攻略失敗99回目。もう諦めました。

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ハッピーバースデー

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 はっと気付くと私はノワールの前に跪かされ、まわりを彼の友達に取り囲まれ責め立てられているところだった。

「なぁレイナ。このパーティーの準備を任されていたのはお前だよな? なんで床がこんなにツルツル滑るようになってる?」

「給仕を転ばせてケーキを台無しにしたかったんだろ? 見ろ、願いが叶ったぞ。ケーキは床にひっくり返ってメッセージプレートまでグチャグチャだ。これで満足か?」

 見ると、確かに白の大理石の床には大きなケーキが逆さまになって落ちていて、もう食べられる状態ではなかった。
 その横にはメインヒーローに肩を抱かれてしくしく泣いているジュディがいる。

「ノワールがジュディばっかり構うから嫉妬してこんなくだらない仕掛けをしたんだろ! そんな事したってノワールの気持ちがお前に向く事はないんだぞ!」

「謝れ! ジュディに謝罪しろ!」
 
 ――ああ、思い出した。この時か。
 これはクワイエット家所有のホテルで開かれたジュディの誕生日パーティー。
 当時の自分は必死になってノワールを追いかけ回していたから、地雷だらけのパーティーと知りつつノワールのためにと事前の準備を引き受けてあちこち駆け回っていた。
 98回目でも同じように事前準備をさせられていたのだけど、その時は「床がくすんでいる。お前は会場がこんな古臭い状態のままパーティーを開いてジュディを笑いものにしたかったのか?」と責められた。
 99回目では少しの失敗も許されないと思って、一目で綺麗だと分かるように床が鏡みたいになるまでよーく磨かなくちゃ、と、会場が使えるようになる前日の夜から朝までかけて一睡もせずにしっかりと磨き上げたのだ。
 私も今日、誕生日なのに――。

 どうやらこのケーキがひっくり返った時、給仕が誰かに足を引っかけられたのを見ていたのは私以外にいない様子。誰もが「レイナが床をツルツルにしたせいだ」と完全に思い込んでいる。
 長年このホールで仕事をしてきた給仕が、床のくすみを取ったくらいで足を滑らせる訳がないと思うのだけど……彼はノワールの友人によって既に外へ追い出されていて姿が見えない。
 ここにレイナの味方はいない。
 
 そっと目線を上げると、目の前に座るノワールは脚を組み、顔はやや俯きがちで私を見ているようでいて、実際はじっとジュディを見ていた。その瞳は闇深く、真っ黒だ。
 相当機嫌が悪い……。
 機嫌が悪いのはジュディが泣いていることだけじゃなく、その肩を抱いて慰めているのが自分じゃなくメインヒーローだからというのもあるのだろう。
 こんな時、前回までの自分はノワールのそばにいられるかどうかばかり気にして「わざとじゃない」「私はやってない」と保身にばかり走っていた。
 でも、今なら分かる。本当にバカな女だ。相手にされる訳ない。
 同じような事ばかり続きすぎて意固地になっていたのもあるかもしれないが、視野が狭すぎた。

 私は無言で立ち上がってノワールに背を向け、ジュディに向かって歩き出した。
 すると罵声が止み、こちらに気付いたヒーローがジュディを背後に隠しサッと私の前に立ち塞がる。

「……なんの用だ?」

 警戒丸出しの顔で睨みつけてきた。
 私はそれ以上近付かず、両手を揃えて深々と頭を下げた。

「ごめんなさい、ジュディさん。これは確かに私の落ち度です。少し待っていてくれませんか? すぐに代わりのケーキを用意して参ります」
 
 シン……と静まり返った。
 誰も私がこんなふうに謝るとは思っていなかったのだろう。
 またいつものように「私はやってない」と言い訳ばかり並べ立てると思っていたのだろうが、私からしても確かにバースデーケーキがひっくり返るのは泣いて当然の災難だと思う。
 だから謝る。私に本当に悪意があったかどうかなんて、私にとってもこの場にいる誰にとっても、全く関係のないことだ。

「わ……わたしは……」

 ジュディが何か言おうとした時、背後の奴らがまた騒ぎ出した。

「お前なんかに代わりが用意できるか! あれは俺とダリルとノワールが何日も前から相談してデザインを決めて、一流のパティシエに作らせた特注だぞ! 貧乏なお前じゃ材料すら揃えられない!」
 
「もし準備できたとしてもお前みたいな卑怯者が用意したケーキなんて何が入ってるか分かったもんじゃない! 余計な事をするな!」

 罵倒を受けながら私はだんまりを決め込むノワールに目をやった。
 彼は相変わらず感情の読めない目をしてジュディのいる方向を見ている。
 ……彼の言葉を待っていても意味がない。勝手にやろう。

「材料の件はご心配なく。でも……確かに私が準備したものなんて、気持ち悪くて食べられないかもしれませんね。ここにいる方々はみんな、私を意地汚い女だと心の底から思っているようですから」

 するとジュディを守るヒーローの眉がぴくりと動いた。
 訝しげな顔をする彼を無視して続ける。

「約束します。私は出資だけして、製作はこのクワイエットホテルのパティシエにお任せします。指一本触れませんし、傍に近付くこともしません。それでいいですか?」
 
 誰も何も言わないのを確認して私は厨房の方へと足を向けた。
 彼らが納得しようとしまいと、私はパーティーの体裁だけでも整える必要があるのだ。食べるかどうかは彼らに任せる。
 関係ないと言って逃げ出す選択肢は私の中にはないのだ。
 だってジュディの誕生日パーティーの幹事は、どういった経緯にせよかつての私自身が引き受けたこと。
 私はかつての私のために、どうしてもこのパーティーを無事に終わらせないといけなかった。

「すみません、コナーさん。オーダーのケーキがひっくり返ってしまいました。今すぐ作って頂けませんか?」
 
 クワイエットホテルのパティシエであるコナーさんは、ようやく落ち着いたところに飛び込んできた依頼に目を丸くした。

「今から!?」

「ごめんなさい。アシスタントの皆様にもご協力をお願いします。余分にかかった材料費と残業代、それから依頼料は、しっかりお支払いさせて頂きますから」

 するとコナーと彼のアシスタント達はふぅとため息をつき、苦笑いと共に頷いた。
 
「まぁ……いいよ。レイナのお願いとあっちゃ断る訳にはいかない」

「ありがとうございます!」

 これまでノワールの下っ端として、クワイエットホテルで行われる色々なイベントを手伝ってきた私には厨房のみんなとの信頼関係があった。
 引き受けてくれたのはそのおかげだろう。
 お礼を言ったあと、皆がせっかく作ってくれたケーキを台無しにしてしまった事の謝罪をすると「そんなのは年に何回もある事だ。気にするな」と一笑に付した。

「そうなんですか?」

「ああ。パーティーってのは金持ち達が色んな駆け引きを行う場所だろう? 食べ物はその道具だ。ひっくり返される事くらい当然ある。作っている俺達にとっちゃあ侮辱そのもので作り直しなんて普段は絶対しないんだが……レイナはあいつらと違って厨房で働くことを卑しい身分の者がする事だなんて思ってないって、俺達はちゃんと知ってる。だから、やってやるよ。安心しな」

「コナーさん……」

「あんた、昨日の夜からずっと一人で床を磨いてたろ。……大変だったな」

 その言葉にふっと涙腺が緩んでしまった。
 誰も見てないと思っていた。
 私のことなんて、誰も。

 そっと涙を拭うと、コナーはアシスタント達に向かって大きな声を張り上げた。

「さっきのやつより立派なケーキにするぞ!! 名前ばっかり立派な一流パティシエ様に俺達は負けてねえって証明してやれ!!」

「はい!!!」

 彼らの仕事は早かった。
 見事な連携プレーであっというまに生地を仕込みオーブンに入れ、焼き上がりを待つ間に飾り付けの準備を手際よく進める。
 レイナはただ見ているだけなのが申し訳なくなって、せめて洗い物だけでも手伝おうと厨房に足を踏み入れた。
 その時、背後から腕を掴まれてぐっと引き戻されてしまった。
 
「……何をしようとしている?」

 ヒーローの声だ。
 毎回ジュディと婚約し、今回も本命だと皆が噂する金髪イケメン。
 名門フィラー家の長男で、悪役として覚醒したロワールのなりふり構わないジュディ争奪戦からも見事に彼女を守り切る実力の持ち主だ。
 そよ風が吹くだけで倒れる弱くて儚いふわふわジュディのそばにいるのは並大抵の忍耐力じゃできないと思うけど、彼女を守ることできっと男のプライド的なものが満たされるのだろう。よく知らんけど。
 か弱いだけでなくモテるがゆえのトラブルもよく引き寄せるヒロイン体質のジュディは、同世代の女の子達に警戒されていて女友達がいない。
 私も特に仲良くしたくはないのだけど、ノワールが彼女に執着するから自然と私も近くをうろつくしかなくて、本人からはしっかり友達認定されている。そして彼女が転んだり怪我をするたびに囲いの男達から罪を着せられる役回りを背負っていた。
 
 で、このヒーローくん。
 さっきまで会場でジュディを抱きしめていたと思ったのだけど、どうやら私がまた何かしでかさないか見張りに来たらしい。
 さすが本命。抜け目がない。
 
「……洗い物、しようと思って」

 レイナがそう言うと、彼――ダリルは厨房の奥に目をやり「……ふぅん」と鼻を鳴らして手を離した。
 パティシエ達が作業しているスペースは奥の方にあり、洗い場は廊下のすぐ近く、一番手前。
 両者の間にはそこそこ距離があり、何か仕掛けようとしても難しいと分かったのだろう。
 レイナは腕をさすりながらダリルから距離を取り、洗い場の前に立った。

「本気でやるのか?」

「何よ。私がコナーさん達に無茶を言ってお願いしたの。少し手伝うくらい、何もおかしな話じゃないでしょう?」
 
 そう言ってためらいなく食品の汚れが浮いた水の中に手を突っ込み、皿洗いを始めた。
 その様子をダリルは目を丸くして見つめる。
 
 ――レイナ。
 彼女は俺達の中にいると貧しいと言われても仕方ない家の娘だが、一般的に見れば普通にお嬢様として扱われるべき存在だ。
 その娘が自らホテルの厨房で皿洗いを……?
 
 レイナはゲームのシステムとして都合を良くするためか、この世界に来た時には既に『没落した名家・ハリス家の最後の令嬢』といった設定がくっついていた。
 肉親はいない。ハリス家のただ一人の生き残り。
 富豪ばかりの登場人物達と全く接触できないほどではない。でも対等ではない。そんな設定。
 
 お嬢様が水仕事をするなどダリルの常識からすれば考えられないことだったが、そうか、彼女の家の経済事情はそこまで悪いのか……と納得して、彼は厨房に入った。
 そしてレイナの隣に立ち、腕まくりをし、信じられないことにレイナ同様洗い場の水にためらいなく手を突っ込んだ。
 
「な、何してるの!?」

 自分の見ているものが信じられないレイナは思わず手を止め、声を上げた。
 ダリルは水面に目を落としたまま淡々と答える。
 
「待ってるのは暇だから」

「あ、そう……」

 お坊ちゃんの気まぐれか、それともジュディのために何かできないかと考えてのことか。
 ヒーロー様の考えていることはよく分からない、と、レイナはそれ以上言うのをやめた。
 2人の間に会話はなく、黙々と洗い物を片付けていく。

「……ねえ、スーツが濡れちゃってるよ。もうやめたら」

 気まずさに耐えかねてレイナがそう口にすると、ダリルはチラッとレイナに目をやり「君のドレスも相当だ」と返してきた。確かに、水どころか床に跪かされたせいでひっくり返ったケーキから飛び散った生クリームがあちこちに付いてしまっている。

「私はいいのよ……。誰も気にしないんだから」

 自虐に聞こえるかもしれないが、これは誇張なき事実だ。
 事実を述べただけのつもりでいたレイナは、ダリルの表情が少し曇ったことに気付いていなかった。

「……そんなことはないだろう。少なくともノワールは気にする」

「いいえ」

 レイナははっきりと言った。

「しないわ」

「……そうか」

 ダリルはそれ以上何も言わなかった。


 
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