79 / 105
七十八話〜これからの話〜
しおりを挟む「それで何故、泣いていたんだ」
「……分かりません、気付いたら涙が溢れていました」
自分の話を聞いた彼女の瞳からは涙が流れ落ちた。まさか泣くとは思わず、ユーリウスは慌てる。だがそんな中でも、すみれ色の瞳から透明な雫が流れ落ちる様子は儚げで美しく見惚れてしまい、気付いたらハンカチを差し出していた。
そして期待してしまう。私の為に泣いてくれたのかと。
「ただ、もしその時に知り合えていたなら、私がユーリウス様の友人になって「一人じゃないよ」って言ってあげたかったなとは思いました。すみません、決して同情している訳ではないんです」
その言葉にやはりエレノラがユーリウスの為に泣いてくれたのだと確信を得た。
「私は同情されるのは好かない。またその逆も然りだ」
詳しい事柄までは知られていないが、父が不倫の末に離縁し再婚した事は社交界では周知の事実だ。たまに「親がああだと、同じようになってしまうものだな。哀れだ」「折角公爵家の嫡男に生まれて本当なら順風満帆な人生なのに……これならうちの子の方が余程マシね」「若い頃は女遊びの一つや二つするものだが、彼は異常だ、恐らく病気だろう。可哀想に」
そう陰口を叩く者も少なくなかった。
同情など上っ面だけで、本心は嘲笑っているのが丸分かりだ。
『私がユーリウス様を寂しさを癒して差し上げますわ』
いつかのフラヴィの言葉を思い出す。
周りからそんな風に言われる度に虚しくなり一人苛立っていた。
だが不思議だ。エレノラになら同情されても構わないと思う。寧ろそれで彼女の気を引けるなら、いくらでも同情を買ってやる。
「今のユーリウス様の笑顔、とても素敵です」
そんな幼稚な事を考えていると、エレノラが突拍子もない発言をした。
これまで褒め言葉など飽きるほど言われてきた。その事に対して別段思う事もなければ一々反応などしてこなかった。
何故ならそれ等の全てはご機嫌伺いだったり下心があるからだ。
だが彼女はそうじゃないと分かる。
仮にそうであっても喜ぶ自信がある自分はかなり重症だ。
「ユーリウス様、人生は山あり谷ありです。沢山辛い事があったとしてもずっとそれが続く訳ではない筈です」
「山あり谷ありか……。私はずっと谷底にいる気分だ」
そして彼女の陳腐な慰めに、思わず情けない言葉が出てしまう。流石に呆れられるに違いない。だが彼女はあっけらかんと笑った。
「それなら大丈夫ですね」
「何が大丈夫だというんだ」
「だって谷底ならそれ以上下がる事は出来ませんから、後は這い上がるのみです!」
彼女は今なんと言った?
予想だにしない言葉に、思わず自分自身に問いかける。
誰がそんな風に考えるだろうか。普通は山あり谷ありだからと諦め受け入れるものではないのか。
それなのに彼女は「這い上がる」と言った。
沸々と笑いが込み上げてくる。
「ユーリウス様、過去は変える事は出来ませんが、未来は自分次第で幾らでも変える事が出来ます。ですから、これからのお話をしましょう」
軽やかにベッドから立ち上がると、ユーリウスの目の前に立ち笑顔で手を差し出してきた。
少し躊躇うが、その小さな彼女の手に自らの手を重ねた……つもりだった。
シュウ!
その瞬間、視界の端を影が横切りそれは彼女の手の上に収まった。
「なっ……」
チラリとこちらを見るミルに、触んなやと言われている気がして思わず顔が引き攣る。
「あらミル、起きたの?」
シュウ~!
甘えるような声を上げエレノラに擦り寄る光景に羨ましく思いながら、もう少しで彼女の手を握れる筈だったと苛っとする。
だが怒ったところで敵う気がまるでしない。大人しく諦め行き場をなくした手を落胆しながら下ろした。
「本当に宜しいんですね?」
「一体何回確認するんだ」
改めて並んで座り直すと、エレノラの言った通りこれからの話をする。
「先程も話したが、既に彼女達には手紙で伝達は済んでいる」
何度目か分からないエレノラからの確認に苦笑せざるを得ない。
ここまでしつこいと余程信用されていないのだと感じ情けないやら悲しくなってくる。だがこれも全て自業自得だ。仕方がない。
「ですが、まだお返事はどなたからも返ってきていらっしゃらないんですよね?」
「ああ……」
「なるほど」
一体何がなるほどなのかユーリウスは眉根を寄せる。そんな中、エレノラは顎に手を当て暫し考え込む。
「ユーリウス様さえ宜しければ、この件は私に任せて下さいませんか?」
「は? いや、流石にそれは……」
彼女なりに考えがあるのだろうが、流石に愛人との縁切りを妻に任せるなど出来る筈がない。男として沽券に関わる。
「上手くいくかは分かりませんが、このままユーリウス様が対応されるより私がする方が円満になると思います」
余程自信があるのか両手の拳を握り締めて見せてくる。
(反則だ、これは可愛い過ぎる……)
不意打ちを食らったユーリウスは、その愛らしさに口元がだらしなく緩むのを感じた。
「やはりダメですか?」
「っ‼︎」
更に上目遣いの追撃を食い、気付けば「分かった、任せる」と口にしていた。
「その代わり条件がある」
普通に考えて条件を出せる立場ではない事は重々承知しているが、いい口実だとも思えた。
「条件ですか?」
「君が私の代わりに愛人達への対応をするなら、君の生家の再建を私に任せて貰いたい。このままでは私の夫としての面目は丸潰れだ」
最後の言葉は彼女を納得させる為のものだ。
エレノラから生家の話を聞かされ、現状のままでは何れ彼女が潰れてしまうかも知れないと思った。そして夫として見過ごす事は出来ない。だが彼女は理由が無ければユーリウスの介入を良しとはしないだろう。そこで些か強引ではあるが、交換条件を出した。
「……分かりました。宜しくお願いします」
少し悩んだ素振りを見せたものの、意外にも彼女は了承をした。渋るかと思ったので拍子抜けをする。
「だが本当に任せてしまっていいのか? やはり私が……」
ひと段落ついたにも拘らず、ユーリウスは話を蒸し返す。
エレノラに任せる事に不安がある訳ではないが、彼女に尻拭いをさせてしまう事に躊躇いがある。
「大丈夫です! 必要な時はお声掛けしますから、ご心配なさらずに」
「分かった」
観念してため息を吐いた。
ただ頼り甲斐のある妻を見て自分の不甲斐なさを嘆いている場合ではない。
自分が今すべきは先ずは優秀な人材探しと、ドニエ侯爵家に抗議文を送る事だ。
674
あなたにおすすめの小説
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜
よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。
夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。
不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。
どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。
だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。
離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。
当然、慰謝料を払うつもりはない。
あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました
よどら文鳥
恋愛
ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。
ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。
ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。
更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。
再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。
ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。
後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。
ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる