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導かれた出会い
第7話 対話
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火の手は収まり、森にようやく静寂が戻った。
焦げた木の匂いと血の鉄臭さが、まだ肌にまとわりついている。
やがて日が落ち、焚き火のはぜる音だけが残った。
生存者の確認を終えた後、俺は動けるクィヴェラ族と共に死者の埋葬を行う。
アルヴィンとカリーナは負傷者の手当て、ラウノとミーリはギデオンの監視と周囲の警戒に回ってくれている。
ギデオンは気がついた後、だんまりを決め込んだままだ。
クィヴェラ族の死者は七人だった。
生存者は十二人。族長の一家四人に、三人家族が一組。若夫婦と老夫婦が一組ずつと、単身者が一人。
族長の一家は奥まったところに住んでいたこともあり、火の手は及ばなかった。
娘が一人、ここ数日のあいだ高い熱で床に伏していたそうだが、襲撃の手が届かなかったのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
埋葬を終え、血と煤の匂いを払ってからアルヴィンと合流する。
俺が無言でうなずくと、アルヴィンが近くにいた族長に声をかけた。
「では、話をしましょうか」
「……はい。私の家へ向かいましょう」
連れ立って、坂のいちばん上へ向かった。
荒れ果てた集落の中でそこだけが静まり返っていた。
土埃を払い落として部屋に入ると、族長が椅子を勧めてくれた。
「まずは、我らを救ってくださったことに改めて礼を申し上げます。私はゼディロ。クィヴェラ族の族長を務めております。差し支えなければ、お名前を教えていただけますか」
深く頭を下げたゼディロは、クィヴェラ族らしく背まで伸ばした黒髪を簡素に束ね、陽を溶かしたような金の瞳をしている。
それなりに若くみえるが、族長としての風格は十分で、物腰は穏やかだ。
「俺はアルヴィン。彼はルークです。ふたりともシンビルの戦業士です」
軽く会釈したアルヴィンに続き、俺も軽くうなずく。
ちょうどその時、黒髪をひとつに束ねた女が、湯気の立つ茶を静かに卓に置く。
女はゼディロの妻、ミュナだという。軽く会釈すると、すぐ負傷者の手当てに戻っていった。
「戦業士……近くに街があるのは存じ上げていますが、里の外のことには疎いもので。よろしければ、どのようなご用件でこの辺地までお越しくださったのか、うかがっても?」
「衛務庁の任務で来たのですが……内容は識魔の討伐と聞いていました。蓋を開ければ集落への襲撃だと分かり、受け入れられず、抗いました」
ゼディロの視線が卓上へ落ちた。
「……人々は、いまも我らを憎んでいるのでしょうか」
「カレジナ崩律の件、だな」
俺が言うと、ゼディロは短く目を伏せる。
「我らが忌まれた血とされてきたことは承知しています。あの災厄以後は魔物の手先と囁かれ、先祖は森へ身を潜めたと。理不尽と知りつつも、口伝を重ねるうち、やむなしと受け入れてしまった者も少なくありません。私たちの代ともなれば、人と交わる機会すら稀でした」
アルヴィンが静かに返す。
「クィヴェラ族について私の認識では、過去の災厄の元凶として嫌悪している層がいるのは確かです。とはいえ、現代ではクィヴェラ族は滅んだものと扱われているのがほとんど。話題に上ることはあっても、そこまで過熱化したという話は聞きません」
「そうですか。私どもも、これだけ時が経てば興味も失われているのでは、と考えておりました。とはいえ一族も減りすぎてしまい、今更になって私たちが何かを成そうと望むこともありませんが」
ゼディロの声がわずかに揺れる。長く森に籠もってきた身に、世の風向きは届きづらい。複雑な想いもあるだろう。
アルヴィンは卓上に手を置き、情報を整理するように尋ねる。
「クィヴェラ族には魔物を操る力があると伝え聞きますが、実際はどうなのですか?」
「事実です。ただ、その力は語られるほど強大ではありません。扱える数も範囲も限られ、細かな指示までは届きません。多くは感情を伝える程度です。稀に賢い魔物と相性が合えば、ともに暮らすことがある。その程度の力です」
「つーことは、あの学説が正しいのか」
カリーナが耳にした『クィヴェラ族にはあの規模の暴動は起こせない』という説は、少なくとも今の話と噛み合う。
俺のつぶやきに、アルヴィンが続ける。
「ならやはり、要職にいたクィヴェラ族を引きずり下ろすための策略――そう考えるほうが筋は通りますね」
「私も事実は知りませんが、当時のクィヴェラ族は本来の理念から離れつつあることを案じていたそうです。内輪の諍いにも疲弊していたらしく、汚名は到底受け入れがたいものですが、追われる結末にどこか納得をにじませた。そんな口伝も残っています」
「クィヴェラ族はあまり立場に固執していなかった、ということですか? その理念というのは、うかがっても?」
「どこまで確かかは曖昧ですが、私たちはかつて『世界の魔術を統べた氏族』だったと伝わります。今は力も薄れ、伝も途絶えつつあります。ただ、魔術や魔導具を広めたのは我らだ、という話も残っております」
俺は胸に浮かんだ疑念を、そのまま口にする。
「魔導具を……?もしかして、遺創具か?」
無意識に左の籠手に触れる。
アルヴィンは小さく唸る。
「遺創具の出自は曖昧です。澄命涵台のような水を浄化する施設のようなもの含め、人の扱う道具である以上、人工物なのは確かでしょう。ただ、今見つかる多くは魔源窟からの発掘品がほとんどのはずです。クィヴェラ族が関係あるのでしょうか?」
「さすがにわからん。……ところで、襲撃されるのはこれが初めてなのか?」
ゼディロがうなずき、表情を引き締めた。
「私の知る限り、初めてです。……しかし、世情も変わらぬというお話。なぜ今なのか」
「それについては、俺たちも何とも。しかし、ここまでの情報をまとめると行政長官の独断の匂いが濃い」
ギデオンたち隊員の様子や、依頼の経緯、そこから導いたこと――俺とアルヴィンで手短に共有すると、ゼディロの眉間に深い溝が刻まれた。
「行政長官トゥオマス・オルヘスターですか。申し訳ありません、私には心当たりがありません」
「そうか……ん?」
言いかけたとき、視線を感じた。
奥の部屋から少女がこちらを見ていた。
クィヴェラ族らしく黒髪金眼だが、髪にもところどころ金糸が混じっている。
淡光を湛えた瞳。髪を後ろで緩くまとめ、静謐な空気をまとった美しい少女だ。
アルヴィンも気がついていたようで、ゼディロに確認する。
「お嬢さんですか? どうされました?」
ゼディロが振り返る。
「おや、リュティス。起きていて大丈夫か?」
体調を崩して寝込んでいたという娘だろうか。
少女――リュティスは答えず、ゆっくりとこちらへ歩き出す。
ずっと俺と目が合っているように感じるのは間違いではないだろう。
リュティスの目を見ていると、胸の奥で言葉にならないざわめきのようなものが内側を撫でていく。
リュティスはまっすぐ俺の近くまで歩き、そっと手を伸ばした。
「リュティス、どうした」
ゼディロの声にリュティスの反応はない。
リュティスが指先で俺の頬に触れる。
その瞬間、瞳の淡金が微かに煌めき、薄い光塵が一度だけふわりと舞い上がる。
ゼディロの顔が強張る。
「これは……幽誓環か!?」
ゼディロの驚愕の叫びが響く。
リュティスに触れられてから、俺の中に息を呑むほどの圧迫感が押し寄せた。
焦燥にも似たざわめき。胸の奥で輪がひとつ脈打ったような感覚――言い難い感情が渦巻き、しばし息が詰まる。
動揺する俺をよそに、静かな確信だけを宿してリュティスが初めて口を開く。
「――ずっと、あなたを待っていました」
「……おい、なんなんだ、これは」
指先が離れ、光が収まると、何事もなかったかのように先ほどの違和感は失われていった。
ただリュティスとの不可解な繋がりのようなものをうっすらと覚える。
ゼディロは、震える指先で湯呑の縁を一度なぞり、声を落として言う。
「いまのは、幽誓環。一族に伝わる共鳴現象です」
「共鳴……?」
理解が追いつかない俺に、リュティスが言い切る。
「間違いありません。あなた様こそ、わたくしの綾絆者。わたくしの、運命の方です」
リュティスの告白めいた大胆な発言に、俺は驚愕のあまり言葉を失う。
その様子を真面目な顔をしてみていたアルヴィンが、俺の顔を見て肩で笑いだした。
「ルークさん、罪な男ですね。初対面の少女にそこまで言わせるとは。アイリスさんが泣きますよ」
「茶化すんじゃねぇ!というか、アイリスは関係ないだろ!……おい、リュティスって言ったな、もう少し順を追って説明してくれ」
リュティスは一度だけまばたきをし、まっすぐに言葉を発した。
「あなた様の御気配は、遠くより絶えずございました。綾絆者――ルーク様とわたくしは今、確かに結ばれております」
高揚したリュティスの発言に俺は返す言葉が見つからない。
ゼディロはやれやれと肩を落とし、アルヴィンは何やら笑顔でうなずいている。当の本人は少し誇らしげだ。
「リュティス、落ち着きなさい。お二方、失礼をお許しください」
リュティスは促され、ゼディロの横に座る。ゼディロは言葉を続けた。
「我ら一族には、稀に耀斐司と呼ばれる、髪に金糸の混じった者が生まれます。一族の命運に関わる者と呼ばれております」
たしかに、リュティスの髪が金混じりであることは一目見てわかる。
「幽誓環は、耀斐司の人生の岐路に訪れる共鳴現象です。命運に関わる要素に呼応することがあります」
「……俺がクィヴェラ族の命運に?」
「私たちが今、こうして出会ったことも、運命に導かれたのかもしれません」
「馬鹿げた話だが……ひとまず、今後の話をしてもいいか?戦闘中、監視の目を感じた。今も継続されているだろう。あまり長く留まるのは危険だ。行政長官トゥオマスが強行した理由は不明だが、戦業士まで引っ張ってきてる。急ぎ片付けたい思惑があるように感じる」
俺の話に、改めてアルヴィンがゼディロへ向く。
「他の集落や避難先は?」
「ありません。数も減り、今はこの里のみのはずです」
「……困りましたね」
いまだ高揚冷めやらぬ様子のリュティスだが、幾分かは落ち着いたのだろうか。
静かに茶器を手に取り、陶製の椀に茶を注ぎ直す。淡い香りが部屋に広がった。
「いや、逃げる必要はないかもしれん」
俺が言うと、二人の視線が集まった。
「隠れて動けば追手に狙われやすい。こんな形で依頼を出しているんだ。表沙汰にクィヴェラ族を始末しようってのが不味いとは思ってるんだろう。堂々とシンビルへ帰れば、逆に行政長官も簡単には手を出せないかもしれん。現代でクィヴェラ族を嫌悪しているのなんてごく一部だろ。下手をすれば、行政庁が国の敵になる。特務局の部隊に深刻な被害が出ている。もし独断で動かしてるなら情報処理も追いつかない」
「理屈は通りますが、少々強気すぎませんか?この件に関してシンビルが行政庁側でない確証もありません」
「そもそも俺たちにできることは限られてる。ここで縮こまっても同じだ。特務局にも手をかけちまった。シンビルのやつらを信じられないなら、その時は腹を括るしかないな」
ゼディロはしばし思いを巡らし、ゆっくりとうなずく。
椀に一度口をつけ、言葉を選ぶように息を整えた。
「……幽誓環の件もあります。あなた方が導いてくださるのなら、我ら一族のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「安心しろ。乗りかかった船だ。生活が落ち着くまで面倒を見ると約束する」
ゼディロに習って、リュティスも深々と頭を下げる。
沈黙がひと呼吸分だけ漂い、隣でアルヴィンが小さく息を吐く。
話を終え、それぞれ出立に向けての準備へ移る。
「……しばらく退屈しそうにありませんね」
「冗談を言えるぐらいには余裕が出てきたか?」
アルヴィンと小さく笑い合い、この先に目を向ける。
この瞬間、確かに歯車が噛み合った感触があった。
クィヴェラ族。リュティスという少女。そして、幽かに鳴った見えない鐘の音。
弔いを終え、荷を最小限に絞って各自短い仮眠を取る。
夜明け、血の匂いを残す森道を、俺たちは北西へ踏み出した。
焦げた木の匂いと血の鉄臭さが、まだ肌にまとわりついている。
やがて日が落ち、焚き火のはぜる音だけが残った。
生存者の確認を終えた後、俺は動けるクィヴェラ族と共に死者の埋葬を行う。
アルヴィンとカリーナは負傷者の手当て、ラウノとミーリはギデオンの監視と周囲の警戒に回ってくれている。
ギデオンは気がついた後、だんまりを決め込んだままだ。
クィヴェラ族の死者は七人だった。
生存者は十二人。族長の一家四人に、三人家族が一組。若夫婦と老夫婦が一組ずつと、単身者が一人。
族長の一家は奥まったところに住んでいたこともあり、火の手は及ばなかった。
娘が一人、ここ数日のあいだ高い熱で床に伏していたそうだが、襲撃の手が届かなかったのは不幸中の幸いと言えるだろうか。
埋葬を終え、血と煤の匂いを払ってからアルヴィンと合流する。
俺が無言でうなずくと、アルヴィンが近くにいた族長に声をかけた。
「では、話をしましょうか」
「……はい。私の家へ向かいましょう」
連れ立って、坂のいちばん上へ向かった。
荒れ果てた集落の中でそこだけが静まり返っていた。
土埃を払い落として部屋に入ると、族長が椅子を勧めてくれた。
「まずは、我らを救ってくださったことに改めて礼を申し上げます。私はゼディロ。クィヴェラ族の族長を務めております。差し支えなければ、お名前を教えていただけますか」
深く頭を下げたゼディロは、クィヴェラ族らしく背まで伸ばした黒髪を簡素に束ね、陽を溶かしたような金の瞳をしている。
それなりに若くみえるが、族長としての風格は十分で、物腰は穏やかだ。
「俺はアルヴィン。彼はルークです。ふたりともシンビルの戦業士です」
軽く会釈したアルヴィンに続き、俺も軽くうなずく。
ちょうどその時、黒髪をひとつに束ねた女が、湯気の立つ茶を静かに卓に置く。
女はゼディロの妻、ミュナだという。軽く会釈すると、すぐ負傷者の手当てに戻っていった。
「戦業士……近くに街があるのは存じ上げていますが、里の外のことには疎いもので。よろしければ、どのようなご用件でこの辺地までお越しくださったのか、うかがっても?」
「衛務庁の任務で来たのですが……内容は識魔の討伐と聞いていました。蓋を開ければ集落への襲撃だと分かり、受け入れられず、抗いました」
ゼディロの視線が卓上へ落ちた。
「……人々は、いまも我らを憎んでいるのでしょうか」
「カレジナ崩律の件、だな」
俺が言うと、ゼディロは短く目を伏せる。
「我らが忌まれた血とされてきたことは承知しています。あの災厄以後は魔物の手先と囁かれ、先祖は森へ身を潜めたと。理不尽と知りつつも、口伝を重ねるうち、やむなしと受け入れてしまった者も少なくありません。私たちの代ともなれば、人と交わる機会すら稀でした」
アルヴィンが静かに返す。
「クィヴェラ族について私の認識では、過去の災厄の元凶として嫌悪している層がいるのは確かです。とはいえ、現代ではクィヴェラ族は滅んだものと扱われているのがほとんど。話題に上ることはあっても、そこまで過熱化したという話は聞きません」
「そうですか。私どもも、これだけ時が経てば興味も失われているのでは、と考えておりました。とはいえ一族も減りすぎてしまい、今更になって私たちが何かを成そうと望むこともありませんが」
ゼディロの声がわずかに揺れる。長く森に籠もってきた身に、世の風向きは届きづらい。複雑な想いもあるだろう。
アルヴィンは卓上に手を置き、情報を整理するように尋ねる。
「クィヴェラ族には魔物を操る力があると伝え聞きますが、実際はどうなのですか?」
「事実です。ただ、その力は語られるほど強大ではありません。扱える数も範囲も限られ、細かな指示までは届きません。多くは感情を伝える程度です。稀に賢い魔物と相性が合えば、ともに暮らすことがある。その程度の力です」
「つーことは、あの学説が正しいのか」
カリーナが耳にした『クィヴェラ族にはあの規模の暴動は起こせない』という説は、少なくとも今の話と噛み合う。
俺のつぶやきに、アルヴィンが続ける。
「ならやはり、要職にいたクィヴェラ族を引きずり下ろすための策略――そう考えるほうが筋は通りますね」
「私も事実は知りませんが、当時のクィヴェラ族は本来の理念から離れつつあることを案じていたそうです。内輪の諍いにも疲弊していたらしく、汚名は到底受け入れがたいものですが、追われる結末にどこか納得をにじませた。そんな口伝も残っています」
「クィヴェラ族はあまり立場に固執していなかった、ということですか? その理念というのは、うかがっても?」
「どこまで確かかは曖昧ですが、私たちはかつて『世界の魔術を統べた氏族』だったと伝わります。今は力も薄れ、伝も途絶えつつあります。ただ、魔術や魔導具を広めたのは我らだ、という話も残っております」
俺は胸に浮かんだ疑念を、そのまま口にする。
「魔導具を……?もしかして、遺創具か?」
無意識に左の籠手に触れる。
アルヴィンは小さく唸る。
「遺創具の出自は曖昧です。澄命涵台のような水を浄化する施設のようなもの含め、人の扱う道具である以上、人工物なのは確かでしょう。ただ、今見つかる多くは魔源窟からの発掘品がほとんどのはずです。クィヴェラ族が関係あるのでしょうか?」
「さすがにわからん。……ところで、襲撃されるのはこれが初めてなのか?」
ゼディロがうなずき、表情を引き締めた。
「私の知る限り、初めてです。……しかし、世情も変わらぬというお話。なぜ今なのか」
「それについては、俺たちも何とも。しかし、ここまでの情報をまとめると行政長官の独断の匂いが濃い」
ギデオンたち隊員の様子や、依頼の経緯、そこから導いたこと――俺とアルヴィンで手短に共有すると、ゼディロの眉間に深い溝が刻まれた。
「行政長官トゥオマス・オルヘスターですか。申し訳ありません、私には心当たりがありません」
「そうか……ん?」
言いかけたとき、視線を感じた。
奥の部屋から少女がこちらを見ていた。
クィヴェラ族らしく黒髪金眼だが、髪にもところどころ金糸が混じっている。
淡光を湛えた瞳。髪を後ろで緩くまとめ、静謐な空気をまとった美しい少女だ。
アルヴィンも気がついていたようで、ゼディロに確認する。
「お嬢さんですか? どうされました?」
ゼディロが振り返る。
「おや、リュティス。起きていて大丈夫か?」
体調を崩して寝込んでいたという娘だろうか。
少女――リュティスは答えず、ゆっくりとこちらへ歩き出す。
ずっと俺と目が合っているように感じるのは間違いではないだろう。
リュティスの目を見ていると、胸の奥で言葉にならないざわめきのようなものが内側を撫でていく。
リュティスはまっすぐ俺の近くまで歩き、そっと手を伸ばした。
「リュティス、どうした」
ゼディロの声にリュティスの反応はない。
リュティスが指先で俺の頬に触れる。
その瞬間、瞳の淡金が微かに煌めき、薄い光塵が一度だけふわりと舞い上がる。
ゼディロの顔が強張る。
「これは……幽誓環か!?」
ゼディロの驚愕の叫びが響く。
リュティスに触れられてから、俺の中に息を呑むほどの圧迫感が押し寄せた。
焦燥にも似たざわめき。胸の奥で輪がひとつ脈打ったような感覚――言い難い感情が渦巻き、しばし息が詰まる。
動揺する俺をよそに、静かな確信だけを宿してリュティスが初めて口を開く。
「――ずっと、あなたを待っていました」
「……おい、なんなんだ、これは」
指先が離れ、光が収まると、何事もなかったかのように先ほどの違和感は失われていった。
ただリュティスとの不可解な繋がりのようなものをうっすらと覚える。
ゼディロは、震える指先で湯呑の縁を一度なぞり、声を落として言う。
「いまのは、幽誓環。一族に伝わる共鳴現象です」
「共鳴……?」
理解が追いつかない俺に、リュティスが言い切る。
