74 / 96
73話
しおりを挟む
フレミー家から帰宅したエルヴィーラは、自室へ向かう途中大きな物音に足を止めた。ガシャンッ‼︎ 何かが割れた音だ。
「ヴェローニカ様! 落ち着いて下さい!」
「ヴェローニカ、ど、どうしたの⁉︎」
まただ。屋敷から出れないヴェローニカは度々癇癪を起こし手が付けられない。
「レンブラント様に会いたいの‼︎ どうして会えないの⁉︎ 私ずっと我慢してきたのに‼︎ こんなのおかしいわ‼︎」
両親は妹を修道院へ戻すとレンブラントと約束したにも関わらず、未だに適当な理由を付けては屋敷に留め置いている。余程妹が可愛くて仕方がないのだろう。昔からずっとそうだった。差し詰めレンブラントとの約束も始めから守るつもりは無く、ダラダラと引き伸ばし反故にするに違いない。折角手元に戻って来た愛娘を手放したくないのが透けて見える。それとは対照的に、もう一人の娘である自分がクラウディウスに婚約破棄された時は大した関心も示さなかった。ただ「王太子妃にもなれないなんて、本当に役に立たないわね」そう両親が話しているのを聞いた。
エルヴィーラは騒がしい妹の部屋の近くを足早に通り過ぎた。
自室に入り内鍵を掛ける。来客がある時以外は勝手に誰かが部屋に入れない様に常こうしていた。家族も使用人も、この屋敷を構成しているもの全てが好きじゃない。なので極力関わりたくないからだ。
窓辺に座り外を眺める。
今日はティアナに会って話を聞いて貰えた。突然押し掛けた無作法な自分を彼女は快く迎え入れてくれた。帰り際も態々馬車まで見送ってくれ「また何時でもいらして下さいね」そんな風に言ってくれた。お世辞と分かっているが嬉しくてその瞬間、折角おさまった涙がまた溢れそうになってしまった。
エルヴィーラはフローラが現れてから毎日不安に感じながら過ごしていた。その理由は、クラウディウスが異様な程に聖女である彼女に興味を示したからだ。
少し前まで悩んでいたクラウディウスは目に見えて変わっていった。正に水を得た魚の様に生き生きとして見えた。彼女の話を嬉々として話す姿を見ているのが辛かった。そして遂に恐れていた事があの日起きた。
『私との婚約を解消して欲しい。彼女の存在はこの国の未来の為にも不可欠なんだ。エルヴィーラ、君なら分かってくれるだろう?』
エルヴィーラは、クラウディウスから婚約解消の申し出を受けてから精神的に不安定になってしまい塞ぎ込み自室に引き篭もった。何時だかティアナから手紙が届いたが、開封すらせずに引き出しに閉まったままにしていた。更に何時だかヘンリックとテオフィルがエルヴィーラを訪ねて来た事もあったが、とても会う気分にはなれず帰って貰った。
そんな日々が一ヶ月程続いた。
ーー消えてしまいたい。
そう思う様になっていった。大袈裟だと思うかも知れないがエルヴィーラにとってクラウディウスはそれ程大きな存在であり心の支えで生きる意味であり……全てだった。その彼から見放されてしまったのだ。自分から彼を差し引いた時、何もないのだと気が付いてしまった。両親が言う様に今の自分は役立たずに違いない。
ーー悲しくて、苦しくて、辛くて、痛い。身体がバラバラに切り裂かれた様に痛くて、痛い。
バルコニーに出て下を眺め、あぁここから落ちたら楽になれるかも知れないとボンヤリと考えた時だった。何故だがふとティアナからの手紙を思い出し衝動的に開封をした。そして読み終えた後、無性に彼女に会いたくなりそのままエルヴィーラはフレミー家へと向かったのだ。
