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しおりを挟む『クロヴィス様、私アルフォンス様の元へ嫁ぎます』
我ながら諦めが悪いと思う。あの時もしかしたら、引き止めてくれるかも知れないと心のどこかで期待していた。
好きじゃなくても愛がなくとも、十年一緒にいた自分に対して情でもなんでも良いから「やっぱり、やめよう」そう言って欲しかった。だが、現実はそんなに甘くなかった。
『それが君の意思なら』
彼は一言だけそう返した。あぁ、本当に私はもういらないんだ……そう思い知らされた。
「リゼット様、お加減は如何ですか」
夜会の翌日、リゼットは突然高熱を出した。それから数日経つが未だに熱は引かない。こんなに熱を出したのは久しぶりかも知れない。幼い頃はたまに熱を出していたが、その度にクロヴィスは付きっきりで自ら看病をしてくれた。だが、今はその彼はいない。熱を出して寝込んでから一度も会いに来てくれていない……。もう直ぐ離縁する妻の事など、もう興味はないのだろう。そう考えるだけで、酷く心細くて、悲しかった。
頭が割れる様に痛い。気持ちが悪くて、吐き気がする。身体が痛くて、寒気がして汗が身体中を伝うのが分かる。苦しい……。
シーラが額の温くなってしまったタオルを、冷たい物と交換してくれた。
「……殿下、困ります」
その時廊下からヨーナスの焦った声が聞こえてきた。暫くして部屋の扉が開いたのを感じた。リゼットは起き上がれない故、薄目を開けて視線だけを遣る。
「リゼット、聞いたよ!熱を出したんだって?あぁ、可哀想に」
『リゼット、聞いたよ!熱を出したんだって?帰って来るのが遅くなってごめんね』
シーラが「殿下、リゼット様は今は」何か言っているが良く聞き取れない。彼は構う事なくシーラの前を素通りして、ベッドの横までやって来た。
「もう大丈夫だから、僕が此処にいるからね」
『大丈夫だよ、僕は此処にいるからね』
彼はベッドの上に力なく投げ出されていたリゼットの手を徐に掴むと両手で握り締めた。何時かの記憶が蘇る、酷く懐かしくて恋しい……。
「クロヴィス、さま……」
やっぱり、逢いに来てくれた……ー。
頭が朦朧として、意識はそこで途絶えた。
◆◆◆
屋敷に帰るとリゼットが熱を出したと、ヨーナスから聞かされた。クロヴィスは慌てて寝室に向かう。だが、途中でパタリと足を止めた。
一瞬忘れていたが、もう自分は彼女の夫ではなくなるのだ。彼女を心配する資格は、自分にはない。
「クロヴィス様、様子を見に行かれなくても宜しいのですか」
寝室とは逆方向に踵を返すクロヴィスに、ヨーナスは戸惑いながら尋ねてくる。
「医師には診せたんだろう?」
「はい、直ぐに呼び診て頂きましたが」
「なら、十分だ」
その夜、別室のベッドに横になったクロヴィスは一睡も出来なかった。リゼットが気になってしまい、どうしようもなかった……。きっと今頃一人心細く、熱に浮かされているだろう。そんな彼女の側にいられない事が、酷く苦しく辛かった。
それから数日経ってもリゼットの熱は引かなかった。そんな時、何処からともなくその事を聞きつけたアルフォンスが屋敷にやって来た。
「クロヴィス様、アルフォンス殿下がいらしております」
執務室でヨーナスから報告を受けた時には既に、彼は寝室へ乗り込んで来ていた。クロヴィスはため息を吐き、足早に寝室に向かう。
彼女を見舞うのは勝手だが家主の許可なく屋敷に押し掛けるのは頂けない。そんな建前を頭に思い浮かべながら寝室の扉を開いた。
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