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異世界転移をした彼女は女性の意識改革(服装改革)を行うことにした

19聖女の本性を見て、逆らわないことに決めました

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「フハハハハ。やばいな。ふ、ふふふ、ああ、おかしい!」

 男たちはソファの願った通りの姿になっていた。騎士団の女性制服を着た男たちがソフィアの目の前に立っていた。


「な、なんだこの姿!シャツに穴が!」

「あ、足がスースーする」

「あ、足下が、なんて安定感のない」

 男たちは、胸に謎の空白があるシャツを身につけていた。やけに胸元がぴったりとしていて、乳首がうっすらと透けていた。下半身はやけに丈が短いミニスカートで、足が惜しげもなくさらされていた。下着までは、女神たちは考えていなかったのか、男性物の下着がスカートから覗いている。足元は膝丈まであるロングブーツで、ヒールはピンヒール並みの高さがある。

 たまたま声をかけた騎士団の男性たちは、30代後半から40代くらいの男性で、その姿はソフィアの笑いのツボを刺激していた。


 自分たちの姿に慌てふためく男たちを思う存分笑いつくしたソフィアが、いつもの聖女の顔に戻して、男たちに問いかける。

「どうでしょうか。女性ものの制服を身につけた感想は?」

「お、お前、お。俺たちに何を」

「別におかしなことはしていないでしょう?ただ、あなたたちにも、女性騎士団の制服を体感していただきたくて。それで、感想は?」

 男たちの怒りをさらりと受け流し、ソフィアは男たちに今の姿の感想を待つ。当然、ソフィアの言葉にまともに返す男たちはいなかった。


「聖女とか言ったが、とんだあばずれだったんだな。聞いたことがある。お前ら聖女は、聖女と称しながらも、俺たち男性の慰み者にされていたと」

「由緒ある騎士団である俺たちにこんな格好をさせておいて、ただで済むと思うなよ」


「そうですか。私のことをあばずれだと。なるほどなるほど。あなたたちの今の格好に対する感想よりも、私に対する侮辱をする余裕があるとは。わかりました。あなた方は、この制服に問題はないということですね」

 ソフィアは聖女のような清く上品なほほえみを浮かべ、男たちに飛んでもないことを宣言した。

「では、あなたがた男性の制服を明日からこれにしましょう」


『うわ、ソフィア。お主、瞳が怖いぞ。微笑んではいても、その瞳は、まるで……。とりあえず、聖女とは言い難い』

『ソフィア、聖女を転職して悪魔にでもなるか』

 ソフィアが闇落ちしそうな瞳をしていると、遠くから大声が聞こえた。


「そふぃあさまあああああああ!」

「来てしまいましたか。タイムリミットですね。ホワイト、ブラック。この憐れな男どもを元の、いや、こうしましょう」

 声の主が完全にソフィアの元に来る前に、ソフィアは二匹の猫にあることをささやいた。またもや嫌そうな顔をした猫たちだが、彼女の言うことに従うのだった。




 カナデはソフィアを探していた。今朝、やっとのことで、ソフィアが修道院から預かっていた服の修繕が終わった。そのため、今日はソフィアと一緒に過ごそうと思っていたのだが、ソフィアの部屋を訪ねても、誰もいなかった。

「ソフィアさんは、この後の手続きは私がすると言っていたけど、私は足手まといだということだよね。とはいえ、仕事が終わったんだから、ソフィアさんの様子を確認するのは問題ないはず。それにしても、いったいどこで何をしているのかくらい、教えてくれてもいいのに」

 ソフィアは、カナデに騎士団の女性の制服改定の手続きについて、自らが何を行っているのか、カナデに話していなかった。カナデはソフィアが何をしているのか、想像するしかなかった。

「普通、制服の改定とかだと、学校では、生徒や保護者、先生たちの署名が必要だけど、この世界でもそんなことをするのかな。まあ、この世界って、基本的にいろいろぬるい設定で、素人が考えそうなことが現実になっているから、署名活動もあながち間違っていないかも」



 ソフィアを探して、とぼとぼと行く当てもなく城の中を歩いていたのだが、突然、自分の知っている声が遠くから聞こえた。歩みを止めて、音の発生源を探すために、周囲を見渡し耳をすます。

「フハハハハ。やばいな。ふ、ふふふ、ああ、おかしい!」

 音の発生源は、騎士団の方からだったが、カナデは声の主の違和感に気付いた。カナデの知っている声だったが、彼女がこんな下品な笑い声をしていただろうか。彼女の笑い方はもっと、上品で気品あるものではなかったか。にわかには信じられないが、彼女以外に声の該当者は思いつかない。とりあえず、近くまで行けば、彼女かどうか確かめられる。

 軽い気持ちで、騎士団の方に足を運んだカナデだったが、近づくにつれ、何やらおぞましい光景が目に入り、反射的に叫んでしまった。





「す、すいませんでした」

「謝るくらいなら、あんなに大声で叫ばないでください。あなたはただでさえ、この城のものに目をつけられているのですよ。気を付けてください」

 カナデは今、ソフィアに真剣に謝っていた。カナデがみたおぞましい光景は、決してカナデの妄想ではなく、現実のものだった。ソフィアも目にしているはずなのに、彼女はまるで、その光景が見えていないかのように自然にふるまっている。

「そ、ソフィアさん、あ、あの」


 あまりのスルーっぷりに、カナデはソフィアに尋ねてしまった。今、自分たちの前に転がっている光景は何なのだと。それに対してのソフィアの答えは簡潔だった。

「ああ、これはゴミだから、カナデさんが気にすることはないわ」

 ソフィアにゴミと呼ばれたのは、騎士団の男たちだった。カナデが一瞬見たおぞましい光景とは違ったが、これはこれでなんともいえないものだった。彼らは身ぐるみをはがされたかのように、下着以外身につけていなかった。

「そ、ソフィアさん、彼らは確か、服をきていましたよ、ね?」

「そうね。よく見ていたのね。カナデの言う通り、彼らはきちんと服を着ていたわ。でも、その服が気に入らなかったみたいだから」

 服を脱がせてあげたのよ。優しいでしょう。


 カナデは身震いした。ソフィアの言葉は、あたかも自分が善行をしたかのような発言であった。しかし、なぜ、彼らは気に入らないという服装を着ていたのだろうか。いや、あれは気に入らないというだけでは済まされない。どうして、着ることができたのか。カナデはソフィアと、その隣でくつろいでいる二匹の猫を交互に見つめる。そして、ある可能性に気付き、戦慄する。

「ねえ、まさかとは思いますが、ソフィアさんが彼らの服を……」

「さて、どうかしら?それで、彼らの処遇についてだけど、カナデはどうしたらいいと思う?」

「どうって」

『言葉には気をつけろよ。カナデ』
『間違った答えは身を亡ぼす』

 ご丁寧に女神と悪魔が忠告をくれたが、カナデには選択肢が一つしかなかった。もし、カナデが思った通りのことをソフィアがしていたとしても、それを立証する術はない。だったら、目の前の光景から、男たちの処遇を決めなければならない。

「さすがに下着姿の男たちをそのまま仕事に戻すわけにはいきません」

「よくわかっているじゃない。あなたたち、私の言うことが聞けるわよね。聞かなかったらどうなるか……」


 にっこりとほほ笑む姿はまさに聖女そのものの、清らかな笑みだった。
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