Kiss

hosimure

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純愛のキス・1

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わたしにとって、日曜の午後は特別な日。

通っているピアノ教室に行く日だからだ。

先に練習室に通されたので、軽く指を動かす為に、少しピアノを弾く。

ここには6歳の頃から通い始めて、もう10年目になる。

教えてくれる先生も、変わった。

3年前から、前に教えてくれた先生の息子さんになった。

…その時から、わたしの演奏は変わってしまった。

物凄く、ダメな方向に…(涙)。

「こんにちは」

突然、扉が開き、息子さん…ではなく、先生が入ってきた。

「はっはい! こんにちは、先生」

背筋を伸ばし、立ち上がった。

「座って。課題はやってきた?」

「はい! もちろん!」

この1週間、毎日ぎっちり練習してきた。

練習を聞いてくれる両親も、上手になったと褒めてくれたぐらいだ。

音楽の先生にも聞いてもらって、お墨付きをもらった。

今日ならば!

「じゃあ、弾いてみて」

「はい!」

わたしはイスに座って、深呼吸した。

そして…。




…あり得ないほどの、異音曲を弾いてしまった。

今日もまた…やってしまった。

「あっあぅあぅ…」

血の気が引いていく。

先生は深く息を吐くと、扉に向かって行った。

「―少し、休憩しよう」

「はっはい…」

バタンと扉が閉まる音が、重く聞こえた。

イスに寄り掛かり、わたしは天を仰いだ。

…今の先生に変わってからというもの、わたしの演奏はとんでもないものに変わってしまった。

あの先生の前では、指が言うことを聞いてくれない。

まるで壊れたオルゴールのような曲ばかりが、わたしの指先から生まれるのだ。

…あの先生とは、昔からの顔馴染み。

カッコ良くて、面倒見が良くて、子供好きな人だ。

正直言えば、初恋の人。

わたしがここへ来たばかりの頃、先生はまだ高校生だった。

練習室に一人待たされ、前の先生と両親が待合室で話をしていた時、高校生だった先生がやって来た。

そしていろいろ話をしてくれて、リラックスさせてくれた。

この教室に通い続けるのも、先生が目当て…なところもある。

けど…。

3年前まではコンクールで賞を取ったり、マスコミの前に出たりと、それなりに有名だったわたしが…今ではこんな有様。

周囲は優しかったけど、期待は大きい。

でも先生は根気良く、指導してくれる。

何故だか、先生の前だけは、とんでもない演奏になってしまうのに…。

浮かぶ涙を拭い、わたしは再びピアノに触れた。

そして、課題曲を弾く。

思い描いていた通りの音が、指から流れてくる。

やがて弾き終わり、わたしはため息をついた。

「ふぅ…」

先生の前でなければ、こういう演奏ができる。

なのに…。

パチパチパチッ

「えっ」

拍手の音に驚いて顔を上げると、扉の所に優しい表情の先生がいた。

「上手くなったものだな」

「やだっ…! 聞いてたんですか?」

「ここはピアノ教室だぞ? 演奏を聴くのが、オレの仕事だ」

「そっそれはそうですけど…」

でも何も、黙って聞いていることはないのに…。

「ところで…話があるんだが、良いか?」

「はっはい!」

コンクールの話だろうか?

「オレはお前の指導を辞めようと思ってる」

「…えっ?」

目の前が、一瞬にして真っ暗になった。

「お前、オレの前じゃ緊張して、ろくな演奏できないだろう?」

「うっ!」

きっ気付かれていたか…。

「だから親父にまた、指導してもらうと良い。親父の前なら、ちゃんと演奏できるだろう?」

「そっそれは…」

…そうだけど。

「だから親父に学ぶと良い。今まで辛い思いさせて、悪かったな」

そう言って先生は優しく微笑んで、わたしの頭を撫でてくれた。
でも!

「まっ待ってください!」

わたしは立ち上がり、真っ直ぐに先生の目を見た。

「演奏なら、先生の前でもちゃんとできます! だから指導続けてください!」

「いや、でも…」

「大丈夫です! 今、弾いてみます!」

わたしはイスに座って、また鍵盤に触れる。

あっ…指が震える。

ダメだ! こんなんじゃ、先生がっ…!

ゆっくりと演奏をはじめる。

でも震える指から生まれるのは、とても醜い音。

こんな演奏…先生だって、いつまでも聞いていたくないだろうな。

わたしは演奏を止めた。
「すっすみません、先生。やっぱりわたし、ダメみたいです」

震える手を握り締め、俯いた。

涙が浮いている目は見られたくない。

せめて笑っている形の口元だけでいい。

「今までゴメンなさい。ヒドイ演奏聞かせてしまって…。でも先生は良い先生でしたから」

バタバタと帰り支度をはじめる。

「それじゃ、これからも頑張ってください!」

頭を下げて、扉に向かった。

「…待ちなさい!」

でも腕を捕まれ、そのまま後ろから抱き締められた。

「せっ先生…?」

「…言い方が悪かった」

「えっ?」
「―好きだ」

「……へっ?」

自分でも驚くほどの、気の抜けた声が出た。

「好きなんだ、お前が。だけどオレじゃお前のピアノの才能を潰しかねないから、身を引くことにしたんだ。でもあくまでそれは、ピアノの指導者としての立場だけで…」

わたしは顔だけ振り返る。

先生の真っ赤な顔が、間近に迫る。

「男としては、引くつもりは一切無いからな」

―重なる唇。

先生のあたたかさが、全身に満ちていく。

「ふっ…」

思わず泣き出してしまったけれど、先生が顔中にキスの雨を降らせてくれる。

ぎゅうっと先生に抱きついた。

落ち着いた頃、先生に手を引かれて、再びイスに座った。

「ホントはお前が高校卒業するまで、ガマンしているつもりだったんだ」

「そう…なんですか?」

「ああ、お前がオレのことを好きなのは分かっていたから、気長に待つつもりだったんだ。お前が大人になるまで」

「………はい?」

「まさか、自覚無かったのか?」

「いっいえ、ありましたけど…」

バレてたとは思いませんでした…。

「あれだけ緊張しまくるなんて、好きか苦手かのどっちかだろう?」

「確かに…」

「まっ、音楽の方も気長に待つとするさ」

先生は笑って、肩を竦めた。

「…緊張しないように、精進します。もちろん、恋愛の方も!」

わたしも笑顔で答えた。

だけど…まだ体が緊張している。

本当に延長戦になりそうだ。

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