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1恵琉の計画

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「イケメンが世の中から減ってしまう……」

 富田恵琉(とみたえる)は趣味の読書をしていた。読んでいるのは、もっぱらBL(ボーイズラブ)である。男同士の尊い恋愛が恵琉の心に潤いを与えていた。

 読書中に恵琉はBLの世界観での重要な欠陥に気付いてしまった。男同士の恋愛は尊いもので素晴らしい。ぜひ、そのまま物語の中の男性同士は恋愛を続けてくれればいい。しかし、それとこれとは話が違う。恵琉はそれが気になりすぎて、大好きなBLが一時期嫌いになりかけた。

 恵琉が気付いてしまったのは、BLで見事に結ばれた二人の男性の子供についてだった。オメガバースという、男性でも妊娠できるという設定ならいいが、そんな都合の良い世界ばかりではない。現実世界と同様に、女性と男性の間にしか子供ができない世界であれば、当然、男同士のカップルに子供は生まれない。そうなると、彼らの遺伝子はそこで途切れてしまう。彼女が気付いたBLでの欠陥だった。

 だからと言って、イケメンの遺伝子を後世に残すために、彼らに女性と子供をつくれと気軽に言うことはできない。そもそも、創作の話なのだから、彼らに直接言うのでなく、作者に文句をつけるしかない。フィクションに文句を言っても仕方ない。


 そこで恵琉は考えた。『現実世界ではどうだろうか』と。

現実世界でも、BLは存在するだろう。まだまだ世間の目は彼らに厳しいが、それでも一定数、男同士のカップルも存在するはずだ。だったら、創作の無念を現実世界で晴らしてみてはどうか。

 現実と妄想の区別をつけるのは大切だ。しかし、当時の恵琉はどうしても現実世界でイケメンの男同士のカップルに子供を残して欲しかった。恵琉は必死で何か良い案はないかと考えた。

『すでに存在している男同士のカップルに介入することはできない』

自分が当て馬的な女性になるのも魅力的だったが、恵琉の目的は、彼らの遺伝子を後世に残すことにあった。しかし、男同士のカップルの間に自分が割って入るのは気が引けた。尊いものを自らが汚してしまう。男同士に女が介入してよいことはないと考えた。

 そこで考え付いたのが『自らが男同士の恋愛を補助する役割を担う』ことだった。男同士の恋に発展できるように、自分が男を育て上げればいいのではないか、という結論に至った。



 とても良いアイデアだと思った彼女は、さっそく行動に移すことにした。そのための第一歩が結婚だった。すでにこの時点で恵琉は25歳。結婚を考えてもいい時期だった。自分の遺伝子を後世に残したいとは思わなかったが、イケメンの遺伝子は残したかった。

 自らのアイデアにより、恵琉は自分がこの世に生まれた理由を見いだした。神様は、自分にイケメンの子供を産めと言っているのだ。恵琉は自分がろくでなしのクズだという自覚はあったが、やめるつもりはなかった。

 こうして、恵琉は夫となる幸(ゆき)と出会うことになった。恵琉は今まで男性と付き合ったことはなく、幸が初めての男だった。結婚相談所に通い、理想の男性と出会うことができたのは幸運だった。幸の人生を変えてしまうことに多少の戸惑いは覚えたが、それ以上に、自分の計画がどこまで現実世界に通用するのか試したいという思いのほうが強かった。

 彼女が考えたシナリオに特に複雑な点はない。手順としては簡単だ。

①イケメンの男性と結婚。彼との間に子供をもうける

②夫の相手となる男性を探す

③夫と相手の男性との恋をサポートする

④頃合いを見て、離婚を求める

⑤子供の親権を夫に渡す

⑥夫と相手の男性との愛に満ちた生活を陰ながら見守る

 実は、恵琉は子育てするBLカップルの話が結構気に入っていた。しかし、たいがいの場合、どちらか片方の男性の子供を二人で育てている。それだと、もう片方の男の遺伝子はそこで潰えてしまう。創作の問題点を改善すべく、どちらにも子供がいるように仕組む必要があった。

 そのため、夫の相手となる男性は、子持ちのシングルファザーが適任だ。互いの子供を男性二人が育てるというシチュエーションを作るためには欠かせない条件だ。もし、条件に合う男性がいない場合は、相手の男と子供を作ることも恵琉は視野に入れていた。



「ジリリリリリ」

 恵琉は目覚まし時計の音を止めるために、ベッドわきに手を伸ばす。何か、自分の存在意義についての大事な夢を見た気がする。目覚まし時計を止めて部屋を見渡すと、カーテンから太陽の光がこぼれていた。

「とりあえず、起きて仕事に行く支度でもするか……」

 今日は日曜日だが、恵琉の仕事は接客業であり、休日はお客さんが来て売り上げも多いのでまず休みになることはない。ベッドの上で大きく伸びをして、仕方なくパジャマから仕事着に着替える。恵琉の店では、自社の洋服を仕事で着用することになっていた。社割で安く買った七分袖のブラウスに黒のアンクルパンツ履いて自室を出る。

彼女が働いているのは、全国チェーン展開をしている「ゆにーく」という店で、トップスやアウターはもちろん、下着などの商品も売っている衣料品店だ。土日は安売りをすることが多く、休日の今日はお客が多いことが予想された。


 リビングで朝食のトーストされた食パンをかじりながら夫の幸の事を考える。

 恵琉は自分の計画を果たすために、今の夫と28歳のときに結婚した。夫の名前は富田幸(とみたゆき)で同い年。180cmの高身長で、色白の細身の幸薄系のイケメンである。仕事は薬剤師で薬局に勤務している。名前に幸せがついてはいるが、なぜか他人に不幸そうだと言われてしまう残念な男だった。しかし、それが恵琉の中でとても重要なことに思えた。不幸体質の男には不幸を吹っ飛ばすような男をあてがいたい。頭の中はいくつになっても腐敗が止まることはなかった。

 ちなみに恵琉は165cmという、女性にしては高めの身長に色黒の肌、切れ長の瞳で黒髪ショートヘア。自分の容姿についてはかわいい系ではないことは自覚していたが、それでも夫の幸はそんな恵琉と結婚してくれたのだから、少しくらいは見た目をきれいにしようと、最低限のスキンケアや化粧は頑張っていた。

 夫のいない家で身支度をすませて外に出ると、空は雲一つない快晴だった。こんな行楽日和に仕事をするなんて。そう思いながらも恵琉は仕事にむかった。

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