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導かれた出会い
第3話 調整
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昼時、カイウスたちと訪れた衛庁支部は閑散としていた。
どうやら今日は、門兵たちの大規模な訓練が行われているそうだ。
代わりに四環級以下の戦業士が門兵の仕事や雑務を任されているらしい。
「こんにちはー!」
静かな庁舎に、ティナの挨拶が響く。
頬が緩んだ衛兵に会釈し、フェイ保管窓口へ向かう。
窓口でカイウスへの送金を滞りなく終えた。
これで片籠手の遺創具、歪乱進甲は俺の物になった。
手続きが終わり振り返ると、ティナが椅子に腰掛けて足を揺らして待っていた。
「パパ、終わったー?」
「おう、ノノール亭に行くぞ」
「やったー!はやく行こーっ!」
庁舎を出て中央広場を抜け、表通りへ出る。
昼時の活気にあふれた通りを進み、一本入った路地にあるこじんまりとした店へ向かう。
ノノール亭は若い夫婦が営む小さな食堂だ。席は多くないが、味の良さで評判がいい。
扉を開けると煮込みの香りが鼻をくすぐる。ちょうど入れ替わりで一組出ていったところで、運よく席を確保できた。
「いらっしゃいませ……あら、ルークさん!お久しぶりです。カイウスさんにティナちゃんも」
明るく声をかけてきたのは、店を切り盛りする妻のノーラだ。
「こんにちは、ノーラ!」
ティナが元気よく挨拶して席に着き、カイウスと俺も腰を下ろす。
「久しぶりだな。繁盛してるみたいじゃないか」
「ありがたいことに、毎日忙しくさせてもらっています。カイウスさんとティナちゃんも、いつもありがとうございます」
カイウスは笑みを浮かべ、ティナに視線を向ける。
「ティナがすっかり気に入っちまってな。それで、今日はどんな料理があるんだ?」
「樽脚羊肉の涼陽茄煮込みか地恵芋シチュー、それと腸詰羊肉と根菜の窯焼きもありますよ」
「ティナは地恵芋シチューだな?」
「うん!」
「俺は涼陽茄煮込みを頼む。ルークは?」
「俺も涼陽茄煮込みだ」
「シチューが一つと、煮込みが二つですね。すぐに準備しますね」
ノーラが水の入ったコップを並べて奥へ下がる。
出された水を一口飲む。この街の水は、相変わらず美味い。
水を浄化する遺創具があるのはカレジナ王国では首都カレンティナとシンビルだけだ。
シンビルでは街の一番高いところに浄化槽がある。山の貯水池から引いた水をそこに貯めて使っているのだ。
上水道のほか、小さな川や導水路、側溝へもつないで街のいたるところへ水を巡らせている。
浄水は他所では清澄環頼みだが、それすら現代の製造技術では原理が未解明のままだ。
過去に識魔――知能をもった魔物の使っていた水浄化魔導具が発掘され、それを模倣したものがたまたま成功しただけなのだ。
窓の外に見える水路を眺めつつ、ふと気になったことをカイウスに問う。
「ところで……なんでセビッツなんかに行ってたんだ?」
セビッツは小さな田舎町だ。あまり行商に向いているとは思えない。
「魔源窟が見つかったって噂があったんでな。運がよけりゃ何か手に入るかと思ったが、当たりだった」
「そういや、そんな噂あったな。あれ、セビッツだったのか。その魔源窟は管理対象か?」
魔源窟――魔物が生まれる濃密魔素領域。
魔素といっても、実在は誰にも証明できていない。
魔力がある以上、なんらかの素は存在するはずだと定義されているだけのものだ。
魔物は外界でもどこからともなく湧くことがあるし繁殖もするが、魔源窟では周期的に一定数、同じ系統の魔物が生まれる。
もし、その魔物が資源価値を持つ種なら、国の管理下に置かれて利用される。そうでなければ、討滅対象だ。
「ああ、形質素材が採れるって話だ。セビッツも少しは活気づくだろうな」
景気のいい話だ。その後も他愛のない話をしていると、ほどなくして湯気を立てる皿が運ばれてきた。
涼陽茄とチーズを使った煮込み料理は、シンビルでは陽季の定番だ。
すでに律季になり、そろそろ涼陽茄の収穫も終わりが近い。
凛季になると積雪も多く、新鮮な食材は減る。涼陽茄も例に漏れず、ソースは残るが新鮮なものは出回らない。食べられるうちに食べておこう。
羊肉をすくって食べると、肉の脂にチーズの強いうまみが合わさり、涼陽茄の甘酸っぱさが口に広がる。
濃厚な味わいを満喫し、あっというまに皿を空にする。
「ごちそうさん。ティナ、美味かったか?」
「うん!お腹いっぱい!」
ティナの笑顔が、周囲を和ませる。
「……ほんと、お前に似なくてよかったな」
「うるせぇ。余計なお世話だ」
カイウスの妻リミアは愛嬌のある美人の調薬師だ。
ティナは年相応にあどけない顔立ちをしているが、笑うとリミアによく似ている。
髪も母親似の白に近い金髪で、明るい茶髪で強面のカイウスとは似ても似つかない。
穏やかな時間に名残を感じつつ、店から出る。
表通りと商店通りの境目でカイウスたちと別れ、俺は帰路についた。
✣ ✣ ✣
南区に入ると、民家の庭からは時折、霜輪鶏の鳴く声が聞こえてくる。
街外れの静かな丘を登るころには人通りは絶え、やがて峯堅樹材で建てた我が家が見えてきた。
峯堅樹は高価だ。乾燥や湿気、虫害にも強く、建材として優れている。
断熱性、防音性も高く、歪みも少ない。まさに理想的な建材だ。
家を建てるとき、実用性を重視して生活空間と作業空間を棟ごとに分けた。
主屋はニ階建てで、主寝室のほかに客人が滞在できる部屋も用意してある。
居間は広く、台所とひと続きの構造になっていて使い勝手がよく気に入っている。
この数十年で魔導具の幅も大きく広がり、暮らしに不自由することはほとんどない。
特に清澄環と、そこから試行錯誤の末に生まれた浄濾環による下水処理が一般化してからは、伝染病の発生が激減した。
裏屋の倉庫に入り、壁の魔導灯を点ける。
街中への外出といえど、最低限の装備は整えて出ていた。
玄関脇の洗い場で軽く汚れを落とし、順に装備を外していく。
身軽になったところで、そのまま手入れに移る。
相棒でもある大剣を鞘から抜き、作業台の上に置く。
不虧勍断刃――尋常ならざる耐久性を持ち、鋭さよりも破壊力に特化した大剣。
遺創具だが、特殊能力の類は鑑定でも確認されなかった。
しかし、俺が全力で振り回しても壊れないというだけで、実戦での信頼性は抜群だ。
刃は相変わらず無傷。歪みもない。
柄の革を締め直し、布でひと拭きすると防具に手を伸ばす。
左籠手は歪乱進甲に差し替える予定だ。
癖のある装備だけに、日常的に使用して慣れていきたい。
カイウスの店で買い揃えた小物を鞄から取り出し、棚に並べる。
単独行動が多い俺にとって、備えは過剰なほどでちょうどいい。
特に、荷重緩和の遺創具、軽荷帯を手に入れてからは、持ち歩ける装備の幅が一気に広がった。
体感三割ほど重さが和らぐこの魔導具は、一度魔力を通せば半日ほど効果が続く。
効くのは付属の帯袋と帯の環につないだ携行物だけで、慣性までは誤魔化せないが、それでもあるのとないのでは大違いだ。
手入れを一通り終える頃には日も傾きかけていた。
魔導灯に蓋をし、居間に戻る。
酒棚から地冴酒の小瓶を取り出し、木製のコップに注ぐと青い香りが広がった。
明日は特に予定がない。軽めに体だけ動かしておくか。
新しく手に入れた歪乱進甲の感覚も、もう少し掴んでおきたい。
長椅子に身を沈め、酒に口をつけてから机の上の依頼票を拾い上げた。
行政長官からの指名依頼。情報屋も詳細を掴んでいない。やはり慎重に動くべきだろう。
(アルヴィンとも少し話がしたいところだが……)
あの若造は、年齢以上に冷静で、頭も切れる。
戦士としても非凡だ。チームもうまくまとめている。
(明後日戻ってくるって言ってたな。依頼の担当者との顔合わせは午後だが、少し早めに衛庁舎に顔を出すか)
酒を一気に流し込み、静かに目を閉じる。
疑念も苦味も、まとめて喉に押し流す。
焼けるような熱さを喉に残しながら、夜の静けさに身を委ねた。
どうやら今日は、門兵たちの大規模な訓練が行われているそうだ。
代わりに四環級以下の戦業士が門兵の仕事や雑務を任されているらしい。
「こんにちはー!」
静かな庁舎に、ティナの挨拶が響く。
頬が緩んだ衛兵に会釈し、フェイ保管窓口へ向かう。
窓口でカイウスへの送金を滞りなく終えた。
これで片籠手の遺創具、歪乱進甲は俺の物になった。
手続きが終わり振り返ると、ティナが椅子に腰掛けて足を揺らして待っていた。
「パパ、終わったー?」
「おう、ノノール亭に行くぞ」
「やったー!はやく行こーっ!」
庁舎を出て中央広場を抜け、表通りへ出る。
昼時の活気にあふれた通りを進み、一本入った路地にあるこじんまりとした店へ向かう。
ノノール亭は若い夫婦が営む小さな食堂だ。席は多くないが、味の良さで評判がいい。
扉を開けると煮込みの香りが鼻をくすぐる。ちょうど入れ替わりで一組出ていったところで、運よく席を確保できた。
「いらっしゃいませ……あら、ルークさん!お久しぶりです。カイウスさんにティナちゃんも」
明るく声をかけてきたのは、店を切り盛りする妻のノーラだ。
「こんにちは、ノーラ!」
ティナが元気よく挨拶して席に着き、カイウスと俺も腰を下ろす。
「久しぶりだな。繁盛してるみたいじゃないか」
「ありがたいことに、毎日忙しくさせてもらっています。カイウスさんとティナちゃんも、いつもありがとうございます」
カイウスは笑みを浮かべ、ティナに視線を向ける。
「ティナがすっかり気に入っちまってな。それで、今日はどんな料理があるんだ?」
「樽脚羊肉の涼陽茄煮込みか地恵芋シチュー、それと腸詰羊肉と根菜の窯焼きもありますよ」
「ティナは地恵芋シチューだな?」
「うん!」
「俺は涼陽茄煮込みを頼む。ルークは?」
「俺も涼陽茄煮込みだ」
「シチューが一つと、煮込みが二つですね。すぐに準備しますね」
ノーラが水の入ったコップを並べて奥へ下がる。
出された水を一口飲む。この街の水は、相変わらず美味い。
水を浄化する遺創具があるのはカレジナ王国では首都カレンティナとシンビルだけだ。
シンビルでは街の一番高いところに浄化槽がある。山の貯水池から引いた水をそこに貯めて使っているのだ。
上水道のほか、小さな川や導水路、側溝へもつないで街のいたるところへ水を巡らせている。
浄水は他所では清澄環頼みだが、それすら現代の製造技術では原理が未解明のままだ。
過去に識魔――知能をもった魔物の使っていた水浄化魔導具が発掘され、それを模倣したものがたまたま成功しただけなのだ。
窓の外に見える水路を眺めつつ、ふと気になったことをカイウスに問う。
「ところで……なんでセビッツなんかに行ってたんだ?」
セビッツは小さな田舎町だ。あまり行商に向いているとは思えない。
「魔源窟が見つかったって噂があったんでな。運がよけりゃ何か手に入るかと思ったが、当たりだった」
「そういや、そんな噂あったな。あれ、セビッツだったのか。その魔源窟は管理対象か?」
魔源窟――魔物が生まれる濃密魔素領域。
魔素といっても、実在は誰にも証明できていない。
魔力がある以上、なんらかの素は存在するはずだと定義されているだけのものだ。
魔物は外界でもどこからともなく湧くことがあるし繁殖もするが、魔源窟では周期的に一定数、同じ系統の魔物が生まれる。
もし、その魔物が資源価値を持つ種なら、国の管理下に置かれて利用される。そうでなければ、討滅対象だ。
「ああ、形質素材が採れるって話だ。セビッツも少しは活気づくだろうな」
景気のいい話だ。その後も他愛のない話をしていると、ほどなくして湯気を立てる皿が運ばれてきた。
涼陽茄とチーズを使った煮込み料理は、シンビルでは陽季の定番だ。
すでに律季になり、そろそろ涼陽茄の収穫も終わりが近い。
