正しい契約結婚の進め方

砂原雑音

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「う……おえぇぇ……っ」


 外に出て深呼吸をすれば納まると思った吐き気は、しばらく止まらなかった。とにかく駅までたどり着けばトイレに駆け込もうと思ったのに、結局我慢できずすぐ近くの公園のトイレを目指す。
 しかし、間に合わずに側溝に蹲ってしまった。口元を押さえて必死にこらえる。

 あの部屋の、情交の匂いがまとわりついているような気がして。そうしたら、ふたりの行為中の声まで耳に蘇ってくる。背中を震わせていると、突然頭上から男の人の声がした。


「大丈夫ですか?」


 吐き気で頭がガンガン痛い。
 こんなところを、知らない男の人に見られたくないし、構われたくない。「大丈夫です」と擦れた声で答えて立ち上がろうとしたけれど、途中で膝の力が抜けてしまった。


「う……ごめ……すみません……」
「あんまり酒の匂いはしないな……酔って気持ち悪いの?」


 小さく首を横に振る。


「じゃあ具合悪い? 救急車呼ぶ?」


 今度も、横に振った。具合が悪いといっても病気じゃない。ただ気分の悪いものを見ただけなのに、救急車なんてあまりに申し訳が立たない。


「意識ははっきりしてるね。いっそ吐いた方が気分良いと思うけど」


 絶対嫌だと激しく振ったら、余計に嘔吐感が増してくる。じっとしていると、その男の人が近くの自動販売機まで水を買いに行ってくれた。
 ありがたい、けれど、今優しくされるのは色々と我慢が出来なくなって、困る。

 何がいけなかったのか。心変わりされるようなことに、思い当たらない。単純に私のことが好きじゃなくなって、他に好きな人が出来たというだけのこと?
 毎日職場で顔を合わせないといけない、その気まずさよりもあの彼女との付き合いを選んだ。別れ話も面倒なほど、私のことはどうでもよくなったのか。

 悪いのは向こうのはずなのに、どうしてか自分の悪かったところを探してしまう。それが見つかれば、私は納得できるのだろうか。
 怒っているのか、悲しいのか、自分が不甲斐ないのか、わからない。全部がめちゃくちゃにこんがらがって、また感情が昂ってきてしまう。


「ふ……うぅ……っ」


 頭が痛い。胸も痛くて苦しい。吐き気、止まらない。
 少し遠くから、駆け戻ってくる足音が聞こえてくる。
 零れる涙は吐き気のせい。
 そう言い訳出来そうな状況であることが、少しだけありがたかった。

 
 
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