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皇弟の思惑と貴族令嬢の計算
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ーー義兄を置いてきてしまったわ。
少しばかり気になったが、別にいいかと向かいに座る彼に今は意識を集中することにした。これは王城の馬車で、あちらには公爵邸から乗ってきた馬車が置いたままなのだから構わないだろう。
フォンタナの皇弟ジルベルトに夜会会場から連れ出されたアンジェは今、彼の馬車で公爵邸まで送られている最中だ。
「……助けていただいて、ありがとうございます」
あれだけ衆目の中で甘い言葉を吐き情熱的に口説いたジルベルトは、今はすでにその欠片も見られない。もしや、途中で入れ替わったかしらとアンジェは目を眇めた。ジルベルトに双子の兄弟がいるなんて話は聞いたことがないが。
もちろん彼は入れ替わってなどいない。あのテラスでアンジェを助けたジルベルト本人だ。馬車に乗り込んで以降、腕を組んで笑みひとつ浮かべずにいた彼は、アンジェの言葉に目を開く。漆黒の鋭い目とこの狭い空間で対峙すると、身が竦むような感覚になる。だが、アンジェはすっと背筋を伸ばしたまま、静かに彼を見返した。
ジルベルトはそんなアンジェを数秒、見極めるようにしていたがやがて小さくため息を吐いた。
「仕方ない。あのままでは、貴女ひとりが悪者になってしまう」
「まあ、それは今更なのですが……あのようなやり方では殿下にもご迷惑をおかけする結果になってしまいます」
これは、敢えてそう投げかけた。他にもやりようはあったはずなのに、彼が敢えて新たな恋を捏造する方法を選んだのか、それが気になっていたからだ。
「恋愛沙汰程度でどうにかなるような足場は作っていない」
「ですが、お立場を考えますとそうもいかないでしょう」
社交界に出る前に、義姉から隣国の情勢についても叩き込まれた。クリスティナは帝国との国交を特に重要視していた。今の平和を維持するためには、どの国よりもまず帝国との良好な関係が必ず必要になるから、と。
ジルベルトは皇族だ。彼の女性関係には当然、皇家に迎え入れるかどうかという話がついてまわる。だからこそ、彼はこれまで女性を近づけてこなかった。それだけ慎重な性格なのだろうと推測する。ならばなおさら、貴族令嬢の醜聞に巻き込まれたいはずはない。
しかも、アンジェはマーレの筆頭公爵家の養女である。父親は子爵だが、紛うことなくローレンの血筋。身分だけならフォンタナの皇族に嫁いでも申し分ない。だがそこに、王太子絡みの醜聞がべったりとくっついている。
それがジルベルトにとってどういう結果になるのか、そこまではアンジェには推測できなかった。皇帝である兄との関係は、良好だという話だが。
「そんなことより」
ジルベルトからはアンジェの疑心に答えるような言葉はなく、代わりに唇がにやりと意地の悪そうな笑みを作った。
「あのご令嬢に随分と追い詰められていたな。クリスティナ嬢から王太子妃の座を奪い取った悪女だと聞いていたが」
ーー義兄を置いてきてしまったわ。
少しばかり気になったが、別にいいかと向かいに座る彼に今は意識を集中することにした。これは王城の馬車で、あちらには公爵邸から乗ってきた馬車が置いたままなのだから構わないだろう。
フォンタナの皇弟ジルベルトに夜会会場から連れ出されたアンジェは今、彼の馬車で公爵邸まで送られている最中だ。
「……助けていただいて、ありがとうございます」
あれだけ衆目の中で甘い言葉を吐き情熱的に口説いたジルベルトは、今はすでにその欠片も見られない。もしや、途中で入れ替わったかしらとアンジェは目を眇めた。ジルベルトに双子の兄弟がいるなんて話は聞いたことがないが。
もちろん彼は入れ替わってなどいない。あのテラスでアンジェを助けたジルベルト本人だ。馬車に乗り込んで以降、腕を組んで笑みひとつ浮かべずにいた彼は、アンジェの言葉に目を開く。漆黒の鋭い目とこの狭い空間で対峙すると、身が竦むような感覚になる。だが、アンジェはすっと背筋を伸ばしたまま、静かに彼を見返した。
ジルベルトはそんなアンジェを数秒、見極めるようにしていたがやがて小さくため息を吐いた。
「仕方ない。あのままでは、貴女ひとりが悪者になってしまう」
「まあ、それは今更なのですが……あのようなやり方では殿下にもご迷惑をおかけする結果になってしまいます」
これは、敢えてそう投げかけた。他にもやりようはあったはずなのに、彼が敢えて新たな恋を捏造する方法を選んだのか、それが気になっていたからだ。
「恋愛沙汰程度でどうにかなるような足場は作っていない」
「ですが、お立場を考えますとそうもいかないでしょう」
社交界に出る前に、義姉から隣国の情勢についても叩き込まれた。クリスティナは帝国との国交を特に重要視していた。今の平和を維持するためには、どの国よりもまず帝国との良好な関係が必ず必要になるから、と。
ジルベルトは皇族だ。彼の女性関係には当然、皇家に迎え入れるかどうかという話がついてまわる。だからこそ、彼はこれまで女性を近づけてこなかった。それだけ慎重な性格なのだろうと推測する。ならばなおさら、貴族令嬢の醜聞に巻き込まれたいはずはない。
しかも、アンジェはマーレの筆頭公爵家の養女である。父親は子爵だが、紛うことなくローレンの血筋。身分だけならフォンタナの皇族に嫁いでも申し分ない。だがそこに、王太子絡みの醜聞がべったりとくっついている。
それがジルベルトにとってどういう結果になるのか、そこまではアンジェには推測できなかった。皇帝である兄との関係は、良好だという話だが。
「そんなことより」
ジルベルトからはアンジェの疑心に答えるような言葉はなく、代わりに唇がにやりと意地の悪そうな笑みを作った。
「あのご令嬢に随分と追い詰められていたな。クリスティナ嬢から王太子妃の座を奪い取った悪女だと聞いていたが」
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