婚約破棄……?「何それ美味しいの?」

花霞つばき

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第三話 悪役令嬢、疑惑をかけられる

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 リリアの机が汚された事件から数日。学園内では「平民出身の新入生に嫌がらせをするなんて卑劣だ」という声があがり始めていた。残念ながら、事態は自然には収束しそうにない。

 加えて厄介なのは、その矛先がいつの間にか私、クリスティーナ・フロレンティアに向きかけていることだ。悪役令嬢の定番行動として「ヒロインをいじめる」という図式があまりにわかりやすいからかもしれない。

 机の件について、一部の生徒がこんな噂をしているのを耳にした。

「なんでも、クリスティーナ様の取り巻きがリリアを目障りだと感じて手を出したらしいわよ。直接の指示はなかったらしいけど、それも暗黙の了解とか……」
「やっぱり殿下との婚約を邪魔されるのが嫌なんじゃないの?」

 どこからそんな根拠のない話が出てくるのか。私は自分が理不尽な立場にいると痛感せざるを得なかった。もちろん、そんな嫌がらせを私がやらせるはずがないし、取り巻きなんて呼べる存在さえいない。

 しかし事実はどうあれ、「悪役令嬢っぽい」という先入観を覆すのは容易ではない。放っておくとさらに嫌な噂が広まるだけ。どうにか手を打たねばいけない。

 この状況を見かねたのか、ある休み時間にレオナルド殿下が私を呼び止めてこう言った。

「クリスティーナ、このままじゃ君が疑われたままになってしまう。何か解決策を考えよう」
「解決策って、具体的に何をするの?」
「学園長に相談して、犯人をはっきりさせるための調査をしてもらうとか……。君も一緒に声を上げたほうがいい。君がいじめを否定するだけじゃ足りないかもしれないけど、正式に動けば冤罪も晴らしやすいだろうし」

 確かに、殿下の言うとおりかもしれない。私一人が「やっていない」と叫んでも、周囲の偏見は簡単には消えないだろう。だが、公的な場で「犯人を捜しましょう」と動けば、少なくとも「私がやった」という風説は弱まるはず。

「……わかったわ。協力する。リリアにも申し訳ないもの」
「うん、君がそう言ってくれて安心したよ」

 レオナルドのまっすぐな瞳に見つめられ、一瞬胸がドキリとする。彼は本当に私の味方でいようとしてくれるのだな、と改めて感じた。しかし、それだけ優しい人だからこそ、いずれリリアにも同じように優しく接し、ゲームのように婚約破棄イベントへ……と考えると複雑な思いだ。

 とにかく目の前の問題を解決しよう。私はそう決めた。

◇◇◇

 翌日、学園長室で簡単な話し合いが行われることになった。メンバーは学園長、リリア本人、そして疑いをかけられている私。それに立ち会いとしてレオナルド殿下、さらには学園の風紀委員を務める何人かが同席するらしい。けっこう大げさな展開だが、誤解を解くには仕方ない。

「それでは、今回の嫌がらせ事件について、まずは状況整理をしておきましょう。リリア・ベルガモットさんの机にインクがぶちまけられ、不快な言葉が書かれていた……ということですね」

 学園長は穏やかな口調で淡々と事実を確認する。リリアは少し緊張した面持ちだが、私を見ると安心させるような笑みを浮かべてくれた。

「はい……そうです。私は誰がやったのかわからず、ただ驚いてしまいました」

 一方、私のほうも疑惑を晴らさなければならない。ここはしっかりと主張すべきだ。

「私は断じて関わっていません。リリアをいじめる理由もないですし、指示した事実もありません」
「そ、それは私もわかっています」

 リリアが慌てて言葉を差し挟む。そう、彼女は私の潔白を信じてくれている。学園長もそれを考慮しているのか、静かに頷いた。

「私としても、クリスティーナさんがこのような卑劣な行為に及ぶとは思えません。ただ、周囲が疑っているのも事実。よって、正式に捜査を行うことを決定しました。警備担当や風紀委員の協力のもと、校内の巡回を強化します。また、今後同様の事件が起きないように注視しますよ」

 なるほど。監視体制を強化して、再発を防ぎつつ犯人探しをするというわけだ。私としては早く白黒つけてほしい気持ちが強いが、学園長の判断に従うしかない。

 しかし、その場の雰囲気がやや重苦しくなりかけたとき、不意に風紀委員の一人が声をあげた。

「学園長、この件について、ある生徒から匿名の告発が届いています。『クリスティーナ様の取り巻きがやったと聞いた』と……」
「……それは具体的な証拠があるのかね?」
「いいえ、噂レベルのようで……。ただ“直接指示を受けてはいないが、クリスティーナ様を慕う生徒たちが独断で動いた”という話です」

 学園長は困ったように眉をひそめる。リリアも青ざめて、「そんな…」と戸惑いの声を漏らした。

 私は心底うんざりしながら、きっぱりと首を振る。

「私を慕う生徒がいるなんて、聞いたこともありません。そもそも誰を指しているのでしょうか?」

 実際、私には“取り巻き”と呼べるような仲のいい集団など存在しない。アベルあたりが冗談半分で「お前の取り巻きだ」などと冷やかしてきそうだが、実態はまるで違う。

「それに、犯人がそんな安易な方法で嫌がらせをしているなら、いずれ必ずボロが出ますわ」

 私が続けて主張すると、レオナルドも同調するように頷いた。

「確かに。俺もそんな噂は聞いたことがない。ここはやはり、学園として正式に調査し、真実を突き止めるべきです」

 こうして、話し合いはひとまず「学園全体で再発防止・犯人捜しをする」という結論で落ち着いた。私が潔白を主張するばかりではどうにもならないが、学園として動くとなればさすがに裏工作もしにくいはず。時間はかかるかもしれないが、いつか真犯人は見つかるだろう。

◇◇◇

 だが、その日の放課後。教室を出ようと廊下を歩いていた私の耳に、好ましくない内容の会話が飛び込んできた。

「ねえねえ、本当にクリスティーナ様が関与してないのかな? あの人って、王太子殿下にべったりじゃない? リリアさんが注目されるのが面白くないんでしょ?」
「そうよね。あれだけ高慢な態度とってるんだもの。まさか本人が自分で手を汚すわけないけど、取り巻きが代わりにやる可能性はあるわ」

 また「取り巻き」か。私は思わずため息を飲み込む。ちょっと顔を見せたら、彼女たちは逃げるように散っていったが、こういった陰口は後を絶たない。何もしなくても噂だけが勝手に膨らんでいく。

「お嬢様、あまりお気を落とさずに……」

 近くにいたエミーが気遣うように声をかけてくれるが、落ち込むより先に苛立ちが募ってしまう。私だって、こんな役回りは嫌だ。どうして“悪役令嬢”というだけで、ここまで疑われてしまうのか。

「……エミー、あの噂を払拭するにはどうしたらいいかしら。私、もう嫌になりそう」
「そうですね……いっそ、リリアさんと一緒に何か目立つ行動をとってみるのはいかがでしょう。例えば、学園の委員会行事を一緒に手伝うとか、勉強会を開くとか……周りが『あれ、仲いいんだ?』と思うような場面を作るんです」

 なるほど。それは一つの手かもしれない。嫌がらせを仕組んだ張本人が、わざわざ被害者と親しくするはずがないからだ。周囲に「私がリリアを大切に思っている」ことを分かってもらえれば、少なくとも悪役認定はされにくくなるはず。

「名案ね。リリア自身が嫌でなければ、一緒に何か活動をしてみようかしら」

 そう決めた矢先、なぜかふわりとした気配を感じて後ろを振り返ると、そこには当のリリアが立っていた。どうやら偶然通りかかったらしい。彼女は気まずそうにしながらも、私に向かって遠慮がちに声をかける。

「す、すみません。今のお話、少し聞こえてしまったのですが……もしよろしければ、私も何か協力できることはありませんか?」
「リリア……。いいの? 私と行動を共にすると、かえってあなたが『悪役と結託している』なんて疑われたりしない?」
「それでも、クリスティーナ様を疑う人たちに何かしら証拠を示せるのなら……私、むしろ一緒に頑張りたいです」

 リリアのまっすぐな瞳に動かされるように、私は気づけば微笑んでいた。なんて良い子なのだろう。ゲームのヒロインとはいえ、彼女には全く嫌味がない。

「ありがとう。じゃあ、何か学園行事を探しましょうか。……あら、ちょうどいいかも。今度、学園全体で環境美化活動が行われるらしいわ。そこに二人で参加してみるとかどうかしら?」
「いいですね、それ。ぜひやりましょう」

 こうして私とリリアは手を取り合って(いや、実際に手を握ったわけではないが)、学園行事を通じてお互いの立場を改善しようと決意したのである。まさか“悪役令嬢”と“ヒロイン”が共闘する日が来るとは、普通の乙女ゲームならあり得ない展開かもしれない。

◇◇◇

 翌週、環境美化活動の日。校庭や施設周辺を生徒が分担して掃除し、草花の手入れをするというのが恒例行事になっているそうだ。私はリリアと共に、中庭の花壇を任されることになった。

「このお花、すごく綺麗ですね。名前は……たしか“セラフィーナ”だったかな? 珍しい品種だって聞きました」
「ええ。公爵家の庭にも似たようなのがあるから、ちょっと手入れの仕方はわかるつもりよ。リリアはどう? 園芸の経験はあるの?」
「実家では野菜を育てていました! だから、こういう作業は嫌いじゃないです」

 平民出身のリリアが野菜を育てていたというのは少し意外だが、彼女の言葉には温かみを感じる。実際、こうして一緒に土をいじってみると、リリアがとても丁寧に花を扱っているのがわかって微笑ましい。

「あなた、本当に器用ね。花びらが傷つかないように優しく手を添えるなんて、なかなかできないわ」
「いえいえ、クリスティーナ様ほどでも……あっ、ちょっと根が傷んでるみたいです。どうしましょう?」
「その部分は切っておいたほうがいいかもしれない。私がハサミを持ってるから……はい、これでOK」

 こんな風に穏やかに話しながら作業していると、「悪役令嬢とヒロイン」という関係性を忘れてしまう。ある意味、ギャップを楽しんでいる余裕すらあるほどだ。
 だが、その穏やかな空気を破るように、突然どこからか嘲るような声が聞こえた。

「なあに、あの二人? 悪役令嬢がヒロインと仲良くしてるなんて気味悪いわね」
「なにか企んでるんじゃない? どうせ見せかけでしょ」

 悪い噂を信じきった生徒たちが、遠巻きにヒソヒソ話をしているのだろう。思わず拳を握り締めそうになるが、ここで怒ったらますます“悪役感”が高まってしまう。私は平静を装い、リリアに向き直る。

「……ごめんなさい。あなたまで変に勘繰られて」
「いいんです。私こそ気にしません。クリスティーナ様の優しさを近くで知っているから」

 リリアは力強く頷いてくれた。その健気さに救われる思いがする。こうしてゆっくりと、私たちは中庭の花壇を整えていった。

◇◇◇

 夕方、作業を終えた私たちは泥まみれの手足を洗いに行くために、学園の裏手にある水道のところへ向かった。日が傾いてきて、やや肌寒い時間帯だ。

「ふう、だいぶ疲れましたね」
「ええ。でも充実していたわ。花壇もすごくきれいになったし、あなたのおかげで楽しかった」

 私はそう素直に伝えると、リリアははにかむように笑った。悪役令嬢という立場を忘れるくらい、和やかな気分に浸っている。

 ところが、そこで思いがけず声をかけてきたのはアベルだった。彼は相変わらず軽快な足取りで近づいてきて、ニヤリとした表情を浮かべる。

「へえ、こんなところで二人仲良くとはね。噂が耳に入ってると思うけど、『悪役令嬢がヒロインに取り入ってる』なんて言われてるぜ?」
「放っておいて。それが私たちなりのやり方なんだから」
「ふーん。まあ、俺としては面白いものが見られて嬉しいね。お前がどんな行動に出るか気になってたし」

 アベルの言動にはいつもどこかイラッとさせられるけれど、彼なりに私の様子を観察しているのはわかる。リリアは少し困惑した様子で彼に会釈をする。

「アベル様、はじめまして……じゃないですね。以前、パーティーのときに少しお顔をお見かけしました」
「覚えてくれてるのか。光栄だな。リリア・ベルガモット、だったよな? 噂ほどの平民臭さは感じないね」
「え、ええと……ありがとうございます?」

 リリアが戸惑いながら返事をする様は、なかなか面白い構図だ。アベルはからかい半分で口を開く。

「リリア、お前は悪役令嬢と仲良くしようなんて大丈夫なのか? 周りからどう見られても知らないぜ」
「……私は、クリスティーナ様を疑うような理由はないと思っています。むしろ誤解を解きたいので、あえて一緒に行動してるんです」

 リリアの答えに、アベルは少しだけ驚いたような表情を見せる。そして一瞬だけ私の顔を見たが、すぐにそっぽを向いて肩をすくめた。

「そっか。まあ頑張れよ。俺としてはどんな結末になろうと、退屈しなくて済みそうだからな」

 それだけ言い残して、アベルは手を振りながらどこかへ行ってしまった。まったく、余計なちょっかいを出すものだ。

 リリアは少し安堵したように息をついてから、私に向き直る。

「すみません、私まで何だか変な絡まれ方をして……」
「気にしなくていいわ。あれが彼のスタイルなの。それに、私からすればあなたが一緒にいてくれるほうが心強い」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです」

 気づけば夕暮れ時の空がオレンジ色に染まっていた。今日の作業がどう周囲に映ったかはわからないが、少なくともリリアと私は相互理解を少し深めることができた気がする。

 これで学園の皆が「クリスティーナはリリアをいじめていない」と知ってくれればいいのだけれど……。犯人探しはまだ続いているし、噂は完全には消えていない。だが、私たちが手を取り合う姿を目にすれば、少なくとも私を疑う根拠は薄れるはず。

 こうして、悪役令嬢の疑惑を晴らすべく、ヒロインと共に行動する――という奇妙な図式が動き始めた。先のことは全くわからないが、とにかく今はこの道を進むしかない。私の運命は、ゲームのシナリオとは全然違う方向に転がっていくのかもしれない。
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