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導かれた出会い
第4話 事前
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依頼の担当者と会う当日。
少し早めに衛庁舎に来た俺は、受付で見慣れた顔に声をかけた。
「アイリス、アルヴィンはもう戻ってるか?」
「いえ、まだです。予定通りならそろそろかと」
「そうか。待たせてもらおう」
アイリスが微笑み、控えめにうなずいた。
俺は礼を言い、近くの長椅子に腰を下ろした。
手持ち無沙汰に政庁支部発行の新聞を手に取る。
主だった見出しをざっと流し見ると、例の話題が目に入った。
【『セビッツ魔源窟』拠点建設開始 魔物から耐熱効果を持つ形質素材の産出を確認】
カイウスの話にあった通りだ。価値が認められた魔源窟は、国の管理下で施設化される。
形質素材は、素材自体の性質として恒常的な効果を持った魔力不要の魔物素材の総称だ。
例の魔源窟に現れる魔物は怕炎埴というらしい。
粘性のある土を纏った魔物で、その土は高い耐火性能を有しており、炉や窯に使われる見通しだそうだ。
さらに目を滑らせて、別の記事を読む。
【フェルダイムで宗教派閥『カルヴェス教団』が暴動 セムシア連邦政府、鎮圧に苦戦】
『セムシア連邦の首都フェルダイムで発生したこの騒乱は、急進的な宗教団体『カルヴェス教団』によるものだ。
教団は政府の行った過去の横暴に抗議して立ち上がったとされる。都市の一部を実質的に制圧しており、軍も介入を余儀なくされているという。
政府は鎮圧の構えを崩しておらず、連邦軍、首都治安軍のほか、隣接州からの部隊派遣も検討されている模様だ。
世論は分かれており、教団に一定の理解を示す声がある一方で、暴力行為を正当化する姿勢に批判も高まっている』
【カレジナ王国首都カレンティナ 中央政庁で二大庁の溝深まる】
『カレンティナ中央政庁では、政策を巡る対立が表面化しつつある。
国境防衛や治安維持に関する権限配分、予算執行の方針などで意見の隔たりが大きく、各部門の調整が停滞しているという。
政庁関係者は「従来は水面下で折り合いをつけていたが、最近は議場でも双方の主張がぶつかる場面が増えた」と語る。
首都市民からも「庁同士の足の引っ張り合いで、国の舵取りは大丈夫なのか」と懸念する声が上がっている』
「ルークさん」
声に顔を上げると、灰髪の見知った姿が見えた。
細身ながら無駄のない鍛え上げられた身体つきの男。アルヴィンだ。
その後ろには、同チームのカリーナの姿もある。
アルヴィンと目が合い、うなずき合うだけで挨拶を交わす。
アルヴィンは奥の報告窓口へ向かい、カリーナはこちらへ歩み寄ってくる。
薄く赤みがかった明るい金髪を肩口まで伸ばし、ぱっちりとした目に通った鼻筋。
派手すぎるわけじゃないが、街中にいたらつい目で追ってしまうような美人だ。
「ルークさん、お疲れ様です! このあいだ教えてもらった軟膏、とても助かってます」
「おう、そりゃよかった。リミアにも伝えてやれ。喜ぶぞ」
カリーナは魔術師――魔導具を多用して戦うスタイルだ。
今年二十二の彼女は五環級に達するほどに、魔導具の扱いを心得ている。
しかし魔導具は多用すると、接触している皮膚が魔力焼けと呼ばれる炎症を起こすことがある。
件の軟膏はカイウスの妻のリミアが最近つくったもので、魔力焼けに効果が認められている。
「護衛依頼だったんだろ?何事もなかったか?」
「はい。カレンティナまで。荒矯猪が出たぐらいでしたね」
「そりゃ何よりだ。あんまり依頼を詰めすぎて無茶するなよ」
「わかってますよ。ルークさんは、例の依頼の件ですか?」
「そうだ。ラウノは一緒に来なかったのか?」
「代表者だけでいいそうです。ラウノとミーリは荷物を持って先に帰りました」
「そうか。チームだと分担できるのが羨ましいところだ」
「ルークさんはチームは組まないんですか?」
「組みたくないわけではないんだが……縁があればな」
必要に応じてチームを組むことはあるが、固定で組む機会はこれまでなかった。
カリーナと他愛もない会話をしていると、依頼の報告を終えたアルヴィンが戻ってきた。
「お疲れさまです。ルークさんも、あの依頼を受けたそうですね」
「ああ。疲れてるところ悪いが、その件で少し話がしたい」
アルヴィンがカリーナに視線を送る。
カリーナが周囲を見回し、持続型の魔導具――静封匣を取り出し、外蓋を外す。
彼女が魔力を通すと、小箱の角の魔烏紅金がかすかに煌めいた。
箱が卓上に置かれると、箱の中の遮籟晶が小さく震える。
一拍置いて周囲に薄い膜が広がり、ざわめきが薄れた。
盗み聞きされて問題がある話をするつもりはないが、でかい声で話していても周りの迷惑になる。
俺はカリーナに礼を告げ、アルヴィンに問いかける。
「おまえはこの依頼、どう思う?」
「正直、腑に落ちません。行政庁からの討伐依頼というだけでも珍しい。しかも、六環級以上三名指定なんて……何が相手なんでしょうか?」
「魔物って話だが、上位識魔でも出たのかもな」
「だとしたら、目立った被害が出ていないのに積極的に敵対する必要があるのでしょうか?それほどまでに気に掛ける魔物とは一体……」
「特務局を知ってるか?行政庁直轄の戦闘部隊だが、そいつらが南東の森を調べていたという情報がある。何か思い当たることはあるか?」
「南東の森ですか。普段から人が入れる場所じゃないですし、かなりの広さですから」
「魔物の討伐って情報だけじゃ、予測するにも限度があるな」
「報酬が良すぎるのも怪しいですが……しかし、ルークさんが一緒なのは心強いです。多少予想外であっても、余計な心配をせずに済みそうですから」
「やめろ。おまえに褒められたってむず痒いだけだ」
「本心ですよ。背中を預けられる人はそう多くはありませんから」
「……で、ラウノは当然参加だろうが、カリーナとミーリも同行するのか?」
「はい。全員で行くつもりです。危険が読めない分、連携の取れる面子で挑んだ方が安全ですから」
「そうだな」
その時、吸音膜の外にアイリスが控えめに近づいてきたのが見えた。
気づいたカリーナは静封匣の蓋をそっと閉じた。薄い膜がほどけ、周囲のざわめきが戻る。
「ルークさん、アルヴィンさん。依頼の担当者様が到着されています」
「わかった。案内してくれ」
カリーナはその場で待機し、俺とアルヴィンはアイリスの後を追った。
✣
部屋には衛務庁シンビル支部長のラザードと、カレジナ王国の国章が入った軍装を身に着けた男が待っていた。
その背後には、同じ装備の男が二人控えている。
「ルーク、アルヴィン。こちらがカレジナ王国行政庁特務局第二戦隊長、ギデオン・サムエルソン殿だ」
特務局……ということは、やはりあの情報と関係があるのか。
訝しげな目を隠そうともしないギデオンが、吐き捨てるように言った。
「貴殿らが依頼を受ける戦業士か」
鼻を鳴らし値踏みするような視線を向ける男には、露骨な侮蔑が滲む。
「それぞれ【滅尽の巨狼】【灰彩の智刃】と呼ばれる実力者です。他に、アルヴィンのチームの三名、ラウノ、カリーナ、ミーリが参加する予定です。ラウノは六環級です」
ラザードの紹介に、ギデオンはわずかにうなずくだけだった。
「……その名ぐらいは聞いたことがある。戦闘力に関しては信用してやろう。指示には従ってもらうぞ」
「あんたがまともな指示を出せるのなら、従うさ」
「おい、やめとけ」
皮肉気味に返すと、ギデオンが眉をひそめる。
