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いつものこと
しおりを挟む「なに?」
「申し開きは?」
「ないわ」
「……そうか」
と言い終わらないうちにレイナは右ストレートを頬に受け、宙に浮いた。
大理石の床を滑り、露出した腕が強烈な摩擦で引きつれる。
周囲は息を呑んだ。
今までもロワールは何度もレイナを制裁してきたが、ここまで手加減のない暴力は初めてだ。
せいぜいひざまずかせて頭を踏んだり、靴のつま先で軽い蹴りを入れたりする程度だったのに。
それが突然の右ストレート。本気で怒っているのが伺える。
期待が一転してドン引きの空気が漂う中、ロワールは周囲に控えるガードマン達を一瞥し「残りは20回だ。お前達がやれ」と命じた。
20回。それはロワールの一撃を加えれば21回で、ジュディとレイナが本日新しく迎えた年齢である。
「ジュディを傷付けた罰だ。反省しろ」
そう言って椅子に座り、長い脚を組んでレイナが屈強なガードマン達に囲まれる様子を眺めた。
誰も何も言えずにいる中、倒れ込んで気を失っているレイナには冷たい水がかけられ、目を覚ましたところにガードマンの蹴りが入る。
ジュディは呆然とその様子を見ていたが、ハッとして駆け出し、レイナに覆いかぶさった。
「もうやめて! レイナさんは女の子なのよ!?」
ロワールは片手を上げてガードマン達を止め、ジュディに告げる。
「ジュディ。優しいのは美徳だが、これは俺とレイナの問題だ。君が心配する事じゃない」
「でも……」
ジュディはしゅんとした。
ジュディはずっとロワールとレイナにはなにか特別な関係があって、自分は部外者なのだと思っていた。
それを改めてロワールの口から聞かされ、寂しいような悲しいような、複雑な思いが浮かぶ。
ショックを受けているジュディはカルバンに手を引かれ、人垣から出てレイナが見えない場所まで連れ出された。
「ジュディ。あんな奴のことでそんなに思い悩むな」
「……でもわたし、レイナさんみたいにみんなと仲良くなれている訳じゃないのよ……。だからロワールはわたしにあんなふうに言ったんだわ……」
天然ヒロイン・ジュディの脳内では今まさにレイナが制裁を受けている事実は一瞬で小さくなり、代わりにロワールから部外者扱いを受けたことでいっぱいになっていた。
会話がいまいち噛み合っていないが、カルバンはジュディが傷付いている、それだけを感じ取って怒りを爆発させると同時に、名案を思い付いた。
これならジュディにアイツとの仲良しごっこ気分を味合わせてやれるし、アイツの悔しがる顔も見れるだろう。一石二鳥だ。
「泣くな。そんなに気になるなら、今からあいつに誕生日プレゼントを恵んでやろうぜ。どうせロワールに噛み付いたのも自分だけ祝われてないって嫉妬したからだろ。みんなで祝ってやればすぐに機嫌を直すさ」
「そうね! いい考えだわ! ……でも、どうしよう。わたし、何も持ってきてないのよ。誰も何も言ってくれなかったから……。あ、そうだ」
ジュディは何か思いついた顔でプレゼントの山に駆け寄り、その中から無造作にギフトボックスをひとつ取り出した。
「これをレイナさんへのプレゼントにしましょう!」
カルバンは少し唖然として、そして笑った。
悪気がないのは分かっている。だからいいんだ。責められることじゃない。
彼女に贈られたものは既に彼女のものだから、その後どうしようと誰にも文句をつける筋合いなどないんだ。
でも、選ばれたのが自分のプレゼントじゃなくて良かった……そう思いながら頷く。
「ジュディは本当に優しいな。アイツのためにプレゼントを分けてやるなんて」
「レイナさん、喜んでくれるかしら?」
「もちろんだ。アイツは貧しいからな。そんな高価なもの触ったことすらないんじゃないか?」
「もう、そんな意地悪言わないの」
ぷんと頬を膨らませるジュディにカルバンは温かな微笑みを浮かべ、そして周囲を見渡す。
「あとは皆からのプレゼントだな。これだけ人数がいるのにプレゼントがジュディからの一つだけじゃ物足りないだろうから。俺、集めてくるわ。待ってて」
「うん!」
ジュディは何の疑問も持たずに座って待った。
ほどなくしてカルバンは戻って来た。手にはホテルクワイエットの一階にあるカフェの持ち帰り用紙バッグが提げられている。
「それ、なあに?」
「みんなから集めたプレゼントをこの中に入れた。急だったから仕方ない。パッケージはこんなんだが、別にいいだろう。プレゼントは心が大事だ」
「うん!」
ジュディは嬉しくなった。
プレゼントは心が大事。大好きな言葉。まったくもってその通りだ。
中身を確かめると、のど飴やボールペン、開封済みのミントタブレットや予備のボタンなど、まるでポケットの中身をそのまま差し出したようなものばかりだった。
少し不安になってカルバンを見ると、彼はとても良い笑顔で親指を立てて見せてくる。
素直で良い子なジュディはそれを見て(少しみすぼらしいけど、これでいいのね? 心が大事なんだから)と思った。