彼女は不思議だ。初めてティアナと会った時、不思議な魅力を感じた。彼女の側に居るだけで心地が良くて温かい気持ちになる。美術品を好むクラウディウスと何時か一緒に見たあの絵画を思い出す。あの絵画を見た時も同じ様な気持ちになった。
『これは何百年前に実在した聖女をモデルにした作品なんだ』
皮肉にもあの時から聖女のその絵画はエルヴィーラが何よりも好きな絵画になった。そして何時か聖女に会ってみたいとすら思っていたが、その聖女に大切な人を奪われてしまうなんて思わなかった。
『エルヴィーラ‼︎』
幼い頃、王太子の婚約者だったエルヴィーラは誘拐された事があった。たった三日だったが、エルヴィーラにとっては酷く恐ろしく長い時間に思えた。肌寒く薄暗い場所と冷たく固い石畳、地下牢の様な場所に閉じ込められていた。乱暴に扱われ、出された食事に手を付けないと殴られ水まで掛けら怒鳴られた。それでも言う事を聞かないと首を掴まれ最後には締められた。その瞬間幼いエルヴィーラは死を覚悟したが、タイミングよく兵士等の助けが来て急死に一生を得た。そんな兵士等に混ざりクラウディウスも助けに来てくれており、衰弱したエルヴィーラを誰よりも早く抱き締めてくれた。
『すまない、私の所為だ。だがもう二度と君にこんな思いはさせない。私がエルヴィーラを護るよ』
誘拐事件の後、暫くして殴られた痣は消えたが何故か声が出なくなった。医師によれば精神的なものだろうと言われ、それからずっと家族と彼以外とは話せなくなってしまった。
『エルヴィーラ、愛しているよ』
それでも彼はこんな自分を見捨てずに、婚約者として側に置き優しく大切にしてくれていた。
「クラウディウス様……私も貴方を愛しております」
愚か者で構わない。例え二度と彼に必要とされなくとも、この想いを捨てたりはしない。
今そんな風に思えるのもティアナのお陰だ。もう少し落ち着いたら彼女に何かお礼をしたいと思い、エルヴィーラは一人笑みを浮かべた。
「ヴェローニカ様! 落ち着いて下さい!」
「ヴェローニカ、ど、どうしたの⁉︎」
まただ。屋敷から出れないヴェローニカは度々癇癪を起こし手が付けられない。
「レンブラント様に会いたいの‼︎ どうして会えないの⁉︎ 私ずっと我慢してきたのに‼︎ こんなのおかしいわ‼︎」
両親は妹を修道院へ戻すとレンブラントと約束したにも関わらず、未だに適当な理由を付けては屋敷に留め置いている。余程妹が可愛くて仕方がないのだろう。昔からずっとそうだった。差し詰めレンブラントとの約束も始めから守るつもりは無く、ダラダラと引き伸ばし反故にするに違いない。折角手元に戻って来た愛娘を手放したくないのが透けて見える。それとは対照的に、もう一人の娘である自分がクラウディウスに婚約破棄された時は大した関心も示さなかった。ただ「王太子妃にもなれないなんて、本当に役に立たないわね」そう両親が話しているのを聞いた。
エルヴィーラは騒がしい妹の部屋の近くを足早に通り過ぎた。
自室に入り内鍵を掛ける。来客がある時以外は勝手に誰かが部屋に入れない様に常こうしていた。家族も使用人も、この屋敷を構成しているもの全てが好きじゃない。なので極力関わりたくないからだ。
窓辺に座り外を眺める。
今日はティアナに会って話を聞いて貰えた。突然押し掛けた無作法な自分を彼女は快く迎え入れてくれた。帰り際も態々馬車まで見送ってくれ「また何時でもいらして下さいね」そんな風に言ってくれた。お世辞と分かっているが嬉しくてその瞬間、折角おさまった涙がまた溢れそうになってしまった。
エルヴィーラはフローラが現れてから毎日不安に感じながら過ごしていた。その理由は、クラウディウスが異様な程に聖女である彼女に興味を示したからだ。
