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六十三話〜あっという間〜
しおりを挟むエレノラの後ろを歩きながら、一体どこに行くのかと思っていたが目的地は意外な事にお茶屋だった。
「まだ買うのか?」
「え、ダメですか? 好きな物を買って下さるんじゃないんですか?」
両手いっぱいに茶っ葉の入った麻袋を抱え上目遣いで見てくる姿に思わず頬が緩みそうになってしまう。
もういっそこの店の茶っ葉を全て買い占めてしまおうかという気分になる。
「買うなとは言っていない。ただそんなにどうするつもりだ」
「実はこれはボニー用で、こちらはスチュアート用、こちらはーー」
一人で消費するような量ではない事は明白だが、まさか使用人達へのお土産とは思いもしなかった。いや前例があったな……と思い直す。
どうやら離れの使用人全員分を買うらしい。
相変わらずの奇行ぶりだが、彼女らしいと笑えた。
「ユーリウス様、こんなに沢山ありがとうございました。あのそれで、後はミルにもお土産のフルーツを買っても良いですか?」
買い物を終え店の外に出た。
懐中時計を確認すると、一時間半も経過していた事に目を見張る。
フラヴィの買い物に付き合っていた時、どうして女性はこうも買い物が長いんだと呆れていた。買い物に付き合わされる度にうんざりし苦痛の時間だった。ただ女性とはそういうものなのだと諦めていたのだが、不思議な事にこの一時間半はあっという間に感じた。
茶っ葉を選んでいるエレノラを見ているだけで、うんざりする所か気持ちは穏やかになった。
「構わないが荷物になるのは面倒だ。後から屋敷に届けさせるがそれでいいか?」
先程の茶っ葉も実は二人では持ち切れず後から屋敷に届けさせる手筈になっている。
「はい、勿論です。ミル、良かったわね」
シュウ!
スカートのポケットから顔だけ出しているネズミいやモモンガはエレノラの言葉に歓喜する。
これまで動物など興味は皆無だったが、今日を迎えるにあたり、図鑑や動物学の書物で勉強をした。
以前空飛ぶネズミなど珍しいと気になっていた事もあり丁度いいと考えた。
その為、モモンガの生体については完璧に熟知している。種類、全長、体重、主食、感情表現……抜かりはない。
エレノラの好感を得る為にはモモンガの懐柔は必需だ。
絶対にあのモモンガから好感を得てやると意気込む。
「そういえば、ユーリウス様は何しに街へいらしたんですか?」
その言葉に街へ出掛ける口実を作って置く事をすっかり忘れていた事に気付いた。
事前に何処へ行くかは念頭に入れておいたが、そこばかりに気を取られてしまっていた。
ただそれもあの最悪な仕立て屋のせいで大分予定も狂ってしまったが。後で店主に苦情を入れておかなくてはならない。
この先、この街で商売を続けられると思うなと少し収まった怒りがまた湧き起こる。
「平民の暮らしを知りたくなっただけだ」
「ユーリウス様がですか?」
訝しげな目を向けられるが、咳払いをして誤魔化す。
「公務に就いている者として当然だろう」
適当な店でも提示しておけばいいが、それでは次に繋げられないと思い妙案を思い付いた。これならばまた誘い易いだろう。
「それで無理して屋台で召し上がったんですか?」
「ああまあ、そうだ」
言い訳が嘘なので当然違うに決まっている。ただ昼食を屋台にしたのには一応理由がある。
それは以前エレノラとアンセイムがデート……いや、買い出しに街を訪れた際に二人で仲良く食べている所を目撃したからだ。
決して羨ましいとかそんな幼稚な理由ではないが、エレノラが喜んで食べていたので好感が持たれ易いと思った。それだけだ。
それにしても、あんなに食べ辛く品のない食べ物は生まれて初めて口にした。しかも往来の端で立ち食いをするなど自分でも気が触れたかと思うくらいだ。
更にエレノラにハンカチで口を拭われた瞬間は羞恥心でおかしくなるかと思ったが、彼女から気に掛けて貰えていると思えばたまにはああいうのも悪くない。いや寧ろ良い。思い出しただけで口元が緩みそうになる。
「そ、そこでだが、また付き合って貰えないか? 無論、報酬は出す」
自然な流れで次の約束を取り付けようと試みる。だが緊張の余り少し口篭ってしまう。
エレノラからの返答を待つ間、心臓が早鐘のように五月蝿く脈打つのを感じた。
「そういう事でしたら分かりました。ただ報酬は絶対に忘れないで下さいね」
「ああ、勿論だ」
ユーリウスは澄まし顔で何となしに返事をしながら内心では歓喜した。
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