脈が必要だった……と、娘に見合いを薦めるには随分と直球な理由を父から聞いた。
まったく間違いようがない、純度百パーセントの政略結婚相手だ。
人柄は、会話の雰囲気から感じるに穏やかで、人当たりも良い。親が選んだ結婚相手としては、こちらが気後れするくらいに出来過ぎた人物だ。
不満に思う要素が見つからない……そこが不満といえば不満、というか。
脳裏に浮かんだ笑みに、思わず小さく唸ってしまう。穏やかな微笑みは、まだ数度会っただけに過ぎないが、いつも同じで隙がない。お互いに打ち解けたわけでもないのだから、それも当たり前なのか。
父のことだから、身辺調査はしているはずだ。だが、その情報を私に流すことはないだろうし、父の基準は当てにできない。あの人自身が、私から見て家庭を大事にするタイプではなかった。
私は、結婚するなら父とは正反対のタイプがいい。思い出すのは、子供の頃とても大きく壁のように立ちはだかる父の、厳しい表情だ。食卓でも、お茶碗を置く音ひとつ立てる度に鋭い目で睨まれた。笑った顔など、見たことがない。表情だけで言えば間違いなく、彼と父は正反対だ。
「お見合いだって聞いたけど、優しそうな人でよかったわね」
土井さんの言葉に、とりあえずは笑って頷く。
「そうですね」
優しそうではあるけれど……どうしても胡散臭く……。
正直すぎる心の声を、私は聞こえないフリをして笑った。
店の営業時間は、それほど長くない。朝の十時から夜は十九時までで、就業時間は開店の一時間前から店仕舞い後の片付けの時間を考えて二十時くらいまでだ。開店前、閉店後の時間を販売員五人の中で交代することになっている。私は今朝の開店準備担当だったので、今日は閉店時間と同時に業務終了だ。
閉店作業担当の販売員と土井さんに後の仕事は任せて、同じ販売員仲間の木内一葉と駅まで喋りながら歩く。
「七緒ちゃん、ごはん食べて帰る?」
「ごめん。今月ピンチだから、お給料日来るまではちょっと」
通帳の残高を思い出して、ファミレスならと考えたけれどやっぱりやめておくことにした。実家には戻らずに、祖父の入院している病院にほど近い場所にあるアパートで独り暮らしをしている。京都市の観光地からは若干離れた、便利とも言えない住宅街だが、和菓子屋の販売員のお給料では生活費で精いっぱいだ。
「わかった。あ、七緒ちゃんが退職するまでに、送別会開くから。それはみんなのおごりだから、気にしないで絶対来て!」
私が生活を切り詰めていることをある程度察してくれている彼女は、お誘いを断ることの多いのに嫌な顔もせずまた声をかけてくれる。こういう優しい人間関係がありがたいなあと身に染みた一年だったのに、また失うのかと急に寂しさが増した。
「かずちゃん……ありがとう。東京に行った後も、こっちに帰ってきたら遊んでね」
「ちょっと、そんな涙ぐまなくてもいいでしょ」
本当に涙が浮かんできたのだけれど、ただの泣き真似だと思われたのか大袈裟だと笑われた。
「でも結婚するんだからそう度々ってわけにはいかないよね……寂しいなあ。私も東京行きたい……」
慰めるように笑顔で私の背中を叩いた一葉も、言い終わる頃にはしんみりとした口調に変わる。店でいうと先輩にあたるが同い年の彼女とは、話が合ってこの一年で随分親しくなった。
「かずちゃんも、一緒に東京行こうよー」
「行けることならねー! 東京って住んでみたいけど怖いなあ。仕事探すのも大変そうだし。七緒ちゃん、前は東京だったのよね」
「大学からだけどね。かずちゃんが来てくれたら心強いけど、土井さんが離すわけないかあ」
愛想がよく接客態度の完璧な彼女は、販売員の中でも土井さんの次いでリーダー的な位置づけになる。だから辞められるはずはない、と思ったのだが一葉の反応は微妙なものだった。
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