出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

秘密 (秘翠ミツキ)

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八十九話〜襲撃〜

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 朝からサイラスの執務室に招集されたセドリックだが先程からずっと気もそぞろで、サイラスの話など全く頭に入ってこないでいた。
 実は今朝からリズがあの生意気な餓鬼……ルークと二人で森へと出掛けている。
 話を聞いた時、セドリックは何がなんでも二人に同行しようと考えたが、あの餓鬼……ルークが断固拒否をした。
 だがそんな事で諦めるセドリックではない。
いつもならば強引に押す。ただサイラスに頭を下げられ説得を受けたので仕方なく諦めざるを得なかった。
 それにリズの前で大人気ないとまで言われ格好がつかなかった……。

(リズは僕の侍女なのに、あり得ないだろう)

 今思い出しても納得がいかない。
 サイラスはルークの変化が嬉しいと戯言を言っていたが、正直自分には興味はない。幾らまだ子供でこれから従兄弟という立場になるのかも知れないが、そんな事はセドリックには関係ない。
 大人気ない? 上等だ。
 
「近年、このヴュスト近郊では雨量が増えた影響もあり作物である……今は大事な話中だ」

 サイラスが領地の話をしていると、乱暴に扉が数度叩かれ返事を待たずに扉が開かれた。
 中に入って来たのはサイラスの侍従だ。
 息を切らし、服や髪が乱れている様子から余程慌てている事が窺える。

「も、申し訳ありません‼︎ ですが、緊急事態です‼︎」

 侍従の言葉に一気に緊張が走った。
 セドリックや隣で船を漕いでいたアルバートも目を見開き息を呑む。

「今し方、ルーク様とリズ殿を乗せた馬車の馭者が一人馬に乗り戻って来たのですが、ならず者達に襲撃を受けたと申しております‼︎」

 一瞬何を言われたのか理解が追いつかずにいた。だが直ぐに我に返るとセドリックは勢いよく立ち上がり扉の前にいる侍従を押し退け執務室を出た。
 背中越しにサイラス達が自分を呼ぶ声が聞こえて来たが、雑音にしか聞こえなかった。

 向かったのは厩で、手前から二番目の黒い馬を外に出す。この馬には何度か騎乗した経験があり相性も悪くない。

「君が馭者か」

 屋敷の門前に青い顔をして立ち尽くしている男を見つけた。声を掛けると分かり易く身体を震わせる。一人戻った事を咎められと思っているのだろう。
 正直腹が立たないと言えば嘘になるが、彼が戻り知らせを受けなければ今も執務室でただ座っていただろう。

「後ろに乗れ。案内しろ」

 馭者の乗って来た馬は馬車用故に速度は出ない。面倒だが一緒に乗せて行くのが早いだろう。

「セドリック様、彼は私が乗せます。それと、こちらを」

 後ろから馬を引いたブライス達護衛がやって来た。
 急ぎ過ぎて肝心な剣を忘れていた。
 礼を言いブライスから手渡された剣を腰にさす。
 すると更に後方にサイラスやアルバート、クラルティ家の騎士達が向かって来る姿が見えた。


 風を切り力の限り駆ける。
 少し遅れてブライス達がついてくるが、馭者の情けない悲鳴が耳についた。
 森の入り口に到達し少し速度を落としながら進んで行く。
 頭の中はリズが無事かどうかでいっぱいで、焦燥に駆られる。やはりどんな事をしても同行すべきだったと後悔ばかりだ。
 
(リズっ……無事でいてくれ)

 暫くすると見たことも無い青い池が現れた。
 馭者はここでリズ達と別れたので、どの方向へ行ったのかは分からないと言う。
 周囲を見渡すと、茂みの中に不自然に押し潰されたような痕跡を見つける。
 恐らくこの場所を掻き分けながら逃げたのだろう。
 セドリックは迷う事なく馬を進ませた。


 茂みを抜けると山道に出た。前方を見ると急な下り坂となっている。
 馬で進むか悩んでいると、左方向から人影が近付いて来た。

「ルーク‼︎」

 その時、追いついて来たサイラスが叫んだ。
 馬から飛び降りると近付いてきた人影に駆け寄る。

「公爵、リズを助けてっ、リズが殺される‼︎」

 顔を真っ赤にし息を切らすルークは、サイラスにしがみ付く。

「落ち着きなさい、何処にいる⁉︎」

「この坂の下に……」

 言葉が終わる前に、セドリックは弾かれたように駆け出した。
 先程まで急な坂故に馬で進むのを躊躇っていたが、今はそんな事を考えている余裕などない。

「セドリックっ」

「セドリック様!」

 手綱を加減して引きながら急な下り坂を下る。後ろからは同じく騎乗したままのサイラスやアルバート達が続く。背中越しに馬を操る気配と蹄の音がした。

「ルーク、確り掴まれ」

 サイラスの言葉にルークはサイラスが乗せていると分かったが、そんな事よりも今はリズの身が心配だ。

「リズっ」

 坂を半分下った辺りで彼女の姿を捉えた。
 近くの地面には護衛と思われる二人の男が倒れている。そしてその目前には襲撃したとされる男達数人が倒れおり、生き残りの男が一人立ち塞がっていた。
 
(早くっ、もっと早く‼︎)
 
 視界に捉えているのにも拘らず何も出来ない。今直ぐ彼女に駆け寄り、彼女を害する者から盾となり守りたい。
 焦燥感が増すがこれ以上速度は出せない。
 
 そんな中、彼女は足元に転がっていた護衛の物と思われる剣を拾い上げた。
 まさか、戦うつもりなのか……?
 幾ら彼女が優秀であろうと無謀だ。
 剣は男でも訓練を積まなければ振るのも容易ではない。
 だが彼女はグリップを確りと両手で握ると、迷う事なく構えた。そして地面を蹴り上げ、男へと剣を振り上げた。



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