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第二話 悪役令嬢とヒロインの接近遭遇
しおりを挟む王立学園のホールで新入生歓迎パーティーの準備が進む中、私はリリア・ベルガモットという少女とごく近い距離で言葉を交わしていた。
「リリアさん、あちらにリボンが置いてありますから、よければテーブルクロスの端を留めていただけるかしら?」
「はい、わかりました」
私がお願いすると、リリアは素直に頷いて作業を始める。平民出身と聞いていたが、その所作に見苦しいところはなく、むしろ貴族の娘たちよりも丁寧で一生懸命だ。これが“ヒロイン力”なのかと思うと、変に納得してしまう自分がいる。
「クリスティーナ様、とてもお優しいんですね」
「えっ……?」
不意にリリアがそんなことを言うものだから、私は思わず息を飲む。周囲からは「高慢で近寄りがたい」と言われがちな私に向けて“優しい”なんて形容詞が出てくるとは、思いもしなかった。
「最初はとても高貴な方だから怖いかなって思ったんですけど、こうして一緒に作業をしていると細かいところまで気遣ってくださるし、すごく頼りになります」
「い、いえ。私など大したことは……」
思わず視線を落としてしまう。リリアの言葉は純粋に嬉しい。でも、私が悪役令嬢だというレッテルを貼られていることを彼女は知らないのだろうか。
「私、平民出身で右も左もわからないから、いろんな方に手伝ってもらってばかりなんです。もし学園生活で困ったことがあったら、ご相談してもいいですか?」
「べ、別に構わないわ。……ただし、あまり期待しないでちょうだい。私だって何でも知っているわけではないから」
ついつい、ツンとした言い方をしてしまう自分に苦笑する。素直に「任せて」なんて言えない。この性格、どうにかならないのか。でもリリアは気を悪くした様子もなく、嬉しそうに笑って頷いた。
「ありがとうございます。心強いです」
その笑顔を見るだけで、確かに彼女なら誰からも好かれるだろうな、と思わずにいられない。そのうちレオナルドとも仲良くなるのだろうし――いや、仲良くなるどころか、婚約破棄の後に結婚エンド……なんていうゲーム展開が待っているかもしれない。
私は心の中で深いため息をつきながら、せめてリリアをいじめるような真似だけはしないでおこうと固く決意する。それが私の“悪役令嬢”離脱への一歩になるかもしれないから。
◇◇◇
翌日。歓迎パーティーは華やかな飾りに囲まれながら、来場する新入生や在校生を迎え入れた。ホールの中央では、王太子であるレオナルド殿下が挨拶を行い、それを見つめるリリアの姿がある。
「まずは、ようこそ王立学園へ。皆さんが安心して学べるよう、私たちもできる限りサポートしていく所存です」
レオナルドの穏やかな声がホールに響く。彼は大勢の前に立つとき、少し緊張しているようにも見えるが、その王子らしい所作と品位は誰もが認めるところだろう。
私は少し離れた場所からその様子を眺めていた。リリアは前の方に立ち、殿下の言葉をしっかりと受け止めているようだ。これぞゲームでいう“出会いイベント”の一端だったりして……などと、妙に冷めた視点で考えてしまう自分がいる。
「ねえ、クリスティーナ」
ひょい、と隣に現れたのはアベルだった。昨日に続いて軽薄な笑みを浮かべながら、耳打ちするような声で話しかけてくる。
「殿下とリリアのツーショット、けっこうお似合いじゃないか? あれを見て嫉妬したりしてない?」
「……別に。私は婚約者としてレオナルドを信じているもの」
何を言わせたいのか知らないが、私は強がるしかない。そんな私を見て、アベルは面白そうに肩をすくめる。
「でも、リリアは可愛いよ。学園内の男子もけっこう騒いでる。あっという間に人気者さ」
「……そう」
わかっている。そのうち、彼女は殿下だけでなく、ほかの公爵令息や騎士候補生からも慕われるようになっていくのだろう。それが“ヒロイン”というものなのだから。
「まあ、何が起こるかはわからないけどさ。俺はお前の行動が気になる。どう動くのか、見物だな」
「いちいち観察しないでくれる? 趣味が悪いわよ」
私はアベルを睨むようにして言い放つ。すると彼は口元を楽しげにゆがめたまま、適当な返事をして人混みの中へ消えていった。何がしたいのかよくわからないけれど、私をからかうのが好きなことだけは確かだ。
レオナルドの歓迎スピーチが終わると、賑やかな音楽が流れ出し、パーティーはちょっとした社交の場へと変わった。新入生たちがあちこちで先輩たちと歓談し、軽食をつまみ、和気あいあいとした空気が広がる。
そんな中、私の元にも数人の知人が挨拶にやってきたが、どこか遠巻きにされている感覚がある。やはり「王太子殿下の婚約者」という立場と「高飛車な悪役令嬢」というイメージが合わさり、近寄りづらいのだろう。
「クリスティーナ、あなたもちょっとは楽しんだら? せっかくのパーティーなんだし」
ふとレオナルドが私のそばに現れて声をかける。周囲の目がこちらに集中しているのがわかる。彼は王太子で私は婚約者――それだけで目立つのは仕方がない。
「楽しんでいるわよ。……といっても、貴方みたいに場を盛り上げるのは苦手だけれど」
「そんなことない。君はこのパーティーの準備を頑張ってくれただろう? 皆も感謝してると思うよ」
さらっと褒められると、どうも落ち着かない。もしかしてこの人は、私を悪役にはしたくないのだろうか。それとも、ただ単に優しいから誰にでもそういう態度を取るのだろうか。
「そ、そう……。なら、よかったわ」
「ところで、リリア・ベルガモットとはもう話した?」
「ええ、少しだけ。とても良い子だと思うわ」
すると、レオナルドは微笑を深くして小さく頷く。
「そうか。君がそう言うなら間違いないだろうね。彼女、今は緊張気味らしくて、あまり知り合いがいないそうだ。君が仲良くしてあげてくれると助かる」
「……余計なお世話よ。私だって交友関係は狭いの」
思わずツンとした態度になり、レオナルドが苦笑する。私としては仲良くしてあげたい気持ちもあるが、仲良くしすぎて殿下までリリアに奪われる未来が早まったら……なんて、内心では不安なのだ。
「それでも、俺は君を信じてる。君は優しいから。……じゃあ、俺は少しあちらで話をしてくるよ。楽しんで」
レオナルドが人混みの中へ戻っていくと、ほっとする反面、胸に妙な空虚感も生まれた。悪役令嬢として嫌われる未来か、ヒロインに婚約者を取られる未来か――どちらも私にとっては避けたい。どう動けばいいのか、まだ答えは見つからない。
◇◇◇
パーティーの終盤、華やかな音楽が一度だけ静まり、学園長が入場者全員に向けてスピーチを行った。そのあと、スピーチを補佐する形で何人かが簡単な抱負を述べることになり、その中にリリアの名が呼ばれる。
「えっ、私が……ですか?」
驚いた様子のリリアだが、控えめながらもしっかり前に進み出る。その姿を見て、多くの生徒が注目する。
「リリア・ベルガモットと申します。私は平民出身ですので、皆さんとは違う環境で育ちました。けれど、この学園で学べることをとても楽しみにしています。至らない点があるかもしれませんが、皆さん、どうぞよろしくお願いします」
恥ずかしそうに、けれどまっすぐに言葉を紡ぐリリア。学園長をはじめ、周囲は「おお、頑張ってるじゃないか」という目で温かく見守っている。私は“ヒロイン”としての彼女を感じずにはいられない。純真で努力家――確かに好印象を抱かない人は少ないだろう。
それに対して私はどうするべきなのか。客観的に見れば、彼女に手を差し伸べたり、友達として接したりするのが自然だろう。でも乙女ゲームのシナリオ通りなら、悪役令嬢は彼女に嫌がらせをする立場……。どうやって立ち回れば、バッドエンド(婚約破棄)を回避できるのか。