紙袋を持ってリンチの現場に戻る。するとちょうど19回目の蹴りがレイナの背中に入り、気付けの冷水が浴びせられているところだった。
「待って。ロワール。もうやめてあげて」
ジュディは迷いのない足取りでガードマン達とレイナの間に割って入る。
「……ジュディ? 何をするつもりだ。あと一回で終わりだというのに」
ロワールが椅子のひじ掛けで気だるげに頬杖をついたまま、口を開く。
「もうじゅうぶんでしょう? レイナさんだってきっと悪気はなかったんだから、そこまですることないわ」
そう言って起き上がる気力のないレイナの横にしゃがみ込み、「レイナさん、だいじょうぶ?」と声をかける。
大丈夫に見える!? と叫びたかったけど、喉が引きつれて声が出なかった。
全身ずぶ濡れで、体中に赤黒い内出血が浮かび顔は元の形が分からないほど大きく腫れている。
顔を見た瞬間ジュディは「ひっ」と小さく喉を鳴らし、少し後ろに下がった。
少しびっくりしたけど、勇気を出してプレゼントの紙袋を差し出す。
「はい、レイナさん。これはあなたへの誕生日プレゼントよ。みんなの心がこもっているわ。受け取って」
「私に……プレゼント……?」
やっとの思いで体を起こし、袋に手を伸ばした。
カフェでコーヒーかクッキーでも買ってきてくれたのかと思ったのだ。
いらないと思いつつ、誰かに誕生日を祝われたのはこれが初めてだったので本音ではちょっと嬉しくなってしまった。
冷静に考えれば彼らがそんな事をする訳ないと分かるのだが、この時のレイナは生存本能が強く働いている上に意識が飛び飛びだったので、ジュディの優しげな声を聞いてつい信じてしまったのだ。
霞む目を凝らし震える手で袋を開くと、中にはのど飴やミントタブレットやペン、誰かのジャケットから引きちぎってきたようなボタン、それによく見るとくしゃくしゃのレシートや煙草の吸殻まで入っていた。
……ただのゴミ。
固まるレイナの前で、ジュディはもじもじしながら開封済みのギフトボックスを差し出す。
「それでね、これは私からよ。気に入ってくれるといいな」
レイナの目がゆっくりとジュディの手元を捉えた。
あれは……ロワールがジュディに贈った、一等地の豪邸の鍵。
さすがに想定外だったのか、ロワールの美麗な顔に動揺が浮かんだ。
ジュディの無邪気な笑顔が視界の中でぼやける。
レイナは笑ってしまった。
泣きながら、笑っていた。
私が何十年もかけて欲しがったロワールからの愛情が、こんな扱いをされている。
手に入れたくて手に入れたくて努力して、どんな事も耐えてきたのに。
この無邪気な女の子は、それをポケットの中のゴミみたいに何の思い入れもなくあっさり手放すのだ。
悪気がないのは分かっている。それだけに何も言えない。
悪意があれば思う存分叩きのめせるのに、私にはそれすらもできないのだ。
レイナは泣きながら笑い、それを受け取った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
にこにこのジュディから少しでも離れたくて、痛む体に鞭打って立ち上がった。
フラフラと歩きながらホールの出入り口に向かう。
逃げたい。
こんなクソみたいな人達から、早く離れたい。
出入り口に差し掛かった時、ふと思い出してジュディにたずねた。
「そういえば、さっきあなた、私を呼び止めたよね。何の用だったの?」
この騒動の発端はこっそり部屋に戻ろうとするレイナをジュディが呼び止めたことから始まったのだ。
あの時の用件をまだ聞いてない。
後から思い出されて部屋に押しかけて来られるより、今、用件を聞いてしまいたかった。
レイナの問いかけにジュディは顎に指先を当てて考え、そして手のひらを打った。
「そうそう! あのね、レイナさんにまだバースデーケーキをあげてなかったなぁって思って。ちゃんと取っておいたのよ! 待ってて、今持ってくるわ!」
「いい。いらない」
「えっ……?」
もうこれ以上相手したくなくて、体を引きずりながら廊下に出た。
背後からは「せっかくジュディが気を配ってやったのに! 横柄すぎる!」「まだ躾け足りないんじゃないのか? あと一発残ってたろ」「ロワール、あいつ、ちゃっかりジュディの家の鍵を持って行ったぞ! 取り返さなくていいのか!?」などと騒ぐ声が聞こえる。
もういい。全部消えてしまえばいい。
レイナは部屋に戻る途中、廊下で掃除係とすれ違った。
彼らが引いている作業用ワゴンに大きなゴミ袋が取り付けられているのを見て、迷わずその中に紙袋を投げ入れた。
ロワールがジュディに贈った家の鍵も、叩き込む勢いで捨てた。
ゴミはゴミ箱へ。
これはまごう事なき正義。
多少、スッキリした。
満身創痍でフラフラと歩くレイナは、その様子を背後から追いかけてきたロワールが見ていたことに気付かなかった。
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