【R-18】童貞将軍と三番目の妻

無欲

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ゆるし

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サラディーヤは眠っていた。
深く、深く、眠っていた。

ウバドに部屋を追い出され、泣いているところを老侍女が見つけてくれた。そのまま花の匂いのする客室へいざなわれ、事情を伝え、蜜をたっぷりと入れたのだという甘い飲み物をもらって眠った。ウバドの不興を買ってしまったことが、何故だがとても辛くて……眠った。

夢の中で。
サラディーヤはひだまりのような手で、髪を優しく撫でられていた。


「……」
「…………目が……覚めたか……?」


ウバドがいる。
座っている。

あたたかな日差しを浴びた褐色の肌は輝いている。しかしその表情は依然として険しく、サラディーヤの胸はずきずきと痛んだ。苦しくて、なぜ苦しいのか考える間もなくサラディーヤは涙を流す。


「ごめんなさい、ウバドさま」
「いい、いい。謝るな。お前はなにも悪くない。悪いのはすべて俺だ」
「……」
「追い出してすまなかった。許してくれ、さ……サラディーヤ……」


きょとん、と。
サラディーヤはウバドを見た。『うみ』のような目をぱちくりと瞬かせて、ウバドを見た。今まで生きてきた中で、このように真っすぐに謝ってくる男を、サラディーヤは見たことがなかった。

殴る、蹴る、痛いことをする。
それがサラディーヤの知る『男』である。

ところが目の前のウバドときたら、肩を落とし、眉をひそめ、どこか哀愁じみてサラディーヤに許しを乞うているではないか。こんなの知らない。こんなのはまるで、雨に打たれた子犬のようだ。サラディーヤは思わずウバドの手を取ろうとして……


「あ……あれ……?」
「……どうした?」
「手が……」


動かない。
手も、足も、動かない。
かろうじて動くのは顔、そして首……


「あンのババア……!」
「ヒ、い、いやっ!」


サラディーヤは悲鳴を上げる。見る見るうちにウバドの顔が赤く染まり、髪は逆立ち、その様相は鬼と化していた。


「ち、違う! 怒っていない!!」
「おこらないで……!」


もし手足が動いたなら、サラディーヤはぷるぷると震えて部屋の隅まで逃げていただろう。ウバドの声は雷鳴のように大きかった。

ぽろぽろと、涙が流れる。
ウバドは真っ赤なまま、今度はおろおろと落ち着かない。


「ち、違うんだ。本当に……怒ったわけではない……」
「うぇっ……ひく……」
「ああ参ったな……すまない、また大声を……泣くな、泣くなサラディーヤ」


ウバドの太い指は、ごく自然に、サラディーヤの頬に触れようとした。太い眉は下がりに下がり、黒曜石の目は困惑の色をたたえている。

サラディーヤは親を知らないが、その姿はまるで、泣く子をあやす父親のようだった。神殿には時々、そのような父子が礼拝にくることがある。母親は女であるために礼拝を許されず、幼子は母を求めて泣き叫び、父親がそれをなんとかなだめすかすのだ。幼子は総じて泣き止まず、多くの父親は根気強く子を慰めた。

あの幼子たちは……『愛されて』いるのだろうか。

サラディーヤは愛を知らない。愛というのが、どういうものなのか分からない。だから、ウバドが向けてくる視線が、どうしてあの父親たちと似ているのかも分からないでいる。

ただ、彼の指で涙をぬぐってもらうためにまぶたを閉じた。
自然とそうしていた。

だがウバドは一向に触れてこなかった。どうしたのかと目を開けると、太い指は宙に浮いたままぴたりと止まってる。迷いに迷っている目と、『うみ』の目が絡み合った。


「……触れても、いいか……?」
「……」
「サラディーヤ、許しを……お前の涙を拭う許しを、俺に与えてくれ」


許しを乞うのではなく、乞われることなど……はじめてだった。


「……はい……ゆるし、ます……」


ウバドの太い指が、ゆっくりと、サラディーヤに触れる。目を閉じた。彼の指先は震えていて、肌に触れるか触れないかという、ひどく慎重な動きでサラディーヤの下まぶたをぬぐった。

くすぐったい。
サラディーヤが目を開ければ、ふたりの視線は絡み合う。


「……お前の瞳は、『うみ』のようだな……」


サラディーヤは『うみ』を知らない。
けれどもう、それが素敵なものであると勘づいていた。

身体が熱い。


「ぅ、み……?」
「お前の髪は、花の蜜だ。お前の肌は」


昨晩と同じ言葉たちが示すもの……


「真珠……真珠のようだ。お前は……」


それは、賛美であった。
花の蜜も、真珠も、そしてきっと『うみ』も。
この大きくて強くて厳めしい男は、獣のような唸り声で、サラディーヤを……褒めている。

どうして?
身体が、熱くて。

手足が動けばどうしていただろう。少なくとももう逃げはしない。それどころかサラディーヤは、ウバドの真っ赤な頬を包みたくてたまらなかった。大きなウバドの身体の中に身を寄せたくて……たまらない。

どくん、どくん。


「ウバドさま……わたし……」


どくん、どくん、どくんどくんどくん。


「サラディーヤ、お前に触れたい」
「ぁ……」
「痛いことはしない。お前が嫌がることも。だから……もし許されるなら、サラディーヤ……俺の、妻、に……」


サラディーヤは、息が詰まる思いだった。
それなのに、どうしてだか苦しくはない。心地いい。


「はい……ゆるします……」


サラディーヤの唇は震えていた。
その目は涙をたたえていた。それなのに。


「わたしは、ウバドさまの、妻に……」


彼女はうっとりと、自分が微笑んでいると分かった。


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