「よい。貴殿らの戯言に付き合う気はない」
あからさまに取り合う価値もないと言いたげに、話を進める。
「任務の詳細を伝える。明朝、我々は南東の森にて、とある脅威の根源を殲滅する。標的は不審な集落。その性質からして、国家秩序の安定を脅かす可能性がある」
「集落……?識魔の類か?」
「そうだ。標的は新種の識魔。一匹たりとも逃してはならない」
「衛務庁の管轄じゃないのか?」
「我々が見つけたのだ。我々が片付けるのが筋だろう。これは行政長官閣下直轄の特命である。失敗は許されぬ」
言い放ったギデオンの眼には、焦燥と高揚が入り混じっていた。
新聞にもあったが、二大庁の対立が過熱しているという。手柄を立てて点数稼ぎでもしたいのだろうか。
一貫して傲慢な態度のギデオンに、アルヴィンが穏やかに口を開く。
「識魔について、他に情報はありませんか?情報が不足している依頼は、往々にして誰かが代償を払うものです。可能であれば、戦闘の想定地や相手の情報について、わかる範囲だけでも教えていただけませんか?」
ギデオンは答える前にわずかに口ごもった。
「……我々も集落の発見には至ったが、強力な魔物に襲われてやむなく撤退した。これ以上の情報は持っていない」
「その、強力な魔物というのは?」
「……かなり素早かったのでな。影しか捉えられなかった」
「……そうですか」
結局まともな情報は出ない。この様子だとこのまま現地入りになりそうだ。
アルヴィンが沈思黙考し、俺は肩をすくめる。
ラザードが場を和らげようと割って入った。
「情報が無いのは承知しました。おまえらも、情報の少ない依頼には慣れてるだろ?だからこその人選でもある」
ラザードは口元に薄い笑みを残したまま、目だけは真っ直ぐにギデオンを見据えた。
「ただ、無茶な指示だけはやめてください。無事に戻ってくるのが一番です」
「ふん……。ともかく明日早朝、南門から出発する。遅れるなよ。それと、騎獣は控えろ。森の中では足手まといになる」
終始取り付く島もない物言いに、ラザードも呆れ顔を隠しきれない。
納得はいかないが、これ以上突っかかっても仕方がない。
「承知しました。明日早朝、南門近くの待合所へ向かいます」
部屋を出ようとしたとき、ギデオンの呟きが聞こえた。
「……まったく。閣下に使ってもらえるだけでも、ありがたいと思うべきだな」
吐き捨てるようなその声を背に、俺たちはカリーナの待つ場所へ戻った。
✣
カリーナが小走りに寄ってきて、アルヴィンを見上げる。
「おかえり、どうだった?」
「南東の森に新しく見つかった集落の殲滅らしい。ただ、詳細は伝えられていない」
カリーナは小さくうなずいたが、わずかに首を傾げた。
アルヴィンの何か引っかかる様子を感じ取ったのだろう。俺はアルヴィンに話を振る。
「特務局の戦隊長らしいが、随分と偉そうなやつだったな。やけに情報も出し渋る」
「強力な敵性識魔であれば、情報がないのはかなり怖いですね」
「だが、これ以上どうしようもないしな。できることといえば、早めに休んどくことぐらいか」
「……そうですね。明日、よろしくお願いします」
「ああ、気負いすぎるなよ。こんな不親切な依頼、最悪放りだして逃げちまえばいいんだよ」
アルヴィンは苦笑し、カリーナは「ルークさん、相変わらずですね」と肩をすくめ笑う。
アルヴィンたちと別れ、衛庁舎を出ようとしたところでアイリスに呼び止められた。
「ルークさん、その……明日、どうか気をつけてください」
アイリスもこの不穏な依頼に、何か胸に引っかかるものがあるのだろう。
「大丈夫だ。万が一のときでも、逃げ足には自信があるんだ。なんたって『巨狼』って呼ばれてるぐらいだからな」
「……ふふ、そうやって冗談ばっかり。ほんとに、ちゃんと戻ってきてくださいね」
