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ロワール
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「ロイ、隠れて」
出たくはなかったけれどロワールはこのホテルのオーナーだ。マスターキーくらいいつでも持ち出せる。出ない選択肢はない。
ロワールとの関係を今夜で断ち切りたかったレイナはロイのことを彼に言わず、自分一人で片をつけるつもりだった。
幸い、身内の連絡先はロイ本人が握っている。この件は他人の力を借りるまでもない。
「お姉ちゃん、誰が来たの?」
「私の上司みたいな人よ。性格が死ぬほど悪いから顔を合わせない方がいい」
小声で会話し、急いでロイをクローゼットに隠れさせる。
ロワールの悪口を初めて言った……。最高。
胸のすく思いでドアを開ける。もちろんドアガードは外さずに。
わずか数センチの隙間の向こうで、ロワールは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「どういうつもりだ? 開けろ」
「勘弁してちょうだい。もう寝るところなのよ。誰かさんに散々痛めつけられたおかげで立っているのも辛いの。用件だけ言って」
棘の含まれた突き放すような口調にロワールは眉を顰める。
どこまでも従順だったレイナが急に口答えするようになった……?
いったい何を考えているんだ? そんなにへそを曲げるようなことがあったか?
ロワールは自分がジュディしか見ていないこともレイナに冷たいことにも自覚はあったが、今までずっとそうだったのだ。
制裁だって別に珍しいことじゃない。どんなに痛めつけてもレイナは見捨てられたくないとばかりにロワールにしがみついてきた。
なぜ突然人が変わったみたいに振る舞うんだ……?
「まさか、駆け引きのつもりか?」
「は?」
「押して駄目だったから引いてみたのか? レイナ。そんな小細工は俺には通用しない。確かに俺は長い間君を他の誰よりも傍に置いてきたが、それはあくまでもビジネスのためだ。立場をわきまえずこんなわがままを言うなら、今後は俺の側近から外れてもらわなければならない」
「それは助かるわ。どうぞご自由に」
パタン、と扉を閉めた。
廊下に取り残されたロワールは一瞬唖然としたが、背後に控えている医者と看護師の存在を思い出して猛烈に恥ずかしくなる。
自分は冷徹な切れ者として通っているのだ。こんな、取るに足らない没落令嬢に袖にされたかのような場面を人に見られて許せる訳がない。
「ふざけるな! レイナ! 話はまだ終わってないぞ!」
ドンドンと近隣への迷惑も顧みず扉を叩くロワールにうんざりした顔のレイナが再び顔を覗かせる。
「話って? クビの件なら了承したわ。明日から一切あなたの前に姿を現さない。あなたから借りているマンションは今月中に人を雇って片付けさせる。それでいい?」
ロワールは咄嗟に言葉が出なかった。
さっき側近から外すと言ったのはもちろんただの脅しだ。レイナが一番恐れているのはこの言葉で、匂わせるだけで何でも言う事を聞いてきたから。
「話はそれだけかしら? だったらお引き取りを。もう深夜よ。そんなに騒いでホテルの評判が下がったら、困るのはあなたでしょ?」
そう言って扉を閉めようとしたレイナだったが、既にロワールの靴が差し込まれていて閉じられなかった。
「ちょっと! なんのつもり!?」
「医者を連れて来た。……君が頑丈なのは知っているが、一応診てもらおうと思って。綺麗な体に傷が残ったら大変だろう?」
こいつ……。
レイナは唇を噛んだ。
以前のレイナだったらその言葉と行動だけで天に昇れたし、なんだかんだ言っても私のことを思ってくれているのねと喜んであっさり機嫌を直していた。
今思うと典型的なDV依存だ。自分はあまりにも盲目すぎた。
「せっかくだけど不要よ。あなたの拳って大したことないのね。まだ顔は腫れているけど、見た目ほど重傷じゃないのよ」
実際には上下の奥歯が数本グラグラしていたが、治癒薬のおかげで事なきを得た。
右ストレートを大したことないと言われたロワールは目付きを鋭くしてレイナの顔を見る。
確かに思っていたよりは軽症のようだ。頑丈すぎる。それとも手加減しすぎたか……?
