22 / 101
二十話〜グロリオサの花〜
しおりを挟む清々しい朝だ。
部屋の窓を開けると、朝の日射しと共に爽やかな風が流れ込んでくる。
一時はどうなる事かと思ったが、どうにかリズを引き止める事が出来た。その事に安堵している。
ソロモンからリズが辞めると報告された時、思考が停止した。衝撃的な事に直面すると頭が真っ白になると聞いた事はあったが、自分とは無縁だと思っていた。
これでも皇子故に様々な経験をしてきたので、何事にも動じない自信があったのだが……どうも最近、調子がおかしい気がする。
一般的に考えれば、一介の使用人が一人辞めるだけだ。多少仕事に影響はあるだろうが何のことはない……筈だ。
いや、訂正した方がいい。彼女は特別だ。有能過ぎるので損失は大きいだろう。
だが理由はそれだけじゃない気がした。
始めは本気で一ヶ月で解雇するつもりだった。なのに気付けば受け入れていた。今は彼女のいる日常が当たり前になっていて、正直いなくなるなど考えられない。
接する機会はソロモンやミラ、他の使用人達と比べれば格段に少ないが、それでも寂しく思う。
女嫌いの自分がこんな風に思うなんて滑稽だ。わざわざ会いに行き、引き止めようとまでして、必死過ぎるだろう……。
しかもリズがあからさまに避けるものだから、セドリックは連日彼女に付き纏うはめになった。
(まさか僕が、女性を追い回すなんてね……)
乾いた笑いが出る。
まあその甲斐あって、彼女を引き止められたのだから良しとするしかない。
ただこの事は極秘にしなくてはならない。特にアルバートに知られでもしたら、揶揄わられる事は目に見えている。
更に騎士団で噂になれば、あのザッカリーが黙っている筈がない。嬉々として揶揄いにくるだろう。おまけに部下達からも何を言われるか分かったものではない。
「とにかく使用人達には口止めをして……ん? は、なんで⁉︎」
セドリックは、何となしに見た棚の上に置かれた花瓶を掴み叫び声を上げた。
「リズさん、辞職を撤回されて良かったですね」
仕事を始めようとするもショックが大きく手に付かず、セドリックは窓辺に佇む。
「そうだね……」
目の前に置かれているしおれた花のようにセドリックも肩を落とし、ジルへ生返事しか出来ない。
「そちらは、剣術大会で賜ったお花でしたね」
「うん、でももうしおれてる……」
「左様ですね。すっかり元気がございませんね」
剣術大会の優勝者には黄金のグロリオサの冠が授与され、準優勝者には生花のグロリオサが渡される。
余談だが、毎年優勝している団長の屋敷には当然冠が沢山ある。それをエントランスに飾り来訪者に見せびらかしては武勇伝を語っているのだ。そしてセドリックもまた何度も被害に遭っている……。
話は戻るが、このグロリオサの花はリズにあげようと思っていた。
毎日、執務室へ生けている花の礼だ。
まあ厳密には花を分けて貰っているのはソロモンなのが、そこはどうでもいい。
それに以前、出掛け際に花を貰った事がある。あれは完全にセドリックにくれたものだ。
なので、この名誉の証でもある花を彼女に贈ろうと思っていたのだが……しおれてしまった。
本当は大会後直ぐに渡そうと思ったが、ソロモン達もいてタイミングが掴めず、その日は断念し翌日に渡すつもりだった。
だが翌日はリズが辞職を申し出たのでそれどころではなくなり、そのまま花の存在を失念していた。
「リズにあげようと思ったのに……」
「私にですか?」
「リズ⁉︎ いつの間に……」
振り返るとそこにはリズが立っていた。ジルへ視線をやれば苦笑される。
花に気を取られ全く気づかなかった……。
「えっと、うん。ほらいつもエントランスとか色んな場所に花を飾ってくれているし、勿論執務室にもさ。毎日、そのお陰で癒されているというか。だからそのお礼であげるつもりだったんだけど、しおれちゃったから……」
動揺して自分でも何を言っているのか分からない。きっとリズは呆れているだろう。まあ彼女は有能なので顔には出さないとは思うが……。
セドリックは後ろ手に、しおれた花を隠す。
「失礼致します。これは、グロリオサのお花ですね」
「‼︎」
何を思ったか近付いて来たリズは、セドリックの背後を覗き込んだ。
予想外の事に、セドリックはそのまま固まった。
「剣術大会で賜ったものですよね」
「うん」
「そのような大切なお花を、私などが頂いても宜しいのですか?」
「それは、勿論。リズにあげたかったから……でも」
「それでしたら、遠慮なく頂戴致します」
「いや、でも、もうしおれてるから」
「構いません」
「……それなら」
「ありがとうございます」
優しい圧に負けて、花瓶から花を取り出すとリズへと差し出した。すると彼女は嬉しそうに受ける。
花は渡せたが、なんとも情けない贈り方になってしまった。本当は「来年は必ず優勝してみせるから、リズにまた応援に来て欲しい」くらい言うつもりだった……。
「そういえばセドリック様、昨夜お借りしました上着なのですが、お返しする前に洗濯の許可を頂こうと思いまして。宜しいですか?」
「失礼します、遅くなりましーー」
不意に投げられたリズの言葉にジルは目を見張り、こちらを食い入るように視線を向ける。
更にタイミングよく執務室に入ってきたソロモンにもばっちり聞かれてしまい、部屋の空気は凍りついた。
1,032
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
婚約破棄をしておけば
あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。
王子様への置き手紙
あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
私は……何も知らなかった……それだけなのに……
#Daki-Makura
ファンタジー
第2王子が獣人の婚約者へ婚約破棄を叩きつけた。
しかし、彼女の婚約者は、4歳年下の弟だった。
そう。第2王子は……何も知らなかった……知ろうとしなかっただけだった……
※ゆるい設定です。ゆるく読んでください。
※AI校正を使わせてもらっています。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる