婚約破棄……?「何それ美味しいの?」

花霞つばき

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第十三話 誘拐未遂と騎士の救援

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 学園の外で妙な男たちがうろついている――という風紀委員の報せを受け、私たちはまず安全を確保すべく校舎の中へ戻った。廊下には多少のざわつきがあり、特にリリアを知る生徒たちは「彼女が狙われているらしい」と不安そうにささやいている。

 夕方の時間帯とはいえ、まだ完全な夜ではないから学園周辺に無闇に忍び寄るのは目立つはず。にもかかわらず、誘拐を狙う不審者があからさまな行動に出るとは……よほど切羽詰まった勢力か、もしくは学園側の警備体制をあえて逆手に取っているのか。

「リリア、怖がらないで。絶対に私たちがあなたを守るから」

 リリアは声を震わせながらも、必死に笑顔を作って頷く。

「はい……ありがとうございます。私も逃げるだけじゃなくて、立ち向かう気持ちでいます」

 校舎の一角に集められたのは、リリアと私、そして風紀委員を中心とした数名の生徒。そこへ遅れて駆けつけたのがアベルとレオナルド殿下だった。二人とも昼間はそれぞれ別の用事をしていたらしく、事情を聞くやいなや目つきを険しくする。

「もう誘拐計画が動き出すなんて、随分と早い展開だな……。風紀委員の話じゃ、複数名の不審者がうろついていたらしいな?」
「ええ。正面から堂々と来たというよりは、学園近くの細い路地から覗いていたそうです。すでに姿を消した可能性もありますが……」

 レオナルドが風紀委員に尋ねると、委員長らしき上級生が少し神妙な面持ちで答える。

「はい。私たちも周囲を捜索しましたが、男たちは既にいなくなった後でした。念のため、しばらく学園周辺をパトロールしますが、校外まで追いかける権限はありません。……正直、王家の騎士団に頼みたいところです」

 確かに、騎士団を動かすとなれば大事になる。その一方で、犯人側がさらなる策を講じる恐れもあるだろう。学園の騎士団入りはよほどの正当な理由がない限り難しいし、そもそも「クリスティーナが事件を大げさにしている」と揚げ足を取られかねない。

 アベルはあからさまに渋い顔をして、風紀委員に声をかける。

「確かに騎士団を呼びたいところだが、まだ“未遂”の段階だからな。もし奴らが学園に侵入しようとしているなら、見張りを強化するしかない。……こちらも協力するよ」
「アベル殿、ありがとうございます。では、私たちも外周を見回ってみます」

 風紀委員が去ったあと、私たちは廊下に取り残される格好になる。そこへレオナルドが厳しい声で言った。

「クリスティーナ、リリア。今晩はできる限り学園を離れないでほしい。寮に泊まるなり、もし何かあれば王宮の近衛を呼ぶなり……とにかく、危険は回避すべきだ」
「でも、私たちの家はそれぞれ事情があって……。寮に空き部屋があればいいのですけど、突然のことで学園長に掛け合わないと」
「そこは俺から学園長に話を通してみよう。もし空きがないなら、少し窮屈だが、各自が学園の関係者室や客室を借りる形でもいいかもしれない」

 リリアは少し戸惑っているが、誘拐を防ぐためにはひとまず一緒に行動するのがベストだ。犯人が学園の中まで襲ってくる可能性は低いし、風紀委員が巡回していれば安全度は高まる。

「わかりました。とりあえず、今夜は学園側に滞在するつもりで準備をします」

 私が答えると、アベルは「俺も夜はここで張り込むさ」と言い、リリアも「ご迷惑をおかけしますが、私もそうさせていただきます」と頭を下げる。これで一応、今夜の誘拐リスクは下げられるだろう。だが、本質的な解決には程遠い。

◇◇◇

 夜になり、私たちは急ごしらえの部屋に集められた。そこは本来、来賓や短期滞在のゲストが使うために用意されているという客室。レオナルド殿下とアベルは別室だが、万が一のときは駆けつけられるよう近い位置にいる。

 リリアと私は、簡易ベッドを並べて今夜の宿泊準備を進める。こんな形で一緒に夜を過ごすなんて想像もしなかったが、平民出身の彼女にとっては初めてのことばかりだろう。彼女は恐縮しつつも、落ち着かない様子で周囲を見回している。

「こんな豪華な部屋に泊まるなんて、畏れ多いです……」
「といっても、王宮や公爵家の客室ほどではないし、最低限の防犯機能くらいしかないと思うわ。ここなら、いざというとき出入口が少ないから逆に安心できるし」

 明かりを灯し、簡単な夕食をとったあと、私たちは明日以降どう動くかの相談を始める。本来ならアベルやレオナルド殿下も交えて話したいところだが、夜更けに男女が同室で密談するのはさすがに体裁が悪い。とりあえず私が聞いた情報をリリアに共有しておく。

「殿下の話だと、やっぱり王宮の一部貴族がこの婚約を快く思っていない可能性が高いって。派閥争いで私を排除しようとしているんでしょうね」
「派閥争い……。私にはわからない世界ですけれど、そんな個人的な都合で周りを巻き込むなんて、ひどい話です」
「ええ。本当に許せない。だから私たちで何とか証拠を掴んで、王家を動かせれば一気に片がつくかもしれないわ。ローザはあくまで駒の一つで、裏の黒幕がいるはず」

 そう話していると、部屋の扉がトントンとノックされる。私は身構えつつ「どうぞ」と返事をすると、そこに現れたのはエミー……ではなく、見慣れぬ男。いや、男性教師の制服ではなく、どこか騎士らしい身なりをしている。

「あの、失礼します。……私、王宮近衛騎士団のジョゼフと申します。殿下から派遣され、今夜はここでリリア様をお守りしろと命じられました」
「騎士団の方が? どうしてこんな深夜に……」

 私が驚くと、男――ジョゼフは礼儀正しく頭を下げ、淡々と事情を説明する。

「殿下が、もしもの際に備えたいとのことで、数名の近衛が学園まで来ています。私がその代表としてお二人の寝室を守り、万が一の事態があればすぐ対応する手はずです」
「レオナルド殿下がそこまで……」

 どうやらレオナルドが自ら動いてくれたようだ。確かに王太子としては、大事な友人(私)と平民出身の特待生(リリア)が狙われている状況を見過ごすわけにはいかないのだろう。形式上は「騎士団の小隊が学園周辺を巡回している」という名目で、内密に護衛を敷いているらしい。

 リリアは目を潤ませながら小声で呟く。

「殿下……そこまでしてくださるなんて。本当にありがたいです」
「ええ……。ジョゼフさん、よろしくお願いします。もし犯人が侵入してきたら、取り押さえていただけると心強いです」

 ジョゼフは「はい」と力強く頷き、部屋の入り口近くで待機する姿勢をとった。これで今夜はかなり安全だろう。誘拐犯も、まさか王宮の騎士が直接護衛しているとは想定していないはずだ。

◇◇◇

 夜更け、私は簡易ベッドの上で寝返りを打ちながら、眠れないまま時を過ごしていた。横を見ると、リリアもやはり落ち着かないのか、目を開けて天井を見つめている。

「……眠れない?」
「はい……。いろいろ考えてしまって」
「私も同じよ。あの騎士さんがいてくれるし、アベルも殿下も近くにいるけど、何だか不安で」

 リリアは身を起こし、小さな声で話し始めた。

「私、平民でしたから、貴族の方々の派閥争いとか政治的な駆け引きなんて、まったく無縁の世界でした。でも、この学園に来てから、何度もいろんな人に助けられて……だから、本当に感謝してるんです。クリスティーナ様にも、殿下にも、アベル様にも」
「そんな大袈裟に言われると照れるわ。私こそ、あなたがいてくれたから気が楽になった。もし“悪役令嬢”のまま孤立していたら、私はとっくに学園を去っていたかもしれない」

 そう告白すると、リリアは首を振って笑みを返してくれる。小さな小さな笑顔だけど、夜の暗闇のなかではそれがとても明るく見えた。

「私、もし誘拐されたとしても、きっとクリスティーナ様たちが助けに来てくれると信じてます。だから私は逃げない。堂々と学びを続けます」
「ええ、誘拐なんて絶対にさせないけれど、万が一があっても諦めないわ」

 そう言い合っているうちに、私たちの緊張は少しだけ和らいだ。しばしの沈黙のあと、リリアは再び小声で話し出す。

「学園を卒業したら、殿下は王位継承の準備に本格的に入るんですよね。クリスティーナ様は、将来は王妃……ということに」
「そうなるはず、だった。……でも、今はわからないわ。婚約破棄の危機だってあるし、私と殿下の気持ちがどう変化していくかも未知数よ。リリアこそ、将来はどうするの?」
「私ですか? まったく考えてなかったですが……。もし魔法研究を続けられるなら、それに打ち込みたいです。平民出身だからこそ、私の力が誰かの役に立つなら嬉しいですし」

 彼女の瞳は純粋な憧れに満ちている。王太子と結ばれるエンドを狙っている様子はまったくない。それでも、乙女ゲームの“定め”なのか、周囲からは「ヒロイン」扱いをされる。なんという不思議な運命だろうか……。

「リリアの力なら、きっといい研究ができるわ。……卒業までに、こんな事件を全部解決しておきたいわね」
「はい。それまでに私が少しでも成長して、貴族の世界にも慣れていれば……何も怖くなくなると思います」

 こうして夜は更けていく。私は気づけば、リリアと静かに語り合ううちに瞼が重くなり、いつしか浅い眠りへと落ちていった。

◇◇◇

 翌朝、何事もなく夜を越えることができてほっとした。起床後、支度を済ませて外に出ると、騎士のジョゼフが廊下で待っていて、

「おはようございます、お嬢様方。今のところ不審な動きは見受けられませんでした。皆様、ご無事で何よりです」

 と挨拶してくれる。どうやら最初の誘拐計画は失敗に終わったということか。それとも、ただの牽制だった可能性もある。

 さっそくアベルやレオナルドと合流し、学園長のところへ報告に行こうとした矢先、思わぬ人物が姿を現した。――ローザ・クライン。あからさまに手を振り、私に近づいてくる。

「まあクリスティーナ様、ごきげんよう。どうです? 学園にお泊りなんて、楽しかったかしら?」
「……あなたに関係ないでしょう」

 つい冷たい態度を取ってしまうが、ローザはまるで悪びれずにニヤリと微笑む。

「本当に平和で何よりですわね。リリアさんが誘拐されるなんて噂があったけれど、どうやら今はまだ無事のようですし。……でも、この先はわかりませんわ。もう一度申しますけど、婚約を解消すれば、すべて丸く収まるんですのよ?」

 その言葉に、リリアが明らかに身をこわばらせる。ローザはわざわざ“誘拐”の話題を口にして、私に圧力をかけているのだ。自分が裏で糸を引いていないと断言できない態度だが、直接証拠は掴めないまま。

「いい加減にして。あなたの思惑通りにはさせない」
「あら、その自信はどこから来るのかしら。まあ、せいぜいお気をつけになって。……次に事件が起こったとき、果たして王宮の騎士さんは間に合うかどうか……ね」

 ローザは最後まで不敵な笑みを浮かべたまま踵を返して去っていく。その背中を眺めながら、私は改めて決意を強くする。何があってもリリアを守りきる。婚約を破棄など絶対にしない。必ず犯人を突き止めて、ローザを黙らせてやる。

 このままではいずれ取り返しのつかない事件が起きるかもしれない。不安は尽きないが、今の私には仲間がいる。父母が待つフロレンティア家も、レオナルド殿下やアベル、風紀委員、さらには騎士団まで加勢してくれた。リリアと共に力を合わせれば、きっと逆転の機会があるはずだ。

(誘拐、陰謀、派閥争い……どんな試練が来ても負けたりしない。私は悪役令嬢なんかじゃない。絶対に自分の意思で未来を切り拓いてみせる!)
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