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第十二話 兆しの証拠と囁かれる誘拐計画
しおりを挟むアベルが風紀委員に咎められ、学園の夜間巡回を封じられてしまった翌日。私、クリスティーナは普段よりも少し早く学園に到着し、正門付近で誰かの到着を待っていた。その“誰か”というのは――レオナルド・アルベール殿下だ。
「殿下は、今朝は王宮で用事があると聞いたけれど……。早めに来てくれれば、少し話ができるかしら」
そう思って門のそばに立っていると、ちょうどレオナルド殿下の馬車が正門に滑り込んでくるのが見えた。扉が開くと、殿下はまだ朝の光を浴びる校舎を見やりながら、私に気づいて微笑んでくれる。
「クリスティーナ、どうしたんだい? こんなところで待っているなんて珍しいね」
「殿下、おはようございます。少しお話がしたかったの……王宮の動きについて、何か新しい情報がないか聞かせてもらえませんか?」
私は周囲に人がいないのを確認し、声を潜めて尋ねる。レオナルドは頷きながら歩み寄り、人目につかない校舎脇の道へ移動した。
「実は王宮でも、今回の研究室荒らしを含めた騒動を重視し始めているよ。俺の父――国王陛下はまだ動いてはいないが、宮廷の重臣たちが“王太子の周辺が混乱に包まれているのはよろしくない”と話しているらしい」
「やっぱり、婚約破棄の方向へと流れが動く可能性があるのかしら……」
「そうならないよう、俺も必死で説得している。そもそも、まだ犯人もわからない状態でクリスティーナを罪に問うなんておかしいだろう? だから、ただちに“破棄”という話にはならないはずだ」
殿下がはっきりと否定してくれるのはありがたいけれど、安堵するには早い。ローザたちが動いている以上、次の事件を起こされればどうなるかわかったものではない。
「ありがとう、殿下。私も絶対にあきらめません。……それからもう一つ、聞きたいことがあるの。宮廷内部で、殿下の婚約者候補を別に担ごうとしている貴族派閥がいるんじゃないかって噂は、本当かしら?」
「確かに、そういう動きがまったくないとは言えないよ。俺よりも第二王子であるアベルを推す貴族もいるし、あるいは王族以外の有力者と手を組みたい家もある。婚姻によって王位継承に影響を与えようとする派閥争いは昔から絶えないんだ」
「やはり……」
私が深く頷くと、レオナルドは少し苦い顔を見せる。
「でも、今のところ俺や父王がクリスティーナとの婚約を取り消す意思はない。だからこそ、無理やり“婚約を破棄させる”ために動いている人たちがいるのかもしれない。……悔しいけど、否定はできないね」
「なるほど、わかったわ。私も、そっちの線で情報を探ってみる。ありがとう、殿下」
こうしてレオナルドから得られたのは「やはり水面下で婚約を妨害する派閥が存在している」という事実だ。しかもアベルを推す動きもあるらしい。アベル自身はその派閥と無関係(むしろ面白がっているだけ)だと思うが、いずれにせよ先手を打たなければ私たちが追い詰められてしまう。
レオナルドと別れて校舎へ向かっていると、ちょうどリリアが廊下の曲がり角で待っていた。今日は少し緊張した面持ちだ。
「クリスティーナ様、実は……昨日、妙な噂を聞いたんです。何でも、私が“近いうちに誘拐されるかもしれない”って話が広まっているらしくて」
「誘拐……? まさか、そんな物騒な噂がどこから出てきたの?」
「詳しくはわからないんですけど、ある子が『リリアさん気をつけてね。平民出身が王太子殿下に取り入ったからって、消されることもあるのよ』と警告してくれて……」
リリアの言葉を聞いて、私はぞっとした。誘拐や拉致といえば、まさに“乙女ゲームのテンプレイベント”のような響きがあるが、現実では当然のごとく重大な犯罪だ。もし本当に誰かがリリアを連れ去り、自分たちの思惑の材料にしようとしているなら……これ以上ないほど卑劣な手段だ。
「リリア、何か身に覚えは? 例えば、どこか人通りの少ない道を歩いているとか、夜遅くまで残っているとか……狙われやすいタイミングは?」
「いえ、そこまで無防備な生活はしていないです。エミーさんにもたまに送り迎えをお願いしたり……。でも、学園の寮に住んでいるわけでもないから、帰り道はわりと暗いですし、無防備だといえば無防備かもしれません」
「それは危険ね。私やアベル、殿下がついていければいいけど、いつもそうできるわけでもないし……」
ここで私ははっと気づく。リリアが誘拐されれば、“学園の混乱”や“クリスティーナが悪役という噂”をさらに悪化させる材料になるだろう。犯人が「リリアを人質にして、クリスティーナが指示した」などとすり替える可能性もある。まさに最悪の展開が想定されるのだ。
(絶対にそんなこと、許せない……!)
私はリリアの手をぎゅっと握り、真剣な眼差しで言い聞かせる。
「リリア、とにかく身辺にはいつも注意を払って。誰かがつきまとっていないか、自宅や学園で変な気配がしないか……もし何かあればすぐに私に教えて」
「はい……すみません、怖がってばかりで」
「いいの。私たちが備えればいいだけの話だから。大丈夫、あなたは一人じゃないわ」
リリアは不安そうに唇を噛むが、私の言葉にほんの少し微笑みを浮かべてくれた。誘拐などあってはならないが、今は最悪を想定して動くしかない。これも犯人を追い詰めるためのヒントかもしれないからだ。
◇◇◇
その日の放課後、私は早速アベルにリリア誘拐の噂について相談した。すると、彼は「やはり来たか」というように肩をすくめる。
「俺もちらほら聞いてたぜ。“リリアが攫われる”って話は、裏で誰かがわざと流してる可能性が高い。理由は単純、リリアは今回の混乱のもう一つのキーパーソンだからだ」
「王太子殿下との繋がりを人質にする……か。最低ね。そんなことすれば、殿下も私も手出しが難しくなると思ってるのかしら」
「いや、むしろ手出しせざるを得ないだろう。人質にした上で“婚約破棄を受け入れろ”“リリアは平民の身分に戻れ”とでも要求するかもな。あるいは、もっと巧妙な取引をするためかもしれん」
アベルの推測が的中するなら、これは大きな転換点となりうる。リリアを助けるために、学園や王家が動かざるを得なくなり、真犯人たちはさらに混乱を拡大させる――想像するだけで吐き気がするが、相手はそれほど卑劣なのだ。
「ねえ、アベル。やはり宮廷派閥が絡んでいる線は濃厚なのかしら? 学園だけじゃなく、王宮内部で私を貶めたい勢力が動いてる……殿下もそんな気配を感じているみたい」
「だろうな。俺もそれを疑ってる。でも、証拠がないんだよ。ローザは単なる手先か仲介役にすぎないだろうし……。うまく尻尾を掴むには、もう少し誘き出すしかない」
「誘拐計画を逆手に取って、現行犯を捕まえる……なんて、リスクが高すぎるわよね」
「確かにな。しかし、一度くらいは大きな勝負に出ないと、奴らの尻尾は掴めないかもしれない。……お前はどうする? リリアを囮にするとか、さすがにやりたくないだろ?」
「やりたくないに決まってる。でも、リリアが既に狙われているなら、“囮”とは言わなくても、彼女の警護を強化して捕まえる手はあるかも」
アベルは目を細めて考え込む。「風紀委員に頼んでも、あまり好印象は与えないだろうな。学園全体が荒れれば、犯人は来ないかもしれん。むしろ、俺たち数人で密かに見張るほうが効果的かも」と彼は提案する。
「リリアの警護を私、アベル、そして可能なら殿下も加えてやってみる。それで誰かが近づいてきたら現行犯で……というところね。でも本当に危険だわ」
「まあ、相手が誘拐を本気で狙うなら、使い捨ての駒を送り込むかもしれない。そいつを捕まえても黒幕までは届かないかもしれないが、少なくとも糸口にはなるだろう」
私は唇を結ぶ。この作戦はリリアを実質的な“囮”として使うことになるし、何より彼女に精神的負担をかけてしまう。だが、このまま何もしなければ、ある日突然リリアがさらわれる危険が高いのも事実だ。
「……わかったわ。リリアの意見を尊重した上で、場合によってはそういう手段に踏み切るしかないわね。私だって、リリアを見捨てるつもりはないし、犯人に好き勝手させたくもないもの」
「俺も同意だ。できるだけ安全策は講じよう。まあ、本来なら王家の騎士団を呼べばいいんだろうが、あまり大事にするとお前が『学園を混乱させた責任』を問われかねない」
「うぅ……そこがまた厄介ね……」
私が頭を抱えていると、アベルは慰めるように軽く肩に手を置く。
「お前のせいじゃないんだがな。世間体ってやつは面倒だよ。だが、俺たちが上手く動けば、まだ勝算はあるさ」
「ありがとう、アベル。あなたがいてくれて助かるわ」
こうして私たちは“リリア誘拐計画”が本当に進行しているのかどうかを探りつつ、もし犯人が動き出すなら全力で阻止して現行犯を捕まえる、という方針を固めた。さっそくリリアに伝えて、本人の意思を確認する必要がある。
◇◇◇
夕方、校舎の裏庭。人気のない場所で、私はリリアと向き合っていた。アベルは一応見張り役として周囲を巡回している。まるで秘密作戦を話し合うスパイか何かのような気分だが、実際それに近い緊張感がある。
「……誘拐を逆手に取って犯人を捕まえる、ですか」
「そう。もちろん危険が伴うわ。だから、嫌なら断ってほしい。私もあなたを危ない目に遭わせるのは本意じゃないけど……」
「でも、このままではいつ何が起こるかわからないんですよね」
リリアの声は震えているが、その瞳には確かな決意の色が宿っている。彼女は一連の事件を通じて、ただ守られるだけの存在ではなく、自分で運命を切り開こうとしているのだろう。
「私は怖いです。けれど……クリスティーナ様や王太子殿下にこれ以上迷惑をかけたくありません。だから、私も力になれるのなら、そうしたいです」
「リリア……ありがとう。私もできる限り安全策を講じる。アベルも協力してくれるし、殿下にも声をかける予定。絶対にあなたを傷つけさせはしないわ」
リリアは一つ深呼吸してから、小さく微笑む。
「信じています、クリスティーナ様。それに、私もいつまでも弱いままじゃダメだと思うんです。もし誘拐犯が来たとしても、少しは魔法で抵抗してみせます!」
そう言って拳を握るリリアの姿は、どこか頼もしい。彼女は平民出身ながら特待生として認められるだけの潜在能力を持っている。まだ実戦経験は乏しいけれど、犯人を不意打ちするくらいはできるかもしれない。
「よし、それじゃあ作戦をまとめましょう。なるべく人目につかない帰り道や建物の裏などをあえて通って、犯人が接近してくるのを待つ。私とアベル、そして殿下にも協力してもらって、陰から見張る。いざとなったら捕まえる――そんなところかしら」
「はい……緊張しますけど、頑張ります!」
リリアが小さくガッツポーズをしてくれた。その姿を見て、私も胸の奥に熱いものを感じる。二人が手を携えるこの展開は、普通なら“悪役令嬢とヒロインが対立する乙女ゲーム”ではあり得ないかもしれない。でも、だからこそ私たちがいる意味がある。運命を変えてみせるのだ。
遠くに見える学園の鐘楼が夕陽を受けて影を落としている。まもなく日は暮れていく。私とリリアは家に戻る前にアベルと合流し、作戦の最終確認をするつもりだった。
だが、その時――まるで狙ったように、小走りで近づいてくる複数の人影が視界に入った。風紀委員の制服を着た生徒数名が、慌ただしくこちらに駆け寄ってくる。
「リリア・ベルガモットさん! それにクリスティーナ・フロレンティアさんも! 大変です、学園の外に妙な男たちがうろついていて、どうやらリリアさんを探しているようで……」
「えっ……!?」
「もしかして、誘拐犯――かもしれません。とにかく学園長がお二人をすぐに校内に待機させるようにと……!」
心臓が飛び跳ねるような感覚に襲われる。まさか既に外でうろついているとは。こんなにも早く行動を起こしてくるなんて……。
「わかりました。リリア、行きましょう。……アベルには私から伝えます。とりあえず風紀委員さん、場所を教えていただけますか?」
「は、はい。正門の先の路地で目撃情報がありまして……」
風紀委員の説明を受けながら、私は背筋を伸ばし、リリアの手をしっかりと握った。まだ作戦を十分に練る前に、敵が先に仕掛けてきた形だ。このまま逃げ続けるのか、それとも――。
「大丈夫、リリア。私たちは負けないわ」
震えるリリアの手を感じながら、私は自分にもそう言い聞かせる。誘拐という凶行に至るほど狂った相手に対し、私はどこまで対抗できるのか。恐ろしくはあるけれど、ここで退けば“悪役令嬢がヒロインを見捨てた”という最悪の印象を与えかねない。
(運命なんかに負けてたまるもんですか……!)
夕闇の中、私は新たな決意を固める。今こそ戦うとき。婚約破棄ルートなど踏みにじり、私自身の力で未来を切り開いてやる。リリアも、私も、共にこの世界を生き抜くために。
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