ルディア ~燦盟律を綰ねる幽誓環~

十日町一桜

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導かれた出会い

第6話 戦火

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 集落の入り口にたどり着いた時、戦闘はすでに始まっていた。

 家々は燃え上がり、住民たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
 それを追っているのは、シンビルでは見かけない顔ぶれの戦業士アミストたちと、それに随行する隊員たち。
 戦業士アミストたちは一様に手練れと見え、奇襲を受けたクィヴェラ族は完全に防戦一方――ほとんど虐殺に近い。
 混乱のさなか、武器も持たない老人が容赦なく斃される。
 黒髪は血に染まり、淡い金瞳から光が抜けていく。

 そんな中、一人のクィヴェラ族の男が、襲いかかる者に向けて咄嗟に手を突き出した。
 空間が揺らぎ、震え、小さな渦が弾けて、正面にいた隊員を巻き上げて吹き飛ばす。
 だがその直後、クィヴェラ族の男の顔も苦悶に歪む。
 魔導具なしの魔術。見るのは初めてだが身体への負担が大きいのだろうか。
 続けて手を突き出すも、今度は何も起こらない。
 男は、詰め寄ってきた他の隊員に斬り伏せられ、その場に崩れ落ちてしまう。
 抵抗の意思はある。だが、焼け石に水だ。
 炎の中で倒れる者、蹲る者──そして、降伏の意思を見せるも無惨に斬り伏せられる老人。

 思わず、息が詰まった。これが魔物の討伐だって?ふざけるな。

 戦業士アミストの一人が、逃げようとする子どもに剣を向けるのが見えた。
 思考よりも早く、体が動いていた。

 歪乱進甲クルヴリス・ラダンに魔力を流し、地を蹴った瞬間、全身が引き絞られたように前へ飛ぶ。
 使い慣れていない魔導具では、思ったほどまっすぐには動けない。
 それでも、力の向きを歪めた加速が、一瞬で敵との距離を奪う。
 不虧勍断刃アクラス・ラガータで、振り下ろされた剣を受け止めた。
 成すすべもなかったはずの子どもは、訪れるはずだった未来が変わったことに、ただ呆然としている。

「さっさと逃げろ」

 戦業士アミストに警戒しつつ、背後で子どもに手を伸ばす母親に声をかける。
 できるだけ優しく言ったつもりだが、上手く伝わったかはわからない。
 離れていくクィヴェラ族の背から、小さく「ありがとう」と聞こえた気がした。

 正面の戦業士アミストを睨みつけ、声を落とす。

「お前ら、本気でやってんのか」

「っ!……なんだお前、シンビル側の戦業士アミストか?国からの依頼だぜ?報酬もたんまり出る。それで十分じゃねぇか」

 見下すような笑みに、怒りが熱を帯びる。
 剣を弾き上げ、間合いを取り直す。周囲の連中も俺へ武器を向けている。

「虐殺で金稼ぎしようってか?それじゃ賊と変わらねぇだろ」

「国がこいつらを反乱因子だって言ってんだ。戦業士アミストがそれに従ってなにが悪いんだ」

「子供まで殺す必要があるってか?何もおかしいと思わないのか?」

「それは……」

 さすがに多少の躊躇いはあるらしい。
 さっきから俺に剣を向ける連中も、動きにわずかな乱れがある。
 剣を構えながらも目を逸らす者、足がすくんだままの者。命令に従いながらも、その正当性に迷いを抱いているのが見て取れる。

 戦業士アミストたちの揺らぎを感じたのか、特務局の制服を着た男が一歩前へ出る。

「こちらは行政庁特務局第三戦隊だ!貴様はシンビルの戦業士アミストだな!御託などどうでもいい、命令に従い反乱因子を滅ぼすのだ!」

「お前もギデオンと同じか。理由もわからず虐殺に手を貸せるわけがないだろ」

「……歯向かうのであれば、貴様も討つ!」

 特務局の隊員は迷わず俺に剣を向ける。
 戦業士アミストたちの態度は未だはっきりしない。
 殺さず捉える選択肢は捨てる。覚悟を決めるしかない。

 飛び込んできた隊員二人を不虧勍断刃アクラス・ラガータで薙ぎ払う。
 見た目と裏腹に素早い斬撃に、隊員は為す術もなく骨まで断たれる。

 続く隊員が警戒し、距離を取ろうとするのに合わせて懐から手斧を投げる。
 同時に鳴った風切り音に、俺は身を屈める。
 直後、隊員の頭が矢に撃ち抜かれた。
 ミーリが放ったものだろう。坂上の家の屋根に人の気配を感じる。

 ほどなく周囲の隊員は全て動かなくなった。
 刃についた血を払う。残るは三人の戦業士アミストだけだ。中でも一際目立っていた、痩せた男と目があった。

「お前、【滅尽の巨狼フェンラトゥス】か?」

「だったらどうした?」

「……いや、悪かったな。俺たちも依頼の内容に疑問を持っていたが、行政庁に逆らうほどの決断はできなかった」

 まだ構えは解かない。
 木陰からも視線を感じる。敵ではなさそうだが、油断はできない。

「それで?」

「待てよ。この状況で、いまさら俺らが依頼をやる意味もないだろ」

 男が認識票を掲げる。

「俺はハウロン。エツィナ支部の六環級だ」

「……【攪揺る黒蜥蜴ヴァズギルオス】か」

 名に覚えがある。手にした長斧は噂の揺折長斧カンプトペレクスだろう。
 汎用の刃振動斧を長柄にし、柄の中程が曲がるような設計をしているらしい。
 カレジナ南東部では有名な戦業士アミストだ。

「俺のことを知っているか、そりゃ光栄だ」

 俺が警戒を薄めると、ハウロンたちが武器をしまう。その時、坂上から砂利の音が鳴った。
 別の戦業士アミスト二名が、敵意のなさを示しながら近づいてくる。

「ハウロン、俺らはもう引き上げるぞ」

「ああ、そうだな。【滅尽の巨狼フェンラトゥス】、悪いが俺らはこれ以上関わるつもりはない。殺しも助けもせん。先に引き上げさせてもらう」

「そうか。好きにしろ」

「特務局の連中の認識票だけ貰っていくぞ」

 ハウロンたちはその場を立ち去る。おそらくエツィナの衛務庁支部にはありのままを報告される。
 ケチのついた依頼を、俺らに責任を擦り付けることで落とし所をつけようとでもいうのだろう。
 しかし、そっちのほうがよっぽど戦業士アミストらしいと言える。
 普通に考えれば、行政庁所属の部隊に手をかけるような俺たちのほうが異端だ。

 だが、いまさら考えてもしかたがない。ここまでやったのなら、できることをやるべきだ。
 ハウロンたちが見えなくなったところで、人が動く気配を感じ、振り返った。

「あの、あなたは……?」

 木陰から恐る恐る顔を出したのは、クィヴェラ族の女だった。
 さきほどの戦いの最中に感じた視線の主だろう。

「俺はシンビルの戦業士アミストだ。あんたらに危害を加えるつもりはない」

 不虧勍断刃アクラス・ラガータを背に納めながら、俺は淡々と答える。

 周囲には四、五人ほど生存者がうかがえる。
 手傷を負っている者もいるが、命に別状はないだろう。
 それ以外は……残念だが、一目で助からないと分かった。

「すまない。もっと早く動けていれば……」

「いいえ。あなたが居なければ、誰も生きていなかったわ。……ありがとう」

 女の背後から、他の生存者たちも顔を出す。
 その目に、わずかながらも光が戻っていた。

「仲間の様子を見てやれ。俺は、向こうを見てくる」

 女は力強くうなずいた。


 ✣


 大きく抉れた地面には白煙が立ちこめ、裂けた木々からは樹液が滴っている。
 血と焦土が入り混じり、戦場の苛烈さを生々しく伝えていた。

 その最奥、半壊した小屋の前ではアルヴィンが隊員の使っていた剣を手にギデオンと対峙し、何かを語りかけているようだった。
 ギデオンは明らかに取り乱しており、アルヴィンが制止に努めている様子が見て取れる。

 視線を巡らせれば、倒れた隊員たちの傍らで、ラウノたちが敵の隊員二名と交戦していた。
 ラウノが前線を一人で支え、二人の隊員の猛攻を器用にいなしている。
 ミーリは俺のいる側の屋根上から弓を構え、矢を次々に射かけていた。
 狙われた男は間合いを詰めることもできず、焦りを隠せていない。
 カリーナは距離を保ちつつ、振動波のようなものを撃ち出している。
 愛用の波揺振輪レゾランタを用いた攻撃だろう。
 指輪型と小さいものながら、見た目以上の威力を持つ魔導具から放たれるその波動に隊員は頭を抱え、動きが徐々に鈍くなっていく。

 明らかに疲弊の色が見え始めた敵は、それでも折れる様子はない。
 気を張るように剣を振り上げた相手に、ラウノが一気に踏み込む。
 俺より四つ年上のラウノは魔力量が少なく、魔導具の扱いも不得手。
 騎獣の扱いが上手かっただけで運よく六環級に上がった、などと陰口を叩かれることもあるようだが、俺は一度たりとも奴の実力を疑ったことはない。

 鉾槍を短く持ち替え、一人の懐へと間合いを詰める。
 槍としては異様な近さに、隊員が思わず目を見張った。
 すかさず槍が脇腹を抉り、槍先を返して喉を穿つ。
 咄嗟に動いたもう一人が迫るよりも早く、体を捻りながら柄を回転させる。
 槍の刃が再び閃き、相手の膝を裂く。その勢いのまま胸を蹴り飛ばすと、倒れた隊員にとどめを刺した。

 地に伏した二人を見下ろし、ラウノは無言のまま槍を構え直す。
 隊員たちが動かなくなったのを確認すると、屋根から小柄な女が降りてきた。
 襟足の短い、濃い白金髪がふわりと揺れる。周囲を警戒していたミーリだ。

「ルークさん!」

「お前らも手を掛けちまったか。ま、こんな森の中で捉えたところでだがな」

「……うん。最初は無力化に努めてたけど、隊員たちはなにが何でもクィヴェラ族に向かっていくもんだから、そこからは……」

 俯くミーリからは、やりきれなさが滲んでいた。

「気負いすぎるな。お前ひとりが背負うことじゃない」

 残るはギデオンだけだ。俺は足早に奥へと向かう。ミーリは周囲の警戒に向かうようだ。

 アルヴィンは横目で一瞬こちらを見やり、すぐにギデオンへと視線を戻す。
 ギデオンが鋭く俺を睨みつける。その目には、焦燥と憤りがはっきりと宿っていた。

「第三隊は全滅か……くっ……私の手で、終えられると思っていたのに……!何故こうも上手くいかん!」

 呻くように吐き捨てるその姿に、俺は一歩踏み出す。

「おい。こんな命令に従ってる理由はなんだ?てめえも分かってるだろ。これは、ただの虐殺だ」

 ギデオンの握る剣がわずかに震えた。

「……分かってるとも。だが……これを成し遂げれば、私は……新たな地位を手に入れられるはずだった。閣下のため……国家の未来のために……必要な行いだったはずなのに……っ」

 ギデオンの声は、自らに言い聞かせるような苦しげなものだった。怯えと悔しさが、言葉の端々から滲み出て、その後も言葉にならない声を洩らし続ける。

「はあ?……なに言ってんだ……?」

 次の瞬間、ギデオンは頭を押さえ、狂ったように叫び始めた。

「国家の秩序を乱す因子を排除し、民を守る。それが、私たち特務局の使命だ!閣下の意を汲み、忠を尽くすことこそが正義……正義なのだ!」

「おい、少し落ち着け!」

「っ……うるさい!これ以上、貴様らと話しても無駄だ!」

 絶叫と共に、ギデオンが剣を構えて突進してくる。
 その動きは無謀で、もはや戦いではなく――哀れな叫びだった。
 アルヴィンが瞬時に踏み込み剣を弾き上げると、流れるように組み付いて地面に投げ落とした。

「っ……ぁ……」

 ギデオンの呼吸が詰まる。
 
「こいつだけでも捉えるか?」

「そうですね、街まで連れ帰れる保証はありませんが、ひとまず拘束しておきましょう」

 気を失ったギデオンを縛り上げる。
 アルヴィンが静かに目を伏せた。俺は何も言わず、その肩を叩く。

「ルークさん。おそらく、監視されているようです」

「ああ、それも含めて、話すことは山ほどある」

 俺が指し示した家の影から、いくつかの視線がこちらをうかがっていた。
 やがて、その中から一人のクィヴェラ族の男が、ためらいがちに歩み出る。

「助けていただき、感謝する。しかし……これは一体……」

 その瞳には、警戒と困惑が色濃く宿っている。
 アルヴィンが一歩前に出て、静かに応じた。

「あなた方はクィヴェラ族で間違いありませんか?話せば長くなりますが――」

 一度言葉を切り、周囲を見渡して声を和らげる。

「……まずは、負傷者の確認を優先しましょう。話はそれからです」

 男は戸惑いながらも小さくうなずき、仲間のもとへ駆けていった。

 俺はしばらくその場に立ち尽くし、静かに目を閉じて深く息を吐く。
 戦場に漂う鉄と血と煙の匂いが、まだ消える気配はなかった。

 やがて気持ちを切り替え、残る生存者を探すべく坂を下る。
 遠く、誰かのすすり泣く声が風にかき消されるように微かに響いていた。
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