4 / 19
プレゼント
しおりを挟む戸惑っていると、囲いの男の一人――カルバンが前に出てきて、見下すような笑みを浮かべながら言った。
「ロワールはこんな事もあろうかと予備のケーキも注文していたんだ。お前に台無しにされても大丈夫なようにな。つまり、お前の企みは無駄だったってワケ。残念だったな」
ロワールの方を見ると、彼は冷たい視線をこっちに向けてすぐに逸らした。
呆然とするレイナの横に、申し訳なさそうな顔をしたジュディが近寄ってきて「ごめんなさい、レイナさん……。わたし、レイナさんにもすぐに教えてあげるべきだって言ったんだけど……ロワールが黙っておけって言うから……」と言った。
ああ、そう。
つまりロワールは、最初から私を信じていなかったってことね。
急いで作り直す必要はなかったというのに、それを隠して責め立てて、私が皿洗いをしている最中にみんなでケーキのお祝いを済ませて――。
ワゴンに載った豪華なケーキの上で、ちろちろ燃えるキャンドルが溶けて流れ落ちる。
悲しくはない。ただ、コナー達に無駄な仕事をさせてしまったことを心の底から申し訳なく思った。
うつむき、ケーキに目を落とすレイナ。それを見下ろし満足げな表情になったカルバンは彼女の隣にいるダリルに目を向け、腕を掴んだ。
「おまえ、いないと思ったらこの女と一緒だったのかよ。全然戻ってこないから先にケーキ分けちゃったぜ。ほら、こっちに来いよ。ジュディがお前の分のケーキを取っておいてくれてるんだぞ」
「あ、ああ……。しかし」
彼も予備ケーキの存在を知らなかったのだろう。戸惑いながらもジュディからケーキを受け取り「レイナが用意したケーキはどうするんだ」と言った。
「はっ! そんな何が入ってるか分からないモン誰が食うかよ! 放っとけ! 勝手に用意して勝手に持ってきたんだ、自分で処理させろ!」
何か言いかけたダリルだったが、ジュディが優しく柔らかな笑みでケーキをフォークに載せて口元に運んでくるのを見て、条件反射みたいにそれを受け入れた。
もぐもぐしながら複雑そうな顔でチラッとレイナに視線を向ける。
ケーキが安全なのはこの中にいる誰よりも自分が知っている。最初から最後までずっと見ていたから、彼女が妙な小細工をする隙なんてなかった。
「……いや、あのケーキは」
「はいはい、もういいって! それより、プレゼントの時間だ。時間が押してたけど、みんなお前が戻るのを待ってた。すぐに始めよう」
カルバンはそう言って隅に控えていた使用人達に合図し、用意していたギフトボックスを持ってこさせた。
他の人達も動き始め、それぞれが持ち込んだジュディへのプレゼントが彼女の元へ続々と運ばれていく。
「ジュディ、お誕生日おめでとう。これは地中海の別荘の鍵と権利書だ。君のために買い取った。旅行に行った時にでも自由に使ってくれ」
「俺からは馬を。皇帝ナポレオンの愛馬マレンゴの血を引く名馬だ。君にこそふさわしい。これは血統書」
「俺は最高ランクのダイヤモンドを使ったパリュールだ。君に似合うものを半年かけて探し出した」
その他にもロールスロイスの鍵や不動産の権利書、世界的有名デザイナーに特注で作らせた一点もののバッグなどが差し出される。
世界中の富を集めたかのような豪華なプレゼントが、ホテルクワイエットのホールの片隅に次々と無造作に積み上げられていく。
「わぁ、ありがとう。みんな、すごいね! 今年もこんなにたくさん贈り物をしてくれて……どうしよう、わたし、お返ししきれないよ……」
「お返しなんていいさ。みんな、君が喜ぶ顔が見たくてやってるんだ。その笑顔が一番のお返しだよ」
ジュディは頬を赤らめ、小さく縮こまってダリルの背後に隠れた。
その照れた仕草がよりいっそう愛らしくて、みんなの顔に微笑みが浮かぶ。
「うぅ……どうしてわたしなんかの笑顔がお返しになるのよぉ。ね、ダリル。あなたもみんなに何か言ってやってよ……」
レイナはホールの入り口で孤独にぽつんと佇み、その様子を眺めていた。
私も誕生日なんだけどな……。
みんなそれを知っているし、ロワールだって同じだけど彼は一度も祝ってくれたことがない。
毎年こうして贅を尽くしたパーティーとプレゼントを開き、全ての愛情を惜しみなくジュディだけに注いでいる。
今年の彼のプレゼントは一等地の豪邸だったけど、レイナはそれが彼女の物置兼クローゼットとしてしか使われないことをよく知っていた。
囲いの男達から毎年不動産を贈られるジュディにとっては、一等地の豪邸といえど立地の良いウォークインクローゼット程度の価値しかない。
それでも彼は喜んでプレゼントをした。彼女を愛する男の一人として、その他大勢の男達と共に。
レイナはフラフラと椅子に腰かけ、誰からも見向きもされなかったケーキに目を向けた。
コナー達が一生懸命作ってくれたケーキ。吹き消されることのなかったキャンドルは、もうすぐ燃え尽きる。
無駄にする訳にはいかない。
決心したレイナはバースデーケーキをナイフで切り分けて小皿に載せ、一口で食べた。
上質な生クリームはコクがありつつ甘みがサッパリしていて、とっても食べやすいし美味しい。
無言でもう一切れ取って、こんどは二口で食べる。
全部食べ切って帰ろう。
これが私のバースデーケーキってことで。
真ん中に置かれた『ジュディ、ハッピーバースデー!』と書かれたプレートはそっと外して別の小皿に置いた。
ホールの中心では相変わらずプレゼント開封の儀が続いている。
レイナは知っていた。
今夜のパーティーでヒーローのダリルはジュディにプロポーズするのだ。
つまり今年の彼のプレゼントは婚約指輪。
指輪そのものの価値は他の男達のプレゼントと比べれば多少霞むかもしれないけど、それが本当に意味するものは彼の家――ガーネット財閥の跡継ぎ、その正妻の椅子である。
この国では既に貴族制度は廃止されているものの、その影響は未だ根強く、名家と呼ばれる家は大体旧貴族。
財閥はその残滓の際たるもので、旧貴族にして有数の財閥・ガーネット家のお嫁さんは、国内全ての女の子の憧れであり、正真正銘のプリンセスと言えた。
これからプロポーズするのね……。
人の輪の中心でジュディを腕にぶら下げうつむくダリルを、レイナは冷たい目で見つめた。
覚えている。彼のプロポーズを受けたジュディは涙を浮かべて喜び、その場で婚約が成立するのだ。
囲いの男達はみんなこの二人が両想いなのを知っていたので、拍手したり口笛を吹いたりしてジュディの恋の成就を喜び、囃し立てる。
ただロワールだけは暗く沈んだ顔で黙り込み、シャンパンをがぶ飲みして、酔い潰れて運び込まれたホテルの一室でレイナに結婚を申し込んだ。
明らかにヒーローとヒロインへの当てつけだった。レイナは最後までジュディの身代わりにしかなれなかったが、あの時はそれでもいいと思っていた。
時間をかけてでもジュディへの想いを断ち切り、いつか自分と向き合ってくれればそれでいいと――。
でも、もういい。
死んで分かった。彼は絶対にレイナなんて好きにならない。
このあとロワールはヤケ飲みして酔い潰れるだろうが、もう部屋に運び込んだりしない。彼の使用人に任せる。
私はこのケーキを食べ終えたら、静かにこのパーティーから去ろう。
そう思いながら黙々とケーキを口に運び、プレゼント開封の儀を眺めていたが――。
「さあ、最後はダリルだ。今年のプレゼントは何だ?」
カルバンが大きな声でそう言ってダリルに注目を集め、期待を煽る。
ダリルは内ポケットに手を入れたが、しばらく逡巡してからっぽの片手を出し
「……実は、ここにはないんだ」
と言った。
(え……!?)
プロポーズ、しないの……!?
1
あなたにおすすめの小説
その執事は、十三番目の愛を叫ぶ
れおぽん
恋愛
「貴女を愛しています。……ええと、お名前は?」
次期皇女を決める最終儀式の場。 並み居る高貴な皇配候補たちは、誰一人として花嫁の名前を答えられなかった。 彼らが愛していたのは「皇女」という肩書きであり、彼女自身を見てはいなかったからだ。
場が凍りつく中、国は体裁を保つために「偽の名前」を彼女に与えようとする。 だが、その時――。
「ふざけるなッ!!」
乱入してきたのは、薄汚れた一人の使用人だった。 彼は知っていた。彼女がどんな時に笑い、どんな時に傷つき、そして本当はどんな名前なのかを。
地位も名誉もない使用人の「真摯な愛」が、薄っぺらな貴族たちの求婚を論破する。 身分差×主従×逆転劇。魂を揺さぶるヒューマンドラマ。
【完結】婚約破棄したのに「愛してる」なんて囁かないで
遠野エン
恋愛
薔薇の散る夜宴――それは伯爵令嬢リリーナの輝かしい人生が一転、音を立てて崩れ落ちた始まりだった。共和国の栄華を象徴する夜会で、リリーナは子爵子息の婚約者アランから突然、婚約破棄を告げられる。その理由は「家格の違い」。
穏やかで誠実だった彼が長年の婚約をそんな言葉で反故にするとは到底信じられなかった。打ちひしがれるリリーナにアランは冷たい背を向けた直後、誰にも聞こえぬように「愛してる」と囁いて去っていく。
この日から、リリーナの苦悩の日々が始まった。アランは謎の女性ルネアを伴い、夜会や社交の場に現れては、リリーナを公然と侮辱し嘲笑する。リリーナを徹底的に傷つけた後、彼は必ず去り際に「愛してる」と囁きかけるのだ。愛と憎しみ、嘲りと甘い囁き――その矛盾にリリーナの心は引き裂かれ、混乱は深まるばかり。
社交界の好奇と憐憫の目に晒されながらも、伯爵令嬢としての誇りを胸に彼女は必死に耐え忍ぶ。失意の底であの謎めいた愛の囁きだけがリリーナの胸にかすかな光を灯し、予測不能な運命の歯車が静かに回り始める。
【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
忘れるにも程がある
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたしが目覚めると何も覚えていなかった。
本格的な記憶喪失で、言葉が喋れる以外はすべてわからない。
ちょっとだけ菓子パンやスマホのことがよぎるくらい。
そんなわたしの以前の姿は、完璧な公爵令嬢で第二王子の婚約者だという。
えっ? 噓でしょ? とても信じられない……。
でもどうやら第二王子はとっても嫌なやつなのです。
小説家になろう様、カクヨム様にも重複投稿しています。
筆者は体調不良のため、返事をするのが難しくコメント欄などを閉じさせていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。
ジルの身の丈
ひづき
恋愛
ジルは貴族の屋敷で働く下女だ。
身の程、相応、身の丈といった言葉を常に考えている真面目なジル。
ある日同僚が旦那様と不倫して、奥様が突然死。
同僚が後妻に収まった途端、突然解雇され、ジルは途方に暮れた。
そこに現れたのは亡くなった奥様の弟君で───
※悩んだ末取り敢えず恋愛カテゴリに入れましたが、恋愛色は薄めです。
【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。
ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。
彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。
婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。
そして迎えた学園卒業パーティー。
ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。
ガッツポーズを決めるリリアンヌ。
そのままアレックスに飛び込むかと思いきや――
彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる