婚約破棄……?「何それ美味しいの?」

花霞つばき

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第十一話 家族の思惑と激化する陰謀

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 ローザ・クラインの口から「婚約を破棄しなさい」という驚くべき要求を突きつけられた翌日。私、クリスティーナ・フロレンティアは、身の回りに妙な圧力がかかり始めていることを肌で感じていた。

 朝のホームルームを終えたあと、クラスメイトたちの視線が私に集中しているのがわかる。それまで「あの人は王太子殿下の婚約者で……」と遠巻きにしていた生徒たちが、好奇の混ざった目でこちらを窺うのだ。まるで「彼女、本当に悪役令嬢なんじゃないの?」とでも言いたげに。

(これも、ローザたちが流している噂のせいかしら。それとも、最近の事件が私の仕業だという憶測が高まっているのか……)

 学園長や風紀委員による公式の捜査が進みつつあるのは確かだが、今のところ具体的な成果は出ていない。盗まれた魔法具の行方もわからないし、研究室荒らしの実行犯も特定されていない。そんな中、周囲が抱く疑いはますます膨らんでいくばかりだった。

 昼休み、私は限られた友人たちと少しだけ言葉を交わす。とはいえ、イレーヌなど数名の同級生も「クリスティーナさん、大丈夫?」と心配してくれる程度で、あまり深入りしたがらない様子だ。たぶん、私に近づくことで自分たちも“悪役側”とみなされるのを恐れているのだろう。

「……こんな息苦しいのは、学園に来てから初めてかもしれないわね」

 誰にも聞かれぬよう、小さく呟く。気軽に笑って会話できた日常は、ほんの少し前のことだというのに、今ではすっかり遠い過去のように思えてしまう。

「クリスティーナ様、お疲れのようですね」

 控えめに話しかけてきたのは侍女のエミー。彼女は人目を気にしながらも、廊下の片隅で私を気遣ってくれる。

「大丈夫よ。ちょっと考えごとがあるだけ」

 とはいえ、まったく大丈夫じゃないのが本音だ。ローザの背後にいる“何者か”がどこまで大きな力を持っているのか、それを探る必要がある。そしてもう一つの気がかり――父や母といった家族がこの事態をどう受け止めているのか、まだきちんと話せていない。

 その不安は、思いがけず夕方になってから現実化した。屋敷に帰ってきた私を待っていたのは、険しい表情の父――フロレンティア公爵である。

「クリスティーナ。少し話がある。書斎まで来なさい」

 淡々とした口調だが、その背筋の張り具合からはただならぬ雰囲気が伝わってくる。私は胸騒ぎを覚えながら、父の後を追って書斎へ向かった。

◇◇◇

 書斎に入ると、既に母も待機していた。母は気品のある公爵夫人だが、どこか沈んだ面持ちでソファに腰掛け、私を見つめている。父は正面の机に書類を置いたまま振り返り、重々しい声で口を開いた。

「クリスティーナ……。学園で起きた一連の事件、報告は受けている。王家や学園長も動いているが、どうにも落着する気配がないようだな」
「……はい」

 私は姿勢を正しつつ答える。父がこんなにも厳しい声色を出すのは珍しい。いつもは私の“公爵令嬢としての立ち居振る舞い”について注意するくらいで、基本的には自由を与えてくれている人だ。それだけ、今回の騒動は家にとって重大なのだろう。

「お前が“悪役令嬢”の疑いをかけられているのは知っている。もちろん私もお前がそんな卑劣なことをするはずがないとは思っている。だが、世間はどう見るか……おわかりだな?」
「……はい。事実とは関係なく、噂だけが広がっている状態です」

 父は深く頷きながら苦い表情を浮かべる。そして母のほうに視線を投げかけると、母も静かに口を開いた。

「クリスティーナ。私たちフロレンティア家は、王太子殿下との婚約をとても喜ばしく思っておりました。けれど、このまま事件が長引けば、殿下の評判にも傷がつくでしょうし、我が家への非難も避けられません」
「……つまり?」
「最悪の場合、王家から『婚約解消』を打診される可能性がある、ということよ」

 ずきりと胸が痛む。ローザの言葉が再び頭をかすめる。たとえ私が受け入れなくても、外圧によって破棄に追い込まれるという最悪のシナリオだ。

 父があえて静かな口調で畳みかける。

「クリスティーナ、お前には何か策はあるのか? このまま疑いを放置していては、フロレンティア家の名誉も揺らぎかねない。私としては、お前が潔白であると証明してくれれば一番いいのだが……」
「もちろん、そのつもりです。絶対に真犯人を突き止め、私の無実もリリアの安全も守ってみせる」

 迷いを見せずに言い切る。父は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに厳しい表情に戻る。

「……ならば、それがいつになるかが問題だ。早期に事態を収束させなければ、お前自身も危険に巻き込まれるだろう」
「それは承知しています。でも、私は諦めません。王太子殿下も、リリアも私を信じてくれています。家を守るためにも、私はこの婚約を投げ捨てるわけにはいきません」

 母は少し安堵したような顔を見せるが、父は依然として険しい。恐らく彼は内心で「婚約破棄もやむなし」と考えているのかもしれない。

「私たちはお前を全面的に支える。しかし、もし王宮から正式に破棄を求められたなら、フロレンティア家としてはそれを拒否できない。……わかるな?」
「……はい」

 苦渋の中で、父が言いたいことは理解できる。王家からの要請であれば、公爵家といえど逆らうのは至難の業。私が望む望まないに関わらず、そうなれば婚約は破断だ。だからこそ、それまでに私が証拠を掴んで真犯人を暴かなければならない。

「ありがとう、父様。母様。ご心配をおかけして申し訳ありません。でも、どうか私を信じてください」
「クリスティーナ……」

 母は複雑な表情をしながらもうなずく。父は難しい顔のまま頷き返し、最後に一言だけ付け加えた。

「お前の決意はわかった。だが、相手は王家や学園を巻き込むほどの勢力だ。くれぐれも無茶だけはするな。何かあれば私たちにも知らせろ」

 それが父にできる精一杯の励ましだろう。私は再び深く頭を下げ、部屋を後にする。

◇◇◇

 夜更け、寝室のベッドに入ったものの、頭が冴えて眠れない。ローザの恫喝、家族からの圧力、そしてレオナルド殿下との婚約……すべてが絡まり合って胃が痛くなりそうだ。

「本当に私は、この世界でうまくやっていけるんだろうか……」

 不安が胸を覆う。だけど、前世の記憶が囁く“破滅エンド”を素直に受け入れるつもりはない。ゲームの悪役令嬢という立ち位置に振り回されるだけの人生など、絶対にご免こうむりたいのだ。

 しかし眠れないまま夜が更けると、ふと頭にあることが浮かんでくる。――そうだ。父が言っていたように、相手はかなり大きな力を持っている可能性がある。ならば、学園の捜査だけでなく“王宮の動き”にも目を向ける必要があるのではないか?

(王家と関わりの深い貴族……もしくは王太子殿下の即位に影響力を持つ派閥……。そこら辺を探れば、ヒントが得られるかもしれない)

 そう思いつくと同時に、私の頭の中には「アベル」の姿が浮かぶ。彼は第二王子という立場で、色々な情報網を持っている。学園だけじゃなく、宮廷内部の噂にも目を光らせているはずだ。彼の協力を得られれば、何か動かせる可能性があるかもしれない。

「とりあえず、明日アベルに相談してみましょう。……今度は学園という狭い枠を超えて調べる必要がありそうだわ」

 そう決めると、不思議なことに心が少しだけ軽くなった。何もしないまま過ごすより、あれこれ手を打つほうが性に合っているのだ。私は瞼を閉じ、深呼吸を繰り返してゆっくりと眠りにつく準備をする。

◇◇◇

 翌朝、学園の正門をくぐったところで、リリアが待ち構えていた。彼女は焦燥感を帯びた表情をしていて、私を見つけるなり小走りで駆け寄ってくる。

「クリスティーナ様、大変です。……アベル様がさっきから風紀委員に呼び止められていて、なかなか解放してもらえないみたいで」
「アベルが? 何かあったの?」
「聞いた話では、アベル様が最近“怪しい動き”をしているという報告があって……。殿下の近しい関係者とはいえ、“校内をかき乱す存在”として目を付けられているそうなんです」

 なんてこと。アベルが私たちのために情報を探ってくれているうちに、風紀委員側から疑惑の目を向けられてしまったのだろうか。あるいは、ローザたちが“第二王子も裏で暗躍している”というデマを流したのかもしれない。

「わかったわ。私も見に行く。場所はどこ?」
「本館の一階らしいです。授業が始まる前に解放してもらえればいいんですが……」

 リリアに案内してもらい、慌てて向かった先には、確かにアベルの姿があった。彼は風紀委員の何人かに囲まれて苦笑している。大騒ぎになる前に駆け寄ろうとすると、風紀委員の一人が私を見つけて眉をひそめた。

「クリスティーナさんも来ましたか……。いや、これは我々の職務上の質問でして。アベル殿が深夜に学園内をうろついていたという情報が寄せられたものですから」
「深夜に……?」

 私が目を丸くするのを見て、アベルは肩をすくめる。

「実際は、夜に“とある用事”があって少し学園の周辺をチェックしていたんだがな。まさか風紀委員に咎められるとは思わなかった。俺としては学園の治安維持に協力してたつもりなんだが」

 どうやら、犯人を見つけるためにこっそり学園に潜入調査でもしていたらしい。アベルらしいといえばアベルらしい行動だが、それが裏目に出てしまっている。

「夜間の学園敷地内の立ち入りは、よほどの許可がない限り禁じられています。アベル殿とはいえ、黙って立ち入ったなら問題です」
「風紀委員長がそう言うなら仕方ない。だが、俺も悪気はなかったし、そもそも俺が破壊行為を働く理由がないだろう?」
「……それはそうですが、最近の事件との関与を疑う声もあって……」

 やはり“事件に関わっているかもしれない”と警戒されているわけだ。第二王子という立場があれば、無理は通りそうなものだが、今は学園の混乱があまりに大きく、風紀委員が神経を尖らせている状況。アベル自身も苦笑いを浮かべるしかないようだ。

 私はそこで一歩前に出て、風紀委員へ向かって低頭しながら言う。

「私が保証します。アベルはむしろ事件を解決しようとして動いてくれている協力者なんです。もちろん、規則を破ったことは謝罪しますが、何とぞ寛大な処置を……」
「クリスティーナさん、それはわかっています。ですが、今は学園長の方針で“怪しい動き”をする者には全員事情を聞くようにと指示がありまして……」

 彼らも彼らで、やむを得ず職務を遂行しているにすぎない。アベルは「面倒くさいなあ」という表情をしながら、最後に「わかったよ。もう変に動かないさ」と渋々約束させられていた。

 こうしてひとまず解放されたものの、私たちの捜査は以前よりも難しくなるかもしれない。アベルが公に動けなくなれば、情報収集のルートが狭まるということだからだ。

「悪いな、クリスティーナ。おかげで手間をかけさせた」
「いいえ。あなたこそありがとう。学園の安全を考えてくれていたんでしょう?」
「まあね。俺の性分ってやつさ。だけど、これじゃ深夜の潜入調査はできなくなる。別の手段を考えないといけないな」

 アベルが笑う横で、リリアは心配そうに眉を寄せる。

「今はどこに行っても、誰かに監視されているように感じます……。私たちはどうやって真犯人を見つければいいのでしょう?」
「焦るな。裏にいるのは大きな力だとしても、必ずどこかに綻びがある。ローザもその一端だ。……俺たちで仕掛けを考えて、そこを突くしかない」
「そうですね。私も負けません!」

 リリアの瞳には不安と同じくらい強い意志の光が宿っている。彼女もまた、自分の力でこの事件を解決しようと覚悟を決めているのだろう。

 私たちが廊下で小さく誓い合っていると、まるで嘲笑するかのように学院の鐘が鳴り響く。授業開始の合図だ。時間は待ってくれない。クラスに戻らなくてはならないが、事件解決の糸口はまだ見えないままだ。

 だけど、私は諦めない。父と約束したように、王家やフロレンティア家の名誉を守り抜くため、ローザの背後にいる闇を暴かなければならない。婚約破棄という最悪の結末を避けるには、一刻も早く行動するしかないのだ。

(どこかに必ず手がかりがある……そう信じて進むしかないわ)

 自分に言い聞かせ、私は足早に教室へ向かった。嵐の前の静けさか、それとも既に嵐の真っ只中なのか――わからない。けれど、前を向いて歩むことだけが、いまの私にできる唯一の選択なのだ。
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