2 / 33
エピソード0
0ー2
しおりを挟む
「……だからちゃんと言った方がいいって言ったのに」
裸の背中を見せたまま、彼女が忌々しげに文句を言う。
「ここまで察しが悪いとは思わなかったんだよ。雰囲気で伝わるだろ普通」
「そんなわけないって、鈍いんだから」
ぼそぼそと小声で文句を言い合うふたりは、もう私に遠慮する気もないらしい。ぐるぐると混乱する頭の中で彼との出会いから今までのことを辿らずにはいられないかった。
いつから、私は『彼女』ではなくなっていたのか。最初から、ということはないはず。ただ心のどこかで、最近の彼が素っ気なくなったと感じてはいた。
いつから?
先月末、二週間前に会った時は?
疲れてるからってどこか気乗りしない様子で、それでも会いたかったからご飯を作ろうかと言ったのだ。渋々ながら会ってくれたのは、本当に疲れているのだと思っていたのに、ああ本当に、彼女の言うとおり私は鈍いらしい。
でもね、その日、私はそのベッドの上にいたんだけどね。
なんとなくの勘だけど、このふたりは多分それより以前から始まっている。そう思うと、ますます吐き気が込み上げてきた。
「……あー……そういうわけだから。あ、それ。鍵は変えるから捨ててくれていいし」
鍵を握った手からぶら下がっていたキーホルダーを、彼が指さす。どうにか吐き気を吞み込んだところだったのに、代わりに怒りと嫌悪感があふれ出た。
「……やだ」
「は?」
「やだあ、ごめんなさい! 私、ぜんっぜん気づいてなくって!」
平気な顔して笑ってみせたが、声は震えているかもしれない。だけどここで、弱味は絶対見せたくないというくらいに頭に血が上っていた。
「は?」
知らない間に元カレになっていたらしい男が、訝しげに眉を顰める。あまりに冷たい表情と視線に、びくっと肩が跳ね上がる。そんな顔で睨まれたことは、今まで一度もなかった。
つまり、彼にはもう後悔も罪悪感さえない、ということ。
胸の奥が握りつぶされたように痛み始める。震える唇をぎゅっと噛みしめ、それから必死に笑顔を作り直した。
「本当に鈍くって、だって別れ話もせずにフェイドアウトしようなんて考えたことないし、私」
「ああ?」
嫌味に聞こえただろう私の言葉に、一気に彼の声音が不穏になる。
「二週間前に会った時だって普通だったから。その後から付き合うことになったんでしょうか? おふたりは」
「は?」
今度の声は、ぐるんっとこっちを振り向いた彼女のものだ。
「ちょっと。聞いてないけど」
「いや、だから、別れ話をしようとして」
「でも全然彼女気づいてなかったじゃない!? 本当に言おうとしたの!?」
現在彼女の金切り声が響いて咄嗟に顔をしかめる。
やっぱりだ。
あの時には既に同時進行で、彼は私とはもう会ってないと説明していたらしい。
「したって、でもさ、ほら、同じ会社だし、色々……」
「そんなん、最初からわかってたことじゃない!」
聞き苦しい言い訳が、あまりにもひどい。寧ろ彼女の方がいっそ清々しいくらいだ。シーツで下半身を隠しながら顔色を青くする男を見ていると、急激に自分の中の何かが冷めていく。ちらちらとこっちを見ながら口ごもる様子は、きっと私がいるうちは都合の良い言い訳をしても全部ひっくり返されると思っているんだろう。
なんならその日、そのベッドを使ったことも暴露してやろうかと思ったけれど、ふとそれは踏みとどまった。手の力が抜けて、握りしめていた鍵が音を立てて床に落ちる。その音でこっちに視線を向けた男に言った。
「鍵は自分で処分して。合い鍵なんて作ってないけど、信用できないだろうし」
これ以上は我慢できなくなって、背を向けて寝室から逃げ出した。
裸の背中を見せたまま、彼女が忌々しげに文句を言う。
「ここまで察しが悪いとは思わなかったんだよ。雰囲気で伝わるだろ普通」
「そんなわけないって、鈍いんだから」
ぼそぼそと小声で文句を言い合うふたりは、もう私に遠慮する気もないらしい。ぐるぐると混乱する頭の中で彼との出会いから今までのことを辿らずにはいられないかった。
いつから、私は『彼女』ではなくなっていたのか。最初から、ということはないはず。ただ心のどこかで、最近の彼が素っ気なくなったと感じてはいた。
いつから?
先月末、二週間前に会った時は?
疲れてるからってどこか気乗りしない様子で、それでも会いたかったからご飯を作ろうかと言ったのだ。渋々ながら会ってくれたのは、本当に疲れているのだと思っていたのに、ああ本当に、彼女の言うとおり私は鈍いらしい。
でもね、その日、私はそのベッドの上にいたんだけどね。
なんとなくの勘だけど、このふたりは多分それより以前から始まっている。そう思うと、ますます吐き気が込み上げてきた。
「……あー……そういうわけだから。あ、それ。鍵は変えるから捨ててくれていいし」
鍵を握った手からぶら下がっていたキーホルダーを、彼が指さす。どうにか吐き気を吞み込んだところだったのに、代わりに怒りと嫌悪感があふれ出た。
「……やだ」
「は?」
「やだあ、ごめんなさい! 私、ぜんっぜん気づいてなくって!」
平気な顔して笑ってみせたが、声は震えているかもしれない。だけどここで、弱味は絶対見せたくないというくらいに頭に血が上っていた。
「は?」
知らない間に元カレになっていたらしい男が、訝しげに眉を顰める。あまりに冷たい表情と視線に、びくっと肩が跳ね上がる。そんな顔で睨まれたことは、今まで一度もなかった。
つまり、彼にはもう後悔も罪悪感さえない、ということ。
胸の奥が握りつぶされたように痛み始める。震える唇をぎゅっと噛みしめ、それから必死に笑顔を作り直した。
「本当に鈍くって、だって別れ話もせずにフェイドアウトしようなんて考えたことないし、私」
「ああ?」
嫌味に聞こえただろう私の言葉に、一気に彼の声音が不穏になる。
「二週間前に会った時だって普通だったから。その後から付き合うことになったんでしょうか? おふたりは」
「は?」
今度の声は、ぐるんっとこっちを振り向いた彼女のものだ。
「ちょっと。聞いてないけど」
「いや、だから、別れ話をしようとして」
「でも全然彼女気づいてなかったじゃない!? 本当に言おうとしたの!?」
現在彼女の金切り声が響いて咄嗟に顔をしかめる。
やっぱりだ。
あの時には既に同時進行で、彼は私とはもう会ってないと説明していたらしい。
「したって、でもさ、ほら、同じ会社だし、色々……」
「そんなん、最初からわかってたことじゃない!」
聞き苦しい言い訳が、あまりにもひどい。寧ろ彼女の方がいっそ清々しいくらいだ。シーツで下半身を隠しながら顔色を青くする男を見ていると、急激に自分の中の何かが冷めていく。ちらちらとこっちを見ながら口ごもる様子は、きっと私がいるうちは都合の良い言い訳をしても全部ひっくり返されると思っているんだろう。
なんならその日、そのベッドを使ったことも暴露してやろうかと思ったけれど、ふとそれは踏みとどまった。手の力が抜けて、握りしめていた鍵が音を立てて床に落ちる。その音でこっちに視線を向けた男に言った。
「鍵は自分で処分して。合い鍵なんて作ってないけど、信用できないだろうし」
これ以上は我慢できなくなって、背を向けて寝室から逃げ出した。
23
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる