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二十二話〜ミートパイ〜
しおりを挟む辞職を撤回すると、ソロモンやミラ達は皆喜んでくれた。
撤回した理由を聞かれる事もなく、ただ温かく迎え入れてくれた。
思えば屋敷で働き出した頃からそうだった。この屋敷の人達は、エヴェリーナのこの髪の色を見ても、褒める事はあっても好奇の目を向けてくる事もなく普通に接してくれた。西大陸から来たと知った後もそれは変わらなかった。
西大陸では東大陸の人間を下に見る傾向があったので、その違いに驚きながらも感謝した。
それから半月余り。
任して貰える仕事も増え、以前にも増して仕事に精を出していた。
『ここだけの話ですが、実はセドリック様はピーマンが苦手なんです。お食事の際、澄まし顔をされておりますが、よく見るとピーマンを口にする時、僅かに眉が動くんです』
そんな話をジルから聞いた後、タイミングよく食卓にはピーマンのソテーが出された。
ジルの話を思い出したエヴェリーナは、セドリックがピーマンを口に入れる瞬間を盗み見る。すると、確かに僅かだが眉がピクリと動いていた。
そんな経緯を踏まえ、エヴェリーナは今調理場に立っている。
苦手な物も美味しく食べて貰いたい、そんな一心で。
「それで、一体何を作るんです?」
恰幅の良い中年の男性が、興味深げにこちらへ視線を向けてくる。
彼はこの屋敷のシェフだ。そんな大所帯ではないので、基本的に彼一人で調理を任されている。
「苦手な物は、先ずは見た目から隠します。苦手な素材を見ると苦手意識が出てしまい食欲も減少傾向になりますので、それを防ぐ為にも細かく刻み見えないように隠し、少し味の濃い物と一緒にすると食べ易いかと思います。ですので、本日はミートパイを作ろうと思います」
宮殿にいた頃、好き嫌いが多かったジュリアスにどうにかバランスよく食事を摂って貰う為に、宮殿のシェフの意見を参考にして様々なレシピを考案した。
体調が優れない時は、機嫌も悪くなりいつも以上に我儘になる。そんな時は決まって「リナが作って‼︎ そうじゃなきゃ、僕なにも食べない‼︎」と騒いだ。薬も基本的にエヴェリーナが飲ませてあげないと、飲んでくれなくて本当に困った。
「リズさん、後は何を入れましょうか?」
「あ、はい、後はお肉にジャガイモ、玉ねぎにーー」
不意に思い出してしまった。
今、ジュリアスはどうしているのだろうか。
きっとメリンダとの新しい生活を楽しんでいるに違いない。色々と乗り越えなくてはならない試練はあるだろうが、それもまた彼が選んだ道だ。
(私には、もう関係ない話ですね)
今も尚、気が晴れる事はない。
ただやり切れないこの思いも少しずつ消えて、いつか昇華出来るだろうか。
きっと、ここにいれば叶うのではないかと思える。それが今は救いだ。
「お腹いっぱいでこれ以上、食べれない……」
「セドリック様、ご無理は禁物です」
「分かっているよ」
ジルから注意をされたセドリックは不満そうに口を尖らせた。
今朝の朝食に、ミートパイを出した。
朝から重いと思うかも知れないが、セドリックは今日はこれから登城し騎士団での稽古がある。身体を動かすので確りと食べなくてはもたないのだが、流石に食べ過ぎに思える。
「そうだ。また夜に食べるから残して置いて」
「セドリック様。夕食は新しい物をご用意致しますので」
「いや、このミートパイを食べる。だから、絶対に食べないでよ。僕の物だから」
エヴェリーナが作ったミートパイを、セドリックは予想以上に気に入ってくれた。彼の苦手なピーマンが入っているが、全く気にした様子はない。それは良いのだが……。
食べきれないと嘆きながら、そんな事を言い残しセドリックはそのまま出掛けて行った。
「一国の皇子とは思えない発言ですね」
肩をすくませるジルの言葉に、その場の使用人達は皆笑った。
「買い出しの前に、お城に寄りたいんですけどいいですか?」
「お城ですか?」
「はい。どうやらセドリック様が、お昼に飲まれる牛乳を忘れていかれたようでお届けしたいんです」
今日はこれから初めて街に買い出しに行く予定なのだが、一緒に行くソロモンから意外な申し出を受けた。
「牛乳ですか……?」
「はい。ここの所、毎日朝昼晩と欠かさず飲まれているので」
言われてみれば、最近セドリックは毎食牛乳を飲んでいた。そんなに牛乳が好きなのだろうか……。
エヴェリーナは、目を丸くする。
「承知致しました。あ、それでしたら、一緒に差し入れを持って行っても宜しいですか?」
「構いませんが、一体なにを?」
「ふふ、ミートパイです」
出掛ける準備を終えたエヴェリーナとソロモンは、馬車に乗り込んだ。
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