「間違いありません。あなた様こそ、わたくしの綾絆者。わたくしの、運命の方です」
リュティスの告白めいた大胆な発言に、俺は驚愕のあまり言葉を失う。
その様子を真面目な顔をしてみていたアルヴィンが、俺の顔を見て肩で笑いだした。
「ルークさん、罪な男ですね。初対面の少女にそこまで言わせるとは。アイリスさんが泣きますよ」
「茶化すんじゃねぇ!というか、アイリスは関係ないだろ!……おい、リュティスって言ったな、もう少し順を追って説明してくれ」
リュティスは一度だけまばたきをし、まっすぐに言葉を発した。
「あなた様の御気配は、遠くより絶えずございました。綾絆者――ルーク様とわたくしは今、確かに結ばれております」
高揚したリュティスの発言に俺は返す言葉が見つからない。
ゼディロはやれやれと肩を落とし、アルヴィンは何やら笑顔でうなずいている。当の本人は少し誇らしげだ。
「リュティス、落ち着きなさい。お二方、失礼をお許しください」
リュティスは促され、ゼディロの横に座る。ゼディロは言葉を続けた。
「我ら一族には、稀に耀斐司と呼ばれる、髪に金糸の混じった者が生まれます。一族の命運に関わる者と呼ばれております」
たしかに、リュティスの髪が金混じりであることは一目見てわかる。
「幽誓環は、耀斐司の人生の岐路に訪れる共鳴現象です。命運に関わる要素に呼応することがあります」
「……俺がクィヴェラ族の命運に?」
「私たちが今、こうして出会ったことも、運命に導かれたのかもしれません」
「馬鹿げた話だが……ひとまず、今後の話をしてもいいか?戦闘中、監視の目を感じた。今も継続されているだろう。あまり長く留まるのは危険だ。行政長官トゥオマスが強行した理由は不明だが、戦業士まで引っ張ってきてる。急ぎ片付けたい思惑があるように感じる」
俺の話に、改めてアルヴィンがゼディロへ向く。
「他の集落や避難先は?」
「ありません。数も減り、今はこの里のみのはずです」
「……困りましたね」
いまだ高揚冷めやらぬ様子のリュティスだが、幾分かは落ち着いたのだろうか。
静かに茶器を手に取り、陶製の椀に茶を注ぎ直す。淡い香りが部屋に広がった。
「いや、逃げる必要はないかもしれん」
俺が言うと、二人の視線が集まった。
「隠れて動けば追手に狙われやすい。こんな形で依頼を出しているんだ。表沙汰にクィヴェラ族を始末しようってのが不味いとは思ってるんだろう。堂々とシンビルへ帰れば、逆に行政長官も簡単には手を出せないかもしれん。現代でクィヴェラ族を嫌悪しているのなんてごく一部だろ。下手をすれば、行政庁が国の敵になる。特務局の部隊に深刻な被害が出ている。もし独断で動かしてるなら情報処理も追いつかない」
「理屈は通りますが、少々強気すぎませんか?この件に関してシンビルが行政庁側でない確証もありません」
「そもそも俺たちにできることは限られてる。ここで縮こまっても同じだ。特務局にも手をかけちまった。シンビルのやつらを信じられないなら、その時は腹を括るしかないな」
ゼディロはしばし思いを巡らし、ゆっくりとうなずく。
椀に一度口をつけ、言葉を選ぶように息を整えた。
「……幽誓環の件もあります。あなた方が導いてくださるのなら、我ら一族のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「安心しろ。乗りかかった船だ。生活が落ち着くまで面倒を見ると約束する」
ゼディロに習って、リュティスも深々と頭を下げる。
沈黙がひと呼吸分だけ漂い、隣でアルヴィンが小さく息を吐く。
話を終え、それぞれ出立に向けての準備へ移る。
「……しばらく退屈しそうにありませんね」
「冗談を言えるぐらいには余裕が出てきたか?」
アルヴィンと小さく笑い合い、この先に目を向ける。
この瞬間、確かに歯車が噛み合った感触があった。
クィヴェラ族。リュティスという少女。そして、幽かに鳴った見えない鐘の音。
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