「さっきは立っているのも辛いって言ったろ。早く見せろ。俺はこれから二次会に行かなきゃいけないんだ。君に構っている時間はない」
「要らないって言ってるのに」
しばらく睨み合ったが、動く気配がないのでレイナは仕方なくドアガードを外した。
きっとロワールの中では制裁とアフターケアは必ずセットでなければならないのだろう。
ここで押し問答をするよりはさっさと見せて満足させた方が早く終わる。そう思ってロワールと医者達を招き入れた。
「では、ベッドにうつ伏せて下さい」
医者の言う通りにベッドに体を横たえる。
クワイエット家お抱えの彼はレイナの診察も慣れたもので、室内着を捲り上げて外傷を確認し素早く診察を終えた。
「内出血と裂傷が見られますが数日で落ち着くでしょう。軟膏と痛み止めをお出ししますね。明日になって腫れが強くなるようなら病院に来てください」
「はい。ありがとうございます」
裂傷を看護師が丁寧に処置し、お辞儀をして退出していった。
てっきりロワールも彼らと一緒に出るのかと思ったが、彼はベッドサイドに立ったままじっとレイナを見下ろしている。
「何……? 二次会があるんでしょう。早く行きなよ」
乱れた室内着を直しながら立ち上がろうとした。
その時、ロワールの手がレイナの肩を押し、ベッドに沈みこませる。
「ちょっと! 何!?」
ロワールは何も言わず上に乗り上げ、室内着に手をかける。
レイナは思い出した。
前回、プロポーズのあとレイナとロワールはこのクワイエットホテルで初めて肉体関係を持った。
ジュディをダリルに取られたロワールは傷心で、ひどく酔っていた。キスひとつないその行為は到底心が通い合うものではなく、合間に呟かれる「ジュディ……」という名前にレイナは何度も傷付いた。
それ以降、結婚式までの間に二人は欠け落ちた何かを埋め合わせるように毎日毎日、何度も体を重ね合わせたが、結局キスは一度もなかった。
今回、ジュディは婚約していない。
なのにどうしてこんな事を?
思いっきりロワールを突き飛ばして、自分はベッドから転がり落ちる。クローゼットに背中を強かに打ち、痛みで顔を歪めた。
中からびっくりしたような小さな息が聞こえる。
そうだ。この部屋にはロイがいるんだ。
今さら貞操なんてそれほど重要じゃないけど、この子がいる部屋でそんな行為は……絶対ダメだ。
突き飛ばされてもなおロワールの気分はおさまらないようで、床にへたり込むレイナの肩をクローゼットに押し付けて上衣を捲り上げた。
その手首を掴み、彼にとって最も効果的な人の名前を持ち出す。
「ジュディが知ったら悲しむわよ」
その言葉にロワールはぴたりと止まった。
「…………悲しむものか」
彼が絞り出したのは、か細く、小さな声だった。
レイナの心がちくりと痛む。
出たくはなかったけれどロワールはこのホテルのオーナーだ。マスターキーくらいいつでも持ち出せる。出ない選択肢はない。
ロワールとの関係を今夜で断ち切りたかったレイナはロイのことを彼に言わず、自分一人で片をつけるつもりだった。
幸い、身内の連絡先はロイ本人が握っている。この件は他人の力を借りるまでもない。
「お姉ちゃん、誰が来たの?」
「私の上司みたいな人よ。性格が死ぬほど悪いから顔を合わせない方がいい」
小声で会話し、急いでロイをクローゼットに隠れさせる。
ロワールの悪口を初めて言った……。最高。
胸のすく思いでドアを開ける。もちろんドアガードは外さずに。
わずか数センチの隙間の向こうで、ロワールは不機嫌そうな表情を浮かべた。
「どういうつもりだ? 開けろ」
「勘弁してちょうだい。もう寝るところなのよ。誰かさんに散々痛めつけられたおかげで立っているのも辛いの。用件だけ言って」
棘の含まれた突き放すような口調にロワールは眉を顰める。
どこまでも従順だったレイナが急に口答えするようになった……?
いったい何を考えているんだ? そんなにへそを曲げるようなことがあったか?
ロワールは自分がジュディしか見ていないこともレイナに冷たいことにも自覚はあったが、今までずっとそうだったのだ。
制裁だって別に珍しいことじゃない。どんなに痛めつけてもレイナは見捨てられたくないとばかりにロワールにしがみついてきた。
なぜ突然人が変わったみたいに振る舞うんだ……?
