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2.経理部、田中A子
その13、久遠秋人は油断大敵①
しおりを挟む経理部の田中さん。
田中さん。
名前を呼ばれる事を嫌がるから……エンボちゃん。
自分の名前をあんなに嫌そうに教えてくる人、初めて見た。反面、あだ名で呼ぶとちょっと照れてて。エンボちゃんは相変わらずかわいい。地味だけど。
そしてエンボちゃんおすすめのラーメン屋は本当に美味かった。鶏白湯はこっくりと濃厚で、鶏チャーシューが柔らかくて。ひとくち貰った貝出汁も、貝の旨味が柚子皮できゅっと引き締められていたし。なにより日本でのラーメンそのものが久しぶりだったから染みるように美味かった。店の雰囲気も悪くなかったし、また来よう。
彼女がトイレに立ち、その間に会計を済ませる。
一般的なマナーだと思っていたんだけど、エンボちゃんは慌てふためいて、ひどい顔をしていたから思わず笑ってしまった。なんだあれ、怒った猫かよ。唸り声まであげて。
素直におごられておけばいいのに、エンボちゃんはそれができない様だった。上辺だけの白々しいやりとりではなく、本気の戸惑い。かわいいな。折衷案を出した時の固まりようも楽しかった。
タクシーを捕まえて、車中でもずっと手を繋ぐ。
むすっと唇を結んだエンボちゃんの真っ赤な顔がたまらない。早くシたい。でも、どうなんだろう?
今までのやりとりを反芻する。
男慣れしているとは到底思えないのに、今日また誘われた。女の子からって珍しい。実はとんでもないヤリマン? 清純派こそ危ないって言うしな。でもエンボちゃんは清純っていうより、ただ単に地味だけど。
騙されてんのか、俺。
訳わかんないロボ化も、セックスでの絶頂も、全部演技だったりして。だとしたらもう分かんねえよ。過去にもそういう、俺のことを彼氏にしたくて何かしら演技する女の子は沢山いたけど、間違いなく演技力は群を抜いてる。最優秀主演女優賞受賞だ、おめでとう。
ぐだぐだ考えているうちにドラッグストアに到着して手を離された。と思ったら黒のスーツスカートでこっそりと手を拭いている。恥ずかしそうな困り顔。ああ、汗が気になったのかな。確かに多かったけど、別に今更気にしてないのに。
「じゃ、じゃあ私、買ってきますんで」
「一緒に回る?」
「だ、大丈夫です! 適当に回っててください」
いうや否や、エンボちゃんは急ぎ足で店の奥へと消えていった。
なんだあれ。地味なのにかわいい。
やっぱ騙されてんのかな。
***
なんでそんな話になったんだっけ?
ああそうだ。マンションに着いたとき、エンボちゃんがやたらぽけっとした顔になってたから。それまでガチガチだったのに、と思って聞いてみたら、やっぱりというべきか、豪華絢爛なタワーマンションを想像してたらしい。こういうとき、エンボちゃんは嘘が下手だ。
みんなが想像するほど、あれは住み良いものではない。自己顕示欲を満たすだけの建物だと訴えると、とうとうエンボちゃんから「ボンボン」といわれてしまった。はあ。
「エンボちゃんもそういう噂、するんだね」
落胆していたし、多分、失望もしていた。
ついて回る自分の出自は、どうやったって消えるものではない。上辺だけをみて羨ましがられたり、真相を知って避けられたり、あるいは利用されそうになることはしょっちゅうだ。そして隣の彼女も、そのうちの一人なのだろう。
かわいいと思ってたのに。
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