出涸らしと呼ばれた第七皇子妃は出奔して、女嫌いの年下皇子の侍女になりました

秘密 (秘翠ミツキ)

文字の大きさ
52 / 101

五十話〜身勝手な想望〜

しおりを挟む
 ローエンシュタイン帝国ーー

 エヴェリーナがいなくなってから、後一、二ヶ月で一年が経とうとしている。
 ジュリアスは彼女の帰りを待ち続けているが、一向に帰ってくる気配はない。

 たまに会いにくる兄のオースティンに訊ねても「捜索中だ」としか言われない。
 しかも最近は、社交の場に出る為に礼儀作法などを勉強しなくてはならず毎日が苦痛だ。

「嫌だ、こんなの食べたくない」

「ジュリアス様、ですがこちら作り直すのはこれで五回目です。これ以上は……」

 テーブルに出されたアップルパイに手をつける事なく皿ごと床に払った。
 食堂に皿の割れる音が響く。
 周りに控えている使用人達は無言のまま俯いていた。

「僕が嫌だって言ったら嫌なんだ! リナが作ったアップルパイが食べたい! リナが淹れたお茶が飲みたい! リナに本読んで貰って、リナに頭を撫でて貰いながら寝たい! リナに会いたい! リナを連れて来て!」

 侍女のグレッタも執事のフロイドも他の使用人達も困った顔をするばかりで全く役に立たない。
 エヴェリーナがいた時は、ジュリアスがこうしたいああしたいと言えば直ぐに叶えてくれた。
 ジュリアスの好みを誰よりも分かっていて、食べたい物、欲しい物、どんなお願い事も何でも聞いてくれる。優しく名前を呼んで微笑んでいつも側にいてくれた。それなのにーー

「どうしてリナは帰ってこないの⁉︎」

 エヴェリーナがいなくなってから二ヶ月くらいは平気だった。それはいつもみたいに領地へ行っているのだと思っていたからだ。
 だがオースティンが城に帰還してエヴェリーナがいなくなった事を説明したら、酷く動揺して取り乱した。
 何故ならエヴェリーナは領地などに行っているのではなく宮殿を出て行ったからだ。

 その時、いつも優しい兄から初めて怒られた。
 その事に驚いたが、そんな事より兄からエヴェリーナを連れ戻してもジュリアスの元へは返さないと言われた事に驚いてショックだった。

(リナは僕のリナなのに、どうして兄上は僕からリナを取り上げようとするの?)
 
 確かにエヴェリーナとは離縁してメリンダと結婚しようとしたが、それはメリンダが結婚しないと友人をやめると言ったからで仕方がなかった。
 メリンダはジュリアスにとって、生まれて初めて出来た友人なので失いたくないと思ったのだ。
 それにきっとエヴェリーナなら快諾してくれると思った。
 夫婦ではなくなるが、肩書きが変わるだけでこれからも何も変わらないと信じていた。
 何故なら昔エヴェリーナとずっと一緒にいると約束をしたから。
 だが実際は彼女はいなくなってしまった。

(僕がメリンダと仲良くしていたから、リナはやきもちを焼いたのかな。兄上も、結婚しているのに他の女の子と仲良くするのはダメだって言ってたし……)

「そうだ! リナが帰ってきたら、メリンダとは結婚もしないし友達もやめたって言えるように、メリンダにお別れを言いに行こう!」

 名案だ。エヴェリーナが帰ってきてそれを伝えれば安心もするし喜んでくれるに違いない。そうなれば、オースティンもジュリアスからエヴェリーナを取り上げるなど言わないだろう。

「ジュリアス様、皇太子殿下から宮殿からは出ないようにと仰せつかっております」

 だが学院に行こうとするとグレッタに引き止められた。
 実はオースティンが帰還してから、外出を禁止されている。なので学院にも行っていない。
 もし外出するならば、兄の許可が必要だ。だがーー

「ちょっとくらい、大丈夫だよ。グレッタやフロイド達が黙っててくれたらいいだけだし」

「しかし、ジュリアス様……」

「五月蝿いな。それより早く馬車を用意してよ」

 昔みたいに身体が弱くてベッドから起きれない訳じゃないのに、どうして外出しちゃいけないのかが分からない。
 ジュリアスは不満気にしながら馬車に乗り込むと学院へと向かった。



 学院に着くと時間はお昼を過ぎており、丁度昼休みだった。
 廊下を歩いていると視線を感じる。
 生徒達は遠巻きにしてジュリアスを見ては何やらひそひそと話し、たまに笑い声も聞こえてきた。

「っ……」
 
 学院に通い始めた頃と変わらない。
 友人が欲しくて話し掛けても皆離れていく。
 なのに、遠巻きにしてジュリアスを見ては笑う。
 苛々するが、どうしていいのか分からない。

(僕のなにがダメなんだよ)

 そんな中、メリンダだけはジュリアスを受け入れて友人になってくれた。
 だがそれも今日で終わりにする。

(いいんだ、僕はリナがいてくれたらそれでいいんだ。友達なんかいらない)

 
「メリンダ、いないな。教室にもいなかったし……」

 あれから昼休みの間、メリンダを探し回ったが結局見つからずにいた。
 だが諦められないジュリアスは、他の生徒達が午後の授業を受けている間も探し回った。
 途中教師と出会したが、挨拶をされただけで注意はされなかった。

「もしかして、メリンダ休みなのかな」

 空き教室、中庭に裏庭、図書室など探し回りふとそんな風に思った。
 早く縁を切ってスッキリしたいのに最悪だ。
 
「ジュリアス様」

 渡り廊下で立ち尽くしていると、不意に後ろから声を掛けられ振り返った。するとそこにはメリンダがいた。

「メリンダ!」

「お久しぶりです、ジュリアス様。ずっと会えなくて寂しかったです」

「兄上から外出禁止されてて、学院にも来れなくて……」

「そうだったんですね、それは大変でしたね。皇太子殿下、酷いです」

「本当だよ。それに礼儀作法とか色々と勉強するように言われててさ……じゃなくて」

 一瞬目的を忘れかけたが、我に返ったジュリアスはメリンダを真っ直ぐに見つめる。

「実は僕、メリンダに話が合って宮殿を抜け出して来たんだ」

「それってもしかして、私と結婚して下さるというお話ですか?」

「そうじゃなくて、僕、やっぱりメリンダとは結婚出来ない。だからメリンダと友達もやめる」

「そんなっ、私の何がダメでしたか?」

 瞬間ショックを受けた様子のメリンダは、瞳を潤ませた。

「リナがいなくなっちゃったんだ。だからリナに帰ってきて欲しくて……。多分リナは、メリンダと結婚するって言ったからやきもち焼いたんだと思う。メリンダと友達をやめれば、きっと帰ってきてくれる」

「……じゃあ、エヴェリーナ様とは離縁はなさらないんですか?」

「うん、リナとは離縁しない、したくない。今、兄上がリナを探してくれているから、僕は帰って来るのを待っている」

 不意に瞳を伏せ俯いたメリンダは身体を小さく震わせた。

「エヴェリーナ様は酷い方ですね。こんなにお優しいジュリアス様を悲しませるなんて。私ならそんな事はしません。ずっとジュリアス様のお側にいます。ジュリアス様を置いて出て行かれたエヴェリーナ様なんて忘れて、私と結婚して下さい……」

「メリンダ……」
 
「ジュリアス様……」

 顔を上げた彼女の瞳からは涙がこぼれ落ちた。
 その姿に可哀想になってしまう。だがーー

「僕はリナがいないと生きていけない。だからメリンダとはさよならする」


「っーー」

 メリンダの顔が怒りに歪んだように見えたが、次の瞬間にはやはり悲しみの表情を浮かべていた。恐らく気のせいだろう。
 
「分かりました。悲しいですが、仕方がありませんね。では、これだけ受け取ってくれませんか?」

 ポケットから小さな包を出すとそれをジュリアスへと差し出した。
 
「私がジュリアス様の為に作りました。餞別代わりに貰って下さい。あとーー」

 嬉々として受け取ると、メリンダはにっこりと笑った。

「では、ジュリアス様、さようなら……」
 


 

 ジュリアスはメリンダと別れ、馬車に乗り込んだ。

「良かった。これでリナが帰ってきたら、また元に戻れるよね」

 安心したらお腹が空いてきた。
 結局、朝も昼も食べていない。
 
「そうだ、さっきメリンダから貰ったクッキー食べよう。今は一人だしいいよね」

 実はメリンダからーー

『後、実はこれ特別なクッキーなんです』

『特別?』

『はい。願い事が叶うクッキーです。でも願いを叶える為には必ず一人でいる時に食べて下さい』

 そんな風に言われた。
 
「リナが早く帰ってきますように」

 包を開き一枚クッキーを摘むと口の中に入れる。

「なんか、変な味かも。でも食べ切らないと願い事が叶わなくなるかも知れないし」

 その後、どうにか三枚ほど食べ切った。
 手持ち無沙汰となり、それから暫く窓の外を眺めていたがーー

「ガハッ‼︎……ゔ、なに……苦しっ、はぁっはぁ……」

 ジュリアスは、椅子から滑り落ちる。
 踠くが身体に力が入らず、息が苦しくて声が上手く出ない。
 段々と視界がボヤけていった。

「はぁっ、ゔぅ……たす、け……りーー」

 ジュリアスの意識はそこで途絶えた。



 
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

王子様への置き手紙

あおた卵
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯

私は……何も知らなかった……それだけなのに……

#Daki-Makura
ファンタジー
第2王子が獣人の婚約者へ婚約破棄を叩きつけた。 しかし、彼女の婚約者は、4歳年下の弟だった。 そう。第2王子は……何も知らなかった……知ろうとしなかっただけだった…… ※ゆるい設定です。ゆるく読んでください。 ※AI校正を使わせてもらっています。

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

処理中です...