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これが最後
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※現代設定です
白い教会の鐘が鳴る。
私は純白のウェディングドレスに身を包み、ヴァージンロードをゆっくりと歩いていた。
真紅の絨毯の奥で私を待ち、迎えてくれるのは恋愛ノベルゲームの悪役、ノワール・クワイエット。
彼はヒロイン一筋。でも決して報われない破滅の運命を持つ悪役だ。
私は彼を破滅の道から救いたい一心でなにかと世話を焼き、声をかけ慰め、仕事の手助けをしてきた。
その甲斐あってか悪役ルートを回避した彼は99回目の人生でやっと、私と結婚してくれると言った。
――長かった。
「おめでとう、レイナさん」
参列者の一番前にヒロインが立ち、声をかけてきた。
ヒロインは既にメインヒーローと婚約済みで、私とノワールの共通の友人として揃って参列している。
『深度99%。もうすぐ解放されますね。お疲れ様でした』
ゲームのナレーションボイスが頭の中に響く。
この声とも長い付き合いだった。最初の頃は本当にただのナレーションだったけど、年数がかさむにつれAIが進化するみたいに声も進化してきて、今ではこうして労いの声をかけてくるようにまでなった。
ナレーションいわく、ゲームの世界に迷い込んでしまった私がこの無限ループから解放されるには、いちど攻略しないといけないらしい。
攻略とはつまり、この世界の人とゴールイン――結婚すること。
私は元々ノワールが好きだったし、彼を辛い人生から救い出したくてずっと彼一筋だったけど……ヒロインでもなんでもない私が攻略するのは相当無理があるみたいで、全然うまくいかなかった。
でも、99回目。
幾多の困難を乗り越えて、やっと、やっとここまでたどり着いた。
「ありがとう」
私はヒロインのジュディに微笑みかけ、前に目を向ける。
するとこちらに顔を向けているノワールの目が私を見ていないことに気付いた。
(……まさか)
感情の浮かばない、でも確かに熱のこもった黒い瞳。
私、あんな目で見られたことなんて一度もない。
彼の視線の先に誰がいるかなんて、振り向かなくても分かった。
ジュディ。
まさか、私と結婚する直前になってもなおジュディを……?
不安に思った瞬間、ドンと音がして地面が大きく揺れた。
「――地震だ!」
誰かが叫んだ。
揺れはすぐにはおさまらず、一瞬にして悲鳴のるつぼと化した教会で「危ない!」と叫んだノワールが飛び出す。
彼は一寸の迷いもなく真っ直ぐにジュディの元へ走り、かばうようにして抱きしめた。
それを見ていた私を大きな影が覆い、視界がふっと暗くなる。
見上げる間もなく祭壇の両脇に鎮座していた巨大な天の使いの石像が頭上に倒れ込んできて――ゴッという鈍い音と共に、私は床に叩き付けられた。
(ノワール……?)
激痛なのに声が出ない。指先ひとつ動かせない。
真紅の絨毯に生ぬるい血が広がっていく。
地震が徐々におさまる中、私は血で染まった石像の羽の隙間からノワールを見ていた。
彼はしっかりとジュディを抱きしめ、揺れが完全におさまってからおそるおそる彼女の顔を覗き込む。
がくがく震える彼女の無事を確認し、ホッとしたような表情を浮かべて。
胸にすがりついて泣き出すジュディをまるで繊細な宝物みたいに、大事そうに抱きしめた。
私が血を失いすぎて目が見えなくなるまで、彼は一度もこちらの方なんて見なかった。
『深度10%、再起不能。……攻略失敗です。やり直しますか?』
――ああ、まただ。
また、失敗してしまった。
真っ暗で寒い空間で私はしばらく立ち尽くした。
99回。
こんなに挑戦し続けても、やっぱり駄目だった。
私は攻略を始めて以降何度も何度もなにかしらの原因で死を迎えては、やり直してきた。
ある時はノワールの代わりに毒を飲んで。
またある時は雪の中一晩中意識の無い彼の体を守って。
そのたびに時間が戻って、ならばいっそ、と「ジュディは諦めた方が良い」とはっきり口にして激高した彼に絞め殺されたことすらある。
そして今回は――最後の最後、結婚式で。
あと少しだったのに。
そう思ったけれど、彼が身を呈してかばったのは結局ジュディだったことと、気を失う直前の、熱っぽさの隠し切れない彼の瞳を思い出してふっと笑った。
彼の愛が私に向くことはないのだ。
彼は私を愛さない。絶対に、何をしても。永遠に。
あの心は全てヒロインだけのもの。
長い長い時間を費やしてようやく手に入れたのは、決して動く事のないその真実だけだった。
『やり直しますか?』
ナレーションが再びたずねてきた時、レイナは静かに首を横に振った。
(もう、いい)
『では……終了しますか?』
そう聞かれた時、ふと思った。
終了、それは消滅を意味する。最初の攻略失敗の時にナレーションからそう聞いた。
私はもうどこにも帰る場所はなくて、ループから解放されるにはこのゲームをクリアするか、クリアを諦めて消滅するかのどちらかしかないらしい。
クリアはもう諦めるけど……でも私は、この世界に迷い込んでからノワールのことだけを考えて、楽しむことを少しもしてこなかった。
美味しいものがあれば全て彼に渡したし、仕事で得たお金も全て彼の事業を助けるために使った。だって元々なにも持っていなかった彼が最初に悪事で手を汚すのは怪我をしたお母さんの治療費を払うためで、それ以降開き直ったみたいにあらゆる汚れ仕事に手を突っ込むようになるのだから。
私は彼がお金がない状況になることを恐れていた。全て彼のために使ったのはそのためだ。彼が破滅するのは結局のところ自分の行いのせいなので、悪事に手を染めなければその運命から逃れられるんじゃないかと思っていた。
結果、悪事には手を染めずに済んだけれど、それだけ。
私は愛を得られず、こうしてループから抜け出すことが叶わずにいる。
……いや、それはもういい。話が逸れてしまった。
つまり私はずっとノワールのことでいっぱいで、この世界を少しも見てこなかった。
最後に一度だけ美味しいものを食べて美しい景色を見て、自分の欲しいものを買ってみたい。
一度だけ、自分のために生きてみたいのだ。
そうしたらもう思い残すことなんて何一つない。
『終了しますか?』
ナレーションが再びたずねてきた。
私は顔を上げ、はっきりと伝えた。
(……やり直すわ。あと一回だけ。これが最後よ)
『了承しました』
ナレーションは続けた。
『では、これまで貯めたポイントを全て使い切りますか?』
ポイントとはノベルゲームの分岐シナリオを見た時に付与されるもので、さまざまなアイテムと交換できる。
ラストエリクサー症候群の私はこれまでほとんど交換せず、ずっとポイントを貯め込んできた。
最後なら全部使ってしまおう。
私は頷き、ポイントの大部分をお金に換えて端数は適当に細々したものと交換した。
孫の代まで遊んで暮らしてもまだお釣りがくるような金額になった。
でも、心は少しも満たされなかった。
(……いいわ。私の人生、これから少しでも取り戻してみせる)
白い教会の鐘が鳴る。
私は純白のウェディングドレスに身を包み、ヴァージンロードをゆっくりと歩いていた。
真紅の絨毯の奥で私を待ち、迎えてくれるのは恋愛ノベルゲームの悪役、ノワール・クワイエット。
彼はヒロイン一筋。でも決して報われない破滅の運命を持つ悪役だ。
私は彼を破滅の道から救いたい一心でなにかと世話を焼き、声をかけ慰め、仕事の手助けをしてきた。
その甲斐あってか悪役ルートを回避した彼は99回目の人生でやっと、私と結婚してくれると言った。
――長かった。
「おめでとう、レイナさん」
参列者の一番前にヒロインが立ち、声をかけてきた。
ヒロインは既にメインヒーローと婚約済みで、私とノワールの共通の友人として揃って参列している。
『深度99%。もうすぐ解放されますね。お疲れ様でした』
ゲームのナレーションボイスが頭の中に響く。
この声とも長い付き合いだった。最初の頃は本当にただのナレーションだったけど、年数がかさむにつれAIが進化するみたいに声も進化してきて、今ではこうして労いの声をかけてくるようにまでなった。
ナレーションいわく、ゲームの世界に迷い込んでしまった私がこの無限ループから解放されるには、いちど攻略しないといけないらしい。
攻略とはつまり、この世界の人とゴールイン――結婚すること。
私は元々ノワールが好きだったし、彼を辛い人生から救い出したくてずっと彼一筋だったけど……ヒロインでもなんでもない私が攻略するのは相当無理があるみたいで、全然うまくいかなかった。
でも、99回目。
幾多の困難を乗り越えて、やっと、やっとここまでたどり着いた。
「ありがとう」
私はヒロインのジュディに微笑みかけ、前に目を向ける。
するとこちらに顔を向けているノワールの目が私を見ていないことに気付いた。
(……まさか)
感情の浮かばない、でも確かに熱のこもった黒い瞳。
私、あんな目で見られたことなんて一度もない。
彼の視線の先に誰がいるかなんて、振り向かなくても分かった。
ジュディ。
まさか、私と結婚する直前になってもなおジュディを……?
不安に思った瞬間、ドンと音がして地面が大きく揺れた。
「――地震だ!」
誰かが叫んだ。
揺れはすぐにはおさまらず、一瞬にして悲鳴のるつぼと化した教会で「危ない!」と叫んだノワールが飛び出す。
彼は一寸の迷いもなく真っ直ぐにジュディの元へ走り、かばうようにして抱きしめた。
それを見ていた私を大きな影が覆い、視界がふっと暗くなる。
見上げる間もなく祭壇の両脇に鎮座していた巨大な天の使いの石像が頭上に倒れ込んできて――ゴッという鈍い音と共に、私は床に叩き付けられた。
(ノワール……?)
激痛なのに声が出ない。指先ひとつ動かせない。
真紅の絨毯に生ぬるい血が広がっていく。
地震が徐々におさまる中、私は血で染まった石像の羽の隙間からノワールを見ていた。
彼はしっかりとジュディを抱きしめ、揺れが完全におさまってからおそるおそる彼女の顔を覗き込む。
がくがく震える彼女の無事を確認し、ホッとしたような表情を浮かべて。
胸にすがりついて泣き出すジュディをまるで繊細な宝物みたいに、大事そうに抱きしめた。
私が血を失いすぎて目が見えなくなるまで、彼は一度もこちらの方なんて見なかった。
『深度10%、再起不能。……攻略失敗です。やり直しますか?』
――ああ、まただ。
また、失敗してしまった。
真っ暗で寒い空間で私はしばらく立ち尽くした。
99回。
こんなに挑戦し続けても、やっぱり駄目だった。
私は攻略を始めて以降何度も何度もなにかしらの原因で死を迎えては、やり直してきた。
ある時はノワールの代わりに毒を飲んで。
またある時は雪の中一晩中意識の無い彼の体を守って。
そのたびに時間が戻って、ならばいっそ、と「ジュディは諦めた方が良い」とはっきり口にして激高した彼に絞め殺されたことすらある。
そして今回は――最後の最後、結婚式で。
あと少しだったのに。
そう思ったけれど、彼が身を呈してかばったのは結局ジュディだったことと、気を失う直前の、熱っぽさの隠し切れない彼の瞳を思い出してふっと笑った。
彼の愛が私に向くことはないのだ。
彼は私を愛さない。絶対に、何をしても。永遠に。
あの心は全てヒロインだけのもの。
長い長い時間を費やしてようやく手に入れたのは、決して動く事のないその真実だけだった。
『やり直しますか?』
ナレーションが再びたずねてきた時、レイナは静かに首を横に振った。
(もう、いい)
『では……終了しますか?』
そう聞かれた時、ふと思った。
終了、それは消滅を意味する。最初の攻略失敗の時にナレーションからそう聞いた。
私はもうどこにも帰る場所はなくて、ループから解放されるにはこのゲームをクリアするか、クリアを諦めて消滅するかのどちらかしかないらしい。
クリアはもう諦めるけど……でも私は、この世界に迷い込んでからノワールのことだけを考えて、楽しむことを少しもしてこなかった。
美味しいものがあれば全て彼に渡したし、仕事で得たお金も全て彼の事業を助けるために使った。だって元々なにも持っていなかった彼が最初に悪事で手を汚すのは怪我をしたお母さんの治療費を払うためで、それ以降開き直ったみたいにあらゆる汚れ仕事に手を突っ込むようになるのだから。
私は彼がお金がない状況になることを恐れていた。全て彼のために使ったのはそのためだ。彼が破滅するのは結局のところ自分の行いのせいなので、悪事に手を染めなければその運命から逃れられるんじゃないかと思っていた。
結果、悪事には手を染めずに済んだけれど、それだけ。
私は愛を得られず、こうしてループから抜け出すことが叶わずにいる。
……いや、それはもういい。話が逸れてしまった。
つまり私はずっとノワールのことでいっぱいで、この世界を少しも見てこなかった。
最後に一度だけ美味しいものを食べて美しい景色を見て、自分の欲しいものを買ってみたい。
一度だけ、自分のために生きてみたいのだ。
そうしたらもう思い残すことなんて何一つない。
『終了しますか?』
ナレーションが再びたずねてきた。
私は顔を上げ、はっきりと伝えた。
(……やり直すわ。あと一回だけ。これが最後よ)
『了承しました』
ナレーションは続けた。
『では、これまで貯めたポイントを全て使い切りますか?』
ポイントとはノベルゲームの分岐シナリオを見た時に付与されるもので、さまざまなアイテムと交換できる。
ラストエリクサー症候群の私はこれまでほとんど交換せず、ずっとポイントを貯め込んできた。
最後なら全部使ってしまおう。
私は頷き、ポイントの大部分をお金に換えて端数は適当に細々したものと交換した。
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