凛季になると積雪も多く、新鮮な食材は減る。涼陽茄も例に漏れず、ソースは残るが新鮮なものは出回らない。食べられるうちに食べておこう。
羊肉をすくって食べると、肉の脂にチーズの強いうまみが合わさり、涼陽茄の甘酸っぱさが口に広がる。
濃厚な味わいを満喫し、あっというまに皿を空にする。
「ごちそうさん。ティナ、美味かったか?」
「うん!お腹いっぱい!」
ティナの笑顔が、周囲を和ませる。
「……ほんと、お前に似なくてよかったな」
「うるせぇ。余計なお世話だ」
カイウスの妻リミアは愛嬌のある美人の調薬師だ。
ティナは年相応にあどけない顔立ちをしているが、笑うとリミアによく似ている。
髪も母親似の白に近い金髪で、明るい茶髪で強面のカイウスとは似ても似つかない。
穏やかな時間に名残を感じつつ、店から出る。
表通りと商店通りの境目でカイウスたちと別れ、俺は帰路についた。
✣ ✣ ✣
南区に入ると、民家の庭からは時折、霜輪鶏の鳴く声が聞こえてくる。
街外れの静かな丘を登るころには人通りは絶え、やがて峯堅樹材で建てた我が家が見えてきた。
峯堅樹は高価だ。乾燥や湿気、虫害にも強く、建材として優れている。
断熱性、防音性も高く、歪みも少ない。まさに理想的な建材だ。
家を建てるとき、実用性を重視して生活空間と作業空間を棟ごとに分けた。
主屋はニ階建てで、主寝室のほかに客人が滞在できる部屋も用意してある。
居間は広く、台所とひと続きの構造になっていて使い勝手がよく気に入っている。
この数十年で魔導具の幅も大きく広がり、暮らしに不自由することはほとんどない。
特に清澄環と、そこから試行錯誤の末に生まれた浄濾環による下水処理が一般化してからは、伝染病の発生が激減した。
裏屋の倉庫に入り、壁の魔導灯を点ける。
街中への外出といえど、最低限の装備は整えて出ていた。
玄関脇の洗い場で軽く汚れを落とし、順に装備を外していく。
身軽になったところで、そのまま手入れに移る。
相棒でもある大剣を鞘から抜き、作業台の上に置く。
不虧勍断刃――尋常ならざる耐久性を持ち、鋭さよりも破壊力に特化した大剣。
遺創具だが、特殊能力の類は鑑定でも確認されなかった。
しかし、俺が全力で振り回しても壊れないというだけで、実戦での信頼性は抜群だ。
刃は相変わらず無傷。歪みもない。
柄の革を締め直し、布でひと拭きすると防具に手を伸ばす。
左籠手は歪乱進甲に差し替える予定だ。
癖のある装備だけに、日常的に使用して慣れていきたい。
カイウスの店で買い揃えた小物を鞄から取り出し、棚に並べる。
単独行動が多い俺にとって、備えは過剰なほどでちょうどいい。
特に、荷重緩和の遺創具、軽荷帯を手に入れてからは、持ち歩ける装備の幅が一気に広がった。
体感三割ほど重さが和らぐこの魔導具は、一度魔力を通せば半日ほど効果が続く。
効くのは付属の帯袋と帯の環につないだ携行物だけで、慣性までは誤魔化せないが、それでもあるのとないのでは大違いだ。
手入れを一通り終える頃には日も傾きかけていた。
魔導灯に蓋をし、居間に戻る。
酒棚から地冴酒の小瓶を取り出し、木製のコップに注ぐと青い香りが広がった。
明日は特に予定がない。軽めに体だけ動かしておくか。
新しく手に入れた歪乱進甲の感覚も、もう少し掴んでおきたい。
長椅子に身を沈め、酒に口をつけてから机の上の依頼票を拾い上げた。
行政長官からの指名依頼。情報屋も詳細を掴んでいない。やはり慎重に動くべきだろう。
(アルヴィンとも少し話がしたいところだが……)
あの若造は、年齢以上に冷静で、頭も切れる。
戦士としても非凡だ。チームもうまくまとめている。
(明後日戻ってくるって言ってたな。依頼の担当者との顔合わせは午後だが、少し早めに衛庁舎に顔を出すか)
酒を一気に流し込み、静かに目を閉じる。
疑念も苦味も、まとめて喉に押し流す。
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