この仕事での準備の大切さは重々承知しているが、出たとこ勝負も嫌いじゃない。
アイリスが自然な笑みを見せ、俺は軽く手を挙げて別れを告げた。
少し早めに衛庁舎に来た俺は、受付で見慣れた顔に声をかけた。
「アイリス、アルヴィンはもう戻ってるか?」
「いえ、まだです。予定通りならそろそろかと」
「そうか。待たせてもらおう」
アイリスが微笑み、控えめにうなずいた。
俺は礼を言い、近くの長椅子に腰を下ろした。
手持ち無沙汰に政庁支部発行の新聞を手に取る。
主だった見出しをざっと流し見ると、例の話題が目に入った。
【『セビッツ魔源窟』拠点建設開始 魔物から耐熱効果を持つ形質素材の産出を確認】
カイウスの話にあった通りだ。価値が認められた魔源窟は、国の管理下で施設化される。
形質素材は、素材自体の性質として恒常的な効果を持った魔力不要の魔物素材の総称だ。
例の魔源窟に現れる魔物は怕炎埴というらしい。
粘性のある土を纏った魔物で、その土は高い耐火性能を有しており、炉や窯に使われる見通しだそうだ。
さらに目を滑らせて、別の記事を読む。
【フェルダイムで宗教派閥『カルヴェス教団』が暴動 セムシア連邦政府、鎮圧に苦戦】
『セムシア連邦の首都フェルダイムで発生したこの騒乱は、急進的な宗教団体『カルヴェス教団』によるものだ。
教団は政府の行った過去の横暴に抗議して立ち上がったとされる。都市の一部を実質的に制圧しており、軍も介入を余儀なくされているという。
政府は鎮圧の構えを崩しておらず、連邦軍、首都治安軍のほか、隣接州からの部隊派遣も検討されている模様だ。
世論は分かれており、教団に一定の理解を示す声がある一方で、暴力行為を正当化する姿勢に批判も高まっている』
【カレジナ王国首都カレンティナ 中央政庁で二大庁の溝深まる】
『カレンティナ中央政庁では、政策を巡る対立が表面化しつつある。
国境防衛や治安維持に関する権限配分、予算執行の方針などで意見の隔たりが大きく、各部門の調整が停滞しているという。
政庁関係者は「従来は水面下で折り合いをつけていたが、最近は議場でも双方の主張がぶつかる場面が増えた」と語る。
首都市民からも「庁同士の足の引っ張り合いで、国の舵取りは大丈夫なのか」と懸念する声が上がっている』
「ルークさん」
声に顔を上げると、灰髪の見知った姿が見えた。
細身ながら無駄のない鍛え上げられた身体つきの男。アルヴィンだ。
その後ろには、同チームのカリーナの姿もある。
アルヴィンと目が合い、うなずき合うだけで挨拶を交わす。
アルヴィンは奥の報告窓口へ向かい、カリーナはこちらへ歩み寄ってくる。
薄く赤みがかった明るい金髪を肩口まで伸ばし、ぱっちりとした目に通った鼻筋。
派手すぎるわけじゃないが、街中にいたらつい目で追ってしまうような美人だ。
「ルークさん、お疲れ様です! このあいだ教えてもらった軟膏、とても助かってます」
「おう、そりゃよかった。リミアにも伝えてやれ。喜ぶぞ」
カリーナは魔術師――魔導具を多用して戦うスタイルだ。
今年二十二の彼女は五環級に達するほどに、魔導具の扱いを心得ている。
しかし魔導具は多用すると、接触している皮膚が魔力焼けと呼ばれる炎症を起こすことがある。
件の軟膏はカイウスの妻のリミアが最近つくったもので、魔力焼けに効果が認められている。
「護衛依頼だったんだろ?何事もなかったか?」
「はい。カレンティナまで。荒矯猪が出たぐらいでしたね」
「そりゃ何よりだ。あんまり依頼を詰めすぎて無茶するなよ」
「わかってますよ。ルークさんは、例の依頼の件ですか?」
「そうだ。ラウノは一緒に来なかったのか?」
「代表者だけでいいそうです。ラウノとミーリは荷物を持って先に帰りました」
「そうか。チームだと分担できるのが羨ましいところだ」
「ルークさんはチームは組まないんですか?」
「組みたくないわけではないんだが……縁があればな」
必要に応じてチームを組むことはあるが、固定で組む機会はこれまでなかった。
カリーナと他愛もない会話をしていると、依頼の報告を終えたアルヴィンが戻ってきた。
「お疲れさまです。ルークさんも、あの依頼を受けたそうですね」
「ああ。疲れてるところ悪いが、その件で少し話がしたい」
アルヴィンがカリーナに視線を送る。
カリーナが周囲を見回し、持続型の魔導具――静封匣を取り出し、外蓋を外す。
彼女が魔力を通すと、小箱の角の魔烏紅金がかすかに煌めいた。
箱が卓上に置かれると、箱の中の遮籟晶が小さく震える。
一拍置いて周囲に薄い膜が広がり、ざわめきが薄れた。
盗み聞きされて問題がある話をするつもりはないが、でかい声で話していても周りの迷惑になる。
俺はカリーナに礼を告げ、アルヴィンに問いかける。
「おまえはこの依頼、どう思う?」
「正直、腑に落ちません。行政庁からの討伐依頼というだけでも珍しい。しかも、六環級以上三名指定なんて……何が相手なんでしょうか?」
「魔物って話だが、上位識魔でも出たのかもな」
「だとしたら、目立った被害が出ていないのに積極的に敵対する必要があるのでしょうか?それほどまでに気に掛ける魔物とは一体……」
「特務局を知ってるか?行政庁直轄の戦闘部隊だが、そいつらが南東の森を調べていたという情報がある。何か思い当たることはあるか?」
「南東の森ですか。普段から人が入れる場所じゃないですし、かなりの広さですから」
「魔物の討伐って情報だけじゃ、予測するにも限度があるな」
「報酬が良すぎるのも怪しいですが……しかし、ルークさんが一緒なのは心強いです。多少予想外であっても、余計な心配をせずに済みそうですから」
「やめろ。おまえに褒められたってむず痒いだけだ」
「本心ですよ。背中を預けられる人はそう多くはありませんから」
「……で、ラウノは当然参加だろうが、カリーナとミーリも同行するのか?」
「はい。全員で行くつもりです。危険が読めない分、連携の取れる面子で挑んだ方が安全ですから」
「そうだな」
その時、吸音膜の外にアイリスが控えめに近づいてきたのが見えた。
気づいたカリーナは静封匣の蓋をそっと閉じた。薄い膜がほどけ、周囲のざわめきが戻る。
「ルークさん、アルヴィンさん。依頼の担当者様が到着されています」
「わかった。案内してくれ」
カリーナはその場で待機し、俺とアルヴィンはアイリスの後を追った。
✣
部屋には衛務庁シンビル支部長のラザードと、カレジナ王国の国章が入った軍装を身に着けた男が待っていた。
その背後には、同じ装備の男が二人控えている。
「ルーク、アルヴィン。こちらがカレジナ王国行政庁特務局第二戦隊長、ギデオン・サムエルソン殿だ」
特務局……ということは、やはりあの情報と関係があるのか。
訝しげな目を隠そうともしないギデオンが、吐き捨てるように言った。
「貴殿らが依頼を受ける戦業士か」
鼻を鳴らし値踏みするような視線を向ける男には、露骨な侮蔑が滲む。
「それぞれ【滅尽の巨狼】【灰彩の智刃】と呼ばれる実力者です。他に、アルヴィンのチームの三名、ラウノ、カリーナ、ミーリが参加する予定です。ラウノは六環級です」
ラザードの紹介に、ギデオンはわずかにうなずくだけだった。
「……その名ぐらいは聞いたことがある。戦闘力に関しては信用してやろう。指示には従ってもらうぞ」
「あんたがまともな指示を出せるのなら、従うさ」
「おい、やめとけ」
皮肉気味に返すと、ギデオンが眉をひそめる。
「よい。貴殿らの戯言に付き合う気はない」
あからさまに取り合う価値もないと言いたげに、話を進める。
「任務の詳細を伝える。明朝、我々は南東の森にて、とある脅威の根源を殲滅する。標的は不審な集落。その性質からして、国家秩序の安定を脅かす可能性がある」
「集落……?識魔の類か?」
「そうだ。標的は新種の識魔。一匹たりとも逃してはならない」
「衛務庁の管轄じゃないのか?」
「我々が見つけたのだ。我々が片付けるのが筋だろう。これは行政長官閣下直轄の特命である。失敗は許されぬ」
言い放ったギデオンの眼には、焦燥と高揚が入り混じっていた。
新聞にもあったが、二大庁の対立が過熱しているという。手柄を立てて点数稼ぎでもしたいのだろうか。
一貫して傲慢な態度のギデオンに、アルヴィンが穏やかに口を開く。
「識魔について、他に情報はありませんか?情報が不足している依頼は、往々にして誰かが代償を払うものです。可能であれば、戦闘の想定地や相手の情報について、わかる範囲だけでも教えていただけませんか?」
ギデオンは答える前にわずかに口ごもった。
「……我々も集落の発見には至ったが、強力な魔物に襲われてやむなく撤退した。これ以上の情報は持っていない」
「その、強力な魔物というのは?」
「……かなり素早かったのでな。影しか捉えられなかった」
「……そうですか」
結局まともな情報は出ない。この様子だとこのまま現地入りになりそうだ。
アルヴィンが沈思黙考し、俺は肩をすくめる。
ラザードが場を和らげようと割って入った。
「情報が無いのは承知しました。おまえらも、情報の少ない依頼には慣れてるだろ?だからこその人選でもある」
ラザードは口元に薄い笑みを残したまま、目だけは真っ直ぐにギデオンを見据えた。
「ただ、無茶な指示だけはやめてください。無事に戻ってくるのが一番です」
「ふん……。ともかく明日早朝、南門から出発する。遅れるなよ。それと、騎獣は控えろ。森の中では足手まといになる」
終始取り付く島もない物言いに、ラザードも呆れ顔を隠しきれない。
納得はいかないが、これ以上突っかかっても仕方がない。
「承知しました。明日早朝、南門近くの待合所へ向かいます」
部屋を出ようとしたとき、ギデオンの呟きが聞こえた。
「……まったく。閣下に使ってもらえるだけでも、ありがたいと思うべきだな」
吐き捨てるようなその声を背に、俺たちはカリーナの待つ場所へ戻った。
✣
カリーナが小走りに寄ってきて、アルヴィンを見上げる。
「おかえり、どうだった?」
「南東の森に新しく見つかった集落の殲滅らしい。ただ、詳細は伝えられていない」
カリーナは小さくうなずいたが、わずかに首を傾げた。
アルヴィンの何か引っかかる様子を感じ取ったのだろう。俺はアルヴィンに話を振る。
「特務局の戦隊長らしいが、随分と偉そうなやつだったな。やけに情報も出し渋る」
「強力な敵性識魔であれば、情報がないのはかなり怖いですね」
「だが、これ以上どうしようもないしな。できることといえば、早めに休んどくことぐらいか」
「……そうですね。明日、よろしくお願いします」
「ああ、気負いすぎるなよ。こんな不親切な依頼、最悪放りだして逃げちまえばいいんだよ」
アルヴィンは苦笑し、カリーナは「ルークさん、相変わらずですね」と肩をすくめ笑う。
アルヴィンたちと別れ、衛庁舎を出ようとしたところでアイリスに呼び止められた。
「ルークさん、その……明日、どうか気をつけてください」
アイリスもこの不穏な依頼に、何か胸に引っかかるものがあるのだろう。
「大丈夫だ。万が一のときでも、逃げ足には自信があるんだ。なんたって『巨狼』って呼ばれてるぐらいだからな」
「……ふふ、そうやって冗談ばっかり。ほんとに、ちゃんと戻ってきてくださいね」
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