「まさか、駆け引きのつもりか?」
「は?」
「押して駄目だったから引いてみたのか? レイナ。そんな小細工は俺には通用しない。確かに俺は長い間君を他の誰よりも傍に置いてきたが、それはあくまでもビジネスのためだ。立場をわきまえずこんなわがままを言うなら、今後は俺の側近から外れてもらわなければならない」
「それは助かるわ。どうぞご自由に」
パタン、と扉を閉めた。
廊下に取り残されたロワールは一瞬唖然としたが、背後に控えている医者と看護師の存在を思い出して猛烈に恥ずかしくなる。
自分は冷徹な切れ者として通っているのだ。こんな、取るに足らない没落令嬢に袖にされたかのような場面を人に見られて許せる訳がない。
「ふざけるな! レイナ! 話はまだ終わってないぞ!」
ドンドンと近隣への迷惑も顧みず扉を叩くロワールにうんざりした顔のレイナが再び顔を覗かせる。
「話って? クビの件なら了承したわ。明日から一切あなたの前に姿を現さない。あなたから借りているマンションは今月中に人を雇って片付けさせる。それでいい?」
ロワールは咄嗟に言葉が出なかった。
さっき側近から外すと言ったのはもちろんただの脅しだ。レイナが一番恐れているのはこの言葉で、匂わせるだけで何でも言う事を聞いてきたから。
「話はそれだけかしら? だったらお引き取りを。もう深夜よ。そんなに騒いでホテルの評判が下がったら、困るのはあなたでしょ?」
そう言って扉を閉めようとしたレイナだったが、既にロワールの靴が差し込まれていて閉じられなかった。
「ちょっと! なんのつもり!?」
「医者を連れて来た。……君が頑丈なのは知っているが、一応診てもらおうと思って。綺麗な体に傷が残ったら大変だろう?」
こいつ……。
レイナは唇を噛んだ。
以前のレイナだったらその言葉と行動だけで天に昇れたし、なんだかんだ言っても私のことを思ってくれているのねと喜んであっさり機嫌を直していた。
今思うと典型的なDV依存だ。自分はあまりにも盲目すぎた。
「せっかくだけど不要よ。あなたの拳って大したことないのね。まだ顔は腫れているけど、見た目ほど重傷じゃないのよ」
実際には上下の奥歯が数本グラグラしていたが、治癒薬のおかげで事なきを得た。
右ストレートを大したことないと言われたロワールは目付きを鋭くしてレイナの顔を見る。
確かに思っていたよりは軽症のようだ。頑丈すぎる。それとも手加減しすぎたか……?
「さっきは立っているのも辛いって言ったろ。早く見せろ。俺はこれから二次会に行かなきゃいけないんだ。君に構っている時間はない」
「要らないって言ってるのに」
しばらく睨み合ったが、動く気配がないのでレイナは仕方なくドアガードを外した。
きっとロワールの中では制裁とアフターケアは必ずセットでなければならないのだろう。
ここで押し問答をするよりはさっさと見せて満足させた方が早く終わる。そう思ってロワールと医者達を招き入れた。
「では、ベッドにうつ伏せて下さい」
医者の言う通りにベッドに体を横たえる。
クワイエット家お抱えの彼はレイナの診察も慣れたもので、室内着を捲り上げて外傷を確認し素早く診察を終えた。
「内出血と裂傷が見られますが数日で落ち着くでしょう。軟膏と痛み止めをお出ししますね。明日になって腫れが強くなるようなら病院に来てください」
「はい。ありがとうございます」
裂傷を看護師が丁寧に処置し、お辞儀をして退出していった。
てっきりロワールも彼らと一緒に出るのかと思ったが、彼はベッドサイドに立ったままじっとレイナを見下ろしている。
「何……? 二次会があるんでしょう。早く行きなよ」
乱れた室内着を直しながら立ち上がろうとした。
その時、ロワールの手がレイナの肩を押し、ベッドに沈みこませる。
「ちょっと! 何!?」
ロワールは何も言わず上に乗り上げ、室内着に手をかける。
レイナは思い出した。
前回、プロポーズのあとレイナとロワールはこのクワイエットホテルで初めて肉体関係を持った。
ジュディをダリルに取られたロワールは傷心で、ひどく酔っていた。キスひとつないその行為は到底心が通い合うものではなく、合間に呟かれる「ジュディ……」という名前にレイナは何度も傷付いた。
それ以降、結婚式までの間に二人は欠け落ちた何かを埋め合わせるように毎日毎日、何度も体を重ね合わせたが、結局キスは一度もなかった。
今回、ジュディは婚約していない。
なのにどうしてこんな事を?
思いっきりロワールを突き飛ばして、自分はベッドから転がり落ちる。クローゼットに背中を強かに打ち、痛みで顔を歪めた。
中からびっくりしたような小さな息が聞こえる。
そうだ。この部屋にはロイがいるんだ。
今さら貞操なんてそれほど重要じゃないけど、この子がいる部屋でそんな行為は……絶対ダメだ。
突き飛ばされてもなおロワールの気分はおさまらないようで、床にへたり込むレイナの肩をクローゼットに押し付けて上衣を捲り上げた。
その手首を掴み、彼にとって最も効果的な人の名前を持ち出す。
「ジュディが知ったら悲しむわよ」
その言葉にロワールはぴたりと止まった。
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彼が絞り出したのは、か細く、小さな声だった。
レイナの心がちくりと痛む。
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