少し前まで悩んでいたクラウディウスは目に見えて変わっていった。正に水を得た魚の様に生き生きとして見えた。彼女の話を嬉々として話す姿を見ているのが辛かった。そして遂に恐れていた事があの日起きた。
『私との婚約を解消して欲しい。彼女の存在はこの国の未来の為にも不可欠なんだ。エルヴィーラ、君なら分かってくれるだろう?』
エルヴィーラは、クラウディウスから婚約解消の申し出を受けてから精神的に不安定になってしまい塞ぎ込み自室に引き篭もった。何時だかティアナから手紙が届いたが、開封すらせずに引き出しに閉まったままにしていた。更に何時だかヘンリックとテオフィルがエルヴィーラを訪ねて来た事もあったが、とても会う気分にはなれず帰って貰った。
そんな日々が一ヶ月程続いた。
ーー消えてしまいたい。
そう思う様になっていった。大袈裟だと思うかも知れないがエルヴィーラにとってクラウディウスはそれ程大きな存在であり心の支えで生きる意味であり……全てだった。その彼から見放されてしまったのだ。自分から彼を差し引いた時、何もないのだと気が付いてしまった。両親が言う様に今の自分は役立たずに違いない。
ーー悲しくて、苦しくて、辛くて、痛い。身体がバラバラに切り裂かれた様に痛くて、痛い。
バルコニーに出て下を眺め、あぁここから落ちたら楽になれるかも知れないとボンヤリと考えた時だった。何故だがふとティアナからの手紙を思い出し衝動的に開封をした。そして読み終えた後、無性に彼女に会いたくなりそのままエルヴィーラはフレミー家へと向かったのだ。
彼女は不思議だ。初めてティアナと会った時、不思議な魅力を感じた。彼女の側に居るだけで心地が良くて温かい気持ちになる。美術品を好むクラウディウスと何時か一緒に見たあの絵画を思い出す。あの絵画を見た時も同じ様な気持ちになった。
『これは何百年前に実在した聖女をモデルにした作品なんだ』
皮肉にもあの時から聖女のその絵画はエルヴィーラが何よりも好きな絵画になった。そして何時か聖女に会ってみたいとすら思っていたが、その聖女に大切な人を奪われてしまうなんて思わなかった。
『エルヴィーラ‼︎』
幼い頃、王太子の婚約者だったエルヴィーラは誘拐された事があった。たった三日だったが、エルヴィーラにとっては酷く恐ろしく長い時間に思えた。肌寒く薄暗い場所と冷たく固い石畳、地下牢の様な場所に閉じ込められていた。乱暴に扱われ、出された食事に手を付けないと殴られ水まで掛けら怒鳴られた。それでも言う事を聞かないと首を掴まれ最後には締められた。その瞬間幼いエルヴィーラは死を覚悟したが、タイミングよく兵士等の助けが来て急死に一生を得た。そんな兵士等に混ざりクラウディウスも助けに来てくれており、衰弱したエルヴィーラを誰よりも早く抱き締めてくれた。
『すまない、私の所為だ。だがもう二度と君にこんな思いはさせない。私がエルヴィーラを護るよ』
誘拐事件の後、暫くして殴られた痣は消えたが何故か声が出なくなった。医師によれば精神的なものだろうと言われ、それからずっと家族と彼以外とは話せなくなってしまった。
『エルヴィーラ、愛しているよ』
それでも彼はこんな自分を見捨てずに、婚約者として側に置き優しく大切にしてくれていた。
「クラウディウス様……私も貴方を愛しております」
愚か者で構わない。例え二度と彼に必要とされなくとも、この想いを捨てたりはしない。
今そんな風に思えるのもティアナのお陰だ。もう少し落ち着いたら彼女に何かお礼をしたいと思い、エルヴィーラは一人笑みを浮かべた。
20
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる