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二十四話〜娼婦と芋〜
しおりを挟む「汚いから身なりを整えてやってくれ」
ユーリウスの酷い物言いに顔が引き攣った。
「ふふ、そういった事でしたか。かしこまりました、お任せ下さい。さあ、参りましょう」
「え、あのっ」
納得した様子のカリナに手を引かれ有無も言わせず連れて行かれる。
肩越しに振り返りユーリウスを見るが、彼は既に背を向けて何処かへ行こうとしていた。
(このクズ男~~~‼︎)
エレノラは心の中で叫んだ。
豪奢な外装の廊下を歩き、辿り着いた先はやはり豪奢な部屋だった。天井から壁や床、調度品など部屋を構成している全てが超高級品なのだと一目で分かる。
きっとこの部屋の物を全て売り払えば借金の利息くらいにはなりそうだと邪な事が頭を過った。
「ユーリウス様のお連れ様です。失礼のないように」
「かしこまりました」
そんなしょうもない事を考えている間に、カリナは部屋の中にいた数人の女性達にエレノラを引き渡す。
そして何が起きているのか良く分からないまま女性達に囲まれ、部屋の奥へと連行された。
「そちらはお預かり致します」
(私の今日の報酬が……)
渡すのを躊躇うが、結局大事に握り締めていた麻袋を没収されてしまう。捨てられてしまわないか心配だ……。
シュウ~?
更に肩に乗っていたミルも回収され、近くのクッションの上に降ろされた。
「では、お召し物をお取りいたします」
姿見の前に立たされて、衣服を順番に剥ぎ取られていく。
薬草採取に夢中で全く気付かなかったが、よく見ると全身ボロボロだった。土汚れが結構目立っている。これは確かに汚い……。
「湯浴みの準備は整っておりますので、こちらへおいで下さい」
逃げ場もなくなされるがままのエレノラは、もうどうにでもなれと腹を括った。
湯船に浸かり、頭からつま先まで全身くまなく洗われていく。
ふと洗ってくれている女性達に目を向ければ、同性でも胸が高鳴りそうな程美しい。
白い肌に端麗な顔立ち、豊満な胸元、しなやかな動作と全てが洗練されている。
これは男性ならイチコロに違いない。
昔、娼館に通っていたらしいあのクズ男も例外ではないのだろう。
こんな美女達を基準にされたら自分が自分で「芋」だと思えてしまう。更に「私は芋です」と自己紹介だって出来る気すらしてきた。少しだけユーリウスの気持ちが分かるのが悔しい。
だが! あのクズの代名詞のような男だけには言われたくない。
「お肌がお綺麗ですね」
エレノラからの熱い視線を感じのか一人の女性と目が合った。すると優しく微笑んでそう声を掛けてくれた。
(正に女神様だわ……。私、今日から芋として生きていく)
湯浴みから上がると今度は髪を乾かし整え化粧を施され、最後にドレスを着させられた。
途中夜会の時を思い出してコルセットを締める際に恐怖したが、苦しくない程度に調整してくれたので安堵した。
「とても良くお似合いです、美しいですわ」
「ありがとうございます」
取り敢えずお礼を言うが、正直嬉しさよりも困惑の気持ちが優っている。
強制的に身なりを整えさせられたが、この後は一体どうなるのだろうか。まさかこのまま客を取るとか……。
(私まだキスすらした事ないのに⁉︎ そもそも芋に需要はあるの⁉︎)
「如何なさいましたか?」
「い、いえ……」
暫し意識を飛ばしていたが、気付けば女性達が訝しげな表情でエレノラを見ていた。
もしかしてまた心の声がダダ漏れていたのだろうかと、冷たい汗が背を伝う。
「それにしても、皆様、本当にお綺麗ですね!」
そう言って誤魔化すように笑ってみせた。
「……ありがとうございます」
お世話などではなく無論本心なのだが、彼女達は目を見張り戸惑ったように笑った。そんな様子を見て失言だったのかも知れないとエレノラは眉根を寄せる。
「すみません、不快でしたか?」
「い、いえ、違うんです! ただ少し驚いてしまっただけで」
意外な言葉に小首を傾げると、彼女達は顔を見合わせ苦笑し一人の女性が言葉を続けた。
「ご存知の通り私共は娼婦ですから、女性からは疎まれる存在であり、誹謗される事はあっても褒められる事などまずないんです。ましてお嬢様のような貴族のご令嬢からそのように仰って頂けるなど信じられません」
エレノラは娼婦の世界に精通している訳ではないので何とも言えないが、世の中では身分や職業などで差別をされる事は珍しくはない。エレノラは馬鹿馬鹿しいと考えているが、これは社会的な問題であり一個人がどうにか出来るよう事ではない。
「私はただ、綺麗だと思ったのでそのままお伝えしただけです。貴女方が誰であろうと関係ありません」
なので今の自分に言えるのはこんな陳腐な言葉だけだ。
因みに余談だがついでにミルも洗って貰った。
彼女達はミルを見て「可愛い」と褒めてくれ、更には「男の子ですか? 女の子ですか?」と聞いてきたので「男の子です」と答えると、ミルの首に小さなチョーネクタイをしてくれた。
喜ぶミルの姿を見て、本当に良い人達だと感激した。
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