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友人
しおりを挟む「レイナ。君は……俺が手柄を横取りするつもりだとは思わないのか?」
あまりにも明け透けな物言いにレイナは笑ってしまった。
このヒーロー、実は自分が思っていたよりもずっと素朴な性格をしているのかもしれない。
「ちょっと思ったわ。でも、それが何だっていうの? 誰がロイを海から引き上げたかなんて物事の一部でしかない。些細なことよ。大事なのは、この子が安全に生きられると分かるまで守り通すこと。あなた以上の適任者なんている?」
そう言うと、ダリルは形の良い唇を引き締め、少し俯いて「……任せろ。友達の信頼には必ず応える」と呟いた。
「ええ。頼んだわよ」
昼食を平らげて後片付けをしていると、部下に指示を終えたダリルがスマホを置いて言った。
「じゃあ、レイナ。明日のパーティーは俺と行くってことでいいな?」
「は? 何が“じゃあ”なのよ? 私まだ何も言ってないでしょ」
「嫌なのか? それって……ロワールと顔を合わせたくない、から?」
いきなり核心を突いてくるダリルに閉口する。
黙っていると彼はレイナの近くに歩み寄り、壁にもたれかかって腕組みをし妙にカッコいいポーズでレイナを上から下まで見下ろした。
「あいつが君に散々な扱いをしていたことは知っている。実は俺、自尊心の低い人間が嫌いでね。君に対しても“あそこまでされてなぜしがみつくのか”ってイライラしてた。でもロワールから離れようとしないのも君の選択だと思って黙っていたんだ。しかし、こうして友情を深めたからには言わせてもらう。君はもっと他に目を向けるべきだ。大事にしてくれる男くらい世の中にはいっぱいいる」
私を大事にしてくれる男……?
そんなもの、いるわけないじゃない。
99回の人生――年数で言えば数十年、いや、百年を超える長い時間。
その期間ずっとロワールとその悪友達に痛めつけられ、貶され続けてきたレイナには男の真心なるものが存在するとは到底信じられなくなっていた。
もし存在するとしても、それはジュディのような純粋で可愛らしい女の子だけのもので、自分には絶対に手に入らない。
ワンナイトくらいなら付き合ってくれる男もそりゃいるだろうが、レイナが欲しいのはそんなものじゃない……。
着るものを変えて表面的な気分は変えられても、心の芯の部分――本当の人格まで染め直すには、まだ時間も経験も何もかもが足りなかった。
誰も自分を愛してくれない。そう信じ込んでしまったレイナにとってこれは心の傷を広げる、触れてほしくない話題。
困った末、レイナは矛先をダリル自身に逸らすことにした。
「奇遇ね。ちょうど私も、もう恋愛とかどうでもいいなって思ったところだったの。それよりあなた、昨日ジュディに婚約を申し込むんじゃなかった? どうしてやめちゃったの?」
その言葉にダリルは狼狽した。
顔色を変えて身を乗り出してくる。
「なぜ知っている!?」
「……噂よ。みんなそう予想してた。私もね」
本当は違うのだが、噂があったのもまた事実だ。
レイナの答えに納得したのか、彼は姿勢を直し壁にコツンと後頭部をつけて、遠い目をして言った。
「どうしてだろうな……。そもそも俺は、誰と結婚しようと同じで人生にはなんの影響もないって思ってるんだ。その点、ジュディは俺が昔遊園地で迷子になった時に彼女も同じく迷子になってて……2人で手を取り合って励まし合い、迷子センターまでたどり着いた思い出がある。言葉にするとバカみたいだが、あれは俺が親から離れて“女の子を守らなきゃ”って思って冒険をした、初めての記憶だ。だから、どうせ誰かと結婚しなくちゃいけないなら彼女にしようって思ってた」
知ってる……。
ノベルゲームのストーリー序盤で出てきた過去話だ。
プレイ中何度もフラッシュバックし、プレイヤーに刷り込まれる記憶。
その時の“君を守る”約束が忘れられない思い出として彼の心に残り続け、大人になった2人が再会した結果、ヒロインとの結婚に繋がる。
誰と結婚しても同じだと思っていたというのはさすがに初耳だけど、それが理想化されたゲームのキャラクターと生身の人間の差なのだろう。まあ、大した差ではない。
「結婚すればいいじゃない。お似合いよ、あなた達」
なにせメインヒーローとヒロインなのだ。
この2人が結ばれることこそ天命のはず。
しかしダリルはなぜか少し表情を曇らせ、うつむいた。
「お似合い、か……。俺は結婚相手に特別こだわりはないが、昨日ふと思ったんだ。俺は女性をいつも先入観というフィルター越しに見ていて、実際のことを何も知らないんじゃないか、って。そう思った瞬間、ジュディという人間が今までとは全く違って見えた。結婚について……いや、女性について、もう少し真面目に知ろうとした方がいいのかもしれない――と。婚約を申し込まなかったのはそういう理由だ。おわかり頂けただろうか」
なるほどねー。
要するに、怖くなった、と。
長々と語られた内容を心の中でそのように要約したレイナだったが、本人に言ったら怒らせそうなので黙って頷いておく。
お互いに気まずい話題に触れたせいか会話が途切れ、少し沈黙したのちダリルが口を開いた。
「……という訳で、明日のパーティー、よろしく」
「待って。一緒には行かないわよ」
「他にいないんだ。頼むよ。ロワールに会いたくないならその気持ちは尊重するし、対策もする。後でドレスとアクセサリーをいくつか届けさせるから、好きなものを選んでおいてくれ。明日の昼過ぎにこの部屋にヘアメイクを寄越すんで、それまでにシャワーだけ済ませといてくれるとありがたい」
矢継ぎ早に言って彼はロイの手を引き、「何かあれば、俺は隣にいるからいつでも来ていい。もし不在なら電話を」と言って断る暇も与えず逃げるように部屋から去って行った。
一人取り残されて唖然とするレイナだったが、ロワール対策をしてくれるなら、まぁ、いいか、と無理やり呑み込む。
ゲームの中でロワールを出し抜けるのはダリルだけだったのだ。信用に値すると思っていいだろう。
一人になって脳内で情報の整理を始めると、徐々に今回の異常さに改めて気付き始めた。
……ジュディがロワールを選んだ。ダリルとの2択で、ロワールを。
100回目にして初めての、ヒロインの選択。
私が離れると決めた途端に変わり始めるなんて……。
昨晩ジュディの電話を受けた時の、彼女の前だけで浮かべる柔らかい表情、優しい声で応じていたロワールを思い出す。
レイナの心はちくりと痛んだが、自分と同じく――たとえ本人が覚えていなくとも99回もフラれ続けた彼がようやく報われるのかなと思うと(良かったわね……)という思いがほのかに浮かんできた。
失恋でこんな温かな気持ちが出てくることがあるのだと、レイナは初めて知った。
一方、ダリルがレイナの部屋を訪れる少し前のこと。
ロワールが見つめていたホテルガーネットの廊下の監視カメラ映像が突如真っ暗になった。
通信が切れたのだ。
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