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「いよいよ明日ですね」

廊下で立ち止まり中庭を眺めていたコンラートの背後から声を掛けてきたのは息子のレンブラントだった。

「あぁ、そうだな」

「嬉しそうですね」

クロヴィスとリゼットの離縁騒動から半年が過ぎた。あの後、クロヴィスは周囲を騒がせたとして三ヶ月謹慎処分を下し屋敷に軟禁状態になった。その間はリゼットを城で預かり、一切の接触を禁止してクロヴィスに頭を冷やさせた。アルフォンスの方はあの後怒り狂って手が付けられず、仕舞いには周囲に当たり散らした。仕方なく暫くコンラートの二番目の弟である辺境伯の元へと預けた。二番目はかなり厳格な人物故、少しは成長して戻って来る事を切に願っている。

そして明日、クロヴィスとリゼットの二人の挙式が執り行われる。

「昔から思ってたんですが、父上は叔父上に本当に甘いですよね」

「そうか?」

「はい、なんなら息子の俺達なんかに対してよりも甘々です」

珍しいと、コンラートは眉を上げた。
三人いる息子の中でこの末のレンブラントは、生真面目で妬みや嫌味などは言わないと思っていたが……。

「なんだ、妬きもちか?」

「まさか、そんな気色悪い事思う訳ないじゃないですか」

昔はこんな風に言わなかったが、最近口が悪くなった気がした。成長と言って良いものか悩ましい……複雑だ。

「他意はありませんよ。ただ純粋な興味です」

「……アレは、愛情が良く分からないんだ」





コンラートは七人兄弟だが、母親が同じなのはクロヴィスだけだった。二人の母は、正妃であり、政略結婚で国王に嫁いだが父は母を溺愛していた。それこそ他の側妃には子が出来たら、一度も足を向ける事がなかったそうだ。

ただコンラートを産んでからは母は子を身籠る事が出来ず仕舞いだった。王太子である自分を産んだのだから十分だと言えるが、父はそうでは無かった様だ。

コンラートが生まれてから十五年後、驚く事に母が身籠った。それがクロヴィスだ。ただ、年齢が高い所為か母はクロヴィスを産むとそのまま亡くなってしまった。
溺愛していた妻を亡くした父は、嘆き悲しみ怒りの矛先をクロヴィスへ向け、恨んだ。

「国王である父から恨まれ蔑まれていれば、周囲がアレにどう接するかは言うまでもない」

「そうですね……誰だって自ら望んで国王から不興など買いたくないですからね」

「当時私は王太子としての重圧や責任で、自分自身の事で精一杯だった。故にアレの事は気掛かりではあったが、何もしてやれなかった……」

クロヴィスは容姿や勉学に特別秀でており、その事でも周囲からの妬み嫉みを受け、ますます孤立していった。

誰からも愛情を向けられる事なく育った弟は、何時しか貼り付けた様な笑顔を作る様になった。自分なりに身を守る為だったのかも知れない。相手に対して敵意がない事を必死に示していたのだろう。

そんな弟は学院に入学する歳になると同時に、逃げる様にして城を出た。まだ早いと思ったが、本人からの強い希望を尊重した。
この頃コンラートは先代の王であった父が亡くなり既に国王に就任しており、まだまだ新米な王であったコンラートには余裕などがある筈もなく、多忙な日々を送りやはりクロヴィスとは殆ど顔を合わす事はかった。

そしてクロヴィスが十四になったそんなある日、転機が訪れる。アリセア国から届いた献上品、彼女がやって来たのだ。

第六感と言えば良いのか分からないが、彼女に会った時何故か頭にクロヴィスが浮かんだのだ。もしかしたらこの小さな少女が、弟の孤独を埋めてくれるかも知れないと直感で思った。

「そんな理由で叔父上とリゼットを結婚させたんですか?」

「まあ、な。半信半疑ではあったが」

「父上……」

「ゴホンッ……仕方ないだろう。私もまだまだ未熟で精一杯だったんだ。そんな目で見るな」

そしてクロヴィスは変わった。彼女以外には相変わらずではあるが、彼女へ向ける笑みは本物だった。しかも信じられない事にあの弟が、妻の惚気話をしていたのだ。その事がどうしようもなく嬉しかった。

「成る程。あの溺愛の仕方は、どう愛情表現していいのかが分からないからだったんですね。ルヴィエ家には何度も足を運んでいますが、叔父上からリゼットに買い与えた物でこれでもかと言う程、溢れ返っていました。正直初めて行った時は唖然として立ち尽くしましたよ。しかも叔父上は延々とリゼットの話ばかりで、対応に困りました」

だがそんなに溺愛していた彼女と離縁すると言い出した時には、表情にこそ出さなかったがコンラートは驚愕した。しかも理由が「僕は彼女の兄代わりなんです」などと宣い、最早意味不明だった。賢い筈の弟は恋愛になると、とんでもなく鈍く莫迦だったのだ。

ただクロヴィスは、もういい歳した大人だ。口を挟むつもりはなかった。今更兄面をして説教するのも正直気が引けたという事もある。

「だがまあ、これでようやく落ち着く」

「そうですね、叔父上は兎も角、リゼットには幸せになって貰いたいです」

「お前はリゼット嬢、贔屓だな」

「俺にとって彼女は、妹みたいなものですから」

「レンブラント……お前もか」

「ハハッ」
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