え、待って。「おすわり」って、オレに言ったんじゃなかったの?!【Dom/Sub】

水城

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ドーナツ・ソナタ

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「すいません……僕、ちゃんと調べてなくて、お店」

 隆督が長い睫毛を伏せる。

「ああ、今日は『休み』みたいだな」と、オレはクシャリ、頭を掻いた。

「それで僕、さっき…ちょっと考えてたんですけど」

「考えた……?」

 ――なにを?





 ――すこし、付き合ってもらえませんか?

 そう言って隆督は駅に向かい歩き出す。
 そして電車に乗り、オレたちが降りるはずの家の最寄り駅を通りすぎて、少し先の海よりの駅で降りた。

 古い港町の中心にある駅だ。
 けど、いつも、それほどは混み合っていない場所。

 そんな風に、たいした人も乗り降りもないっていうのに、駅自体は地下になっていて、吹き抜け三層の広々としたものとなっている。
 理由はたぶん、県庁の最寄り駅だからだ。
 
 実は球場や市役所の本庁舎にも歩ける駅なんだけど、それぞれにもっと近い駅がある。挙句、なぜかこの駅には各駅停車しか止まらない。
 それで乗降客数が比較的少な目なんだろうと、オレは考えていた。

 なんで、そんなこと詳しいかって?
 別に「鉄分」が濃いとかそういうことじゃない。
 単に新卒の頃、市役所の本庁舎に配属されてたからさ。
 毎日、この駅を使ってたんだ。

「懐かしいな……」

 改札を出がてら思わず呟けば、隆督がふわり、不思議そうに目線を上げた。

「むかしさ、この駅、通勤で使ってたから……けど、最近は全然来てなかったな」

 隆督は迷いなく、地下二階へ昇るエスカレーターに向かっていく。
 地下三階が改札。
 地下二階にはコンコースと、吹き抜けを見下ろす形にしつらえられたチェーン店のカフェがある。
 
 ああ、そうそう。
 このカフェ。実は割とすいてて、結構穴場だったっけ。
 ってさ。まさか、ここが目あてだったのかよ? 
 よくまあ、こんな場所知ってたよな。
 オレを待ちがてら、SNSかなんかで検索とかして見つけたのか?

 なんてコトを考えながら、隆督の後ろをついて歩くオレだったけど、「その予想」は、どうやら大ハズレだった。

 隆督はカフェの入り口を通り過ぎ、どんどん先へと進んでいく。
 そしてコンコースの突き当り。
 小さな円形の広場になっていて、背もたれのないベンチがいくつか備えつけてあった。

 その一番奥に、グランドピアノが置かれている。

 へぇ――
 いつの間にか、こんなトコロにストリートピアノが置かれてたんだな。

「ちょっと、練習してもいいですか」

 肩からカバンを下ろしながら、隆督が言った。
 授業で使う教科書とかが、キチンと全部入ってるんだろう、パンパンに重そうなカバンを。

「え、練習って」

 このピアノで? 
 ってか、なに隆督、ピアノも弾けるワケ?

「グランドピアノ、思い切り弾けるのって学校くらいしかないし……」

「じゃあさ、なんで、ガッコで弾かないんだ? 休み時間とか放課後とか」

「音楽室のピアノは……なんていうか」

 鍵盤の蓋を開きながら、隆督がすこし口ごもる。

「特定の…派閥みたいなのに入ってないと、まず触れないです。『ピアノ男子』とかって陰口たたくヤツもいるし」

 そして隆督は、小さく笑んで首を振ると、

「そういうのって……なんか、ちょっと」

「面倒くさいな」「……めんどうくさくて」

 同時に言って、オレたちはプッと噴き出した。

「それに…ここだと、休みの日の朝とかでも練習できるし。広くて人がいなくて、気楽で気持ちいいんです。だから」

 そう言って、隆督がスッと椅子に座った。
 ごく慣れた、ごく優雅なしぐさで。

 鍵盤に両手の指が置かれる。
 
 ――あれ、コイツの手ってさ。

 こんなにキレイだったっけ――

 吸い寄せられるように見つめながら、オレはそんなことを思って。
 そして―― 

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