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六十九話〜帰着〜
しおりを挟むエヴェリーナは屋敷に戻り扉を開けると、ソロモン達が待っていた。
「ただいま戻りました」
「リズさん~‼︎ お帰りなさい!」
大袈裟に出迎えるソロモンを見て、獣耳をピンと立てて全力で尻尾を振る姿が脳裏に浮かび、まるで犬みたいだと失礼だが笑いそうになる。
「もしかしたら、もう戻って来られないと心配していたんですよ~」
今度は肩を落としながら泣きそうな顔でそんな事を言うので、再び脳裏でクゥンクゥンと切なげに鳴く姿が浮かんだ。
彼の主人はセドリックだが、忠犬の資質があると真面目に思った。
「ソロモンさん、そんな情けない声を上げてはリズさんが困ります。リズさん、お帰りなさいませ」
相変わらず感情表現が豊かなソロモンにジルが呆れたように苦笑すると、こちらへと向き直り笑みを浮かべた。
「リズさん、お帰りなさい。休暇は満喫出来たかしら?」
穏やかに微笑むミラに、エヴェリーナはどこか安心感を覚える。
「長らく休暇を頂き、ご迷惑をお掛け致しました。また本日から宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げると、いつの間にか集まって来ていた他の使用人達に次々に声を掛けられた。
「リズさん、お帰り」
「やっぱり、リズさんがいてくれると安心感があるな」
「急に華やかになりましたね!」
燥ぐ使用人達に囲まれて温かい気持ちになる。自分はまだここに居てもいいのだと感じた。
その日の夜、仕事を終え帰宅したセドリックをエヴェリーナは出迎えた。
「セドリック様、お帰りなさ」
「お帰り、リズ」
エヴェリーナが声を掛けるが、言い終える前にセドリックが口を開いた。その事に思わず目を丸くする。
そんな様子を見たソロモン達はおかしそうに笑った。
「ただいま戻りました」
何だかむず痒くて気恥ずかしさを感じ、はにかんでしまう。
するとセドリックも照れたように笑ってくれた。
屋敷に戻って来てから数日後。
エヴェリーナは、コルベール家の事後報告も兼ねて久々にセドリックとお茶をする事になった。
「改めて、お疲れ様。でもまさかリズがコルベール家の屋敷に潜入しているとは驚いたよ。まあそのお陰で侯爵等を糾弾する事になった訳だけど、随分と派手にやったね」
彼は軽く笑うと、木苺のタルトをフォークで小さく切り分け口に運ぶ。
セドリックのいう派手にとは、恐らく告発状を携え皇太子に直談判に行った事だろう。
話を聞けば、今社交界ではコルベール家の次男が告発状を手に城に乗り込んできて、自らの両親や兄を糾弾したとの話題で持ちきりらしい。
年若いのに聡明だと賞賛する声がある一方で、家族を売るとは末恐ろしいといった声もあるそうだ。
「それにしてもニコラは運が良い。リズに救われたね」
「私はほんの少しお手伝いをさせて頂いただけです。今回の事は全てニコラ様の功績です」
それに彼の試練はこれからだ。
貴族社会は甘くない。
様々な悪意に晒される事となる筈だ。
ふとあの時の真剣なニコラの眼差しを思い出す。
本当ならばある程度落ち着くまでは手を貸して上げたいのが本音ではある。
実は昨日、買い出しのついでにコルベール家の屋敷前まで行って来た。
糾弾後なにをすべきかを書いた手紙を残してきたが、心配になり気付けば足が向いていた。ただエヴェリーナが屋敷の中へ入る事はなく、直ぐに立ち去ったので結局ニコラには会っていない。
チラリとお茶を飲んでいるセドリックを盗み見る。
本来の仕事を疎かには出来ないし、セドリックにも迷惑を掛けたくない。
「なんにせよ、僕の為にありがとう」
盗み見た筈なのに目が合い一瞬目を見張るが、彼は目を細めた。
「いえ、セドリック様にお仕えする者として、当然の事をしたまでです」
主人を侮辱され、何のお咎めもないなど見過ごす訳にはいかない。
「遅くなりましたが、ブライスさんを差し向けて下さりありがとうございました。とても助かりました」
「……」
「セドリック様?」
急に黙り込んだ彼に、何か粗相があったかと少し戸惑う。
この数日は事後処理などで忙しくしていたセドリックは、毎日登城し屋敷に戻って来るのは夜で、その後も執務室に篭り夜遅くまで書類を片付けていた。故にまだお礼を伝える事が出来ていなかったが、やはり遅過ぎただろうか。
「ごめん」
先程までの笑みは消え、セドリックは眉根を寄せ唇をキツく結んだ。
「君を危険な目に合わせてしまった」
どうやら、お礼云々ではないようだ。
セドリックの言動から、やるせないような、何処か怒りを孕んだ感情が伝わってくる。
「もしブライスが間に合っていなかったらと考えると、今でも背筋が凍るよ。あの時一緒にいた団員達には厳罰を与えたから、城に二度と足を踏み入れる事はない。地方へ行かせる」
あの時、一歩間違えれば死んでいた可能性もある。だがそれはエヴェリーナ自身の責任だ。
確かに彼等の騎士としての振る舞いは褒められたものではなかったが、結果的には実害は出ていない。更に言えば、仮に実害があったとしても平民の娘が被害に遭っただけに過ぎない。
普通ならば、始末書や謹慎程度で済む事案だ。
それなのにも拘らず、セドリックは彼等を城から追放したと言う。
これはどの国でも言える事だが、城に常駐している騎士と城外の騎士とでは地位が同じでも、実際は格差がある。分かり易く言えば待遇だ。それは給金だったり手当だったり、周囲の認識もまるで違ってくる。
城に常駐している騎士は選ばれた者達であり、一度城に上がる事が出来れば将来は安泰だと言われている。
選ばれた者とは、所謂強者の他に身分も関係がある。簡単に言えば、それなりの身分の人間からの口利きだ。
ただソロモンのような例外もある。
彼の場合、単に運が良かっただけかも知れない。上官に気に入られれば、運よく推薦をして貰える。ただ結局、周囲についていけずに辞めてしまったみたいだが。
話は戻るが、それ故に城の騎士を地方へ異動する事はほぼないと言っていいだろう。
但し、これはあくまで西大陸の国々の話であり、東大陸延いてはルヴェリエ帝国が実際どのような体制をとっているかは定かではないが……。
「セドリック様、必要以上の処罰は周囲への不信感に繋がります。直ぐにでも撤回されて、適切な処遇をーー」
「リズがなんと言おうと、処罰を変えるつもりはない」
いつもより低い彼の声が部屋に響いた。その事に口を噤むしかない。
そんな中、不意にセドリックは席を立つと、エヴェリーナに側に来て隣に立った。彼はそのままこちらを見下ろす。
意図が分からず困惑していると、以前セドリックから預かったネックレスを見せるように言われる。
エヴェリーナは指示通り衣服の下に身に付けていたそれを見えるようにすると、不意に彼の手が伸ばされてきた。
「セドリック様、あの……っ」
「言っただろう。君に害を及ぼすなら、それは僕へあだなす事と同義だと」
男性用のネックレスはエヴェリーナには少し大きく余裕がある。
セドリックはエヴェリーナに触れないように器用にネックレスの中心を指で摘むと軽く持ち上げた。そして指で感触を楽しむようにネックレスを弄る。
「ねぇリズ、僕は有言実行するタイプなんだ。覚えておいて」
徐に顔を近付けると、耳元でそう言って笑った。
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