【R-18】童貞将軍と三番目の妻

サバ無欲

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女神の夢

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逃げてしまった。
一瞬だった。


ウバドは夢を見ていた。輝かしい女神が、嬉しそうに身体を寄せ、微笑みかけてくれる夢であった。その女神は最近娶った妻に似ていた。妻とは名ばかりの、庇護すべきかよわい娘であった。

女神はあたたかかった。
女神は軽かった。

ウバドは、女神に手を伸ばそうとした。しかし触れられない。女神は動いているのに、自分は動けない。夢であるはずなのに思い通りにいかず、もどかしかった。

動きたい。
動けない。

女神が笑う。
違う。あれは新妻だ。
男を恐れ、怯えて、それなのに妻になりたいと震えていた……あの、妻だ。

うん?
動けないぞ。

動けないが見えている。妻が、乳首をこねている。あろうことか、俺の、乳首を。いやいや、そういう事ではない。なぜ動けない。なにをされた。妙に甘いぶどう酒を飲んだあとから記憶がない。どうして……まさか!

妻が笑っている。
海の瞳と、目が、あう。


「貴様ァ!!! なにを盛った!!!」
「ぴゃっ!」


…………。
ウバドは後悔していた。激しく。
きつく言われていたのだ。新妻を怒鳴りつけてはいけないと。それなのにまたやってしまった。軍生活で鍛えた肺活量は並みのものではなく、加えてウバドはとっさに大声を上げてしまうタチだった。だから今夜は極めて慎重に、新妻に声をかけていた。それなのに……。

嗚呼、逃げられた。
また逃げられた。
やはり結婚など、どだい無理な話だったのだ。
ふたりの妻も逃げていった。
後日、慰謝料まで払わされた。
一人目は顔が怖いからと逃げられた。
二人目も顔が怖いからと逃げられた。
三人目は声……もういやだ。

ウバドは動けないため、天井ばかりを見ながら自暴自棄になり果てていた。しかし。


「ぅ……ぐすっ……」
「……」


いる。
どうやら近くに。
すくなくともこの部屋に、いる。

極めて低く、押し殺した静かな声で、ウバドはささやいた。


「……サラディー」
「っ、ごめんなさい、ごめんなさいウバドさま、ぐすっ、ごめんなさい……!」


……。
ひどい自己嫌悪を感じながら、ウバドはもう一度、ゆっくりと妻(仮)の名を呼んだ。


「サラディーヤ」
「うう、ごめんなさい、ごめんなさ……」
「謝らなくていい。怒っていない。大声を出して、悪かった」
「……」
「すまなかった」


気配が動く。
どうにか動く目をぎりぎりまで凝らすと、天蓋の外にちいさな白い影が見えた。おずおずと震え、触れれば壊れそうなほど儚い線をしているが……逃げてはいない。

ウバドは諦めずに、もう一度、白い影に語りかけた。


「……すまなかった。怖かっただろう。驚いてしまっただけなんだ。なにしろ、身体が動かないから……怒ったわけではない。ただ、驚いた」
「……」
「なぜ俺が、こうなっているのか……教えてくれないか、サラディーヤ」
「……」
「絶対に怒らないと誓う。だから、教えてくれ」
「…………お、おばばさまが……」
「……」


ウバドは激怒した。
必ず、かの悪戯大好きババアをのぞかねばならぬと決意した……が、そんな様子を見せればまた妻に逃げられるため、表面上は平静を保った。


「お、怒らないで……!」


つもりだった。
どうやら、顔に出ていたらしい。あわてて婆のことはいったん思考の外へ追い出す。


「ちがう、お、怒っていない」
「ごめんなさい、怒らないで……」
「怒っていない、サラディーヤ、頼む。信じてくれ。もともとこういう顔だ。怒ったような顔なんだ」


なんとも情けないことだが、その言葉には説得力があったらしく、サラディーヤの気配がすこし落ち着いた。ウバドはええいと思い切る。


「サラディーヤ……もうすこし近くへきて、顔を……せめて顔を見せてはくれないか」
「……」
「何もしない。誓って。そもそも何もできない……だから、せめて顔を見せてくれ」


いちかばちか投げかけた言葉に、静かだったサラディーヤはしばらくしてゆらりと動いた。しゃらしゃらと小さな音を立てながら、控えめに、その姿が蝋燭の灯で照らされる。

ぐうっ……とウバドは息を殺した。
また人でも殺しそうな顔をしているに違いない。

しかしこれは……あらたまって見ると、なんという官能的な姿だろう。隠す部分だけを辛うじて刺繍の花びらが隠し、連なる真珠が白き肌をすべっている。そのなまめかしさはかえって強調され、華奢な身体のうち震えるさままで、つぶさに見てとれた。

動けなくて良かったのかもしれない。
いや、良かったのだ。下手に動けてしまえば、あの花をむしり取り、真珠の飾りを引きちぎって、訳もわからず襲いかかっていただろう。そうなれば破滅の道しかない。けだものと結ばれたい娘などいない。

ウバドは確信した。これでよかったのだと。
ただし婆のことを許したわけではないが。

そしてそもそも、注目すべきはそこではなかった。ウバドは自責の念に駆られながら、やはり極めて慎重に声をかけることにした。


「……すまない。泣かせてしまった」
「いいえ……」
「殴るなり、刺すなりするがいい。それでお前の気が済むのなら」
「いいえ! そんな……」


そこではた、と気づいた。
この娘は一体、自分に何をするつもりだったのだろうかと。

婆の提案に乗るまではいい。しかし乗ったところで、どうするつもりだったのか。どうやら暗殺ではない。恨みを晴らしたい訳でもない。では一体……


「ではサラディーヤ、お前は……俺をこうして、どうするつもりだったんだ?」
「それは……」


そのあとを聞いた途端。
ウバドは憤怒した。

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