「お嬢様、パーティーはもう少しで終わりのようです」
侍女のエミーが私の横に来て囁く。そういえば、私はあまり食べていないし、楽しんでもいない。自分が悪役かもしれないという事実が頭から離れず、ただ落ち着かない時間を過ごしていた。
「……そうね。最後にお礼だけ伝えて、早めに帰りましょうか」
「はい」
結局、私は同級生たちと最低限の挨拶を交わすにとどまり、リリアとも少し遠巻きに話をするだけで終わった。彼女は他の新入生や在校生に囲まれて、すでに人気者の道を歩み始めているようにも見える。その光景を横目に、私自身の進む道が何も見えないまま……。
◇◇◇
翌朝。教室に入ると、ちょっとした騒ぎが起こっていた。どうやらリリアが誰かに机を汚されたらしく、ショックを受けているらしいという話を小耳に挟んだのだ。
「これって……嫌がらせ、ですよね。私、何か悪いことでもしたでしょうか」
「そんなことないと思うけど……」
リリアの周囲には心配そうな生徒たちが集まり、私もなりゆきでそちらに寄ってみた。するとリリアの机には、インクらしき汚れと意味不明な文字が殴り書きされている。ひどいものだ。
(ちょっと待って、まさかこれ、私の仕業と思われないでしょうね……?)
悪役令嬢のテンプレートといえば、ヒロインの持ち物や机を汚す、いじめる、などなど。ゲーム内でもよくある展開だ。私は思わず青ざめながら、けれど表面上は冷静を装って「一体誰がこんなことを……」と一緒に困惑してみせる。
「クリスティーナ様、こんなこと……あなたはご存知ではありませんよね?」
怯えたようにこちらを見る生徒がいる。私は胸の奥がザワリと痛む。まさに悪役認定される前兆だ。どうする。どうやって誤解を解けばいい? そもそも本当に私じゃないんだし、堂々としていればいいのだけれど。
「私がやったわけないじゃない。そんなつまらない悪趣味、興味ないわよ」
「そ、そうですよね……す、すみません」
牽制するように言い放つと、周囲は一応納得してくれたようだ。けれど、何も知らない生徒からすれば「悪役令嬢=リリアをいじめそう」という先入観は大いにあるはず。
そんな私の動揺をよそに、当のリリアは自分の机を見つめて、しょんぼりと目を伏せる。
「どうして……私、まだ皆さんと仲良くなろうとしていただけなのに。やっぱり平民の私がこの学園にいるのは迷惑なのでしょうか」
その声は聞いているこちらが辛くなるほど弱々しく、私は胸が痛む。こんなに健気な子がいじめられるなんて、理不尽だ。放っておけない。
「リリア、あなたは悪くないわ」
思わずそう声をかけると、彼女の瞳が驚きに見開かれる。周囲も「えっ、クリスティーナが?」と視線を向けてくるが、そんなことは気にしていられない。
「こんなの、ただの卑劣ないじめよ。あなたは堂々としていればいいわ。あとは、犯人が誰かきちんと探して……謝罪させるまでのこと」
「で、でも……」
「大丈夫。もし何か協力できることがあれば言ってちょうだい。私だって、同じ学園の生徒がこんな目に遭うなんて黙っていられないわ」
自分でも驚くくらい、強い口調が出てきた。もしかしたら、前世(?)の記憶云々はさておき、私は生来こういう不正やいじめに怒りを感じる性質なのかもしれない。
「クリスティーナ様……ありがとうございます」
リリアの目にうっすらと涙が滲む。周囲の生徒たちも少し驚いたようで、どこかぎこちない視線を私に向けていた。これを機に私への印象が少しでも良くなれば嬉しいが、そう簡単にはいかないだろう。しかし、悪役を続けるよりはマシだ。
こうして私は、早くもヒロインを助ける側に回ってしまった。ゲームの悪役令嬢としては完全にイレギュラーな動き。これが吉と出るか凶と出るかはわからない。けれど、自分に正直でありたい――それだけは変えたくないと思ったのだ。
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